新しい日常生活の始まり -4-
「折角来たんだし、ヒーちゃんにもルーちゃにも会うことは無いだろうし」
久しぶりに冒険者ギルドにやってきた。
とりあえず、並んでいる依頼書を見ればこの周辺がどういう状態なのか、ある程度は推測することは出来る。この機会にアンナマリーがどういう状況の中にいるのかを確認しておきたい。
「3年程度じゃ、変わらないよねえ」
建物の外装も内装も変わっていないし、雰囲気も変わっていない。いつも通りの掲示板があって、そこに依頼が張り出され、冒険者達がそれを物色している風景も変わっていない。
3年前に現役だった人達はまだいるのか、新たに冒険者になった人もいるのか。もう縁の無い業界になってしまったけれど、ちょっと昔を思い出してしまった。
「ボクはもうこんな所で仕事を受けるなんて出来ないんだろうなあ」
それはともかく、ざっと依頼を見ていく。人捜し、荷物運搬、商隊の護衛、村で魔物退治、山道の盗賊退治よくあるラインナップがずらり。
そんな中、ある盗賊退治はリーダーが魔剣を所持しているとの話なので、値段が高めになっている。それなりの腕前か装備を持っていないとキツイだろう。
それにしても今日は張り出されている依頼書が多いからか、ギルドにいる冒険者の人数も多めだ。冒険者目線だと景気が良いように見えるが、一体何が起きているのだろうか。
「古戦場でのゴースト調査、と」
パスカール領と国王領が接している付近に、侵略してきたワグナール帝国軍とフラム王国軍が戦った古戦場がある。
約50年前、祖父母世代が子供の頃に起きた大きな戦いで、かなりの死者が出た聞いている。伽里奈が学生だった頃でも、地面を掘ればまだ骨が出たとか、朽ちた装備品が出たとか、そういう場所だ。
「ありそうな話だけどねー」
自分達が現役の頃は、噂だけはあったけれど、今更出るようになったのだろうか。噂話で依頼をかけてくる事は無いはずだから、現にゴースト系が出没しているのだろう。
依頼には調査だけで無く、古戦場を通る商隊の護衛なんていうものもあって、関連する依頼の多さからゴースト出現の信憑性は極めて高い。
「ギルドに登録希望ですか?」
伽里奈が熱心に依頼書を見ているから、ギルドの女性職員が声をかけてきた。依頼の書かれた張り紙を何枚か持っているので、新たな案件を掲示しに来たようだ。
「いえ、旅の商人から幽霊騒ぎがどうとかって小耳に挟んだので、ホントかなって見に来たんです」
「古戦場の件ね。昼間は出ないんだけど、夜に死者の群れを見たって話もあるし、襲われたって実害も出ているのよ」
「今更ですか。魔女戦争時にもそんな話は無かったのにー」
古戦場は街道沿いに慰霊碑も建てられていて、かつてはギャバン教の神官が年に1回、終戦の日に慰霊の儀式をやっていたくらいなので、本当に今更だ。
「ヒルダ様は、っていうか、パスカールの領地じゃないんでしたね」
「国王領なんだけど、外れの方なので中々動いてくれないようね。それでギルドに依頼が来ているのよ」
変わった依頼はそのくらいだった。まあゴーストくらいならどこかの冒険者が何とかしてくれるだろうし、騒ぎが大きくなればギャバン教が出てくるだろう。
* * *
ギルドの次に、食堂や宿屋が並ぶ通りにやってきた。用は無いけれど、こういう区画で育ったからか、懐かしさから何となく見ておきたくなってしまった。
「まあ、変わらないよねー」
まだ夕方にもなっていないから、食堂は本格的な営業をしていないながらも、もう酒を飲んでいる人はいる。冒険者や旅人という事もいるし、今日の仕事が終わっている人もいる。やっぱりこういう雰囲気は好きだ。
「あのシチューのお店はどうなったかなー」
レイナードに軽い恨みを持つきっかけになったシチューを名物にするお店がここにあったはずだ。当時も繁盛していたお店だから潰れていることは無いだろうと、大体の位置を思い出して向かうと、変わらずに営業していた。
「英雄アリシアが愛した味、当店名物シチューあります、だって」
店頭にはそのように書いた看板があった。
とっても苦い思い出のあるシチューだ。レイナードに邪魔されて、何度も食べるチャンスをふいにした。でも美味しくて、この町に来る度に食べていたから、お店のおじさんも覚えていたんだろう。商魂たくましいけれど、看板に偽り無しだ。
「おう、表に出ろやっ!」
と、突然別のお店から二人の、中々いい体をした男二人が路上に出てきて、胸ぐらを掴んで、押し問答状態になった。
でもこれはよくある光景だ。こういうのを見て育った伽里奈は慌てないし、通行人達も退屈な日常に発生した楽しいイベントを見物するために早速集まってきた。
「マリナちゃんが最も輝いているのはトラクロス峠での誘拐事件だね!」
「いいや、ロムス家令嬢護衛の話だね。いつもと違うビシッとした黒スーツ姿。可愛い顔とのギャップがたまんねえんだよ!」
「なら劇団が来る前にハッキリ決めようじゃねえか!」
揉め事の原因は、どこの店のどの女性が可愛いとか、そそるとかいう、風俗の話かと思っていたら、移動劇団の女優の話のようだった。
二人とも酔っ払っているし、共通の話題からの意見違いになり、お互いエキサイトしたのだろう。売り言葉に買い言葉がつのり、ついには殴り合いが始まり、野次馬が「待ってました」とばかりに歓声をあげ始めた。
「でもあんまりよくないよねー」
別にこの町は極端な監視社会になっているわけじゃ無いけれど、領主が住んでいるだけあって、警備はそれなりに厳しいので、まだ明るいうちに騒ぎなんか起こすと、当然駆けつけてくる人達がいるわけで。
「どうした、喧嘩か?」
笛を吹きながら、オリビア率いる女性騎士達がやって来てしまった。勿論、隊員であるアンナマリーもやって来た。
パトロール中の5人がやって来たので、殴り合いを楽しんでいた野次馬達もしぶしぶ道を空けて、喧嘩の中心部に通した。
場がやや冷めてしまったが、ここから先の展開もまた見物ではある。どのようにしょっ引かれてしまうのだろうか。大抵は捕まって、留置所で一晩くらい反省を余儀なくされてしまうのだが、伽里奈的には何となくあの会話の内容から、それはどうかなと思ってしまった。
「なんだぁ、女風情が」
酔っ払った勢いに任せ、男2人はオリビアさん達に刃向かい始めた。これは実に良くない。
「これは俺達の喧嘩だ、口を出さないで貰おうか」
その言葉に野次馬のテンションが上がっていく。野次馬達は住民ばかりなので、当然このオリビアを知っているから、騎士団に刃向かったことで更に一悶着起きるぞと期待してる。
―ただ、会話の内容がね、どうもボクらの物語を興行しているみたいだから、影響とか出ちゃうとやだなー。
これ以上の騒ぎになるのを止めるべく、伽里奈は野次馬を跳び越えて、まさにオリビアに殴りかかろうとした男の前に割り込み、腕を引っ張って、バランスを崩した所に足を引っかけて転ばせた。
「な、なんだこいつ」
喧嘩相手がいきなり現れた伽里奈に転ばされてしまったのだが、喧嘩を邪魔された事に腹を立てて反射的に前進した。
だが瞬時に懐に入り込み、襟を掴んで投げに持ち込み、もう一人の男の横に転がした。
「何で喧嘩になったかはわかんないけどさ、折角劇団がくるんだから、その事で殴り合いとかないでしょ」
あっさり地面に寝転がされてしまった2人は、自分達を転ばせた相手がそれほど背も高くない女子だったことから、伽里奈を見上げて呆気にとられている。
「どういう喧嘩なのさ?」
「そ、その、劇団の演目とか、マリナちゃんの事とか」
「あ、ああ、アリシア役の女優なんだが」
―ボクの役って、やっぱり女子なのかー。それはともかく。
「好きなことなら、お互い好きなことで共感出来るでしょ。折角見に来てくれるお客さんがこんな事で争いを起こしてたら、演じてるその子も悲しむし、2人だって気持ちよく見れないでしょ」
こんな華奢な女の子に軽々と投げられて、酔っぱらい2人は一気に酔いが覚めて、正気になった。野次馬に囲まれて、すぐ側には騎士隊のオリビア達がいて、ようやく自分達が何をしていたのかを冷静に理解して、青ざめた。
「オリビアさんも、この2人は毎日お仕事してさ、ちょっとくらいお酒飲んじゃってさ、楽しみにしてる劇団がやっと来てさ、それで盛り上がっちゃっただけなんだ。被害はあんまり出てないし、軽いお咎めくらいで許してあげてくれないかなー」
「え、あ?」
酔っ払いから攻撃を受ける前に、伽里奈が止めてしまったし、近くのお店を見ても建物が壊れたわけでは無い。ひょっとするとちょっとくらい食器が壊れているかもしれない。結局はお店の中でお互いが殴り合って、顔が腫れていたりしているくらいだ。
「移動劇団って、やっぱりみんな楽しみにしてるじゃん? それが来るって事は、テンションも上がって語りたくなるよね?」
「ところで、君は誰だ?」
それは至極まっとうな質問だ。魔女戦争時にアリシアと会っているが、伽里奈になってからは一度だけすれ違っただけだ。見ず知らずの人間が馴れ馴れしく話をしてくれば。不思議に思うの無理は無い。
「隊長、私のお弁当におまけをつけてくれる人です」
「こ、この子がアンナのいる下宿の管理人なのか」
いつもおまけを楽しみにしている他の3人も、まさかこんな所で会うとは思っていなかった。
喧嘩をしていた2人もすっかり反省してしまっているし、急に現れた伽里奈が自分達をフォローしてくれているから、恥ずかしくて余計に小さくなってしまっている。それにここのところずっとお昼ご飯のおまけを楽しみにしている自分がいるので、一応、この管理人に免じて許してやるか、という気持ちになった。
「劇団が来るまでにまたやった時は承知しない。確かに私も楽しみにしているからな、騒ぐ気持ちも解らないでもない」
「は、はい」
「ならよし」
男2人は立ち上がってオリビア達に一礼する。あと伽里奈にも向き直る。
「なんだか俺ら、劇中の悪モンみたいだったな」
「いやー、なんかアリシアにやられてるみたいだった」
「へー、そうなんだ」
―実際アリシアにやられてたんだけどねー。
「ところで、劇は何の演目をやるの?」
「今回は、ヒルダ様とレイナード様のところだよ。ヒルダ様を連れてきたアリシアに嫉妬したレイナード様との騒動と友情話」
「シチューの話?」
「そうそう、あそこの店のシチューで一騒動あるんだよな」
「そうなんだ、楽しみにしてるんだねー」
まだここから離れる気が無い野次馬の人達もウンウンと頷いている。これ以上口に出すと余所者みたいになるからもう話題を振るのはやめにした。
「いや、お嬢ちゃん悪かった」
「助かったよ」
「はいはい、終わりだ終わり。さっさと帰るんだな」
オリビアの言葉で全てが終わった。野次馬達はいなくなり、元酔っぱらい2人は元々いたお店に一声かけて、仲良くどこかに去って行った。
「オリビアさんありがとうございます」
「あ、ああ、まあ君には借りがあると言うか、所詮酔っ払いの喧嘩だしな」
「それにしてもお前、結構強いんだな」
同居してる霞沙羅が強いことは知っているが、今の動きを見ると伽里奈もかなり強そうだとアンナマリーは解った。
「アンナちゃんのとこの管理人さん、結構可愛いねえ」
「サーヤさん、これで男ですよ」
「いいじゃん、アリシア様だってこんなだったんだし」
「喧嘩は解決したみたいだし、ボクはもう行きますね」
「ところで、今日のレイナード様との話はどうなったんだ?」
「えーと、明日のお昼に何か作ることになったよ」
「アンナマリー、何の話だ?」
「このカリナが食堂で料理を作る話です。きょうはそれでレイナード様の所に行っていたんですよ」
「ほ、ほう、それはそれは」
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