その4 パーティに行くには、手土産も必要ね
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◇令息の誕生日パーティ当日・午前中◇
眠い目をこすりながら、マグノリアはお世話になっている侯爵夫妻への手土産を作っていた。
『翡翠のマドレーヌ』
そう名付けたのは、白百合の君、クリノスだ。
彼女はピクラ茶の効用を誰よりも実感していたが、毎回飲む時には苦労していた。
「何か、甘味でもつければ、飲みやすいかしら?」
マグノリアも協力し、ハチミツやスペタミ木の樹液など、いろいろ加えて試してみた。
しかし、やはりクリノスにとって、飲みやすくならない。
「お茶ではなく、お菓子にしてみたら如何かしら?」
側でみていた薔薇姫トリアンが、さらりと言った。
なんでも、王太子と一緒に、東方の国の客人のおもてなしをした時のこと、客人は碧色の菓子を持って来てくれたそうだ。
「まあ、碧色のお菓子? 珍しいわね」
「そう。見た目も綺麗だったし、甘くておいしかったわ」
マグノリアはトリアンに訊く。
「どうやって作るのでしょう?」
「なんでも、お菓子の生地に、何かの葉の粉末を練り込むそうなの。ピクラの葉を乾燥させて、粉にしたら、同じように生地に練り込めるのではないかしら?」
小麦粉の量とピクラ粉末の割合を何回か試してみて、マグノリアは碧色のマドレーヌを作ることが出来た。甘味もほどよく、ピクラの苦みと青臭さが気にならない仕上がりとなった。
「なんて美しいのでしょう!」
クリノスはキラキラとした瞳で、碧色のマドレーヌを味わう。
万が一、噴き出された時のために、マグノリアは大きなマスクをしていたが、クリノスは問題なく飲み込んだ。
「これ、売れるわ!」
「はい?」
「絶対売れる! なんならウチで、売り出すわ。いえ、絶対売るわ」
クリノスの侯爵家は、商会の運営もしている。
「名付けて『翡翠のマドレーヌ』よ!」
現在、『翡翠のマドレーヌ』は、貴族の女性たちの間で、密かなブームとなっている。
そのマドレーヌを焼いて、侯爵夫妻へ献上するのだ。
喜んでもらえると良いな。
焼き上がりを待つ間、マグノリアはウトウトしていた。
そういえば、オリシスは、あまり甘い物は食べない人だ。
婚約者同士のお茶会でも、ストレートの紅茶を静かに飲むだけ。
さすがに今日はお誕生日だから、ケーキくらいは食べるだろうか。
マドレーヌが焼き上がる頃、マグノリアは侍女に起こされた。
「あらあらお嬢様。朝よりも目の充血が、ひどくなっていますよ」
「あ、ホントだ……」
マグノリアはエイプロシアのお茶を飲む。
目に良い薬草だと、以前クリノスが教えてくれた。
「それを飲んだら、お着替えしますよ」
「はあい」
◇令息の誕生日パーティ当日・午後◇
そもそも家同士の婚約であるので、本日のオリシスのお誕生日パーティには、マグノリアの両親も招待されている。
オリシスの母とマグノリアの母は、高等学院からずっと仲が良い。
オリシスの邸まで、馬車を使えば一時間もかからない。
父は自分で御者をしたそうだったが、母に止められ、バートに頼んだ。
「今日の嬢ちゃん、いつにも増して別嬪さんだな」
『いつにも増して』
たとえお世辞であっても、いや絶対お世辞だけれど、マグノリアは嬉しい。
こういうセリフをサラッと言えるような男性が良いなと思う。
「いやいや、リア。若い男には、難しいことだよ」
馬車の中で父は言う。
「そうねえ……。お父様も昔は、あまり誉めてくれたり、しなかったわね。なんというかキザっぽい振る舞いだったし」
母の言葉に、父は顔を横に向ける。
そうなのか。
娘には結構甘い父も、若い頃はそんなものだったのか。
ならば、今日、オリシスに何を言われても、どんな態度を取られても、気にしないようにしよう。
馬車はオリシスの待つ、ヘンダー侯爵邸の門をくぐった。
ピクラは、本邦で言えばヨモギを想定して書いています。
ヨモギは、妊娠している方など、摂取しない方が良い方もいらっしゃいますので、食用や服用する場合、お気をつけくださいますよう。
また、エイプロシアとは、アイブライトと言われるハーブを参考にしています。