小樽で休日 大きいのと小さいの -3-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
雪も殆ど解けた庭を抜けて、伽里奈とアンナマリーはお隣にある霞沙羅の家に移動した。
一階にある工房では霞沙羅とシャーロットが杖の打ち合わせをしている。
今日は素材とデザインを決めているようだ。
「じゃあちょっと場所を借りますね」
「あんまり無茶をしてやるなよ」
伽里奈とアンナマリーはお互いに練習用の木剣を持って向かい合った。
アンナマリーは先日この為に渡したジャージ姿だ。スニーカーはこの際なので買ってあげた。
「よろしくお願いしまーす」
「?」
目上のハズの伽里奈が自分に急に頭を下げてきたので、アンナマリーはその行動に困惑した。
「…ボクは霞沙羅さんとよくやってるから。この国のね、格闘技をする上での礼儀なんだよ。お互いに相手に敬意を払うっていう」
ラシーン大陸の殆どの場所では、こういう時はお互いに声を掛け合って始めるけれど、ここまではやらない。
けれどアンナマリーもこれは良さそうだと思い、遅れて一礼した。
憧れのアリシアが剣を教えてくれるのだからと、ちょっと身が引き締まる感じがして、やってみると結構悪くないと思えた。
「じゃあ打ってきてねー」
「はい」
木剣とはいえ当たれば怪我をするけれど、相手をするのはフラム王国の英雄だから大丈夫だと、遠慮せずにガンガン打ち込んでいった。
大きく振りかぶったり、細かく打ち込んだり、縦にも横にも剣筋を変えたり、足を使って周りを回ったり。
それでも伽里奈は大して体に力も入れず、ただただ危なげなくアンナマリーの剣を受けるばかり。
「くそっ」
家では元将軍の祖父や、現将軍の父にも相手をして貰っていた。
今いる騎士団でも、オリビアをはじめとした先輩達にも相手をして貰い。体の大きな男性団員とも剣を合わせている。
モートレルに来てからもう半年以上、経験のある人達相手に、結構な剣の鍛錬はして来たつもりだ。
それなのにこんなにも違うのかと思ってしまう。伽里奈は避けようと思えば避けられるのに、わざわざ受けてくれているようにも見える。
アンナマリーは途中で距離をとって、ちょっと休みながら悪あがきを続けるも、15分程度経ったところで、伽里奈が急にポコンと手を剣で打ってきて、剣を取り落としたところで、疲れて膝から地面にへたり込んでしまった。
「み、見えなかった」
手に痛みは無い。あまりの事に驚いて剣を落としてしまっただけだ。ペシッと叩かれた程度の、そんな一撃も見えなかった。
「疲れちゃってたからかな。今度はもうちょっと刻みながらやろうか」
伽里奈の方はまったく息が乱れていない。
この寒空の下だから、アンナマリーの呼吸は白く漏れてくるので、差は歴然としている。
伽里奈はまた礼をしてきたけれど、息も乱れて立ち上がるような力も無かったので、またお姫様抱っこをされて、一旦、霞沙羅の工房に移動した。
「私には解らないけど、伽里奈って強いのね」
「あのー、こっちの人には馴染みは無いだろうけど、一応国では英雄なんだよ」
ベンチに座らされたアンナマリーは息を整えるので精一杯。
「私も護身術で一応棒術みたいなのは教えて貰ってるけど、誰かやれるの?」
「私ら3人とも出来るぜ」
「3人て誰なの?」
「私と吉祥院と榊だ。そっちの英雄も出来るけどな」
「なら伽里奈がいい」
「なんだよ、この場合は私でよくねえか?」
「霞沙羅は背が高くて何か怖いモノ」
将来的には伽里奈より背が高くなりそうなシャーロットは、今は伽里奈よりちょっと低いくらい。
あくまで護身術。本気で棒術をやる気は無いので、顔も性格も温和な伽里奈の方が良さそうに映るのも仕方が無い。それに吉祥院とか絶対に嫌だ。
「そっちのお嬢はそろそろ復活できそうか?」
「は、はい」
まだ深い息をしているけれど、さすがに落ち着いてきた。
「歩けるようになったらさっさと下宿に帰って風呂に入れ。また雪が降るぜ」
「またですか」
まあそろそろそんな時期だろう。
日没も近い空はまた厚い雲に覆われてきた。
* * *
あの後アンナマリーはすぐに温泉に入り、短い鍛錬でも全力を出し切って汗をたっぷりかいてしまったので。ゆっくり入浴して体を温めた。
あんなので風邪をひいたら勿体ない。
本当に温泉の恩恵を受けているなと、しみじみ思いながら、お風呂から出てくると、夕飯のいい匂いがしてきた。
今日の夕飯はラーメンセットだ。一番癖が少ない醤油ラーメンと、炒飯もしくは白米と、餃子といういつものセット。
アンナマリーも好きだけど。シャーロットが食べたいと言っていたので、予定を変更して今日になったのだ。
ラーメンのスープも麵もちゃんと伽里奈の手作りだ。チャーシューだって手作りだ。でもまだアシルステラでこれを作る目処は立っていない。
「ちゃ、炒飯」
「横浜で色々なお店に連れ回したこともあって、アリシア君の炒飯は非常にレベルが高いでありんすよ」
勿論シャーロットは炒飯を選んだ。
「小僧、おでんも用意してあろうな」
「作ってますよ」
この後大人3人で日本酒を飲むので、それの準備もしている。練り物系は占いのお店の近くにある有名店でフィーネが選んできたモノも使用している。
「おでん、あの噂のおでん」
「シャーロットも興味津々でござるな」
「小僧よ、小娘2人に少しくらい出してやってもよいぞ。そのくらいの具はあるであろう?」
「え、2人?」
見るとアンナマリーも気になってますという視線を向けてくる。そういえばアンナマリーが来てからおでんを作るのは初めてだ。ようやくおでんが美味しい時期がやって来た。
「はーい」
2人には卵と練り物と大根を出してあげた。
* * *
「もうすぐ出来そうだな」
食後のソファーでは、アンナマリー用のセーターの仕上げが進んでいる。
「明日には渡せるかなー」
話があった時には、くれるというから貰っておくという態度だったけれど、段々とセーターの形が出来ていくにつれて、アンナマリーのテンションも上がっていった。
雪も降るようになってきて、この小樽の寒さを実感するようになってから、ふんわり柔らかで温かそうなセーターを心待ちするようになった。
フィーネ達大人は食卓でおでんを肴に熱燗やビールを飲んでいるし、エリアスは向かいのソファーでファッション誌を読み、システィーは猫と一緒に温泉にいる、まったりした時間。
以前に「家族だからね」と言われた、伽里奈の想い込められたいい時間だ。
そこにシャーロットがやって来て
「伽里奈、アンナの部屋に大きなクマちゃんがいるでしょ」
「だいぶ前にあげたヤツだねー」
「私もあれが欲しい」
アンナマリーの部屋に入ると、いつもベッドに座っているので目立つ、あのクッションとして作ったクマのぬいぐるみ。
クマ好きとしては当然欲しかったのだけれど、館に来たばかりでは、作ってある物は貰っても、さすがに「作って」とは言いにくかった。
だけど伽里奈という人間に慣れて、料理にも注文がつけられるようになったし、アンナマリーのセーターが終わりそうなので、我が儘を言ってみた。
「いいよー、大きいからちょっと時間はかかるけど」
「シロがいいの」
「シロクマにするの?」
「うん、シロクマちゃんで」
「はーい」
頼んでみるもんだと、シャーロットはご機嫌な様子で部屋に帰っていった。
* * *
それから一晩が経ち、先日の札幌駐屯地内での妖刀事件の調査で、また霞沙羅が横浜に行く事になってしまった。
作り手の工房主を呼んでの事実確認の為だけれど、霞沙羅の鑑定もあって必要以上の疑いがかかっていない事もあるし、自分の潔白を証明するために、工房主も協力的で、今回は他の仕事を含めて、2泊3日くらいで予定されている。
「お前はここでのんびりか?」
「休暇でありますからな。それに我々は呼ばれればどこにでも行けるわけでありんすから」
霞沙羅も転移魔術で日帰り往復も出来るけれど、工房主を呼んだことで何があるか解らないので、また実家に泊まる事にしている。
「また忙しくなりそうだし、今のうちにせいぜい楽しんどけよ」
吉祥院は学校と駐屯地に一回行った程度で、後は休暇を楽しんでいる。小樽に来た用事はそれで終わってしまった。
何度も来ている小樽ではあるけれど、町を歩いたり、買い食いしたり、行く先々でその長身に驚かれるけれど、巨人扱いはされないので、余市まで行ってお酒を買ってきたりと、休日を楽しんでいる。
「また温泉にでも入ってくるでござるよ」
「へいへい」
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