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東周概略史 ~天の時代~  作者: 友利 良人
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第一話 千金買笑

本作品は、「?」「!」「…」を極力用いない事を心掛けています。




        *    *    *




 さて、周宣王は狩りの帰途、杜伯とはく左儒さじゅの亡霊に憑かれて

気を失い、そのまま宮殿に運び込まれた。


王はすでに老齢、少壮の頃に比べ、身も心も弱っており

その治世を輔けた周公や仲山甫ちゅうざんぽも既に亡い。


王の病状は日に日に悪化していき

もはや死を悟った宣王は、重臣の尹吉甫いんきつほ召虎しょうこを召した。


二人が挨拶に行くと、宣王は伏したまま、後事を告げた。


「わしは諸卿の補佐により、王位に就いて四十六年

南を征し、北を伐ち、四海を安定させたが、此度、病を得た。

わしの後を継ぐのは太子・宮涅きゅうでつだが、これは不肖である。

卿らの補佐がなければ天下は治まるまい。宜し く恃む」


二人は叩頭の礼をして承諾し、王の間より退いた。



 両名は宮門を出たところで太史の伯陽父はくようほに出会った。


召虎は「数年前、都の童歌に異変の恐れありと申し上げた事がある。

そして、王は杜伯と左儒の亡霊に矢を射られた夢をご覧になり

今、重き病に伏しておられる。あの童歌が現実になったわけじゃ。

王が癒えるのは難しいであろう」と呟いた。


伯陽父は「天文を見るに、妖星が紫微垣しびえん(北斗星の北東にある星座)に隠れています。

王の御身のみならず、国に大いなる災いの起こる兆しやも」と答えた。


「天は人の上にありとも、人はまた天に勝るところも有り。

諸卿は天道を論じ、人のやるべき事を怠っておられる。

何のための三公・六卿であるか」


尹吉甫はそう言うと、三人とも別れて去って行った。


その夜、宣王は崩御した。



 姜后きょうこうは尹吉甫と召虎を呼び

太子・宮涅を補佐して先王の葬儀を行うよ う指示させた。


宮涅は宣王の柩の前で王に即位した。周の幽王である。

申侯の娘を王后とし、長男の宜臼ぎきゅうを太子に立てた。


ほどなく姜后も宣王の後を追うように亡くなった。




         *    *    *




 幽王は暴虐で残忍、慈愛は薄く、その行いは常軌を逸している。


王が崩御すれば、礼に従い、喪に服するのが古来の習わしであるが

この新王は即位後も、太子であった頃の友人らと酒を飲み、肉を食らい

先王の死を哀悼あいとうする様子がなく、殊に母の姜后が亡くなってからは

誰にはばかる事なく女色に耽り、政治を顧みない。


幽王の義理の父にあたる舅の申侯は何度も諌めたが

この若い王に効果はなく、ついに自国の申へ帰った。


先王から仕えて来た尹吉甫、召虎と言った老臣も相次いで亡くなった。



 幽王は虢公かくこう、蔡公、尹球いんきゅう(尹吉甫の子)を三公の地位に登用した。

三人とも幽王にへつらい、地位や禄に貪欲な小人である。


ただ司徒(六卿、教育官)の鄭君・友のみ賢臣であったが

幽王は叔父である彼を余り信任しなかった。



 ある日、幽王が朝議に出ている時、岐山きざんの責任者が

けい、河、らくの三川で震災がありました」と奏上した。


「地震で山が崩れるなど、よくある事だ。奏上せずともよい」

幽王は内宮へ戻ってしまった。


伯陽父は落胆して、大夫・趙叔帯ちょうしゅくたいに語った。


「かつて伊水いすい洛水らくすいの流れが尽きて夏朝が滅び

黄河の水が涸れて殷朝が滅びました。

そして此度は涇、河、洛の源たる岐山に地震が起きた。

もし地震で川上が塞がったら、川の水がなくなり、山は崩れるやもしれません。

岐山は周太王(建国の祖・古公亶父ここうたんぽ)の発祥の地。

万一、この山が崩れたら、周も崩れるに違いない」


「国に変事があるとすればいつ頃でしょう」


「十年以内かと」


「なぜ、そう思われますか」


「善が満ちれば福、悪が満ちれば災いとなります。十は数が満ちた状態です 」


「天子は政治を顧みず、佞臣ねいしんを登用される。

天子に諫言するのがわたしの役目。臣下としてこれを諌める義務があります」


「王はあなたの諫言は聴きますまい」



 この両名の会話を虢公・石父せきほに告げ口する者がいた。

石父は趙叔帯が王に諌言するのを恐れて

伯陽父と趙叔帯の会話を幽王に伝え

彼らが朝廷を誹謗ひぼうし、妄言で人を惑わせていると讒言した。


王は「くだらん話だ。聞く必要もない」と一笑に付した。



 数日後、岐山の責任者が再び上奏文を出してきた。

「三川は全て水が涸れ、岐山が崩れ、無数の民家が押潰されました」


幽王は意に介せず、後宮の美女を抱く事だけに夢中であった。


趙叔帯は上奏文で諌言した。

「山が崩れ、川が涸れるのは、人に例えれば血肉が失われるようなもの。

岐山は周の発祥の地。これが崩れるのは周朝にとって重大事です。

どうか王には政治に尽力され、民を慈しまれ、賢臣の補佐を得て

天変地異を消滅なさるべきであります。

天下の美女を求めるよりも、天下の賢才をお求めくださるよう」


しかし、虢石父はこの諫言を否定した。

「周は武王の代より、この鎬京を国都に定めました。

岐山など履き捨てた靴のようなもの。何の関係もありません。

趙叔帯は以前から王を見下しており、理由をつけて誹謗しようとしています」


幽王は叔帯の諫言よりも、石父の讒言を信じ、叔帯を罷免した。



 趙叔帯は嘆いて一族を引き連れて晋国へ行き、後の晋の大夫・趙氏の祖となった。

後年、晋の文公の覇業を支えた趙衰ちょうすいと、その嫡子・趙盾ちょうとんは彼の後裔である。




          *    *    *




 褒城ほうじょうの大夫で、褒珦ほうきょうという剛直の臣がいる。

褒珦は賢臣・趙叔帯が追放されたと聞き、急いで朝廷に出て

「天変を怖れず、賢臣を追放しては、周の社稷(国家人民)を保てなくなりまする」

と諌言したが、幽王はこれを聞いて激怒し、褒珦を投獄した。


もはや諌言の道は絶たれ、天下の賢者は身を潜めた。




          *    *    *




さて、話はやや遡るが

桑の弓や箕の箙を売っていた男は、その後どうなったか。


妻を処刑された彼は、川で拾った赤子を抱いて褒城へやって来たが

飲ませる乳が無く、困っていたところ、姒大じだいという女の噂を聞いた。

少し前に子を産んだが、死産であったと。


彼は姒大に赤児の養育を頼み、彼女は承諾した。

赤子には褒姒ほうじと名付けた。


それから14年の歳月が流れた。




     *    *    *




 褒姒は信じがたいほどの美女に成長した。

太古の言い伝えにある傾国もかくやと思わせる美貌である。


しかし、姒大の家は僻地にあり、褒姒もまだ幼く

これほどの美女でありながら、まだ縁談の話は無い。


そんなある日、投獄された褒珦の子、洪徳こうとくが徴税のために褒城へやってきた。

彼は水汲みをしていた褒姒を偶然見かけ、その美しさに驚いた。


「このような田舎に、これほどの美しい娘がいるとは。

王は天下の美女を集めていると聞く。この娘を天子に献上すれば

獄に囚われて3年になる父上をお許しにして下さるかも」


洪徳は彼女の名と身の上を尋ね、姒大と話をした。


数日後、洪徳は織物三百匹で褒姒を買い取 り、連れて帰った。

沐浴もくよくさせ、美食を与え、美しい着物を着せ、礼儀を教え、都へ連れて行った。



 褒姒を天子に奏上するため、洪徳は虢公かくこうを買収した。


「褒珦の罪は万死に値しますが、珦の子・洪徳は父を助けたい一心で

父の贖罪しょくざいのために美人を捜し求め、褒姒という美女を探し出し、献上に参りました。

もし、王が褒姒をお気に召しましたら、褒珦を赦免頂けるよう、お願い申し 上げます」


幽王は虢公の申し出を聞くと、すぐ褒姒を召した。

今までに献納されてきた、どの美女と比べても、褒姒の万分の一にも及ばぬ

彼女の類稀な容姿と色艶に、女を見る目の肥えた王も顔をほころばせた。


幽王は褒珦を釈放し、原職に復帰させた。


その日以来、幽王は片時も褒姒を離さず

共に座し、杯を交わし、食事は器を共にし、朝廷に出ることはなかった。

王が朝廷に出ないため、家臣たちは仕事が出来ぬ日が続いた。


幽王の4年(紀元前778年)の事であった。




          *    *    *




 幽王は褒姒が来て以来、その色に耽って3月の間、申后の屋敷には行かなかった。


申后は怒り、ある日、女官を連れて王宮に来た。

その時、幽王と褒姒は膝を合わせて座っていたが

王后が来ても迎えようとしなかったので、申后は大声で怒鳴った。


「王の内を乱す、その卑しい女は何者ですか」


幽王は申后が手を出すのを心配して褒姒を庇いながら

「わしの新しい妾である。位もまだ決めていないので挨拶にも行かさなかった」


申后は不機嫌なまま屋敷に帰った。


褒姒は王に尋ねた。「今のは誰でございますか」

「王后である。明日、挨拶に行くように」


褒姒は何も言わず、翌日になっても正宮に行かなかった。


申后は屋敷で悶々としていたので、太子・宜臼ぎきゅうが尋ねた。

「母上、何を憂鬱にしておられるのですか」

「父上が寵愛している褒姒という女が私を無視する。挨拶にも来ぬ」


太子は褒姒に対する怒りを抱いた。



 翌日、太子は朝廷に出て、宮女らに花を摘ませた。

褒姒の宮女たちが出てきてそれを遮った。


「この花は褒姒様のため、王が植えられたもの。勝手に摘むと罰を受ける」

「私たちは東宮(太子)の命で花を摘み、王后様に花をお持ちする」


双方で喧嘩が始まった。この騒ぎを見た褒姒が出て来たところ、太子が現れた。

太子は褒姒を打擲ちょうちゃくした。


宮女らは幽王の罰を怖れ、跪き叩頭 して叫んだ。

「太子、お赦し下さい。王のお顔をお立てになって、お引き取りください」


太子は手を止めた。


褒姒は痛みをこらえ、室に戻って涙を流した。

宮女がなだめていると幽王が来た。「なぜ泣いているのだ」


褒姒は泣いて訴えた。

「太子が宮女たちを連れて来て、勝手に花を摘み、私に暴を用いました」


「そなたが王后に挨拶に行かなかったからである」


「太子は母の恨みを晴らすため、私を殺すつもりでした。

私は懐妊して2月になります。2つの命を守るため、私を宮中からお出しください」


「そなたは休んでおれ。わしが処置する」


幽王はその日 「太子・宜臼は礼を知らぬ者である。

そこで、申国へ行き、申侯の教えを受けよ。

東宮の太傅たいふ少傅しょうふ

太子の指導が不足しており、解任する」と、命を下した。


太子は参内して釈明しようとしたが、王は太子との面会を拒んだ。


やむなく宜臼は申国へ行った。

申后はそれを知って、王の仕打ちを恨んだ。




        *    *    *




 10月の後、褒姒は男子を産み、伯服はくふくと名付けた。

幽王は宜臼を廃嫡し、伯服を太子にしたいと思ったが、然るべき理由が無い。


虢公は王の気持ちを推量し、尹球いんきゅうと相談し、褒姒に言った。

「太子は追放されています。伯服様を後嗣にするのは難しくありません。

あなたが王の枕元でお願いし、我らが外で王を説得すれば、必ず叶うでしょう」


「卿らに任せる。成功して伯服が次の王になれば、大いに報いよう」


また、褒姒は申后の周辺を探り、欠点を探しては王に讒言した。



 折しも申后は太子・宜臼へ密書を書き送ったところである。


「天子は無道で妖女を寵愛し、母子を遠く離した。

女は天子の子を産み、寵愛ますます盛んである。

汝は罪を認め、上表文を王に提出すれば

近く、帰朝の許可を与えられよう」


だが、この密書は太子の元へ届かず、申后の身辺を探る褒姒の手の者が確保した。

褒姒はそれを読んで激しく怒り、密書を王にも見せた。


幽王は申后を廃し、冷宮(罪を犯した皇妃が幽閉される宮殿)に下げ

宜臼を廃嫡して庶人に落した。

代わりに褒姒を王后に、伯服を太子に立てた。


諌言するものは申后、宜臼の仲間とみなし、極刑にした。

王臣の多くは内心不満だったが、恐れてみな口をつぐんだ。

王の周囲には尹球、虢石父、祭公易さいこういのような佞臣だけが残った。

太史・伯陽父は嘆き、老齢を理由に引退した。


幽王の9年(紀元前773年)の事である。




      *    *    *




 幽王は終日、褒姒と内宮で楽しんだが

褒姒は未だかって笑顔を見せたことが無い。

幽王は彼女の笑顔が見たくて様々な趣向を凝らすが、全く喜ばない。


「お前は何が好きなんだ」

「絹を裂く音が好きです」


王は高価な絹を用意し、それを裂かせて褒姒を喜ばせた。

しかし、笑顔は見せない。


「わしはお前の笑うところがみたい」

「私は笑い方を知らないのです」


幽王は命令を出した。

「褒后を笑わせたものには千金を与える」


虢石父が進言した。

「先王が、西戎せいじゅう(西の異民族の総称)の侵攻に備えて

驪山りざん(現在の陝西省驪潼)の麓に烽火台のろしだいを設置しました。

賊が侵攻して来れば烽火を焚いて煙を天に昇らせ

それを見た周辺の諸侯が救援に駆けつけることになっています。


しばらくは烽火を焚いたことがありませんが

王が褒后の笑顔をご覧になりたいのでしたら

一度、驪山に行かれて、夜に烽火を上げさせれば諸侯の軍がやってきます。

来て外敵がいないのに気付いた諸侯の顔をご覧になれば

王后がお笑いになること疑いなしです」


「名案である」幽王は褒后と驪山へ行った。


夜になって驪宮りきゅうで宴を行い、烽火を上げるよう命じた。


この時、鄭伯・友は、司徒として王の車を先導してきたが

この命令を聞いて驚き、急いで驪宮へ駈けつけた。


「烽火は先王が急を要する時に備えるという事で設置され

諸侯の信頼を得ているものです。

理由も無く烽火を上げるは諸侯を欺く事となり

真の有事に烽火を上げても諸侯は信じず、救援に来なくなりますぞ」


「今は天下太平、救援など要らぬ。

わしは王后と驪宮へ遊びに来たので、退屈しのぎに少し諸侯と遊ぶだけだ。

将来の事など心配しなくてもよい」


鄭伯の諌めを聞かず、烽火を上げ、太鼓を叩いた。

太鼓の音は雷鳴のように轟き、烽火は天を焦がした。


畿内の諸侯は鎬京に異変ありと、兵を率いてその夜のうちに驪山へ駆けつけた。


だが楼閣からは音楽が聞こえ、幽王と褒妃は酒を飲んでいた。


「幸いにも外敵はございませんでした。ご苦労をお掛け、申し訳ありません」

と人を介して諸侯に挨拶をさせた。

諸侯は顔を見合わせ、旗を巻いて帰って行った。


褒妃は、諸侯が慌しくやって来て、何事も無く帰って行く様子を見て大笑いした。


「褒妃が笑った。これは虢石父の功である」


幽王はそう言って大喜びして彼に千金を与えた。



今日でも、女性の歓心を得るために大金を投じる事を『千金買笑せんきんばいしょう』と言うが

この諺は、幽王と褒姒のやりとりに由来する。

作中に出て来た趙叔帯の子孫が

人気コミック「キングダム」に出てくる趙国を建国します。

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