入居者を募集中です -1-
『魔女戦争』
ここはアシルステラと呼ばれる大地。そこにあるラシーン大陸を滅ぼさんとした狂気の魔女ソフィーティアと、大陸に住む人間との1年にわたる戦いは、6人の冒険者の手で終止符が打たれた。
フラム王国出身の六人は英雄と称えられ、戦いの後、生還した5人はそれぞれの場所に帰っていった。
ただ一人、冒険者のリーダーであった英雄アリシアだけは、魔女と相打ちとなり、勝利の祝福を告げに来た神々の元で傷ついた体を休めている、というのがこの戦いの顛末である。
しかし、それが真実ではないことを、アシルステラに住む人間は知るよしもない。
魔女戦争の終結から3年半が経ち、フラム王国にあるモートレルの町は既に復興を終えて、平和な日常を取り戻していた。
モートレルは六英雄の1人、ヒルダ=パスカールが治める領地にある、その中心となる町だ。外と中の二重の町は城壁に守られ、その周辺の農家などの集落を合わせて数万人が住んでいる。
そんな大きな町をアンナマリー=エバンスはアパートを探して朝から歩き回っていた。
王都では知らぬ人はいない、フラム王家に仕える将軍の家に生まれた彼女は、このモートレルの町に、見習いの女性騎士としてやって来た。
領主であるヒルダが女性の騎士を集めていた為、実家との繋がりもあってモートレルの騎士団に仕官したのだ。
同じ女性剣士として、ヒルダはアンナマリーを温かく迎えてくれた。寮の一室を与えられて、女性騎士隊の隊員として2ヶ月過ごしてきたのだが、つい先日、アンナマリーの部屋を含めた何室かで雨漏りが発生。建物の修繕のために、しばらくアパート住まいを余儀なくされてしまった為、今日は休みを貰って物件探しをしている。
「なかなかいい物件がない」
たださすがに将軍の娘。短期間とはいえ、貴族育ちである彼女の価値観にかなうような部屋は見つからないまま、ただただモートレルの町を歩き回り、時間だけが過ぎ去っていく。
「いつまでもヒルダ様の屋敷にご厄介になるわけにもいかないし」
今回の件は領主のヒルダ側に非があるのですぐに出ていく必要は無いのだが、何となく悪いからと、アンナマリーからなるべく早く出て行けるように動いているのだが、やはり貴族育ちが邪魔をしている。
「ん、こんな所に路地があったか?」
この町に来て、騎士団の一員として町の警備を行い、ある程度は町の構造を覚えているのだが、見慣れない路地がアンナマリーの目の前にあった。
なぜか人の出入りが無いようだが、気になってその路地に足を踏み入れると、すぐに突きあたりとなったのだが、そこにある家の門には「空き部屋有り。入居者募集中」の看板が掲げてあった。
それによると「やどりぎ館」という下宿のようだ。路地裏なので、他の建物の影になっているが、柵越しに見える建物の向こう側は日が当たっている。奥には庭があるようだ。
となると、こちらは裏口のようだが、その門に簡単な条件が提示してあった。
「こ、これは!」
金額的には決めた予算からはやや足が出てしまうが、給金から足は出ていない。それどころか「三食付き(お弁当にも対応)」「家具有り(ベッド、クローゼット等)」「衣服の洗濯します」「室内清掃有り」「浴室完備」とある。無視するにはあまりにも勿体ない条件だ。
「ちょっと計算してみよう」
何より食事付きなのだ。自分が想定していたのは食事無しのアパートなので、その分が浮くワケなので、実際は安く済むではないか。
そういえば家具の事は考えていなかった。少なくともベッドとクローゼットは用意されているようだ。自分はそれほど荷物は持っていないし、寮では寝るだけだったから、それだけあれば一先ず問題ない。
洗濯も部屋の掃除もしてくれるらしい。これはとても嬉しい。何しろアンナマリーは家事が苦手だ。寮ではヒルダが雇った管理人達がやっていたが、これもやってくれるという。
そして浴室がある。寮にもお風呂はあったが、交代制でゆっくりとは出来なかった。
そう考えると破格の値段だ。それに見えている建物の外観は綺麗だ。敷地には目立つような雑草も生えておらず、しっかりと手入れがされているのもわかる。今は鍵がかかっていないが、門も柵も結構頑丈そうだ。
「ちょっと話だけでも…」
今の気持ち的にはここがいい。一目惚れだが、条件が本当か確かめなければならない。
アンナマリーは門を開けて、建物のドア脇にぶら下がっている呼び鈴の紐を引くと、中で鐘が鳴ったのが確認できた。
歩き続きでちょっと乱れてしまっている、左側に纏めた金髪のポニーテールを整え、ハンカチで汗を拭う。
どんな家主なのだろうと待ち構えていると、ドアを開けたのは、自分とそれほど歳も変わらず、背も少し高いくらいの、茶髪を肩でツインテールにした少女だった。
例えこれが家主ではないにせよ、ここで同じ年頃の女子が働いているのなら安心出来る。
屋敷の中で大切に育てられたアンナマリーは男性がやや苦手だ。騎士団の人達にはもう馴れたが、あまり面識の無い一般市民となると警戒してしまう程だ。
少女はアンナマリーの顔を見て、一瞬ビックリしたようだが、すぐに表情を戻した。
「こっちから入ってくるって事は入居希望?」
「ああ、そこの看板を見た。まだ部屋はあるのか? あんなに好条件なのだが」
「あるよー。今は結構空いててねー。希望者なら説明するよー」
出てきた少女はやや馴れ馴れしい喋りをしてくるが、横柄さはない。多分ちょとフレンドリーなだけだ。
少女が言うには部屋は空いているそうなので、入居の前にこの物件の説明をして貰う事に決めた。そうすると説明するためにリビングで話をするというので、中に通して貰った。
「掃除が行き届いているな」
家の中はフローリングの床で、床面はきちんと磨かれているようで、奥の窓から入ってくる日の光を浴びて光っているし、埃なども溜まっていない。窓も綺麗に拭かれているし、中の空気も特に変な臭いはない。
実家やヒルダの屋敷とは違い豪華さはないが、壁には余計な装飾も凹凸も無くシンプルに纏まっている。
正面玄関として両開きの扉があるロビーには、左右2つの階段がある。あれで2階に上がっていくのだろうか? あの先が入居者用の部屋になるのだろうか? 色々と考えてしまう。
「あらマスター、入居希望者ですか?」
そのロビーには、二十代くらいの女性がモップのようなモノを持って床を拭いていた。いわゆるエプロンドレスを着ていて、メイドのような姿をしているので、彼女が清掃を担当しているのだろかと予想する。
どうやら女性が多いようなのでアンナマリーは安心する。条件にあった「部屋の清掃します」が彼女なら問題は無い。
「うん、これから説明をするんだー」
アンナマリーは応接用のソファーに案内された。マスターと呼ばれた少女はお茶を入れるからと、目線の先にある厨房に入っていった。
ソファーもふかふかだし、応接と入居者の談話室を兼ねているのだろうか、この空間も清潔に保たれている。
窓際の棚の上には謎の黒い板が置いてあるが、あれが何なのかは解らない。
厨房の方でさっきの少女がお茶を煎れているのを見ていると、正面扉の方から、背の高い銀髪の女性が入ってきた。同性のアンナマリーが見ても神々しいほどの美人だったので、思わず見とれてしまった。
「あら、入居希望者?」
「はい。今からお部屋の説明を受けるところです」
銀髪の女性はさっきの少女が厨房で作業をしているのを確認すると、裏口のある方へ行ってしまった。
やがて少女が厨房から出てきて、紅茶と見た事もない、シンプルなケーキを持ってきて、それと合わせるように、銀髪の女性が何かの冊子を持ってやって来た。
「歩いてお疲れみたいだったから、それを飲みながら話そうよ」
「あ、ああ」
「お砂糖はお好みでね。あとミルクがいるなら、その白い小瓶だから」
さ、砂糖を勧めてくるのか、とアンナマリーは驚いた。砂糖は町にも出回っているとはいえ庶民にはお高い。それを自由に使ってと案内されたガラスの入れ物の中には、必要以上の量の砂糖が入っている。実家の屋敷でなら気にもせずに使っていたが、この下宿では好きなように使えるようだ。
使っていいというのだから、自分の好みに砂糖を入れ、ミルクも入れる。もしかしてここは貴族が経営しているのか? そうでなければこんな贅沢な事は出来無い、と考える。しかし看板にあった家賃はそこまで高額ではない。
そんな事を考えながら、紅茶を飲み、シンプルなケーキを頂く。これにもたっぷりと砂糖が使用されていて、スポンジだけの見た目でありながらしっとりとしている。恐らく食材はシンプルながらも、上品な仕上がりでなかなかに美味しい。
「この館の管理人をしてます、伽里奈=アーシアと言います。16歳です。隣にいるのはエリアス、ボクと同じ16歳だよ。ところでいいお家の出身みたいだけど、一人住まい希望なの?」
「わ、解るか?」
「服の生地が違うし、お茶を飲む動作も優雅だしねー」
「王都ラスタルの出身で、将軍の娘、アンナマリー=エバンスという。14歳だが騎士を目指していて、2ヶ月前にこの町に見習いとしてやって来た。今は領主ヒルダ様のところでご厄介になっている」
「騎士見習いさんかー」
少女はその説明を聞いて、ちょっと下を見て、飲んでいたカップを置いた。
「そのヒルダ様のところって、騎士団の寮とかあるような気がするけど、どうしたの?」
「建物に修繕が入る事になって、私がいた部屋が使えなくなってしまった。それで一時的に住むためのアパートか下宿を探している」
「なるほどねー」
「それで、外にあった条件は本当なのか?」
「うん、ホントだよ。食事はボクかさっきいたシスティーが作るし、家具もこの下宿の基本としてるベッドとクローゼットと机も置いてあるし、希望があればお部屋の清掃もするし、衣類の洗濯もするよ」
「浴室もあるのか?」
「あそこの、通路の先に温泉があるよ。夜間は安全上閉じちゃうけど、朝から夜まで自由に入れるよ」
「温泉があるのか?」
「うん。清掃する時にはお湯は抜いちゃうけど、それ以外はずっとお湯を張ってるからねー」
「それであの金額なのか?」
「オーナーさんの趣味なんだ。入居者さんが家にいる時はゆっくりして貰おうって事で。大丈夫だよ、元は取れてるから」
「夢や目標のある人に、一時の住処を用意するというのがこの舘の目的なの。だから【やどりぎ館】という名前なのよ」
銀髪の女性、エリアスが、本を開いて館内設備の説明を始めた。絵と言っていいのか、色鮮やかな挿絵があって解りやすい。
「2階がお部屋だよー。男女別にエリアが分かれているから階段が2つあるんだ」
男も住んでいるようだが、女性と男性のエリアは壁に遮られて、階段を使わないと互いに行き来は出来ない構造だ。住民用の部屋は各3部屋、それとは別に一室ずつの短期滞在用宿泊部屋がある。
「今は男1人、女1人の居住者がいるけど、男の人はもう少ししたら、長期不在になっちゃうかな」
「あと、この館のお隣に済んでいる女性が一応入居者という扱いで、食事を食べに来たり、温泉に入りに来たりする程度ね」
「こんなにいい環境なのに、入居者が少ないのか?」
「オーナーの意向でね、ある種の奇跡が仕掛けてあって、さっきエリアスが説明したとおりの人じゃないと、この家にはたどり着けないんだ。アンナマリーさんはその条件に合ったんだろうね。だからこの家にたどり着けたって訳。今住んでいる3人も同じでね。まあ1人はオーナーの知り合いなんだけどね」
「き、奇跡?」
「そう、奇跡。神様の力だねー。それで一番重要な説明をするね。この家の事で色々と違和感を感じているだろうけど、それは仕方が無いんだ。この家はアンナマリーさんのいる世界とは別の世界にあるんだからねー。ここは日本の北海道小樽市って所なんだ」
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