第四十二話 賊徒誅滅
人類の歴史は戦争の歴史だと、よく言われますが
ユーチューブで昆虫のバトロワ動画などを見ていると
争うのは人に限らず、生物全般の本能じゃないのかなと思ったりします。
生ある物全て、他の生物を殺して喰らわないと生きていけない。
生きてる事それ自体が罪で、存在しているだけで業を背負っている。
死ぬ事で罪業から解放され、仏になると、手塚治虫「火の鳥 鳳凰編」に書いてました。
* * *
晋文公は即位すると、高梁に兵を向け、先君・圉を亡き者とした。
晋懐公の在任期間は、僅か6ヶ月に満たなかった。
勃鞮は懐公の死体を埋葬した後、何処かへ逃走した。
一般に在任期間の短い君主に諡は付けられないが
晋君・圉が「懐」と追諡されたのは
甥を誅殺した文公・重耳の後ろめたさであろうか。
文公は宴を開いて秦の公子・縶等を慰労した。
宴の席で丕豹が父・丕鄭の改葬を求めたため、文公は許可した。
かつて晋恵公に殺された丕鄭は、喪主となるべき世子の丕豹が
危難を避けて秦に出奔したので、正式な葬儀を行わぬままであった。
文公は丕豹を晋の大夫に任じ
かつて丕鄭が有していた地を継がせると言ったが、丕豹は辞退した。
「臣は既に秦候に忠を誓いました。二君に仕えることはできません」
丕豹は公子縶に従って河西に戻り、秦穆公に委細を報告した。
穆公は満足して帰国した。
呂甥と郤芮は秦軍を恐れて文公に従属したものの
両者とも恵・懐公の時代には側近として勢威を奮ったのである。
しかし今、文公の側に仕えるのは、咎犯や趙衰といった
重耳と亡命行を共にした者ばかりで、呂・郤氏の凋落は明らかである。
秦穆公が帰国したのを見て、呂甥と郤芮は
郇城で交わした誓約を破り、謀反を起こす事を決め
私兵を率いて公宮を襲撃し、晋文公の弑逆を目論んだのである。
朝廷での権力は喪失したが、呂・郤の領地は広大で、そこに住む民も兵も多い。
二人は自領に戻って挙兵の準備に入った。
それから数日後の夜、何者かが咎犯の邸の門を叩いた。
行方知れずとなっていた勃鞮であった。
咎犯は驚愕し、すぐ人を呼んで捕えた。
「汝は晋君に対し、無数の罪がある。
他国へ出奔したものと思っていたが、なぜ今頃、わしに会いに来たのか」
「呂甥と郤芮が謀反を起こしました。早急に我が君にお伝えください」
勃鞮の口から出た言葉で、咎犯はさらに喫驚し、かつ疑った。
「それが真であるなら、なぜ、それをわしに伝えるのか。
汝は、晋君がまだ公子であった頃、二度も殺そうとしたではないか。
我が君は今なお、その恨みを忘れておらぬ。
呂・郤が謀反を起こすなら、それに加担する側ではないのか」
「臣は寺人(宦官)です。晋君にのみ仕える者です。
申される通り、晋君は臣を恨む事甚だしく、臣の話は聞いて頂けないでしょう。
それゆえ、子犯(咎犯)に言上参った次第です」
「明朝、汝を伴って我が君に報告いたす故、そこで詳細を語るがよい」
翌日、文公は咎犯の話を聞き、勃鞮を宮中に召した。
「子犯がどうしてもと申すから招いたが、わしは汝を赦したわけではない。
袂を斬られた事は忘れてはおらぬ」
「臣は、ただ晋君の命にのみ従って参りました。
献公は臣に公子の捕縛を命じたので、公子を捕えようとしました。
恵公が公子を抹殺せよと命じたから、公子の暗殺を企んだのです。
そして今、呂甥と郤芮が我が君に叛いたので、我が君にお伝えに参りました」
「呂と郤の謀反について、汝の知る事を申せ」
「我が君が晋君となられた事で、彼奴らは一命をとりとめたものの
恵・懐公の代に奮った権限を喪失した事で恨みを抱いています。
それで封邑に戻って兵を募り、我が君を討ち、他の公子を新たな晋君に就けて
かつての勢威を取り戻さんと目論んでおります。
味方を増やそうと、高梁に潜伏していた臣に話を持ち掛けて参ったので
臣が謀反を知った次第です」
咎犯が口を開いた。
「呂・郤が汝を誘ったのは、寺人ゆえ、内宮に通じているからか」
「すでに晋都には彼奴等が雇った兵が多く潜んでいます。
我が君は密かに秦へ逃れ、秦候の輔けで兵を起こせば、乱を鎮められるでしょう。
臣はここに留まり、賊の誅殺に協力します」
文公は勃鞮を信じた。
「もし成功すれば恩賞を与える。慎重に行うがよい」
勃鞮は再拝稽首して下がった。
その日の夜更、文公は咎犯を含む数名の腹心の部下を連れて、秦へ向かった。
翌日、朝議に文公が現れないので、趙衰らが内侍に尋ねた。
「晋君は昨晩より病に罹り、誰も通すなとの仰せです」
と、偽りの報告をしたので、臣下たちは帰宅した。
呂甥と郤芮はそれを聞き、謀反が容易になったと内心ほくそ笑んだ。
文公らは黄河を渡って秦に入った。
秦都に急使を派遣して、穆公との会見を希望した。
数日後、穆公は文公と会見し、晋の異変を知った。
文公は秦都に留まり、公孫枝が秦軍を率いて河口に駐軍した。
* * *
一方、晋国では、勃鞮は呂甥と郤芮を油断させるために
郤芮の家に住んで、三人で挙兵の相談をしていた。
二月末、勃鞮が郤芮に言った。
「重耳の病は癒えたので、三月から朝政を再開するそうです。
今夜、宮中に火をかけ、呂氏が前門、郤氏が後門、臣が朝門で塞いでしまえば
宮人と共に逃げて来る重耳を切り捨てるのは容易い事です」
郤芮は呂甥に計画を話し、三人で決行を決めた。
その日の三更(午後11時~午前1時)、宮門から火が出た。
火は瞬く間に燃え広がり、宮中を覆った。
宮人達は慌てて起き上がり、消火する者、逃げ惑う者で混乱に陥った。
門で待ち構える呂甥と郤芮は、逃げて来る者を次々に切り捨てた。
火は宮中の全体に回り、逃げて来る者も減ってきたが、肝心の晋君が出てこない。
訝しんでいると、二人の元に勃鞮が現れた。
「狐、趙、欒、士氏が異変を知り、兵を率いて消火に来ました。
ここは一旦、退くべきかと存じます」
文公がまだ確認出来ていないので躊躇したが
他の大夫に囲まれては万事休すと思い、已む無く退却した。
兵を率いて駆け付けた大夫は、すぐに消火を開始した。
夜が明ける頃に火は消え、呂甥と郤芮の仕業である事も判明した。
宮中の生存者に文公がいないので、彼らは蒼ざめた。
「我が君は病で臥せっておられた。逃げられずに焼死なされたのか」
生き残った内侍の一人が進み出て説明した。
「晋君の病は偽りです。病臥が発せられた前日の夜
我が君は子犯と、数名の家臣と共に宮を出たのです。
どこへ向かったのかは分かりません」
趙衰はそれを聞いて安堵した。
「我が君は呂甥と郤芮の謀反を予見していたのであるな。
咎犯と共にいるのであれば心配ない。
賊徒を捕え、焼失した宮殿を再建し、我が君の帰還をお待ちしよう」
一方、逃げた呂甥と郤芮は晋都の郊外にいた。
晋君の殺害に失敗し、城は諸大夫が守っている。
他国に出奔するべきかと迷っていた所に、勃鞮が来た。
「ここは一旦、秦に向かい、公宮が失火して重耳は焼死したと秦君を偽り
秦にいる公子・雍を新たな晋君として擁立しましょう。
もし重耳が生きていたとしても、再び晋君に復帰する事は叶いません」
しかし呂甥が言う。
「秦君が我々を受け入れるであろうか」
「まず臣が秦に入り、秦君に我らの意思を伝えます。同意したら皆で秦に行き
同意しなかったら、他の方法を考えましょう」
他に策が思いつかない呂甥と郤芮は、勃鞮の提案に従った。
* * *
勃鞮は西に向かい、河口まで到達した所で
公孫枝が河西に駐軍しているのを見て
黄河を渡り、公孫枝と会見して一部始終を話した。
公孫枝が言った。
「賊臣が秦に参るのなら、これを誘って誅殺し、法を正す」
公孫枝は手紙を書き、勃鞮に渡し、呂・郤の元に帰還した。
呂・郤はそれを読み、喜んで河西の秦軍の元に向かった。
賊徒二人を公孫枝が出迎え、秦都へ戻った。
両名は秦穆公に謁見し、宮殿の失火により重耳が焼死したので
秦にいる公子雍を即位させたいと進言した。
穆公は両名の提案に賛同した。
「不慮の火災で晋君が卒されたとは、さぞ無念であったろう。
卿らの進言に従い、公子雍を擁立する」
翌日、呂甥と郤芮は再び穆公に謁見した。
「公子雍を連れて参った」
しかし、二人の前に現れたのは、焼死したはずの文公・重耳であった。
それに咎犯と、さらに勃鞮も出て来た。
ここで初めて、呂甥と郤芮は、勃鞮に嵌められた事を知った。
文公が叫んだ。「逆賊を誅殺せよ」
呂甥と郤芮は即座に捕えられ、斬首された。
咎犯と勃鞮はそのニ首を持って河西へ行き
両名が率いて来た将兵に首級を見せ、降伏させた。
また、彼らを率いて晋国に戻り、事の顛末を晋の国人に伝えた。
晋の大夫たちは喜び、河東まで行って文公を出迎える準備をした。
晋文公は秦穆公に再拝して、感謝の意を示した。
帰国に際し、秦に留めていた嬴氏を連れて帰り
正式に晋候夫人に迎える旨を秦穆公に伝えた。
穆公が言った。
「娘は既に懐公によって身を失った。晋の宗廟を辱めるわけにはいかない。
夫人ではなく妃妾で充分である」
しかし、文公は穆公の申し出を断った。
「秦と晋は代々の婚姻関係にあります。晋の宗族を祀る事に不足はございません。
此度、寡君が国を出たのは、賊徒による所為とはいえ、それを国人は知りません。
ならば、秦との婚儀を名分とすれば、両国にとって宜しい事でしょう」
穆公は喜び、文公の帰国に座上する車を豪華に装飾して
嬴氏を含む五人の公女を従わせた。
文公と嬴氏が黄河を渡ると、趙衰等が法駕を準備して河口で待っていた。
群臣が晋君と夫人を迎え入れ、百官が従い、旌旗が並び、鼓楽の音が響いた。
晋都・絳に入り、全ての国人が文公の婚姻を慶賀した。
朝廷では百官が祝賀して、嬴氏は正式に夫人に立てられた。
どれほど時代が変わっても、生老病死は避けられません。
医療技術や文明の向上は、身も蓋もない事を言うと
死ぬのを少しだけ先送りにしてるだけです。
だから、心の平穏や救いを求める手段の一つである
宗教が無くなる事はないでしょう。
昨今で流行っている異世界転生にしても
浄土宗に通じるものがあると、若い宗教学者のツイッターで見た事があります。




