毛皮を着替えて
飼っていた猫が死んだ。
名は「おはぎ」という。雌で名の通り黒猫で腹だけ白かった。
16歳だった。一昔前は大往生だけれど、今の時代もう少し生きてもいいんじゃないか。
今は骨っぽい身体もゴワゴワした毛皮もなく、金襴緞子で包まれた小さな箱に白い骨。
以前は、ふわふわの毛が柔らかだった。身体をぐにゃぐにゃに預けて甘えていた。最初は心地よい重さだが、長時間の抱っこでいつも腕や足がしびれていた。
冬には腕枕で一緒に寝るのを望んだ。一人で寝ていても、私がベッドに入ると鳴きながら枕元に来て、布団を開けてもらうのを待つのだ。
留守番の時には、一人で布団に潜っていたのに、自分では入らずに入れてもらうことを好んだ。柔らかで暖かな存在。布団の中で安心をすると、腕に身を預けてきた。腕に柔らかく重みがかかると何とも言えない幸せがあった。
なんて、無機質な存在になってしまったのか。
立ち上がり、台所の引き出しを探す。
小豆餡の缶詰が出てきた。米を2合研ぐ。米の上に正月の残りの切り餅を一つ入れ炊飯器で炊く。
缶の中身を鍋にあけて火をつけ汁気を飛ばす。甘さが濃いな。小豆から煮たかったが仕方がない。塩を一つまみ入れた。
餡が鍋でふつふつとする。へらで粒を潰さないようにかき混ぜる。水分が飛んでへらで引いた鍋底が餡で侵食しない。火を止め濡れタオルの上で冷ました。
炊飯器が炊き上がりでピピピと鳴る。誰もせかす者はいないのに、「んっ」と返事をして向かう自分が滑稽だ。
めん棒の端にラップを巻いて米を突く。餅は柔らかく米の上に伸びている。
餅に米を巻き込むように突く。炊飯器の釜を抱えて無言で突く。突く。
ほどよく粒が残った餅になった。
ラップの餅をしゃもじでこそげ落とした。
釜の半殺しの餅をしゃもじで三等分にする。
ラップを手の平に広げ1/3の餅を包み握る。それを3回。
ラップに餡を丸く広げて握った餅を落とし、またラップで包む。今度は優しく。
3つのおはぎが出来上がった。
皿を二枚出し、一枚に一つ。もう一枚に二つ。
濃い目の緑茶を入れて、おはぎと共にちゃぶ台に置く。
一つは「おはぎ」のお骨の前に。
二つのは私に。
少し崩れた楕円のおはぎは、猫のようだ。若くて健康で肉付きの良い毛艶の良いころのおはぎのようだ。
緑茶をすすり、おはぎを頬張る。餡が甘いな。
鼻をすすりながら、おはぎを食べた。一気に食べた。
三日ぶりの食事だ。
ねえ。おはぎ。
私はお前を食べたよ。
だから寂しくはない。
お前は、心地よい場所に行くといい。
私は、これからもそこそこ一生懸命に生きていくよ。
おはぎ。私と生きてくれてありがとう。
窓からの空は薄明るい。夜が明けようとしている。
もう数時間したら仕事に行く準備をしなければ。
まだ、ごはんの器やトイレを仕舞えない。そんなのまだ無理だ。
でも、いつかは仕舞うね。そして、私が立ち直れたら、また猫を迎えさせて。
猫と暮らしたら、猫のいない生活は寂しすぎる。
またおはぎに逢いたいな。
その時には万全の健康と経済状態でいるから。毛皮を着替えて戻ってきて。
だから、今だけは泣いてもいいよね。