とあるご令嬢と冒険者の話 -1-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
やどりぎ館にエリアス宛ての荷物が入った箱が届いたので、部屋に置いておいたら、箱を持って伽里奈の部屋に入ってきた。
「これはあなた用の服よ。この前通信販売で買ったでしょう?」
「そうだったっけ?」
箱を開けると、黒い上下のスーツ一式とYシャツと白い手袋が入っていた。
「ああ、これかー」
アシルステラで着る服が無いからと、エリアスがコスプレ衣装販売の通販サイトから探してきて、買ったモノだ。
ネット上にはこれを買った人が「出来もよくて、イベントで着てます」という写真付きのレビューがあったので、買ってみた。
女性のレイヤーさんの記事だったけれど、男モノの執事服ながら、女性の購入者の方が多いそうで、それが決め手だった。
「へー、確かによく出来てるね」
コスプレ衣装なのに見た目にもしっかり出来ている。縫製もしっかりしていて、まあ日常的に着る物でもないし、今のところはこれで良さそうな出来だ。
「折角だしちょっと着てみなさいよ」
「そうする?」
エリアスに勧められて、早速着てみると、サイズ的にも伽里奈の体格に合うモノだ。
「なんか久しぶりだなー、こういうの着るの」
体型が女子寄りなので、女子のコスプレという感じはするけれど、中々悪くない。
「こっちの世界はすごいよね。こういうの売ってるんだから」
何回か着てみて、気になるところがあれば、自分で調整しよう。
コスプレ衣装ではあるけれど、生地にしても向こうで着ても多分問題は無いだろう。
出来は良かったので中々満足した。じゃあこれから食事の用意があるし着替えようと思っていると
「…」
ベッドに座っていたエリアスが無言で右手を差し出してきた。
「んん?」
ああこれはあれだなと、仕方が無いので、その手を取って、甲にキスをした。
「エリアスお嬢様、ボクそんなに似合ってる?」
「それはもう」
エリアスはうっとりするような目で伽里奈に微笑んでいる。
「今日はそのままでいなさい」
「ええー、これから夕飯の準備だよ? エスカロップだよ?」
エスカロップなのでデミグラスソースは作っているけれど、ここからバターライスを作って、カツを揚げないといけない。
「それくらいシスティーにやらせればいいでしょう?」
なんか急にエリアスが我が儘を言い始めたので、システィーにお願いしにいくと、なんと引き受けてくれた。
システィーがエプロンドレスな為に、執事とメイドのセットになってしまっているのが面白いようだ。
「マスターはこういうのを着ませんね…、あ、一度着ましたね」
「あー、システィーがいるって事は、最後の方に誰だったっけ、貴族の家で仕事をした時だっけ」
「マスターのこの服、評判良かったんですよ」
と多分知らないだろうと、システィーがエリアスに話しをする。貴族に魔物をけしかけたのはエリアスだからだ。
「こ、こんな可能性があったのね」
見ていたはずなのに、見逃していた。この前の野良ドラゴンの発見も遅れたし、ちょっとしたうっかりがある事がよくわかった。
なんて勿体ない。
「なので、料理の仕上げは私がやりますから」
「仕上げと配膳はするからね。あとエリアスは、放してくれないかな」
「お嬢様でしょう?」
エリアスは絡めた腕をしばらく放してくれなかった。
* * *
夕食の時間になると
「わあぁ、誰これ? 伽里奈なの?」
部屋から出てきたシャーロットが騒ぎ
「あ、アリシア様…」
モートレルから帰ってきたアンナマリーは、冒険譚で伽里奈が執事服を着た事を知っている。文字では解らなかったその姿が、こんな風だったんだと、ようやく解った。
「お前、ちゃんと男に見えるじゃねえか」
「素材はいいのでありんすから」
霞沙羅と吉祥院はそれほど騒がなかった。どちらかというと、「変な趣味が直ってきているんだな」と安心している。
「こ、小僧よ…、何をしておる…」
一番の動揺を見せたのはフィーネだった。
* * *
「3年間もいなかったからアリシア様は知らないだろうから説明します」
アンナマリーが言うには、ルビィが書いている冒険譚の割と初期のエピソードとして、ある貴族令嬢のボディーガードを行う事になり、側にいる必要があったので、男の使用人のフリをした事がある。
アリシアの外見は声も含めてまるで女子だが、今食卓を囲んでいる女性陣が理解出来るほど、男の服とのギャップがむしろ良い。
格好良さはないけれど、見た目は悪くないのだから。
アリシアは魔法学院卒の魔導士というエリートではありながら、生まれは平民。
それでも実家の家業のおかげでハウスキーパーとしての仕事はすぐに覚えてしまい、ボディーガードでありながら、お嬢様の身の回りのお世話も出来るという事で、新人の世話役として犯人を欺く事が出来た。
「なんか、そのお嬢様が夜眠れないって、何回もお話をしに行ったっけ」
話の内容は冒険者家業の事とか、王都ラスタルの日常、それと魔法学院の事。どれも喜んで聞いてくれた。
そういうことで、箱入り娘だったご令嬢は、自分の知らない家の外の世界からやって来た伽里奈に興味を覚えて、色々と我が儘を言って振り回したりしてくれた。
馬車で移動中のご令嬢が襲われた日の夜は、ずっと手を握られたまま一晩を過ごした事もあった。
そんな生活も長く続く事は無く。やがて無事に事件が解決して、お別れの時が来た。
「ここに残って下さいって、言われたなー」
「それ初恋的なものじゃないの?」
「創作じゃ無くて本当にあった話だから、身分違いの恋のエピソードとして人気なんだ」
そのご令嬢は、現在ではさる貴族の婦人となり、今では若気の至りとして周囲に面白おかしく話をしているそうだけれど、普段は少女の姿をした英雄の、珍しい男エピソードという事もあって、人気がある。
何と言っても物語の数年後に大陸を救う英雄となる少年と貴族令嬢との物語だ。
冒険譚を読んでいる大人になってしまった元ご令嬢達も、少女だった時には退屈な屋敷から自分を連れて出してくれる誰かを待ちわびる夢を持っていたりするから、当時の自分を重ね合わせて楽しんでいるのだとか。
「まあただの冒険者じゃなく、最終的には英雄だしなあ」
書いているのが幼なじみで、アリシアの事を良く知っているルビィだから、住んでみて解るアリシアの穏やかさがちゃんと書かれている。そしてちゃんと強いから格好いい。
それもあって、平民だけでなく、貴族のご令嬢達も、このちょっとした恋のエピソードが好きなのだ。
「それもそうだし、いなくなってたからアリシア様の外見に色々と想像力が働いて…」
「まあ悪くないものね。ツインテールを三つ編みにしちゃって、ちょっと女子っぽさが減ってるし。今度お買い物に付き合ってよ」
ロンドンの町を連れ回したら、皆振り向くかしらとシャーロットは想像する。
「ボクはこの後の、お隣のザクスン王国のプリシラ王女のボディーガードが良かったなー」
「え、そんな事もしてたんですか?」
「もうちょっと後の話だけどねー」
アンナマリーはまだ知らないけれど、あの時はメイドに化けていたから、伽里奈的には楽しかった。でもまだ冒険譚はそこまで進んでいない。
「だから、わ、私も、憧れてて」
「毎日制服姿を見ているエリアスも、こいつがここまで変わるとは思ってなかったみたいだな」
「し、所詮は小僧よ。馬子にも衣装であろう」
その割にフィーネは伽里奈をチラチラと見るばかりで、目を合わせようともしていない。
「マスターも男性として結構人気なんですね」
読んで頂きありがとうございます。
評価とか感想とかブックマークとかいただけましたら、私はもっと頑張れますので
よろしくお願いします。