新しい入居者を迎えよう -2-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
道内最古の洋食屋のカレーライスに満足したシャーロットはすっかり元気を取り戻し、霞沙羅の車は小樽に戻っていく。
ロンドンから成田の便はビジネスクラスだったので、食事は良かったそうだが、和食はちょっと、ということで洋食にしたら、日本の会社の便なのに日本が感じられなくて残念だった、と熱く語ってくれた。
「明日からのお昼ご飯はお弁当にする? ボクともう1人はお弁当だけど、学食も悪くないよ」
これは業務上必要な確認なので、明日からの予定を聞く。
「学食も案内するから、後で決めようねー」
「ええ」
シャーロットの目が泳いでいるけれど大丈夫だろうか。バラエティー番組のイギリス料理は散々な評判だったから気になって仕方が無い。いやいやそんな話なのか、時差ボケなのか、日本に来て戸惑っているのか?
「本当に異世界人なの?」
《そういうこと?》
「そうだよ。今舘に住んでる人で霞沙羅さん以外は全員異世界の人だよー」
「管理側だが、1人は星霜の剣もいるぜ。吉祥院が同じようなのを持ってるから知ってるだろ?」
吉祥院一家は、現時点で日本国内最高の魔術士の家系で、遠く離れたイギリスでも業界人なら知らない人間はいない程の人間だ。
「改めてそんな家に住むって考えるととんでもない事ね」
「魔術師としては面白いだろ?」
「本当に彼はこちらの魔術には精通してるの?」
「私と吉祥院が教えたからな。向こうの世界では剣と魔術を操る英雄だし、お前より上なのは保証するぜ」
「何でそんな人がここにいるのよ」
「下宿とか宿とか食堂とかがやりたくて、貴族になりたくなかったから逃げてきたんだよ」
「なんか頼りない」
「えー」
「でもいい人そうね」
「私も色々頼んでいるが、人はいいぜ。だから色々無茶振りしてやれ」
「とりあえずよろしくねー。食事のことでリクエストがあったら遠慮なく言ってね」
「こ、これ、作れる?」
シャーロットがリュックから、嬉々として観光雑誌を引っ張り出して、札幌のラーメン特集ページを見せてきた。
「ラーメンは月に1、2回は作るよ」
「豚骨は強烈に匂うから作らないが、醤油と味噌と塩は作れるぜ」
「こ、これも?」
「餃子は作るよ。水餃子もいけるし、ラーメンは汁無し系も作るよ」
「ラーメン食べたいのか?」
「日本と言ったらラーメンじゃない?」
「たしかに北海道はラーメン屋多いがな。画像は送ってるが、こいつのラーメンは中々いけるぜ」
この後、学校に着くまで色々と食べたいモノについて話しをされた。
折角外国で生活するわけだから、色々楽しんでいって貰いたいけれど、やっぱりこの子は腹ぺこさんだった。
* * *
高校に着いてからは、まずは高校の基本事項と魔法術科での生活の説明を受けた。
E組の担任は33歳の女性で、小樽大出身者。この人がE組全部の授業をやるわけでは無く、火系の授業を担当している。
「悪いなあ、急に編入させて」
「大学から正確な話は聞きました」
伽里奈が横浜大で行われた臨時の卒業試験で、全教授が口を揃えて「教えることが何も無い」と評した試験結果は見せて貰い、その以前に吉祥院の助手としてサポートをしていたという
経歴も開示してある。
もはや自分達には手に負えないけれど、ホールストン家長女の相手をさせる人材は伽里奈しかいない。
自分の受け持っているE組の平均成績がBCD組よりもちょっといいのは、伽里奈が一部生徒に関わっているからという事も解っている。
E組の事情はわかっているし、顔見知りもいるならクラスに溶け込めるだろう。
「学生同士の決闘みたいな制度はあるが、上級生やA組から喧嘩を売られても買うなよ。お前らが絡んだ申請は全部却下だ。教師共もそう伝えてくれよ」
決闘は生徒同士の向上心を育てるための制度だ。基本的には授業では計れない、クラスメイトとの差や自分の実力を理解させるもので、喧嘩や自分の力をひけらかすものではない。
「大佐から見てもそんなに危ないんですか?」
40を前に退役した元軍人の教師が話しに入ってきた。霞沙羅の部下では無いけれど、最終階級が曹長だったので、今でも霞沙羅は格上だ。
「シャーロットは今すぐにでも軍でやっていけるレベルだし、伽里奈は、先日の事件で何やったか解っているだろ?」
「そうでしたね…」
襲撃事件の後、霞沙羅と伽里奈の2人が鐘から出てきた幻想獣と戦っている映像が出てきたので、教師達には伽里奈の力が解ってしまった。
とどめを刺したのは霞沙羅で、伽里奈はバックアップする位置にいたけれど、守られていたわけでなく、伽里奈への迎撃は自分でちゃんとやっている。という事は、少なくとも
同じ戦場に立っている霞沙羅が援護をしてやる必要が無いという事であって、学生ではあり得ない実力を持っている証拠といえる。
「さすがに学生とはやりませんよー」
魔法学院でも、アリシアは平民出身だからと、調子に乗ったドヤ顔貴族から喧嘩を売られる事がよくあったけれど、手加減をするために素手で張り倒していたから、いつしか誰も喧嘩を売ってこなくなった。
こっちの学校は当事者同士から連名で申請があったら、教師立ち会いの下で決闘が許される。終わった後はレポートの提出はあるけれど、やはり自分の実力を誇示したい人間もいて、決闘はそれなりの頻度であるそうだ。
「シャーロットさんは学内での決闘の経験はありますか?」
「ありません。一般生徒と関わる機会も少ないですから」
「大佐はどうでした?」
「生意気なヤツらは入学一週間で全員解らせてやったよ。話せばわかるもんなんだぜ」
「でしょうね…」
うるさい連中は圧倒的な力で全員ねじ伏せたという事だ。実に霞沙羅らしい。
とにかく、無駄にプライドが高いA組や上級生がしゃしゃり出てきたら無視するようにと言われた。
説明が終わった後は、中瀬と早藤への勉強のためにもう読み終えて役に立たない教材を形ばかりに貰い、E組に挨拶に行った。シャーロットと伽里奈が正式に授業を受けるのは明日からだ。
5限目の授業の終わりに、担任に連れられてE組の面々とご対面となった。E組で伽里奈の顔を知らない生徒はいないけれど、この編入には早藤と中瀬は歓迎してくれている。
「先日話をしましたが、イギリスはホールストン家のシャーロットさんは、大学への飛び級の課題作成のためにE組に海外留学となります。13才ですが仲良くしてあげて下さい」
「シャーロット=ホールストンです。短い間ですがよろしくお願いします」
「そのシャーロットさんのサポートをするために普通科から伽里奈=アーシア君が魔法術科へ編入になります」
「よ、よろしく」
「新城大佐の方から、シャーロットさんのサポート役には適任だという事で、伽里奈君に来て貰いました。伽里奈君の学術レベルは知っている人はよく知っていますよね?」
「よ、よろしく」
「おう、やっと一緒になれたな」
「伽里奈、よろしく」
中瀬と早藤だけで無く、これまで勉強会に付き合った他の生徒達も歓迎してくれた。
ただ伽里奈にとっては、まだまだ生まれたばかりのヒヨコちゃん達を、どう教育していくべきなのか、それが大きな課題だ。
それとは別に、一ノ瀬と藤井に頼んだ不満にも対処していかないといけない。
《うーん、この経験が学院での業務に反映出来ればいいけど》
* * *
E組への挨拶が終わり、明日からの昼食をどうするかの参考のために伽里奈とシャーロットは学食に向かった。
残念ながらもう時間外で閉店しているけれど、入り口にレギュラーメニューの食品サンプルと電源が落とされた券売機があって、どういう料理があるのかは解る。
「大学に比べるとメニューは少なめかなー」
一日中開いている大学の学食は、利用する生徒も多いので複数の業者が入っていて、多種多様な料理が楽しめるけれど、高校の学食はお昼だけの営業なので、種類は少ない。
カレー、麺類、丼モノがレギュラーで、後は日替わり定食となっている。日替わり定食は一週間分の予定が掲示されている。全てお値段はワンコイン以内とそこそこ。味もそこそこいいと聞いている。
「学食はこんな感じかな」
「たまに食べに来てもいいわね。レポートの参考になるかも」
「ロンドンの学校ではどうだったの?」
「私はお弁当だったわ。学食はあったけれどいい評判は聞いていないの、それにしてもたかだか高校生向けなのに色々な料理があるのね」
「寮とか下宿住まいで、毎日学食って子もいるから、飽きないようにはしないとダメだしねー」
シャーロットは今後のお昼ご飯をどうするのかの参考に、ガラスケースに置かれている食品サンプルをスマホで撮った
「この食品サンプルって面白いわよね。空港でお土産で売ってて、小さいのを一個買っちゃったわ。ところで今日の夕飯は何?」
「今日の夜はトンカツだよ。カツ丼とかカツ煮にする人もいるけど」
「それは何?」
トンカツ、これはロンドンでは食べる機会は多くはないけれど、未体験なモノでは無い。ただ伽里奈がその派生品を口にしたので、それはとても気になる。
「トンカツはこういう見た目で、豚肉を揚げたモノなんだけど、カツ丼とカツ煮はそれのアレンジ版で、同じようなモノなんだけど」
トンカツ定食とカツ丼はガラスケースに食品サンプルがあったので、それを見せてあげる。
「醤油ベースのダシ汁でトンカツとタマネギに溶き卵をかけてちょっと煮るんだよ。カツ丼はそれをライスの上に乗せて、カツ煮はそれをバラで食べるの」
「同じ物なんでしょ?」
「トンカツ自体は変わらないけど、ソースをかけて食べるのがトンカツで、カツ丼とカツ煮は言った通りの調理行程を加えるから、柔らかめの食感で味が染みてるかな」
「う、ロンドンから来たばかりの私に選ばせるなんて…」
「だったらトンカツとカツ煮のハーフにする?」
「そういうのもいいの?」
「その位のアレンジならやるよ。トンカツはあんな感じにカットするから、カツ煮を一切れご飯の上に置けば、ちょっとしたカツ丼体験も出来るよー」
「じゃ、じゃあそれでっ!」
シャーロットの日本での滞在期間は半年くらいだと聞いているけれど、折角やどりぎ館に来たのだから存分に楽しんでいってもらいたい。
読んで頂きありがとうございます。
評価とか感想とかブックマークとかいただけましたら、私はもっと頑張れますので
よろしくお願いします。