その6 こういうのって、お約束かしらね
◇パーティは続く◇
マグノリアの両親とヘンダー侯爵夫妻は、バルコニーのテーブルでワインを飲んでいる。
「あ、父が呼んでいる。……行こうか」
オリシスはマグノリアの手を引き、親たちの処へと向かう。
その時だった。
オリシスの友人らが屯っている辺りから、嬌声が聞こえて来た。
スーツ姿の男性の間に、チラチラとドレス姿が見え隠れする。
若い女性である。
そして。
聞いたことのある声だった。
オリシスの顔色が変わる。
「な、なんで……いるんだ」
彼の視線の先にいるのは、学院内で一緒にいたコッキーノだ。
質はともかく、マグノリアの衣装より、数段派手なドレス姿である。
マグノリアはため息を呑み込み、オリシスに微笑む。
「コッキーノ様も、ご招待されていたのですね」
顔色が更に青くなったオリシスは、顔を思いきり横に振る。
「ち、違う。違うんだ、マグノリア。彼女には、招待状を出していない!」
カツンカツン……。
ヒールの音を響かせて、コッキーノが二人の前に来た。
ドレスだけではなく、化粧も強烈だ。
「ごきげんよう! オーリー」
コッキーノはグラスを掲げ、会釈する。
「おい、コッキーノ! コッキーノ嬢。なんで此処にいる!」
「ひどいわ、オーリーったら、私へのバースディパーティの招待状、忘れたなんて」
オリシスは言葉を荒げる。
「忘れたんじゃない! 元々君を招待するつもりなど、まったくなかった」
コッキーノはマグノリアに視線を向け、眦を吊り上げる。
「コイツが命令したのね!」
「違う!」
「コイツが私とオーリーの仲を嫉妬したのね!」
「全然違う!」
マグノリアは二人の会話から、今日のパーティに、オリシスはコッキーノを招待していないことを承知した。
オリシスは、初めて顔合わせをした時と同じような、至って真剣な目付きをしていたのだ。
「じゃあ、じゃあ、なんでよ! こんな地味顔の女をエスコートして、それで良いわけ!?」
「当たり前だ!」
オリシスはマグノリアの腕を引き寄せる。
女性としては、身長高めのマグノリアだが、引き寄せられた先には、オリシスの胸があった。
あ、オリシス様、背が……伸びてる。
「彼女は……マグノリア伯爵令嬢は、俺の婚約者なんだから!」
婚約者……。
そうだ、婚約者なんだ……。
マグノリアの胸の奥が、キュウンと鳴った。
そんな二人の様子を見てとったコッキーノは、眉間に皺が寄り、歯をギリギリと噛みしめる。
「オ、オ、オ……」
そして、怒りを爆発させた。
「オーリーの、馬鹿あああああ!!」
コッキーノは爆発した感情と共に、グラスを投げつける。
ガッシャ――――ン!!
細工が施されたグラスは、庭園内の石に当たって四散する。
咄嗟にマグノリアを庇ったオリシスが声を出す。
「ウッ!!」
ぽたりぽたりと、マグノリアの頬に水滴が落ちる。
その水滴は、赤い色だった。
◇備えと覚悟◇
オリシスは掌で、マグノリアの顔を押さえていた。
割れたグラスの破片は、鋭角的にオリシスの手の甲を切っていた。
「オリシス様!」
オリシスは傷口を、もう片方の手で押さえているが、だらだらと血が流れていく。
自分の血を見たオリシスの顔色は、どんどん悪くなる。
給仕や侯爵家の護衛たちが、暴れるコッキーノを押さえていた。
『まずは血を止めることね』
以前マグノリアはトリアンから聞いた。
王太子は、剣の稽古でよくケガをするそうだ。
トリアンは側に控えていて、王太子のケガの応急処置をするという。
マグノリアはポーチからハンカチを出し、オリシスの傷口を圧迫する。
「オリシス様。静かに傷口を上げてください。そう、胸の高さ位に」
だが、薄地のハンカチからは、じわじわと血が滲んで来る。
思ったよりも、傷口は深いようだ。
そのポーチから、パサッと何かが落ちた。
マドレーヌを作った時に余った、乾燥させたピクラの葉だ。
そういえば……。
施術院で医者が言っていた。
『このピクラという葉は、出血した時にも役立つぞ』
マグノリアはピクラの葉を水で洗って、オリシスの傷口にピタピタと貼り付けた。
護衛がコッキーノを庭園の外に連れて行き、侯爵があちこちに指示を出す。
給仕やメイドが、荒れたパーティ会場をあらかた片付けた頃に、オリシスの血は止まった。
「ふうっ。もう大丈夫です、オリシス様。あとで医師に診てもらってください」
オリシスの顔色が、少し良くなった。
「あ、ありがとう……。ダメだな、俺。血を見るの苦手なんだ……」
マグノリアは自然に笑顔になる。
眉目秀麗学業優秀なオリシスにも、苦手なものがあるのだと知って。
「私を庇ってくださって、ありがとうございました」
残照がマグノリアの髪を、飴色に変える。
オリシスは一瞬、彼女に見惚れる。
本当に……。
綺麗になった。
「もう、死ぬかと思ったよ……」
照れ隠しに呟くオリシスに、マグノリアは真剣な目を向ける。
「いいえ、オリシス様」
「……何?」
「私があなたを死なせません! 何があっても守ってみせます」
逆じゃないのか、とオリシスは思う。
普通は男が女を守るんだろう……。
「私はあなたと一生添い遂げたいのです! だから、そんなに簡単に死んでもらっては、困ります!」
「ふっ。すごい愛情だな」
マグノリアはきりっとした目付きで、真っすぐオリシスを見つめる。
「愛情? 違いますよ。
根性です!」
お読みくださいまして、ありがとうございました!
誤字報告、助かっています。
なお、ヨモギにも止血効果があるそうですが、圧迫しても止血出来ない場合は、ヨモギを使ってみようなどとせずに、速やかに外科受診することを、おススメいたしますm(__)m
もう少し続きます。