アリシアのとりあえずの居場所 -3-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
ゴーレムを使った演習は10班分を行い、今日はそれで終了した。
当然のようにゴーレムの攻撃を食らった怪我人が出ているので、アンナマリーのような神聖魔法要員達の練習にもなり、いい経験になったと思う。
そこに神官のフロイトがやって来て
「アリシア様、よろしいでしょうか?」
「え、ええ何ですか?」
「アリシア様は、オリエンス教の教皇様から特別名誉神官の地位をいただいていますね?」
「そうですね、冒険者時代に」
神官ではないけれど、神聖魔法をその辺の神官よりも理解し、魔女戦争で数々の功績を挙げていたアリシアを、今の教皇が信者として称える為に任命した位だ。
神官としての地位ではないけれど、「教皇から認められた者」として、ある程度施設を使う事が許されているし、神官達は使わせなければならない、という何とも言えない地位を持っている。
ただ、剣士であり、魔術師でありながら、上位級の神聖魔法を使える事は、他の教団の神官の間でも有名な話だ。
「その腕前を見込んで、我がギャバン教神官へ神聖魔法を御教授いただけないかと」
「いやー、フロイトさん、ここってオリエンス教の教会もあるし、イリーナも時々来るみたいだし、それはちょっとマズいんじゃないかなーって」
ヒルダの一家はギャバン教徒で、その信仰と寄付もあって、モートレルには中々立派なの神殿が建っている。
フロイトはその神殿に所属して、見返りとしてパスカール家に協力している神官の一人だ。
ただ、領主一家はギャバン教に肩入れしているけれど、他の教団を否定しているわけではないので、それらは住民や旅人達の寄付で支えられ、神殿ではなく教会という小ぶりな施設で、オリエンス教やアーシェル教、ヘイルン教も活動していて、住民は信仰の自由が許されている。
それにアーシェルは大地、オリエンスは商いだったり、ヘイルンは豊穣も司るから、肩入れしないまでも領地を運営するなら他宗派も無視できない。
だから騎士団の騎士だってギャバン教信者だけではない。
そんな状態でオリエンス教信者として有名なアリシアが堂々とギャバン教だけに神聖魔法の教育を行うとか、それはさすがに出来無い。そんな事がイリーナにバレたら、すぐに教皇から怒りの呼び出しをくらうだろう。
「私が話してしまったから…」
2人が話をしているのを聞いて、アンナマリーがやって来た。
アリシアはオリエンス教徒なのに、ギャバン教徒であるアンナマリーに対する教え方がとても上手かった。あの祈りの源である「愛」という考え方は、騎士の仕事をする上で今も考えさせられている、
「でもアーちゃん、ギャバン教の教皇様とも知り合いじゃない?」
「イリーナだってその信者のザクスン王家にも顔は利くけど、さすがにボクが依怙贔屓するのはまずくない?」
ギャバン教の聖都はお隣のザクスン王国にあって、冒険者時代に色々と依頼を受けた事もあって、6人全員がそこの王族にも顔が利く状況になっている。
「いや、でもアリシア様のあの教本はとても解りやすかったから…」
「ん? んー、まああのテキストは、全教団に対応するように作ってるけど」
一部教団専用の魔法はあるけれど、基本的には各神様への信仰心を元に力を借りるのが神聖魔法だから、日本にたどりついてアリシアが纏めた教本は、それぞれの教団に対応した言い回しにすれば、共通の魔法が教えられるように出来ている。
これはちゃんとエリアスの監修も受けているので間違いはなく、アンナマリー用のテキストも渡す前に言い回しを変えてある。
恐らくエリアスを通すか、たまに一泊しに来るので、その時にオリエンス神に許可を取れば問題は無いだろうけれど、人間社会では問題がありまくりだ。
何と言ってもフラム王国の王家はオリエンス神の信者だから、貴族のアリシアが国王に何の相談も無く急に改宗したのかと疑われ、国にいられなくなる可能性だってある。
宗教問題は中々に根深い。
「なら、宗派を問わずに希望者を全員集めればいいでしょ?」
「ヒルダ様、それは名案ですな」
「それで仮にギャバン教信徒しか集まらなかったとしても文句は言えないでしょ」
「う、うーん? 何か騙されてる?」
「イリーナにそれとなく言っておくわよ、オリエンスの教会にも声をかけるって」
「イリーナが厄介事に巻き込まれなきゃいいけど」
* * *
アンナマリーが夜勤の際には夜食を持たせているけれど、騎士団の夜食を作るのは今回初めてだ。
アリシアは館の仕事を終えて、夜の騎士団事務所に行き、早速厨房に入った。
基本的には軽めの食事が出されるそうなので、湖の魚の話になったこともあって、フィッシュフライのサンドを作る事にした。
「簡単にねー」
魚自体は既におろして、指示したとおりの下ごしらえをして貰い、パン粉も削って貰ってある程度の準備は終わっている。
夜食としては普段はスープ系が多いので、今日はちょっと手間がかかっている。しかし美味しい料理になるのならと、その手間を惜しまず、今日の料理担当者はやってくれた。
「揚げる前にソースを作ろうねー」
夜だけどヒルダとレイナードも見に来ている。やはり騎士団の料理が気になるようだ。
「ライアの所で作った、エビフライに使ったソースだからね。この魚は淡泊だけど、ちゃんと下味をつけて、油で揚げて、ちゃんとしたソースをつけて食べれば、大分変わるよ」
魚の大きさはそれなりだけど、川魚特有のあっさり感があって、ちょっと満足感が足りない。
それをパン粉を纏わせて油で揚げてジューシーにして、下味とウスターソースかタルタルソースで味の淡泊さを補ってあげれば、誤魔化せる、というか、調理で美味しくなる。
「お昼ご飯に出してもいいのよね」
「いいと思うけど」
厨房担当者にフライの手ほどきをして、ソースの作り方を教える傍ら、別に用意して貰っていたお米の麵の準備を始めた。
お米の麵はスープに入れて具材として食べるのが殆ど。同類のフォーでも作ろうかと思ったけれど、今回は炒めるビーフンを選んだ。
「今回は野菜と湖のエビにするけど、ベーコンとか腸詰めもでいいし、カレー風味にしてもいいかなー」
「カレーを使うの?」
「スープに入れる粉を調合するでしょ、あれをかけて炒めるんだよ。ちなみに、炊いたお米その物をカレー粉と具と一緒に炒める、ドライカレーっていうカレーの亜種も出来るよ」
「色々あるのね」
「今そこでフライを作ってるけど、あれの下味に使っても良いんだよ」
「あの粉って便利なのね」
アリシアから教えて貰ったカレー粉の調合は、この厨房にもメモを貰って一応確定した。
アリシアからは具材によっては配合を変えても良いと言われているけれど、慣れるまではしばらく変えない予定だ。
ただ、それを別の料理の下味等にも使えるというのであれば、面白い。
そして具材の準備をしていると、油でのフライ作業が始まったので、アリシアもビーフンの調理を始めた。
今回も新しい料理なので、ヒルダの期待を背負った厨房の人達もしっかりと指示通りに動いてくれた。
「そろそろ何かを町の食堂にも下ろしていきたいわね。この食堂だけで終わっているのは勿体ないわ」
「旅人も多いから、名物料理を作ってもいいかもね。ハルキスの所はホワイトシチューを出すみたいだし」
旅人や行商人、冒険者など、街道を通ってモートレルを出入りする人がいるので、口づてで「あの町の料理は美味しい」と広がっていけば万々歳だ。
「うーん、関係者を集めて聞いてみるか」
この厨房でも当たり前に作れるようになっている料理なら、アリシアがいないところでも、食堂経営者から希望者を集めて教える事が出来る。
そうだとすれば、まずは必要な食材を纏めて、値段的に大衆食堂で出せるモノなのかどうかを調べてから、声をかけてみるという事になった。
そして調理が終わり、夜食の時間になった。
「あの魚が美味しく仕上がってるわね。ライアの所で作ったこのソースもこの町でもつくれるのが解って良かったわ」
団員達が来る前に、もうヒルダが食べ始めてしまっている。
「身もフワフワな感じに仕上がっている。揚げたてもあってなかなかいい」
「この麵もいいね。あの湖のエビの味も出ているしね」
フライはともかく、ビーフンは貴族が家で食べるようなモノではないけれど、騎士団の食事としては全然いける。
パスタと同じで、色々と具材と味を変えていけば、ローテーションも出来る。
「あなたたち、いけそう?」
「ええ、これなら」
「この2つのソースは色々と使えそうですね」
ウスターソースは本当はもう二、三日くらい寝かせて欲しいけれど、今日は仕方が無いので、メモを残しておく事にした。
厨房の人達も味見で食べて満足そうだ。
「あの、ヒルダ様、そろそろ我々も…」
夜勤の団員さん達も美味しそうな匂いを嗅いで、腹を空かせて待っていた。
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