ドラゴンと火山とバーベキュー -6-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
「宗派が違うが、お嬢はここに来たことはあるのか?」
セネルムントはオリエンス教の聖都だが、アンナマリーはギャバン教徒。そんなアンナマリーもついてきてしまった事を霞沙羅が心配して質問した。
とはいえここは宗教関係なく、王都に住む貴族であれば誰もが温泉目当てにやってくる観光地でもある。
王都ラスタルから徒歩でも半日で到着する距離なので、平民でも気軽に訪れることが出来る場所だ。
王家が信仰するのはオリエンス教でがあるけれど、押しつけはしていないので、ラスタルに住む人の信仰も様々。
オリエンス教も、他宗派であっても周辺の貴族も骨休めにやってくることなど織り込み済みなので、源泉はある程度を宿にも供給していて、温泉宿の数も多く、排他的では無い。
貴族が泊まるような値段の高い高級宿もあり、別邸を構えているような貴族も存在するくらい、宗教の聖都であっても開かれた町なのだ。
「何度もありますよ。馬車なら半日もかかりませんしね」
ギャバン教徒のエバンス家も別邸があるので、アンナマリーにも馴染みのある町だ。
異教徒はやや肩身が狭い程度で、一般の施設を利用する事に対して信仰の押しつけは無く、いたって普通に利用できる。
当然のように町中がオリエンス教一色だが、四大神は仲が悪いわけではなく、信徒間の喧嘩もない。気にしなければいいし、温泉は温泉としてちょっと感謝をすればいいだけだ。
「システィーを動かすのは、結構大変なんだナ」
「作業も細かかったしねー」
システィーに意志があるので、ある程度は合わせてくれるけれど、最終的な微調整は青の剣を通してマスターがやらなければならないので、慣れていないルビィは結構大変だった。
知らない仲ではないし、魔術師の感覚を使って早いウチに慣れたけれど、作業も長かったのでさすがに疲れてしまったようだ。
でも土木作業に抵抗は無かったと本人も言っていたので、またどこかで機会があれば、頼んでみるのもいいかもしれない。
そしてイリーナに案内されてやって来た神殿では、源泉が引かれた浴場を堪能した後、ちょっと暗くなってきたセネルムントの町を歩くことにした。
「宗教都市だぜ、ひゃっほー」
「先生は一体何を基準に喜んでいるんダ?」
「説明するのが難しいんだけど、敢えて言うと物語かなあ?」
「物語カ。あっちの世界の文化はわからないが、好きな物語があると言うのならそれは仕方が無イ」
この町の大きな特徴は、神のお膝元という立地のため、見られているという後ろめたさが働いて犯罪が少なく、安心して観光をすることが出来る。なので暗くなっても神聖な空気の漂う、どこかムーディーな町には、観光客の姿が多く、こんな霞沙羅の反応にも聖都は始めてなのだなと、住民達は笑顔でスルーしてくれる。
そして町の中心にある大神殿にも、まだまだ宗教画や宗教建築などを鑑賞しに来る人もいる。
「おー、いいじゃねえか」
大神殿は、日本には存在しない、石造りで背の高い塔を三本を持つ建物なので、霞沙羅の目には荘厳な事この上ない。
その大神殿の脇には、そろそろ夕飯時ということもあって今日も巡礼者達が施しモノの食事を貰いに並んでいる。
「あれが巡礼者か。日本じゃ四国の巡礼者ってのが有名だが、スケールが違うんだろうな」
「他の国から一生に一度、という思いで来る方が多いのよ」
四国88ヶ所巡りも車があれば多少丁寧に回っても一週間程度で終わってしまう。歩き旅のお遍路さんもいるけれど、四国一周レベルであそこにいる巡礼者を一緒にしてはいけない。
どんな宗派の巡礼者であっても、町や村では案外温かく迎え入れてくれたりはするけれど、魔物や野盗だけでなく野生の動物も危険なので、本当に命がけで聖都までやってくるだけでなく、最後は自宅に帰らないといけない。電車も車も飛行機も無く、全て人間の足でやり遂げなければならないから、まさに信仰心が試される。
「神殿が宿泊施設とあんな感じで食事の提供と温泉もあるので、しばらくゆっくりしてから帰途につくのが普通ですね」
「定期的に教皇様のお話の機会もあるから、それを待っている人も多いのよ」
巡礼者としてこの町にいる限りは、滞在にかかる費用は本当に少なく済むから出来る事ではある。
「中に食堂があるんだよな?」
「そうね、それ待ちの列よ」
「へー」
宿泊所と温泉はまた別の場所だ。
「冒険者だけでなく、一般市民もすげえんだな」
時々軍で行われる、ただただ歩くだけの演習にアリシアが参加してくれる事があって、ぶっちぎりにトップを歩いていたかと思えば、ドンケツのド新人隊員の元に戻っていって「まずはゴールしましょうよ」と荷物を取り上げたり出来るのは、ファンタジー世界故の不便さから来るのだなと、霞沙羅は実感した。
「しかし神殿の中には入っていいのか? カメラで撮っていいのか?」
「まあこの世界に撮影禁止場所は無いでしょうけど、フラッシュ撮影は目立つからやめた方がいいでしょうね」
足を踏み入れた広い広い大神殿の礼拝堂では、並べられた長椅子に座って、一心に祈りを捧げている巡礼者や普通に地元の人もいる。
礼拝堂内には神だけでなく、聖人と呼ばれる偉大な神官達の彫像も並び、天井や壁には宗教が描かれていて、何とも言えない荘厳な空気に包まれている。
命がけで来た巡礼者もいる中、さすがにフラッシュはたけないなと、霞沙羅はフラッシュ禁止にしたデジカメでブレないように写真を撮り始めた。
「こっちの世界にもオルガンがあるんだな」
礼拝堂の奥には、教皇などの高位の神官が説教を行うステージがあり、その脇には大きなパイプオルガンが設置されている。
「ありますよ。モートレルのギャバン教の神殿にも小ぶりですけど、あるんですよー」
「あんまり使ってるようには見えないがな。勿体ないな」
そんなにガンガン弾くようなモノでは無いけれど、霞沙羅にはぱっと見。使用頻度が低そうに見えてしまった。
「仰るとおりですが、教皇様が出てくるような祭事には弾いていますよ。カサラさんはオルガンを弾けるんですか?」
「親戚関係で、あと国の英雄って事で、たまに地元の、横浜って町の神殿ホールで弾かされてるよ」
あまり信仰心の高くない霞沙羅でも、なんとなく信仰している神様がいるにはいるので、年に一度か二度程度、そのイベントに駆り出される事はある。
「そうであれば今日はもう何も無いですし、ちょっと触ってみます?」
さっき互いに腕試しをしたからか、いつの間にか霞沙羅とイリーナの仲が良くなっている。
長刀とハンマーを打ち合わせている間に、互いを認め合った結果だろう。体育会系のイリーナらしい信頼の確認方法だ。
「おい、いいのかよ。この雰囲気だぜ」
神殿内はとても静かだ。人々は一心不乱に、正面にあるオリエンス神の像に祈りを捧げている。
巡礼者の苦労話も聞いてしまって、有り難い神官のお言葉があるわけでも無いのに、この静かな空間で急に演奏を始めるには抵抗がある。
「イリーナさんが言うのだから、いいんじゃないの?」
「お前なあ」
普通なら止める女神から、いい、と確認が取れた。これならオリエンス神から天罰が降ってくることは無いと決まったようなモノだ。
「話をしてきますよ」
イリーナが、今ちょうどオルガンの清掃をしている神官に声をかけに行った。
「私はここの曲は弾けないぜ?」
「良いであろう。異郷の神もたまには別の曲を聴きたいと思うこともある。それにこの巡礼者共も命がけの旅の末にたどり着いたのじゃ。何か思い出を持って帰らせるのも良かろう」
「お前もかよ」
「でも先生は弾くの上手いですしねー。フィーネさんが言うとおり巡礼者もいい思い出になると思いますよ」
霞沙羅は自宅のシンセサイザーの周辺だけは、ゴミや衣類を蒔くことが無い。作業や研究が詰まると急に弾き始める事があるという理由もあるけれど、結構シンセサイザーに愛着を持っている事が大きい。それもあって、鍵盤楽器の腕は落ちていない。
アシルステラ人のアリシアにもあのオルガンを弾く事を勧められてしまうと、祈りを捧げている巡礼者の苦難を想像して、断りにくくなってきた。
「服も神殿に似合ってますし」
「そうかよ」
しばらくすると、壇上に上がっていたイリーナが手招きしている。弾いて良しという事だろう。
「おいマジかよ」
仕方なしに霞沙羅は壇上に上がっていき、アリシア達は空いていた長椅子に座った。
「何でもいいのか?」
「宗教に関わる曲であれば大丈夫だと思いますよ」
「わかったよ」
世界は違っても見た感じオルガンの構造は同じだし、鍵盤も同じだ。であれば、とりあえず音の確認にと、適当にスローテンポのJ-POPを弾き始めると、礼拝をしていた信者達が顔を上げて、何か始まるのかとざわつき始めた。
オルガンを弾いているのが、真っ白な服を着た神官のような姿をした人間で、英雄で聖騎士のイリーナが側にいる。だったら神殿によるサプライズなのかと思ったようで、信者達は本当の曲が始まるのを待った。
手鍵盤は三段あり、全部を使いつつ、足鍵盤も駆使していることから、とても使い慣れているのが誰の目にも解る。
霞沙羅に対しては格好いいけれど、軍人という印象が強かったアンナマリーも、その意外な特技を見て驚いた。
「聖都だけあって中々いいオルガンだな。音響もいいし、まあこれなら」
音の確認は取れたので、試し弾きをやめた。
深呼吸をして、霞沙羅は曲を弾き始めた。
静かに重厚な音が神殿内に響き渡り、神官達も思わず振り返った。
誰だあれは、という思いもあったけれど、楽譜も見ていないのに一つの音も外すことなく、流れるように曲が演奏される様に目が釘付けになっていく。
すぐ横で見ているイリーナも、目を閉じて大きく体を動かしながらも弾く鍵盤を間違えない霞沙羅の演奏に驚いた。
「カサラさんて、あんなに上手かったのか」
戦う姿も格好いいけれど、演奏する姿も格好いい。
「いつもの姿を見てるとね、中々想像できないんだけど、すごく上手いんだよ」
「すごいナ。ここで何回か見ているがあんな弾き方は見たことないゾ」
聴いた事がない曲だけれど、神殿の神官達は止めないし、信者達も霞沙羅が奏でる、礼拝堂を包み込むパイプオルガンの音色に身を任せていた。
そして長く、あっという間の15分程度ある曲を弾き終わり、霞沙羅が振り返ったところで、割れんばかりの拍手が沸き起こった。
「おいおい、余所の神さん向けだぜ」
神官達もステージの下や上に大勢集まって、信者達と一緒に拍手をしている。
「いいのか、これで?」
「ビックリしました。すません、外見で侮っていました」
イリーナもここまで本格的な曲を弾くとは思っていなかった。お昼には自分とあれだけ腕比べをした粗野な人だったのに、こんな芸術的な技能を持っていたのは以外だった。
「しょうがねえな」
とりあえず一礼して、ステージを降りて、霞沙羅はアリシアのところに帰ってきた。
「良いではないか。今日は良き日であったぞ。後は小僧の焼きそばを食べるだけじゃな」
「まあ久しぶりにパイプオルガンを弾くのも悪くねえな。今日はドラゴンも見れたし、後はビールでも飲んで締めるか」
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