新しい日常生活の始まり -6-
「このカレーっていうのが、美味しいんだよな」
今晩の夕食はカレーだ。希望者にはチキンカツを乗せているので、体力勝負のアンナマリーのカレーはチキンカツカレーになっている。あとはサラダがセット。
「小僧は市販のカレールーではなく、自分でスパイスを調合しておるからのう。ひと味違うわい」
「カレーが出ると解っていて、こいつが演習にいる時は軍の連中が目の色を変えるからなあ」
元々は市販のカレールーを使っていたけれど、まずはそのルーに別のスパイスを入れての調整を始め、最終的には全部自分で調合する程こだわるようになった。しかも具材によってスパイスの調合も変化させるほど、伽里奈もハマった。
前任の管理人さんも自分の世界に帰る際に、伽里奈のレシピをいくつか持って帰ったくらいカレーは好評なのだ。
ここ最近で思うことは、元の世界の調味料も香辛料もメモに残しているから、向こうの世界でもカレーが再現出来てしまえるという事だ。材料の名前は違うし、外見もちょっと違っているけれど、どれがどれの代用品になるという分析は進めている。
地球に来る前のモートレルでもある程度は揃うことは解っているから、モートレルのお店を見て回れば、カレーとしての味は調えられるかもしれない。そうなると、食堂のメニューとしてはこれ以上ないはずだ。
ただ、米食の地域ではないからナンを作るしかないだろうけれど、この下宿でも時々インド風カレーにしているから、ナンで食べる事はクリアしている。
「屋敷ではこれまで炊いた米を食べることは無かったが、カレーには米だな」
アンナマリーには最初はナンにして、お試しでライスを出したら、ライスで食べる事が気に入って、今日もライスで食べている。自分とアンナマリーがライスを食べられるのだから、フラム王国でだって米食は定着出来るんじゃないかと期待している。
「ところで伽里奈、お前は霞沙羅さんの軍事訓練に参加しているんだろ?」
「主に料理の事でねー」
「野外活動にも慣れているのか?」
―何か嫌な予感がするなあ。
でも入居者に協力するのがここの管理人の使命だから断るわけにはいかない。それに霞沙羅の野外活動には協力して、アンナマリーの方には手を貸さないのはおかしい。
「モートレルの騎士団ではどういうのをやるんだ?」
「わ、私は初参加なのだが、近くの山に騎士団が野営場所と決めている森があって、昼からそこまで移動をして、一晩そこで過ごすんだ。翌日はすぐ側にある、魔女が建造した砦の跡地で剣の鍛錬をして、昼食後にモートレルの町に帰るという内容だ」
「荷物を持って歩いて、野営の練習と確認、そして帰るという、遠征の移動訓練か? ウチもフル装備でただただ目的地まで歩くという訓練もあるなあ」
「霞沙羅先生、あの訓練だと何でボクも歩いて移動させられるの? 調理機械は車で運んでるのに」
「お前が一番速いからだろ。わざわざ戻ってきて遅いヤツのフォローもしてくれるしな」
2年間も基本は徒歩で大陸を歩き回ったのだから、自動車だけでなくヘリや飛行機もある便利な現代の軍人にはたどり着けない領域というモノがある。
現役からは退いたが。買い物も徒歩だし、たまに霞沙羅と魔術談義をしながら小樽札幌間を歩くこともある。日常的に歩くことは今でも身についている。
「レイナード様もさすがに一般市民に着いてこいとは言えないらしいんだが、お前は歩きは得意なのか?」
「野外で寝泊まりするのが不安だから着いて来てとか言ってる?」
「そ、そんな事は無いが、食事がちょっと不安で」
食事と言いながらも、アンナマリーはごにょごにょと言葉を濁した。エリアスを見ると、その態度に苦笑いしている。
―旅の達人さん、協力してあげたらどう?
とエリアスからのテレパシーが飛んでくる。
軍人の霞沙羅も何となく事情を察して伽里奈の脇腹を肘で突いてくる。やっぱりアンナマリーはお嬢様なので、それを考慮しないとダメだ。
「将軍である父様も、お爺様も、二人の兄様も、王都の騎士団では慣れたモノらしいが」
「いいよ。ヒルダさんもレイナードさんも、料理の事を本気で考えてるしね。ボクの料理で使えるモノがあれば、伝えるよ」
「そ、そうか。それは助かる」
「でもアンナマリーの荷物は持たないよ。これは一人一人が自分の足で移動をする訓練だからね」
「それは解っている」
「だったら、オリビアさん達にもそう言っておいてね」
「不在時の食事は私にお任せ下さい」
サポート要員のシスティーも心強い。
「であれば、その日はスープカレーにしようではないか。今ハマっておるのであろう? お主の研究成果を見せて貰おう」
「ええ、やってみたい具材があるんです」
フィーネもフォローをしてくれる。伽里奈を借りてしまうという申し訳なさもあるけれど、ありがたさもあってアンナマリーは全員に頭を下げた。
貴族育ちのアンナマリーだが、こんな感じにかなり素直な性格なので皆に気に入られているのだ。
「私らはここの住民だしな。こういうのは初めが肝心だ。伽里奈を貸してやるから遠慮せずにいい経験をしてこい。そして諸先輩方の姿を見てこい」
「はい」
入居者が目標に向かって前に進むためなら仕方がない。これは伽里奈が望んだ生活なのだ。
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