楽しい野外演習 -1-
「演習への協力を感謝する」
小隊長のオリビアを経由して、伽里奈が料理担当として野外演習に参加してくれることが伝えられると、上司のレイナードから事前の打ち合わせをしたいと連絡が入った。
「下宿にはもう1人、料理上手がいるのでご心配なく」
「そうか。では、手短に話そう」
日本は平日なので、伽里奈は学校終わりにやって来た。
モートレル周辺もも冬が近いので、日の入りも早くなってきている。町が暗くなってしまうのはもう長くはない。
「食事は晩と翌日の朝食と昼食の3食を予定している」
「食材は荷馬車に乗せるんですね?」
「ああ。そして現地ではたき火での料理になる。レンガを組んで簡単な竈などは作るから、そこに鍋やフライパン等を置いての調理だ。料理担当者の練習でもあるから、当番の者にも調理をさせるが、キミはキミでもう一、二品作って欲しい。勿論現場で手が空いている者に声をかけて手伝わせてもいい」
総勢40人ほどでの演習なので、食堂の料理のような量は考えなくていい。それに騎士団員の当番が作る料理もあるから、伽里奈が作る料理の量も少なくていいようだ。
「アリシア様は独自に冷蔵技術を持っていたと聞きますが、例えばその友人のルビィ様から何らかの保存魔法が伝わっていたりとかしているんですか?」
「ルビィ君はアリシア君からその魔術を受け取ってはいるのだが、出力の調整がうまく出来ていなくて、まだ活用出来ていないんだ。なにせ季節や食材で温度の調整をかけなければならないのだが、それがルビィ君では解らない。料理向けの魔法は前例がなく、アリシア君並の食材への愛着がないと上手くいかないそうで、魔法学院の賢者達も保留をしている具合だ」
―あのお年寄り達でもダメなんだー。まあ日常生活にしか役に立たない小さい魔法だし、研究バカのあの人達じゃ興味も沸かないんだろうなあ。
それであれば仕方が無い。手持ちの技術を使って代行手段を考えてないといけない。まずは運搬用資材から確認して対策を立てよう。
「食料の運搬に使う資材を見せて貰えます?」
「ああ、構わないよ」
日も落ちて暗くなってきたのでランタンを持って倉庫の方に移動した。
野菜などは木枠の箱に入れる。気温が下がってきている中での一泊分なので野菜はまだ問題ないが、生肉はさすがに翌朝以降に食べる分はそのままでは持ち運べないから、保存用の干し肉を使う事になる。チーズやバターにパンはまあいいとして、牛乳は難しい。一応牛乳を持ち運びする金属の牛乳缶はある。
「金属のトレイがありますね」
「食堂用の肉はそれで運ぶのだが、外向けでは無いね」
「これをこうしてこうする」
伽里奈は良さそうなサイズの木枠を2枚のトレイで挟む。
「これに大きな布かマントでも掛けて外気を遮断すれば、まあ何とかなりますか」
「何をする気なんだ?」
「ウチは食料の保存に力を入れていますからね」
当時はリュックで持ち運んでいたけれど、今回は荷馬車があるので発想を変えてみた。
* * *
「レイナード様、本当に大丈夫なんですかねえ」
「まさか彼が魔法まで使えるとは思わなかった」
今日は演習当日。伽里奈は町に出かけて自分の料理に使う食材を買いに行っているが、その前に荷馬車に積む木箱の設置方法を指定してきた。
木枠の上下にトレイを配置して、野菜を置き、それを包むように厚めの布を掛けるように指示をされた。これは騎士団の食材にも適用するので、そちらはもう言われたとおりに置かれている。あとは伽里奈が買ってくる食材を積めばいいだけだ。
「お待たせしましたー」
伽里奈は生の豚肉を買ってきた。その豚肉は用意して貰った金属の箱に収納した。
「じゃあ始めましょうか」
食材を積み終えて、予めトレイと金属箱に貼っていた、魔術基板が刻まれている符に点火、というか起動用の魔力を与えて作動させ始めた。牛乳が入っている牛乳缶にも同様に貼られていて、そちらも起動する。
「よしよし」
木枠を包んでいる布の中に手を突っ込み、内部が冷気で満たされているのを確認する。生肉用の金属箱と牛乳缶は気温差で表面にうっすらと水滴が浮き出てきた。
「準備出来ました」
一応レイナードも確認するが、布の中はひんやりする程度になっているし、お肉の箱と牛乳缶も同様だ。冬の早朝程度の温度に保たれていて、カチカチに凍り付くような事はない。何とも絶妙な温度設定だ。
「ルビィでも出来なかったのに」
気になって出発を見にやって来たヒルダも驚いている。
「料理に掛ける情熱は誰にも負けませんので。下宿での試行錯誤の結果、この温度っていうのを決めたんですよ」
元々の冷蔵魔法ではダメなので、地球にある冷蔵庫を参考に再構築した符術だ。あとは野菜等をどう保温するかだったが、上手くいったようだ。アリシア時代は食料その物に魔法を掛けていたけれど、
もうそんな必要は無い。これ、という術式を確立したので、今後はこれでいい。
「では皆の者、出発だ」
先頭は馬に乗った者、その次に荷馬車、その後ろが徒歩での者だ。そんな40人が隊列を組んで山に方に向かって街道を歩いて行く。
徒歩組は鎧を着てそれぞれの武器を持ち、フル装備状態で自分の荷物を背負ってただただ歩く。背負っている荷物は服くらいなモノだが、鎧が重い。だがこれが訓練だ。
民間人からの参加者である伽里奈は鎧などは着ておらず軽装のままだ。ただ、何が現れるか解らないので、護身用として短めの剣を借りて腰にぶら下げている。
自分で持ってきた調理器具と調味料は荷馬車に預けているので、衣服などが入ったリュックに折りたたみの椅子をくくりつけて背負っているだけだ。
伽里奈は黙々と歩くアンナマリーの後ろを歩いているが、時々冷蔵魔法の効果を確認するために荷馬車まで移動して、その保温状態を確認して元のポジションの戻る、を繰り返している。
この魔法は霞沙羅との軍事演習に使うために、地球の魔法として開発したモノを、アシルステラ用に翻訳したモノなので、実用の域に達している自信はある。
ただ、食材を包んでいる資材が保温性に不安があるので、実はリュックの中には冷蔵符術を取り付けた鉄箱を入れていて、そこにもお肉が入っている。なので一見軽装だが、背負っている重量としては軽くは無い。だが大陸中を旅した元冒険者はその程度の重量は全く意に介してはいない。
そして出発から2時間ほど歩き、モートレル周辺に広がる農村エリアも越えて、あと少しで山の麓に辿り着こうという草原の一角で一時休憩となった。この休憩の後はキャンプ地まで山道を一気に進む行程だ。
休憩場所は毎度決まっているようで、街道を横切る小川の側に休憩用スペースが整備されていて、全員そこに入っていく。
「ここで休憩だ」
レイナードの号令で、馬から下りて川から水を汲んで飲ませる者、小川で顔を洗う者、疲れて地面に寝転がる者、それぞれがいる中、伽里奈は荷馬車を引いてくれている馬に水をあげて、おやつのリンゴを食べさせる。
「ここから先は山道を上るからねー」
「お前は元気だな」
アンナマリーはすぐ側の木の下で寝転んでしまっている。ちょっとグロッキー状態だ。
「はいはい、タオルを置いて、足の下にこれでもひいててよ」
小川の水で濡らしたタオルをアンナマリーの額の所に置いてやり、ちょっと膨らんだ袋を足の下に置き、かかとが浮くようにしてやる。
「うう、なんか楽になった」
アンナマリーはとりあえず目を閉じて、疲労回復に努める。今はそれしか無い。
「おや、それは良さそうだねえ」
「アンナマリーのこれですか、隊長さんもやります?」
「アタシは馬上組だからいいんだけど、あっちがねえ。サーヤの方のフォローをしてくれるかい?」
先輩のメガネ隊員も地面に寝転んでいる。今日の女性メンバーはこの3人だけだ。
伽里奈はオリビアに言われたとおり、水で濡らしたタオルと、空の袋を持って行く。
「あー、気持ちいい」
「ちょっとリュックから服を出していいですか? この中につめてその足の下に置きます」
「あれ、アンナちゃんのあの中って服なの?」
「ボクの服です」
「もうこのさいいいや。やっちゃってー」
楽になりそうだからと、本人の許可は取れたので、リュックから服を出して、それをつめた袋を足の下に置いてあげる。
「おう、サイコーだねえ」
「あんた、面白いもんを持ってきてるねえ」
「簡易枕ですけど、小さめの袋に服をつめるだけですよ。帰りは汚れ物を入れておけばいいだけですから」
「今度からこれと同じような袋を持たせておくかい。荷物も増えないからいいねえ」
しばしの休憩を経て、アンナマリーは何とか体力を回復して、再び移動の準備を行う。
「お前は軽くていいよな」
「そう?」
伽里奈は軽々とリュックを持ち上げたが、よく見ると中身は重そうだ。
「お前何持ってるんだよ」
「明日の朝用の挽肉だよ。外じゃ挽肉に出来ないからお店でやって貰ったんだ。金属の容器にあれと同じ札をつけて持ち歩いているんだー」
「へ?」
「明日の朝はミートパイだから」
「そういうのじゃ、くそっ」
こいつとんでもないモノ持ち歩いて、あれだけ隊列の中をウロウロとしていたのか、と今更驚く。
「楯くらいは持つよ、というか持ってやれってオリビアさんが言ってたよ」
「いや、いい」
「目的地まではこれまでの距離の半分だけど、緩やかな上り坂が続くからねー。アンナの楯はそれほど大きくないし」
「持ってくれ」
「はいはーい」
初心者だし楯くらいはいいだろうとオリビアは気を利かせたのだが、まさか伽里奈が一食分の挽肉が入った金属の容器を背負っているとは想像もしていない。しかもこの国の英雄様に「アンナの楯を持っておやり」と言っているとは夢にも思っていない。
「では出発だ」
伽里奈達はキャンプ地に向かって再び歩き出した。
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