最高の、ちょっと変わった魔術師 -2-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
結局今日の午前中は吉祥院に付き合って、学校の見学するという仕事を押しつけられた。
英雄の1人だからという事ではなく、やはり魔術師業界にあって、この「吉祥院」というブランドはとても大きく、教師達は恐れ多いと遠慮してしまう。だったら知り合いで、以前に助手もやったという伽里奈に、吉祥院を案内せよと言ってきた。
「ボクも転属したばかりで魔法術科はそんなに詳しいわけじゃないですけどねー」
「まあまあ」
吉祥院は各教室を周り、廊下から覗き込むように授業風景を見る。すると学生達が騒ぎ、先生が誰なのかを説明し、驚かれてまた次の教室に行き、を繰り返している。
「横浜校とは何か差があったりとかします? ボクも附属高校は見てないですから」
「ワタシは附属校には直接通ってはござらぬぞ」
「見に行ってもいないんですか?」
「なぜあんな事を勉強をしているのかがわからんでありんす。今回シャーロット殿がここの高校に来たので、確認に来たでのござんす」
魔法を使うという事を本能として生まれてくる吉祥院家なので、魔術の初期教育が理解出来ないのが、この人の欠点だ。
9才で大学卒業をするような人間なのだ。同じように優秀な魔術師とはいえ、基礎から必死に学んできた伽里奈や霞沙羅には解らない感覚だ。
この人ほどではないけれど、ルビィにも同じような事を言われた記憶がある。
彼女は初級の魔法程度なら勉強してなくても使えたし、本をちらっと読めば理解出来たのだ。
「シャーロット嬢と同じで、我が日本の魔術師教育の事は気にしてはいるでござるよ」
なぜ勉強をしなければならないのかは解らないけれど、何を勉強しているのかは解っているから、その分野にも口を出しているのは知っている。だから、見学でも気がついた事はちゃんとメモしている。
しかし彼らの苦労は解っていない。
「次の時間はアリシア君のクラスの実習でござったな」
* * *
「ワタシにお構いなくやるでござるよ」
2限目はグラウンドにある練習エリアを使っての魔法実習だ。
1年E組の今日の演習は風魔法。
5メートル先に立てたターゲットである旗に向かって空気の塊を撃って当てるだけの簡単な授業。
後ろで吉祥院が見ているけれど、威圧感のありすぎる姿以外は、魔術師初心者のE組生徒達は「なんかすごい人」位にしか思っていないので、恐縮しているのは教師。
ただでさえシャーロットに見られているのに、吉祥院にまで見られるとか、伽里奈から見ても可哀想だ。
とりあえず吉祥院がいるのは今日の午前中だけだから我慢して欲しい。
「お隣さんもだべ」
すぐ隣は1年A組。
こちらは吉祥院家の恐ろしさが解っている人間が多いので、生徒までもガチガチになっている。
あの吉祥院千年世様に見られている、といった感じだ。
「中瀬達は早く始めないと、時間が無くなっちゃうよ」
「そうだよな」
教師が吉祥院を気にしすぎてダメそうなので、伽里奈の声かけでE組の方は実習が始まった。
「シャーロットはちょっと発動が遅かったりとかコントロールが悪い子がいると思ったらフォローしてあげて」
「いつもの事だものね」
さすがホールストン家の人間だけあって、シャーロットも吉祥院を気にしていない。こちらは任せて大丈夫だろう。
「A組の先生、今日は何をするんです?」
A組の教師も吉祥院からの視線が気になって戸惑っているので、伽里奈が声をかけてあげた。
「ば、爆裂系の{発火弾}をするのだが」
「じゃあボクが雪のブロックを作るので、それを壊して貰うっていうのでどうです?」
「見た目も派手で手応えあって良いであるな。ワタシも手を貸すでござるよ」
その提案には「き、吉祥院様が!?」と生徒達がビックリしてしまう。
「折角吉祥院さんが手伝ってくれるんだから。こんな機会はなかなか無いよ」
「そうでござるよ。雪の塊を吹っ飛ばすだけの簡単なお仕事でありんすよ」
2人で1メートル四方の雪のブロックを作った。
あれに魔法が当たるとバゴーンと気持ちよく吹っ飛ぶ。
「ほら藤井さん」
「え、私?」
伽里奈は藤井の腕を掴んで強引に立ち位置につかせる。
「あの人、単に見に来ただけだから大丈夫だよー。午後はウチの温泉につかって、昼寝するだけなんだし。本来は霞沙羅さんに会いに来ただけだから」
「え、ええー」
「さあさあ、A組だってやらないと、時間が勿体ないよ」
「わ、解ったわよ」
「ほい、一ノ瀬さんも。挨拶がしたかったら、後でボクが下宿に連れて行ってあげるから」
「か、伽里奈アーシア、ってば」
A組でもトップに君臨する一ノ瀬がやれば他の生徒も後に続くだろうとこの2人を引っ張り出した。
「フワフワのパンケーキ作ってあげるから」
「わ、解ったわ。絶対よ。約束だからね」
デザートの一言にほだされて、一ノ瀬が{発火弾}を撃つと、「私もよ」と言って藤井も撃った。
さすが本物の魔法だけあって、気持ちいいくらいに雪のブロックが砕け散った。
「良いでござるな。では補充をするでありんすよ」
機嫌が良さそうに吉祥院が雪のブロックを作り始めたので、これは大丈夫だ、とようやくA組の生徒達も動き始めた。
* * *
午前の授業が終わると吉祥院はやどりぎ館に帰っていき、放課後になると、伽里奈は待ち合わせていた一ノ瀬と藤井を連れてやどりぎ館に帰った。
今日は休日で館でのんびりしている、異世界人のアンナマリーがいるから注意をしないといけないけれど、そこはシャーロットが相手を引き受けてくれて、2階の部屋で動物の動画でも見る事になった。
最近のアンナマリーは子猫の動画に目がないらしく、お気に入りの投稿者さんの家に新しくやってきた子猫が気になるようだ。
「良い感じの洋館ね」
「隣が霞沙羅さんの家だよ」
「こんな所にお住まいだったのね」
2人を連れて館の中に入ると、温泉から上がってすっぴんの吉祥院がソファーでくつろいでいた。
すっぴんだと結構な和風美人だし、威圧感が激減している。これは運が良い。
館の事実を知らない地球の人間が来てしまったので、シャーロットはアンナマリーに事情を説明しに2階に上がっていった。
「き、吉祥院様、よ、よろしくお願いします」
それでも緊張でガチガチになりながら、2人は吉祥院と向かい合うようにソファーに座った。
「はーい、まずはお茶だよー」
挨拶をしたはいいけれど、中々会話を切り出せないところに、伽里奈はお茶を持ってきた。
「ところで、夕飯もあるだろうし、パンケーキは小さめでいいよね?」
「え、あ、うん」
この挨拶の後は、やどりぎ館からは距離のある2人の自宅に帰るとはいえ、夕飯の邪魔にならないように、パンケーキの調理に入った。
「2人は小樽に住んでいるでござるか?」
待っていてもなかなか話が始まらないので、吉祥院は苦笑いをしながら、差し障りの無い会話から始めた。
「い、いいえ、札幌の、手稲の駅の近くです」
「寺院の近くでありんすか? まあ家の仕事も手伝っているようでござるしな」
「い、一応サポートなんですけど」
一ノ瀬と藤井も、お茶で喉を潤しながら、なんとか吉祥院と会話を続けた。
伽里奈はとりあえず今館にいる人数分のパンケーキを焼いた。まだ帰ってきていない霞沙羅とフィーネの分も残しておかないと、後で何を言われるか解ったモノじゃないので、2人分の材料を入れたボールは冷蔵庫に保管しておいた。
シャーロットは2人分のケーキとジュースを2階に持っていき、エリアスとシスティーは食卓で、伽里奈達はソファーで食べる事にした。
「か、伽里奈アーシアのデザート!」
半径は小さくなってしまったけれど、メレンゲを使った生地でフワフワに膨らんだパンケーキにはシンプルに粉砂糖と蜂蜜がかかっている。
「フワフワ」
「お店みたい」
「アリシア君は相変わらず上手いでござるな」
「き、吉祥院様は伽里奈アーシアの料理を知っているんですか?」
「そうだねえ、横浜のワタシの家にいて貰った時期があったでござるよ。その時にー」
美味しいおやつを一緒に食べて、ほんの少し緊張感も薄らいで、2人は満足のいける挨拶をして帰っていった。
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