プロローグ
──朝6時。
アパートの一室に目覚ましの音が鳴り響き、数秒遅れて部屋の主は薄く目を開けた。その目にカーテンの隙間から朝日が入り込んでくるが、太陽が完全に昇り切っていないためか、顔を顰める程ではない。
目覚ましを止めて起き上がり、カーテンを完全に開け放つ。部屋に差し込む日差しが少し強まり、彼女は寝ぼけ眼を更に細めるが、頭の中は段々とはっきりとしてくる。
眼下の道路を見ると、黒いポメラニアンが女の子に連れられて嬉しそうに散歩をしているのが見えた。その様子に薄く笑みを浮かべ、窓辺から離れる。
欠伸を噛み殺しながら着ていたパジャマを脱ぎ、スキニーのジーンズと白いパーカーに着替える。先週から従姉である桜の店の手伝いをしており、今日もそれに向かうためだ。
尤もオープンしたのは昨日のことで、それまでは開店準備の作業だったが、今日からは接客だ。
着替えを終え、洗面台へ向かい顔を洗う。逡巡しながらも冷水を使ったおかげで、完全に覚醒することができた。顔を上げると、据え付けられた鏡に当然だが自分の顔が映っている。
鏡の中の自分に睨んだような目線を向け、整った眉を顰める。しかしそんな事をしてもどうにもならないことは、16年間生きて来て彼女は嫌という程知っていた。鏡がある以上避けられない、嫌な朝のルーティンだ。
1つ嘆息を漏らし、少女──水篠 雷花は、すっかり付け慣れたコンタクトレンズに手を伸ばした。
───邂逅まで、あと8時間。