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東周概略史 ~天の時代~  作者: 友利 良人
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第十五話 斉魯に賢者あり

山東半島に領土を持つ斉は

春秋戦国時代を通じて、常に存在感を放つ大国でした。


その歴史は古く、殷王朝の時代からの有力諸侯だったようで

周王朝の初期は殷側の勢力として衝突していた形跡があります。




         *    *    *




 斉を恐れる魯荘公は、管仲を殺さず、斉に帰国させた。


施伯せいはくはそれを聞いて、自ら管仲を暗殺すべく、彼を乗せた檻車を追ったが

これを予期していた管仲は、隰朋しゅうほうに裏道を通るように指示して

遠回りをして斉に入ったため、施伯は管仲を捕える事は出来なかった。


魯候も管仲を返した直後に後悔し、公子・えんに後を追わせたが

これも間に合わなかった。



 管仲が堂阜どうふ(斉魯の国境、現在の山東省蒙陰県)に到着すると

旧友の鮑叔牙ほうしゅくがが出迎えた。「無事で何よりだ」


「久しぶりだな鮑子。良き主君に巡り合えたようで何よりだ。

私は召忽しょうこつと共に公子・糾を立てて来たが、斉君には出来なかった。

それどころか、主君の仇に仕えることになり

公子も召忽も、黄泉で私を恨んでいるだろう」


「大事を為す前の小事である。卿には王佐の才がある。

こうして未だ生きているのは天命であろう。

我が君は高い志を持っておられる。卿の補佐が必要だ」


 管仲は堂阜に留まり、鮑叔牙は斉都・臨淄りんしに帰って桓公に会い

先ず、哀悼の言を述べ、それから主君を祝った。

「なぜわしを悔やむ」

「我が君の兄君、公子・糾の事です。国のためとはいえ

兄弟を失なわれた事に対し、臣としてお悔やみを申し上げました」

「その後に祝ったのはどういう意味だ」

「管子を得た事でございます。天下に二人とおらぬ賢相を

我が君が手に入れた事は慶事であり、祝いを述べずにはおられませんでした」


 しかし桓公は「管仲はわしの帯鈎を射た男だ。臣下にする気はない。

あやつを殺し、その肉を食らってやりたい」と言った。


 「臣下には仕える主人がおります。

我が君を射た時の管仲は公子糾に仕えていました。

我が君が管仲を用いれば、我が君のために、その敵を射るでしょう」


「卿がそれほどまで言うなら、彼を赦そう」



 桓公は論功行賞を行い、高氏と国氏には食邑の加増がなされた。

また、鮑叔牙を上卿に任じて国政を任せようとしたが、彼は断った。


「私には国を治めるほどの才覚がございません」


「わしは卿をよく知っている。是非引き受けて欲しい」


「臣に出来る事は、先例に則り、礼にしたがい、国を全うする事です。

我が君の望みが斉一国を治めるのみであれば、臣にも出来ましょう。

ですが、それは国を治めるという事とは違います。

内に民の安寧、外に諸侯との外交、王室への配慮

これらによって国を安定させ、我が君の功績を永遠に残す。

これが王佐を行う者の任ですが

我が君がそれを望まれるのであれば、臣には荷が重すぎます」


「では、卿の他に適任者がいるのか」


「管仲がいます。あの者は寛容、治国、民の教導、外交、用兵

5つの才能で臣を凌ぐでしょう」


「管仲を連れて来るがよい」


 吉日を選び、鮑叔牙は管仲を郊外の公館に送り届けた。

斉桓公が自ら管仲を迎えに行き、車に同乗して朝廷に入った。

誰もが桓公の仇と知る者を、自ら出迎えた事に皆驚いた。


 管仲は朝廷に入り、叩頭して桓公に謝罪した。

「臣は本来死すべき身。それが主君の恩を蒙り、死を免じられ

厚遇を以て主君に仕える。これに勝る幸いはございません」


 桓公は管仲に尋ねた。

「斉は大国。僖公は威風をもって諸侯を従えたが、襄公の頃より乱れ、今に至る。

わしは国主となったばかりで人心は定まらず、国勢も振わない。

国を建て直し、綱紀を正すには、先ず何をすべきであろう」


「礼義廉恥が国を保つ四柱です。これが正しく行われなければ国は滅びます。

国の綱紀を正すには、この四柱を民に啓蒙する必要があります」


「どうやって啓蒙しよう」

「先ず、民を愛することです」

「もっと具体的に申せ」


「公と私、相共に連携して国事に当たれば、民は君に親しみます。

罪の恩赦や古い道徳の見直し、後嗣こうしを立てる場合の配慮

刑罰の簡略化、減税などによって民は豊かになり、人も増えます。

才徳を持つ者を採用して民に礼節や信義を浸透させます。

これが民を愛する道です」


「愛民の上で、民衆にどう対処する」


「民を士農工商の四種に分けて世襲させれば

技能が継承され、職分を全うして仕事に従事出来るようになります」


「国を守るにはどうすべきか」


「罰則を用いて武器を集めます。

重罪であればさい甲冑かっちゅうと矛、軽罪なら革の盾と矛を納めさせ

小犯の場合は銅鉄等の金属を課し、罪の有無が疑わしい場合は赦します。

訴訟があれば原告・被告の双方から矢束を課します。

こうして大量の武器、金属を集め、良い物は武器に使い

悪いものは農具にすればいいでしょう」


「財政はどうする」


「鉱石から貨幣を鋳造し、海水から塩を作り、天下から利益を得ます。

国中に市を設ければ人が集まり、多くの商品が取引され

商人も安心して商いが行えます。そこから税を徴集すればよろしい」


「兵が足りぬ場合は」


「軍の強化は内政上の制度改革に基づくべきだと思います」


「内政の制度をどう改革するのか」


「国を二十一郷に分け、工商の郷を六、士の郷を十五と

し、工商の郷からは資金を、士の郷からは兵を徴収します。

五家を一軌、五人を伍として軌長が管掌

十軌を一里、五十人を小戎として司が管掌

四里を一連、二百人を卒として連長が管掌

十連を一郷、二千人を旅として良人が管掌

五郷を一師、一万人が一軍

十五郷あれば三軍、我が君が中軍を、高・国両氏が左右軍を管掌

春夏秋冬、年四回の訓練を行います。

伍はそれぞれの里で訓練し、軍の教練は郊外で行います。

居住地の移動は認めません。伍では祭祀冠婚葬祭は共同で行わせ

人と人、家と家は親しく代々一緒に住み、幼時より共に遊び

互を知り合えば夜間の戦いでは声で敵味方を識別でき

昼間の戦いでも逃亡はなく、死ぬ時も不安が少なく

常に共にあって協力する集団は守に固く、攻めるに強い」


「それで天下に覇を唱えうるか」


「まだ足りません。天下の諸侯を従えるには

周王室を尊び、近隣と親しくする必要があります。

過去に争いあれば多大な贈物を持って表敬し、多すぎる返礼は受取らない。

雄弁な者を天下に遊説させ、天下の賢人を集め

行商人を出して各国の行状を調べ上げ、問題点を見つけ

弑逆や簒奪に天誅を加えて威厳を示す。

天下の諸侯は連れ添って斉に集まって来る。

これら諸侯を従えて周朝に朝見すれば、我が君は伯(覇者)となるでしょう。


こうして、桓公と管仲は覇道について三日三晩話し合った。




         *    *    *




 斉桓公は管仲を相国に任命した。

また、隰朋が大司行、寧越ねいえつを大司田、王子成父おうじせいほを大司馬

賓須無ひんしゅむは大司理、東郭牙とうかくがを大司諌に任じた。


 桓公は管仲に尋ねた。

「わしは狩りと女に目がない。これで覇業が達成出来るだろうか」

「問題ございません」

「何に気をつければばよいのか」

「賢者と愚者の見分けをつけ、賢者を用い、愚者を用いない事です」


 桓公は管仲を賢者として信頼し、仲父ちゅうほと尊称で呼んだ。

さらに地位を上卿とし、高傒こうけい国懿仲こくいちゅうの上に置いた。


 

 一方、魯候であるが、斉候が管仲を重く用いた事を知って

「施伯の言う通りであった。斉候に騙された」

と怒り、乾時かんじの敗戦の恥を雪ぐべく、斉を攻撃し、国境近くの邑で略奪した。



 斉桓公はこれを聞いて管仲に相談した。

「魯が国境を侵した。報復するべきであろう」

「我が君が即位してまだ間がなく、国内は安定しておりません。

こちらは軍を動かすべきではないでしょう」


「だが、魯は斉の領内で略奪を行った。看過は出来ん」

と言って、桓公は鮑叔牙を将として長勺ちょうしゃく(魯都・曲阜の北方)を攻撃した。



 斉軍の侵攻を知った魯候は、施伯に相談した。

「斉軍が我が北を脅かしている。これに当たる者はおるか」

「東平郷に隠棲している者に、曹劌そうかいと申す者がおります。

出仕した事はありませんが、優れた将才の持ち主です」

「卿の紹介ならば信用できる。連れて参れ」



 施伯は曹劌の元に行き、魯候よりお呼びがかかったと告げた。

「肉を食う者は知恵がないから、豆を食う者に知恵を借りに来たな」

「豆を食って身に着けた知恵を生かし、肉を食える身分になればよい」



 曹劌は施伯と共に魯荘公に面会した。

荘公は「斉とどう戦えばよいか」と尋ねた。


「戦は千差万別。実際に見てみない事には申せません」

魯候は曹劌と共に軍を率いて長勺へ向かった。




         *    *    *




 斉軍を率いる鮑叔牙は、魯侯が来たと聞いて厳重な陣を敷いた。

これに対し、魯荘公も布陣して対峙した。



 斉は乾時で大勝しているので魯を軽視しており

総攻撃の合図の太鼓を打ち、先に攻撃を仕掛けた。

 

 荘公は敵の太鼓を聞き、自軍も対抗して太鼓を打たそうとすると

曹劌はこれを止め「斉軍は士気が高い。今戦えば負けます。

ここは守りを固めて待つべきです」と言った。


 斉軍が魯陣に突撃を仕掛けたが、魯は動かない。

斉軍は仕方なく兵を下げ、しばらくしてまた太鼓を打って攻め込んだ。


 だが魯軍はまたも動く気配がなく、斉軍は再び引き返した。

「魯は戦いを怖れている。もう一度太鼓を轟かせて攻め込めば逃げ出すであろう」

鮑叔牙は三度目の太鼓を打ち、攻撃をしかけた。


 「今です。我が君、太鼓を打ってください」

曹劌はそう言い、魯軍は初めて太鼓を打った。


 斉軍は魯が二度とも動かないので、今度も同じだろうと高を括っていた。

だが、今度の魯軍は猛然と斬り込んで来た。

斉兵は完全に油断しており、魯軍の勢いに押されて大敗した。



 魯荘公は逃げる斉軍を追撃しようとしたが

曹劌は「お待ちください。確かめる事があります」

と言って車を降りて斉軍の陣跡の周囲を見て歩き

高所に登り、斉軍を遠望して「追撃しましょう」と言った。


荘公は斉軍を追撃して膨大な武器、輜重、捕虜を奪った。



魯の曹劌が斉軍を破ったこの戦いを長勺の役と言う。



 魯候は斉に大勝した後、曹劌に質問をした。

「我が方の1回目の太鼓で敵の3回目の太鼓を破った。何か意味があったのか」

「戦は兵の士気が重要です。士気盛んなる軍は勝ち、衰えたる軍は負ける。

太鼓の音は士気を高めますが、1回目で盛んになり、2回目で衰え、3回目で尽きます。

ですので、敵が3回鳴らした後で、こちらは初めて太鼓を打った。

士気盛んな魯軍が、尽きた斉軍を打ち破ったわけです」


「では、斉軍が敗れた後、すぐ追撃しなかったのはどういうわけだ」

「斉軍が退却する途中、伏兵を置くのではないかと警戒しました。

退却した斉軍の、兵車の轍を確認したところ、非常に乱れておりました。

また、退却する斉軍を遠目で見ると、旗などが乱れていたので

伏兵を用意する余裕はないと判断して、追撃を決めたのです」


「卿は戦をよく知る賢者である」

荘公は曹劌を大夫に任じ、曹劌を推薦した施伯に褒賞を与えた。



魯の将軍・曹沫と曹劌は同一人物という説がありますが

ここでは別人という扱いにしました。


曹劌の「肉を食べる者は知恵が足りない」という発言には下剋上の兆しが見えます。

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