アリシアのとりあえずの居場所 -2-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
ヒルダに紹介された工房に向かい、まずは指定の箱が作れるかの確認を取った。
「金属の容器だけでいいので?」
あのアリシアから仕事の発注が来るとの事で、工房主のおじさんが嬉しそうに対応してくれた。
「外装はボクの方で用意するんです」
出来上がった容器へはアリシアが魔術回路を刻むから、欲しいのは中に納める容器だけだ。
「ええ、できますよ。形と大きささえ教えていただければ」
武器や防具ではない、ちょっとつまらない仕事ではあるけれど、相手は高位の魔導士としても名高いアリシアだ、と思うと、最終的に完成する何かの重要なパーツになるのだろうと考える。結構名誉な話だ。
「これとは別件ですけど、普通の宝箱も頼めます? そこの学校に部屋を貰ったので、置いておくんです」
「ええ、そちらは少々時間がかかると思いますが、問題無く」
「そうですか。じゃあ大きさが決まったらまた来ますねー」
業者も見つかったし、早速サイズを決めよう。
用事をを済ませて、アリシアはやどりぎ館に帰った。
* * *
翌日には、アリシアは分校で貰った部屋の環境を整えて、相談をした鍛冶屋に、作って欲しい容器の図面を渡して、宝箱と一緒に製作に入って貰った。
出来上がる予定の箱は標準的なキャリーケースくらいのものにした。
それに取り付けるギミックと外装はやどりぎ館でも準備が出来るので、ボチボチと作業をしつつ、金属の容器が出来上がるのを待つことにした。
それから、分校で使っている教材を一部貰ったり、どういうカリキュラムなのかの資料も受け取り、騎士団にやって来た。
騎士団の鍛錬を手伝って欲しいと言われていたのだ。
勿論、ヒルダほどではないにせよ超一流の剣士でもあるアリシアとやりあうのではなく、団員達に騎士としての経験を積ませるための鍛錬だ。
「じゃあ、決めて貰った班ごとにボクの作ったゴーレムとやりあって貰いまーす」
ゴブリンやオークなどの人間と同じようなサイズの魔物ではなくて、悪い魔術師が繰り出してくる定番のゴーレムであったり、オーガなどの大型の魔物といった、普通は大勢で取り囲んで退治するモノへの経験を積んで貰う。
分校の魔術師でもゴーレムを作れる人間はいたけれど、一日に作れる数やクォリティの問題もあるし、一番大きいのは戦いの経験値が足りないので練習に対応した細かい調整に手が回らず、これまで練習は出来なかった。
なので、折角アリシアが手を貸してくれるなら、そのサイズ感を学んで貰いたいと、ヒルダの意見も入れて今日のメニューを決めた。
勿論死人が出ないように調整したゴーレムを作成するけれど、練習とはいえ真面目にやらないと大怪我はする程度にはなっている。
ヒルダなら素手殴りでも一撃で砕け散ってしまうレベルであっても、大概の団員は1人ではフル装備でも太刀打ちできない。それを皆で破壊して貰うことで、各々の役割やフォーメーションなどを確認して欲しいというテーマがある。
「【立て魔繰兵・土】」
伽里奈の魔術により、全高5メートル程の土の巨人が作成された。外見はお相撲さん体型の、フルプレートアーマーの剣士にデザインした。
「こんなの中瀬達には出せないなー」
ゴーレムを作っていて高校の事が頭をよぎった。
練習用なので手加減したパラメーターにはしてあるけれど、しっかり戦闘用だ。学生ならシャーロットは当然として、一ノ瀬とか、現役で家の手伝いをやっているあのレベルでないと傷一つつかない。
怪我をしないVR機器を使っての将来への予行練習は悪くはないけれど、逆に実体験は学生であってもやっておいた方がいいと、ふと思った。
「じゃあ最初の人達よろしくねー」
攻撃を当てるとゴーレムを形作っている魔力が削られていき、段々と壊れていくようなギミックにしてある。物理攻撃でも良いし、魔法を当ててもいい。とにかく班の皆で壊せばいい。
最初の10人組が出てきて、早速ゴーレムとの演習を始めた。
* * *
団員達の演習を横目にアリシアはというと、ゴーレムが暴走しないように気にしながら、ヒルダに対して、モートレルから歩いて数時間の所にある大きな湖で獲れる魚の話を始めた。
湖に接している町は、荷馬車を使えば片道2時間あれば着くような距離なので、このモートレルの店舗でも食材の一つとして売られている。ただ種類は多くはないし、味は淡泊なのだという。
「でも揚げてソースを使えばいいし、小型だけどエビも獲れるんだねー」
地球でいえばテナガエビに代表されるやや小ぶりな淡水エビも獲れるようだ。
湖はパスカール領以外にも跨いでいるくらいに大きく、漁業としては成り立っているし、旅人も魚が食べられるからと、わざわざ足を伸ばしてそちらに宿泊する人もいるくらいだ。
「じゃあタルタルソースとウスターソースを作って、揚げて、パンにでも挟んで食べようねー」
いずれチリソースとか中濃ソースも作りたいけれど、まずは出来る範囲で始める。
「エビはどうするの?」
「小さくてエビフライみたいにはならないから、フリッターとか唐揚げとかがいいかなー。後はスープとかパスタの具にするとか」
「じゃあ早くやりましょう」
「あのー、これでも騎士団の面倒を見てる最中なんだけど」
「そうだったわね」
「今は材料もないしねー。後でリストを渡すから、揃えておいてね」
すると早速ヒルダが屋敷から人を呼んで、早々に食材リストを作成させられて、町に買いに行かせた。
「もー」
「ライアの所ばかりいい料理を作られて癪なのよ」
「あのねー、砂糖の件を話したばかりなのに」
砂糖の原材料になる事が解った甘蕪は早々に出荷が止められて、まずはモートレルのどこかの空き家を作業場にして、砂糖作りを始めるそうだ。
それと同時に、来年からの甘蕪増産に向けた畑と種の確保も勧めているという。
「ところでヒーちゃんも剣の鍛錬を続けてるんだよね?」
「それはね。領地運営の傍ら、毎日少しでも時間をとってるわよ。そうじゃないとデスクワークが多くてイライラするのよね」
伽里奈を名乗っていた時期に「試験だ」と目の色を変えられたり、この前も霞沙羅を相手に超ご機嫌だったりと、領主になってもまだ強さを求めているのはハッキリと見えている。
「じゃあさ、奪還準備をしてる時に、ボクが変な技を使って壁の向こうに攻撃したのを覚えてる?」
「あれって、魔法じゃないの?」
「あれは拳法って言って、素手での格闘術なんだけど、それに関係した技なんだよ。ヒーちゃんだって武器を持ってない時だってあるでしょ?」
「そうね」
「何かあれば相手を取り押さえたり、無力化したりもするだろうし、そういう時にもいいんだー。魔術と違って、使い方さえ身につければ誰でも使えるしね。ヒーちゃんくらいになれば無意識で使ってるから、それを意識して使えるようにすれば、剣術にも応用できるから」
「それは面白そうね」
アリシアは書類を置いて、立ち上がる。
「今は館にいないけど住民のユウトさんとか、前の管理人さんに教えて貰った練気闘術って言うんだけど、生命エネルギーに「気」っていうのがあってね、それを体内で練って、外に撃ち出したり、体に行き渡らせて強化したりして使うんだ、ちょっと見ててね」
3年間の生活でとっくに習得しているので、練気をするのに時間はかからないけれど、知らないヒルダに解りやすいように、深く息を吸って吐いて、右手を前に突き出して、掌に気を練り上げる。
「これを」
手加減しているとはいえ騎士団の施設を壊したくないので、殴ってるわけじゃないぞと解らせるために、地面にゆっくり手を当てると、ボコッとヒビが入って、大きく凹んだ。
「この前のはちょっとした応用で壁を突き抜けたけど、これをあの残党さんに当てたんだー」
冒険中にはアリシアに魔法が使えるように教育されているので、ヒルダも魔力の動きを感知する事が出来る。なので、今のアリシアが魔力を一切使用していない事は解る。
ただ、剣士としての感覚で、アリシアの体内に、今はうまく表現できない何か大きな力が膨れ上がった事は理解した。
「面白そうね」
魔力と違って知識が必要ではなさそうだ。
体一つで出来るのであれば、ヒルダにも習得が出来る。いや、そっちの技術の方がヒルダにとってはどんと来いだ。
「自分の防御に使ったり、瞬間的に瞬発力を上げたり、剣術に応用も出来るから、ちょっと覚えてみない? 霞沙羅先生も使えるからさ」
「やりましょう、やりましょう」
これは面白そうだと、ヒルダは食い付いてきた。
常人とは段違いの身体能力の持ち主ではあるけれど、強さに上限は無い。剣士であるならば、まだまだ強さを求めなければならない。
「とりあえずは「気」を意識する事が重要だから、しばらくは今のを教えられないけど、毎日ちょっと時間をとって続けてくれないかなー。こんな感じで」
アリシアはヒルダの前に立って、両手を握る。それで練気を行う。
「何となくだけど伝わる?」
「ええ、解るわ。ホント、魔力じゃないのね」
「ヒーちゃんとかハルキスとかイリーナなら何となくやってると思うから、感覚を掴むのは早いと思うよ」
そして手を放して
「こうね、このお腹の下辺りに意識を集中して、ゆっくり体に力を入れて、そこに力をため込むように、最初は目をつぶってやった方がいいかな」
「こ、こうね」
ちょっと足を広げるように立ち、アリシアに言われた事を、何となく頭で理解して、今感じた力と同じモノを体から汲み上げるように、下腹部に意識を集中する。
「やっぱり専門職は違うなー」
「出来てる?」
「練りはまだ弱いけど、全然出来てるよ。まずはこれをね、時間がある時で良いから、毎日繰り返しておいてくれない?」
ヒルダも体が少し熱くなってくるのを感じた。
「素振りの時間にでもやる事にするわ」
「そうだねー。まずはお腹の所に練り上げる事だけやってね」
「ええ、解ったわ」
「その内これをこうして」
アリシアは側の壁に立て掛けられていた練習用の剣を握って、何となく振るうと、地面がスパッっと深く切れた。
先日の試験の時のように、凄まじい剣速で斬ったわけではない。剣先から何かが伸びたのが見えた。
「魔剣を持ってなくても出来るようになるから」
「アーちゃんだけじゃなくてカサラさんも出来るのね?」
「出来るよ。こういうのは榊瑞帆さんていう、霞沙羅さんのところの剣士の人が上手いんだけどね」
これは面白い事を教わったと、ヒルダは早速日課に組み入れようと決めた。
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