その2 絶対愛さないとは言ってない令息
二話目は、話の都合で短めです。
マグノリアの学院生活は、大幅に変わった。
いつの間にかお昼の四阿は、薔薇姫と白百合の君が同席することになった。
お菓子の代わりに、新鮮な野菜スティックを食べながら、午後のピクラ茶タイムを過ごすこともある。
朱に交われば、赤くなる。
美人と一緒にいることが増えると、マグノリアもなんだか以前より、数段美しくなった、ような気がした。
実際、クリノスのファッションセンスや、トリアンティフィの所作を見習っているうちに、徐々に洗練されたのだ。
何より、三人でいるのは楽しい。
いつしか、マグノリアにとって、婚約者という存在が、薄らいでいった。
学院内で婚約者に出会うと、綺麗にお辞儀をしてすれ違うだけ。
何か言いたそうなオリシスと、その隣にいる令嬢は、いつも目付きが悪いけれど、気にならなかった。
夏の休暇は領地へ戻り、マグノリアは思いきり馬を走らせた。
父と一緒に、駆歩で遠出が出来るようになった頃、夏は終わりを迎えていた。
秋が来る。
冬の社交シーズンの前に、何かイベントがあったような気がするマグノリアだが、それが何かを思い出したのは、当日だった。
◇令息の困惑◇
オリシスは困惑していた。
苛立っていたとも言える。
原因は、婚約者であるマグノリアだ。
オリシスは子どもの頃から、周囲に称賛されることが多々あったので、自己評価が高い。
無駄に高い。
丁度思春期を迎えた年齢で、父から婚約者が決まったと言われた。
それなりに胸ときめかせて顔合わせをしたのだが、相手の少女の幼さに、正直がっかりした。
まだ、子どもじゃないか……。
いずれ成長したら、綺麗な女性になるだろうなどと、両親も侍従も言っていたが、オリシスはそう思えなかった。
少女の方は会うたびに、キラキラとした目でオリシスを見つめてくるのだが、それすら彼は鬱陶しいと感じていた。
学院に入学すると、周囲の貴族の子女たちのまあ、煌びやかなこと。
焦って婚約を結んだりしなくても、良かったのではないか。オリシスはそうも思った。
婚約者のマグノリアも、成長してはいたものの、横幅の増加が目立ち、外見は一層もっさりしていた。
コイツが入学して来たら、悪友たちには揶揄われるだろう……。
それは称賛に慣れたオリシスにとって、耐え難い苦痛である。
「愛することはない!」
入学後、すぐにマグノリアに宣言した。
婚約者の代わりに、悪友たちが「可愛い」を連呼する、子爵令嬢を連れ歩くことにした。
まあ、子爵令嬢のコッキーノに、本気で恋したわけではなかったが、ガードの緩いコッキーノが胸を押し付けてきたりするのは、それなりに高揚した。
だが……。
いつの頃からか、マグノリアはオリシスに視線を向けなくなった。
それどころか、学院内でも有名な美女たちと、いつも一緒にいるようになったのだ。
「お前の婚約者だっけ、あの伯爵家の……」
「ああ……」
「ちょっと紹介しろよ」
「えっ? いや、それは……」
言い淀むオリシスに、悪友たちは言う。
「俺らに紹介するの、勿体ないってか? まあ、美人の婚約者持つのも、いろいろ大変だな」
美人の、婚約者?
あれが?
夏季休暇になったら、お茶会でも開いて、悪友たちに紹介しても良い。
そう思って招待状を出すと、領地に戻るので欠席するとの返事が来た。
なんで、欠席なんだ。
せっかく、予定を立てたのに……。
ここ数ヶ月、ゆっくり顔合わせもしていないじゃないか。
ぶつぶつと母に不満を言った。
「あら、あなたが冷たい態度だったから、見捨てられたのではないかしら?」
オリシスの脳内に、ガラガラと何かが崩れる音が響いた。
み、見捨てられた?
「今年のあなたの誕生日あたり、『婚約白紙』にするお手紙とか、届いたりして」
姉がとんでもないことを言う。
オリシスの額に、汗が浮かぶ。
そう、オリシスの誕生日は秋。
いつもマグノリアからは、丁寧に刺繍の施された栞やハンカチが、届いていたのである。
夏季休暇が終わり、夜風が涼しくなってくる。
空の月が満月になる頃が、オリシスの誕生日だ。
今夜の空には上弦の月。
まだ、マグノリアからの贈り物は届かない。
オリシスの鼓動は今日も速い。
同時刻、マグノリアは。
オリシスの誕生日のことなどすっかり忘れて、眠っていた。
あともう少し続きますm(__)m