これまでの事と、これからの事 -1-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
翌日からはシャーロットを迎えた、E組の授業が始まった。
海外留学という形であっても、シャーロットは実際の所、授業に参加するわけではなく、一歩引いた立場から自国と日本の魔術教育を比較しつつ、自国のより良い教育について提言するレポートの作成を行う事が課題だ。
教師からすると、自分が評価されているような感じになってしまうけれど、シャーロットのレポートは完成後に参考として貰えることになっているので、来年以降の、小樽校の教育方針に影響する事となる。
これが良いか悪いかは別として、今やっている授業を粛々と進め、レポートの手伝いをする、というのが教師に課せられたミッションだ。
そしてシャーロットの相手をする伽里奈だが、これは霞沙羅から高校教師達にようやく明かされた話になるけれど、これまでの中瀬と早藤等のE組生徒との付き合いから、既にいくつかの改善ポイントが出されている。今後は直接現場を見て貰いながら、今はあまり予算を使わない方向で、可能な改善を提案する事になっている。
結局、転属した伽里奈を高校レベルで評価することが出来ないので、授業中はシャーロットと、教師のサポート役として配置するしかなかった。
そんな事とはつゆ知らず、E組生徒は伽里奈とシャーロットを新しいクラスメイトとして迎える事となった。
この春にようやく本格的に魔法を学び始めたE組生徒達には、この「ホールストン家」の事は「なんかすごい古い家」としてしか認識しておらず、「まだ13才なのに大学進学がほぼ決まっているすごい子」という扱いで、早速女子達が休憩時間にあれやこれやと質問している。
話の大半は私生活やロンドンの生活の話だが、シャーロットにとってはその方がいいのかもしれない。
「あっちの校舎がデコレーションされているのはどうして?」
こっちの校舎は先日の事件のせいであちこちブルーシートがかけられていたり、足場も組まれ始めて絶賛修繕中だけれど、普通科の方は朝から生徒が総出で飾り付けをしていたので、事情を知らないシャーロットが女子達に質問した。
「普通科は明日から3日間学園祭なのよ」
「学園祭なんてお祭りがあるのね。こっちは無いの?」
「魔法術科は無いのよー。ずっと勉強ばっか。でも土日もやってるからは遊びに行ってもいいのよ」
「ねー」
一般公開日の土日は当然、学校はお休みなので、魔法術科からも見に行く生徒は多い。
「伽里奈君はどうするの?」
「ボクは、土日に参加するよー。ウチのクラスは喫茶店なんだ」
転属になったからといって、もうシフトに組み込まれている伽里奈に抜けられてしまうとマズい、とクラスからの直訴があって、内輪のみで比較的のんびりしている金曜日はシャーロットの相手をして貰って、土日は普通科での最後の2日間として参加することになっている。
今頃エリアス達は楽しく準備をしているんだろうなと、思いを馳せる。
「カリナ、私も行っていのよね?」
「うんどうぞ。飲み物と軽食くらいしかないけど」
「伽里奈君は食べ物に何か口出ししたの?」
「ボロネーゼとホットケーキ」
メニュー作りの際に撮った写真を見せた。
ボロネーゼはミートソースだと思われないようにクリーミーに仕上げ、ホットケーキは4センチ厚のモノを2枚出すことになっている。
そのビジュアルはまさにお店クオリティ。
「えー、食べたい」
料理の授業で伽里奈の腕前は皆の中で保証されているから、クラスの出し物に関わっているならそれは期待が出来る。
「伽里奈、お前まさか変な衣装着ないよな」
中瀬が話に入ってきた。
「そんなー、変な格好なんてしないよ。自前のメイド服を着るくらいだって」
「そ、そうか」
まあ中瀬にとっては伽里奈が女装することは当たり前になっているけれど、このクラスの人間の半分以上はその事を知らない。
知らない女子達は「学園祭の出し物だしねー」と面白がっているけれど、伽里奈が自前と言ったことをどうもスルーしているようだ。ひょっとするとパーティーグッズの安物のメイド服でも着ると思っているのかもしれない。
こいつちゃんと自分で作るんだぞ、と同じく事情を知る早藤と目を見合わせて苦笑いするしかなかった。
* * *
今日の夕食が終わった頃、裏の扉から人が入ってきた。霞沙羅が連絡を取っていた、前管理人夫婦とその子供の3人だ。
「純凪モガミ」は黒髪とほんのり無精髭の男性。向こうの世界では世界最高クラスの格闘家だ。料理上手でDIYも得意。
「純凪アリサ」は長い黒髪をポニーテールにした女性。向こうの世界では世界最高クラスの魔術師。清掃の達人。
夫婦ともに現在は30代半ば。若い頃に、魔の力を悪用して世界征服を企んだ秘密結社を壊滅させた功績を持つが、その際にモガミが大きな怪我を負ったので、しばらくの療養と趣味を兼ねて、十数年間やどりぎ館の管理人をしていた。
かねてより政府に後進の指導を乞われていた事から、管理人の退職希望を出して、そこにちょうど魔女戦争が終わった伽里奈とエリアスが後任としてやってきて、仕事の引継ぎと復帰の準備等々を終えて、この春に自分の世界に戻っていった。
そして最後の「純凪エナホ」はこの夫婦の子供で、伽里奈とエリアスが来てすぐに生まれた、まだ3歳の男の子。最近おむつが取れたらしい。
彼らの世界は、今の日本の発展したような文明が世界一面に広がり、住んでいる人間もアジア系の見た目をした人種しかいないのが特徴だ。
だからご近所さんが遊びに来たようにしか見えず、管理人だった時はこの町に溶け込んでいて、伽里奈とエリアスのような気苦労はなかった程だ。
「あ、お久しぶりです」
この3人がやどりぎ館を出て行ってからもう半年以上経つ。それからは連絡を取っていないので、本当に久しぶりだ。
「どうだアリシア、上手くやれているのか?」
「え、ああ、いえまあ」
「ははは、こやつはとうとう自分の世界に顔を出しよってな。少々忙しくはなったがよくやっておるよ」
「そうか、事情があったとはいえ、帰る場所は大切にしておいた方がいいぞ」
エナホがフィーネのところにトコトコとやって来た。
「あらー、そうなの。だったらエリアスちゃんはどうなったの?」
フィーネはエナホを抱き上げた。
「よしよし、あの小娘は小僧の嫁として一応は顔出しをしておる」
この夫婦もエリアスの正体を知っているから、知らない人間の耳に入らないように何となくぼかしておいた。
「なんとかやっているワケだな」
この夫婦の場合は組織からは一旦引退はしていたけれど、裏門からいつでも自分の世界と行き来できるようにしていて身を隠してはいなかったから、自国の政府や知り合いとの付き合いは切っていなかった。
「フィーネおばたん」
「何度も言うておるが我はおばさんでは無いぞ。しかしおむつが取れたそうじゃな。名残惜しいが、小童も成長しておるということじゃな」
おばさんと言われてもフィーネは怒らずに、あまり見せる事のない優しい笑顔でエナホを膝に乗せた。
エナホの方も久しぶりのフィーネおばさんの膝には素直に座っていて、「小童」などと言われていはいるけれど、両者の関係は良好だ。
普段の性格的に想像しづらいけれど、フィーネはこのエナホのおむつを替えてあげたり、夜泣きをあやしたりと、夫婦が忙しい時に世話をしていたから、ここまで懐かれているのだ。
「それで霞沙羅はどうした?」
「一旦家に戻って資料を印刷してますから、そろそろ来ると思います。お茶を出しますね」
「小童にはジュースじゃ」
「はーい」
コンビニに行っていたエリアスとシスティーも帰ってきて、3人に挨拶をした。
しばらくして霞沙羅もやって来て、久しぶりに集まったので、しばし、談話スペースでそれぞれの現状の話をしていると、温泉に入っていたアンナマリーとシャーロットが出てきた。
「だ、誰なんだ?」
もう夜だというのに、談話室に急に知らない人間が3人もいたから、アンナマリーは驚いた。
「あーん、小さい子供がいる」
シャーロットはフィーネの膝に座っているエナホが気になったようだ。
「半年前までここの管理人だった人達だよ。霞沙羅さんとちょっと話があるから来て貰ったんだー」
「その2人が新しい入居者か?」
「ボクの世界から来たアンナマリーと、ロンドンから来たシャーロットです」
「シャーロットは私が呼んだんだがな」
「若い子が2人も来て賑やかになったのね。ところでユウト君は?」
「あやつは格闘大会に参加しておって、不在じゃ」
「なるほどな、そういう時期か」
黒ネコのアマツもやってきて、エナホにナデナデされにいった。
「まあそっちも明日は仕事があるだろうし、詳しい話しと、軍と協会からの依頼を伝えたい」
「エナホ君はここで遊んで貰って、話は2階の部屋でしましょうか?」
フィーネを始めた女性陣はまだまだ子供のエナホに構いまくっているので、伽里奈達は2階の部屋で、あまり使われないので締め切っている2人部屋に移動してきた。
「ボクとエリアスが下に降りてから使ってないんですよねー」
階段のあるロビーの真上に位置する2人部屋は、伽里奈とエリアスが管理人になる前に住んでいた場所だ。
アンナマリー達が住んでいる部屋の2倍のサイズで、2セット分の家具が置かれている。夫婦だったり兄弟や姉妹のような2人組用の部屋だ。
「それで、あの話は本当の事なのか?」
当然、モガミとアリサの世界から来た道具が地球とアシルステラにあったという話だ。
「アリシアの所は100年前から存在したようだし、新規のモノが両方の世界でほぼ同じタイミングで事件で使われた」
霞沙羅は自分が作ったレポートをモガミとアリサの2人に渡した。
「それで、同じ人物ではないだろうが、同じ流派の人間が関わっているようだ。レポートにも書いているが、流派のクセが残っている。この流派の人間をあたってもらえないか?」
「ああこれか。霞沙羅らしいな」
「時間をかければ探せるとは思うけれど、どうやって異世界を移動しているのかしら」
どの世界にも異世界間移動の魔法というモノは無い。
だがこのやどりぎ館がある。それにどことは聞いてはいないが、もう2軒程、同じ役割の建物があるとは聞いている。
「世界間移動が出来ないという考えはまず無しにするべきだな。俺達の世界の魔術を、霞沙羅と伽里奈が確認したというのなら疑うのはよそう」
「そうね、情報を集めてみるわ」
自分達の世界の人間がよその世界で何かをしているというのであれば止めなければならないし、自分達の世界でも安心は出来ない。であれば、自分達のいる組織に情報を提供し、対策をしておくべきだ。
「しかし、機会があればこの館に宿泊したいものだな」
かれこれ十数年をここで管理人として生活をしてきた純凪夫婦だけど、一度のんびり、お客として過ごしてみたいと思っている。今年に入ってからはもう伽里奈達が管理している状態だったけれど、その管理人視点を捨ててということだ。
べつに伽里奈の管理にツッコミを入れたいわけではなく、新しい仕事も落ち着いてきたので、単純に久しぶりに北海道旅行でもして、ちょっと骨休めをしたい。
「3人ならこの部屋を使えばいいですよ。追加ベッドもありますから」
「もうすぐ雪も降るしな。今3人が住んでいるところは雪も少ないんだろ?」
「そう言われるとスキーもしたいところね」
小樽のスキー場はこの館から歩いて30分程の所にあるから、ちょっと滑ってきて、その後は館の温泉でまったりして雪見酒、というような事も出来る。
「来る時は遠慮なく声をかけて下さいね」
フィーネ達にちやほやされて疲れたのか、寝てしまった息子を連れて、純凪夫婦は帰っていった。
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