その7 令嬢は父を追い詰める
◇母と娘、そして父◇
母マグノリアと、父オリシスの若き日の話を聞いているうちに、陽が翳ってきたことにアマリーダは気付く。
冷めたお茶を淹れ直そうと、マグノリアが席を立った。
「あれ? ひょっとして、今まで飲んでいたのって、『ピクラ茶』かしら?」
マグノリアはニッコリと頷く。
「そうよ。あなたもお肌、ツルツルになっているでしょ?」
「えっ、ああ。うん。……でも、そんなに不味くないけど……」
マグノリアは何故か、ドヤ顔になる。
「それはそうよ。ピクラの葉の他に、甘味を出す木の根や、果実の皮を干したものも入れて、ぐっと飲みやすくしたもの。このお茶なら、クリノス様も、吹き出すことはなくてよ。うふふ」
手際よくお茶を淹れるマグノリアの姿に、アマリーダは小さく息を吐く。
娘の目から見ても、確かにマグノリアには根性がある。努力している。
夫のオリシスは宰相補佐として、王宮に拘束されることが多々ある。
マグノリアは侯爵家の社交を一手に引き受け、家令と一緒に領地経営を行ってもいる。
さらにクリノス公爵夫人と共に、美容と健康に有効な、お茶やお菓子の販売も手掛けている。
休みの日には孤児院で、文字の読み書きを教えに行き、帰ってきたら夜遅くまで、裁縫や刺繍に取り組んでいる。
「ああ、馬に乗って、草原を駆け抜けたいわ」
なんてことをたまに言っているが、侯爵家夫人として、アマリーダの母として、いつも本人自身が全力で走っている。
「ねえ、お母様」
「なにかしら?」
「なんで、いつも一生懸命なの? 疲れない?」
マグノリアはお茶を一口飲むと、ほおっとひと息つく。
「そうねえ……。若い頃より少し、疲れるようになったかしら。でもね。
いつまでも、オリシス様に、愛されていたいから」
まるで少女のような母の表情を見て、アマリーダは決意した。
母からの情報だけでは、自身の悩みは解決しないだろう。
だって、母マグノリアの頭の中は、いつでも春のお花畑だ。
だから、父の話も聞かなければ、と。
その日の夜、オリシスは、いつもより早めに帰って来た。
マグノリアとアマリーダ、そして家令と数人の侍女たちがお出迎えする。
「ただいま、リア。はい、お土産」
オリシスは紫色の花束を、妻に渡す。
「わあ! 嬉しい!! 可愛い花束」
オリシスの頬は目を細める。
「今日ね、陛下から『君のところは、もう一人くらい作らないのか?』って訊かれてさ」
「まあ、陛下から?」
「それで、『僕も妻も、そうそう若くないですから』って答えたの。そしたら陛下も宰相も、『いやいや、女性の体は三十路からが満開だよ』なんてね」
オリシスとマグノリアは、顔を見合わせてクスクス笑う。
側にいるアマリーダは、遠い目になる。
何、この王宮のパワハラかつセクハラ発言。
それをしれっと、娘の前で言える宰相補佐の父って一体……。
母の過去の話に出て来た、オリシス侯爵令息のイメージと、今の父は全然イメージ違うじゃん!
アマリーダは心中叫んでいた。
それでも意を決して、アマリーダは夕食後、オリシスの部屋を訪れた。
「お、お忙しいところ、すみません」
「どうした、アマリーダ。何かあったのか?」
オリシスは机に向かって、何かの仕事をしていた。
彼の膝の上には猫が寝ている。
数年前、邸に迷い込んで来た猫だ。
「あの、お父様は、お母様のどこを愛しているのですか?」
「えええっ!」
父の顔は見る見るうちに、夕陽よりも赤くなる。
膝の上の猫は、大きなあくびをする。
「いきなり、何を言いだすの。心臓に悪いよ」
「だって……」
アマリーダは母から聞いたアレコレを、父に伝えた。
「うわあ、なんてこと娘に言ったんだよ、リア……」
ぼそぼそと呟くオリシスに、アマリーダは追い打ちをかける。
「私も言われたのです。『君を愛することはない』って。せっかく婚約したのに……きっと、私の魅力がないから……」
オリシスは娘を手招きする。
「こっちへおいで、リーダ」
アマリーダが素直に父の側へ行くと、父は娘を抱きしめる。
「本気でそんなこと、彼は思ってないから。絶対」
「そう、かな。いつ会っても、会話が続かないし……」
「そんなもんなんだ。十代半ばの男ってさ」
「お父様も、そうだったの?」
オリシスは伏し目になる。
睫毛が影を落とす。
「うん。そうだった。だってあの年齢の男は、みんな馬鹿だから」
そうなの?
馬鹿なの?
私の婚約者も?
この夜、アマリーダは父からも、長い話を聞くことになったのだ。
お読みくださいまして、ありがとうございました!!
次回、アマリーダの心が晴れると良いな。




