その5 ほんの少し距離が近づいた、かな
誤字報告助かっています。
◇女子会トーク◇
ヘンダー侯爵邸の門からは、歩いて庭園に向かう。
歩きながらマグノリアは、先日、クリノスとトリアンとのお茶会での話を思い出していた。
薔薇姫ことトリアンティフィは王太子の婚約者。
いずれ妃となり国母となる。
王太子は、明晰な頭脳の持ち主として有名だが、見た目は地味だ。
地味であるので、マグノリアは王太子に対し、勝手に親近感を持っている。
不敬を承知の上で、マグノリアはトリアンに訊ねた。
「トリアン様は、王太子殿下のどこがお好きなのですか?」
トリアンは瞳を一層大きくして微笑む。
薔薇の蕾が、開いたかのようだ。
「それはもう、圧倒的に優秀な頭脳ね」
なるほど。
「でもね、頭の良い人に『優秀ですね』と誉めても、あまり喜ばれないわ。だって、その人にとっては、当たり前のことだから」
「そういうもの、ですか……」
クリノスも頷く。
「そうよねえ。皆様、『お美しいですね』って言われても、さほど嬉しくないですわね」
いやいや。「私は嬉しいです」と言えないマグノリアは、引き攣りながらも更にトリアンに訊いた。
「では、トリアン様は、殿下をお誉めになる時、どのようになさっているのでしょう?」
うふっとトリアンは片側の頬に笑窪を浮かべる。
「あのね。『今日も素敵ですね』とか『お召し物、殿下の切れ長の瞳に、よくお似合いですね』って、外見を誉め讃えているの」
へえええええ。
「だって、本当に殿下の横顔は、知的でカッコ良いもの」
そう言って頬を染めるトリアンは、満開の薔薇そのものだった。
パーティー会場が見えて来た。
はてさて。
どうやって、婚約者を誉め讃えれば良いのだろう。
◇パーティ会場にて◇
マグノリアと両親は、ヘンダー侯爵夫妻に挨拶した。
侯爵夫妻の側に立つオリシスは、庭園でのパーティならではの準礼装姿である。
ああ、なんか……。
なんか、格好イイ。
マグノリアはオリシスに、プレゼントを渡す。
オリシスは、伏し目がちになりながら、「開けて良い?」と言う。
プレゼントはポケットチーフである。
ヘンダー侯爵家の家紋の刺繍付きだ。
「あ、ありがとう……」
ぼそぼそとした御礼の言葉だったが、オリシスはその場で、自分の胸にチーフを挿した。
マグノリアはほっとする。
馬具の余り布とは、思われていないようだ。
「まあまあリアちゃん、私たちにまで、贈り物をありがとう! 今日のドレス、良くお似合いだわ。ねえ、オリシス」
侯爵夫人が二人の間を取り持つように、声をかけてきた。
「あ、ああ」
肯定しながらも、それ以上の言葉がないオリシスに、マグノリアは勇気を振り絞って言ってみた。
「オリシス様。お誕生日を迎えた本日は、いつもに増して大人っぽいですね」
オリシスは一瞬目を開き、マグノリアの顔を見る。
すぐにそっぽを向き、何かモゴモゴ言っていた。
まずっただろうか。
オリシスは頭脳も外見も優れているから、あえてそこには触れずに、「大人っぽい」と言ったのだが、誉めたことにならないのか。
まさか!
地雷だった?
仕方なくマグノリアは、給仕から炭酸水をもらってチビチビ飲んだ。
そっぽを向いたオリシスが、真っ赤な顔をしていることに、全く気付かなかったのだ。
パーティには、オリシスの友人たちも招かれていた。
彼らは会場のマグノリアを見つけると、彼女を取り囲む。
マグノリアは社交用の笑みを浮かべ、ぎこちなく「ごきげんよう」と挨拶する。
なぜなら学院内で見たことはあるが、どこの誰やら分からないからだ。
オリシスがエスコートして、紹介でもしてくれれば良いのだが。
「いやあ、今日もお綺麗ですね、マグノリア嬢」
誰だ? コイツ。
とは言えないマグノリア。
「恐れ入ります」
「マグノリア嬢は、最近乗馬をされているようですね」
なんでアンタが知っている?
とは言えないマグノリア。
「ええ、嗜み程度です」
「今日は、白百合の君や薔薇姫とは、ご一緒ではないのですか?」
常識で考えろよ。一緒なわけないだろう?
とは言えないマグノリア。
「はい。お二方様とも、ご多忙ですので」
表情を崩すことなく、オリシスの友人と会話しているマグノリアの手を、誰かが引っ張る。
「おい。俺の婚約者だぞ。そのくらいにしておけ」
へっ!
オリシス、様。
オリシスはマグノリアを、自分の友人たちの輪から連れ出した。
怒っているかのようなオリシスの顔を、マグノリアは久々に間近で見た。
少し離れた場所で、オリシスはマグノリアの手を離す。
「ああいう連中との会話は、適当にしておけ」
「は、はい……」
「その、なんだ。……似合ってるよ、ドレス」
えっ……。
今、なんて……。
横を向きながらの言い方だったが、初めてオリシスから誉めてもらったマグノリアは、飲んだ炭酸水のためゲップが出そうになるのを、必死でこらえていた。
少しだけ距離が近づいた二人だった。
だが、光が当たれば影も出来る。
二人の邪魔をする存在を、まだ知らない。
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