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東周概略史 ~天の時代~  作者: 友利 良人
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第百四十二話 狡兎死して、走狗煮らる




     *    *    *




 周の元王4年(紀元前472年)春、宋景公の母・景曹けいそうが亡くなる。

景曹は小邾しょうちゅ国の出身で、魯国の季孫斯きそんしの外祖母でもあった。


訃報を受けた魯の上卿・季孫肥きそんひ(季孫斯の子)が

魯の大夫・冉有ぜんゆう(孔子の弟子)を

弔問の使者として宋に派遣し、景曹を送葬させた。




    *    *    *




 夏6月、晋の卿・智瑤ちようが斉を攻撃した。


斉の卿・高無丕こうむひが斉軍を率いて晋軍を迎撃する。


智瑤が斉軍を視察した時、馬が突然驚き、前に駆け始める。

「斉人はわしの旗を知っている。今、帥を退けば

わしが斉帥(斉軍)を恐れて退却したと思うであろう」と言い

そのまま斉の営塁まで接近してから戻った。



 戦いが始まる前、晋の大夫・張武ちょうぶ

うらないをするように請うたが、智瑤は従わず、こう述べた。

「我が君は周天子に出師すいし(出兵)を報告してから

宗廟そうびょう守亀しゅきを用いて卜うと、吉と出た。

此度の出師は、斉人が晋地の英丘えいきゅうを奪ったので

我が君が臣に、これを奪い返すように命じられた事に発する。

目的は武威を示す事ではなく、英丘を獲る事だ。

斉の罪を問う、という名分があれば、卜う必要はない」



 6月26日、晋・斉両軍が犁丘りきゅうで戦い

結果、斉軍が敗れた。

智瑤は斉の大夫・顔庚がんこうを捕えて殺した。




     *    *    *




 かつて、晋の卿・智甲ちこうが、子の智瑤を後嗣こうしに立てようとしたが

智氏の一族で大夫の智果ちかが反対した。

「智氏の後嗣は、智瑤よりも智宵ちしょう(智甲の庶子)の方が相応しいでしょう」


智甲が反論する。

「智宵は横暴で人に従わない。智氏の主は務まらないだろう」


「智宵の性質は表面に見えていますが、智瑤は心中に蔵して見えません。

表に見える暴は害を招きませんが、心にある暴は国を亡ぼします。

智瑤には、人より優れた部分が五つ、劣る部分が一つあります。

髪とひげが美しくて長身で、弓射と車御に優れ

伎芸ぎげい(各種の技)に精通し、文辞ぶんじが巧みで弁舌に優れ

剛毅ごうきにして勇猛果敢、この五つが長所です。

そして、不仁という欠点が一つあります。

人を凌駕する五優があっても

不仁という一劣がある者を後嗣に立てれば、智氏は必ず滅びます」


しかし智甲は諫言を聞き入れず、智瑤が智氏を継いだ。



 智果は氏姓を管理する太史たいしの所に行き

智氏を棄て、輔氏ほしに改めた。


後年、智氏が滅亡した時、輔果ほかの一族だけ生き残った。




     *    *    *




 秋8月、魯の大夫・叔青しゅくせいが越に入った。

これが魯にとって初の、越に使者を派遣した事例である。


越は答礼の使者として、諸鞅しょおうが魯を聘問する。



 呉国を併呑へいどんして大国となった越王・句践こうせん

兵を率いて淮水わいすいを北に渡り

徐州じょしゅうで中原諸侯と会盟を行い

周都の天子に多大な貢物を贈り、尊王の姿勢を示した。


周元王は越に使者を送り、句践に(祭祀に用いる肉)を下賜した。

これは、はく(覇者)に任命した事を意味する。


また、呉が宋から奪った地を宋に返還して

魯には泗水しすい以東の地・百里四方を与えた。


越は長江から淮東わいとうにかけて兵威を振るい

中原の諸侯は越王・句践を祝賀し

勾践は自ら霸王を号したと言う。




   *    *    *




越王・勾践は呉を滅ぼした後、次に晋を攻めるため

楚に使者を送り、出兵を要求した。


楚の左史・倚相きしょうが楚恵王に言上する。

「越君は呉を破り、その地をあわせましたが

多くの士を喪い、強兵は尽き、武器は損なっています。

今、我が国に出師すいしを要求し、晋をうかがう姿勢を示すのは

越帥(越軍)弱体を誤魔化す虚勢に過ぎません。

ここは越に対して出師を起こし、呉の地を分けさせましょう」


楚恵王はこの進言を採用し、越に出兵した。

楚軍は東へと侵攻し、泗上しじょうに至る。



 越王・勾践は楚の侵攻を知って嚇怒かくどし、楚の討伐を宣言したが

これに大夫・文種ぶんしょうが反対した。

「今、我が国の士は既に尽き、大兵も損なっています。

楚と戦っても勝てないでしょう。ここは講和を結ぶべきです」


越王は文種の意見を採用して

淮北わいほくの地・五百里を楚に与えた。




   *    *    *




 越王・句践は呉に大勝した後、九の夷族いぞくを併合した。

九人の族長を招集した時、勾践は南面して立ったと言う。

南面が許されるのは天子や国君が群臣に対する場合のみである。


また勾践は、群臣に対し、こう告げた。

「わしに過失があればいさめよ。知りながら報告せぬ者は罰する」



 ある時、越王・句践が訴訟を処理して、無実の者に刑罰を与えた。


後で冤罪を知った句践は、愛用している龍淵りゅうえんの剣で

自らの腿を刺して、自分に対する罰を示した。


これを聞いた越の将兵は、以後、命を尽くして仕えるようになった。




   *    *    *




 越王・勾践の覇業を支えた最大の功臣・范蠡はんれい

呉を滅ぼした後、職を辞して越を去った事は既に述べた。


斉に入り、鴟夷子皮しいしひと名を変えた范蠡は

共に越王を補佐した大夫・文種に書簡を送り、こう伝えた。


「空を飛ぶ鳥が獲り尽くされれば、良い弓は片づけられる。

野の兎(狡兎こうと)が全て死ねば、狩猟に用いてきた猟犬(走狗そうく)は煮られる。

越君の人相は、頸が長く、口が烏のように尖っており

苦難を共にすることは出来るが、安楽を共にすることは出来ない。

あなたも職を辞して、越を去るべきだ」


この書を読んだ文種は、以後、病と称して入朝しなくなった。


すると、文種が謀反を企んでいると

越王に讒言ざんげんする者が出てきた。


越王・勾践は文種に剣を贈った。

君が臣に剣を贈るのは、自害せよ、という君命を意味する。


文種はその剣で、自ら首を刎ねて死んだ。




     *    *    *




 周の元王5年(紀元前471年)夏4月

晋出公が斉を討伐しようとして、魯に出兵を求める。


晋が魯に派遣した使者が魯候に告げた。

「163年前、臧文仲ぞうぶんちゅうが楚師(楚軍)を率いて

斉を討ち、こくを取りました。

118年前には、臧孫許ぞうそんきょが晋師(晋軍)を率いて

斉を討ち、汶陽ふんようを取りました。

そして今、晋君は、魯国の祖・周公旦の福を求め

臧氏の霊を請いたいと願っています」


魯の大夫・臧石ぞうせきが魯軍を率いて

晋軍と合流し、斉を討ち、廩丘りんきゅうを取った。


晋軍は軍吏が兵器の修繕を命じ

更に進軍を続ける準備をしている。


それを見た斉の将兵は畏れたが、斉の大夫・萊章らいしょうが言う。

「今や晋君は覇者の地位を喪い、その政治は暴虐で

昨年にも勝利したのに、今また斉から邑を奪った。

天は晋に多くの物を与えた。これ以上進む事はない。

すぐ兵を退くであろう」


果たして、晋軍は引き上げた。


晋は臧石に謝礼として、活きた牛を贈った。




   *    *    *




 2年前、越が邾隠公ちゅういんこうを帰国させたが、隠公の無道は続いている。


越は隠公を再び捕えて越に連行し

邾隠公の太子・革の弟である公子・何を立てたが、これも無道であった。




    *    *    *




 魯哀公の庶子である公子・けいの母は

身分の低い妾だが、哀公に寵愛されたので

哀公はこれを妾から夫人に昇格させようと考えた。


そこで、礼官・釁夏きんかに、妾を夫人に立てる時の

礼について尋ねたが、釁夏は「そのような礼はありません」と答えた。


魯哀公が怒り「夫人を立てるのは国の大礼である。

なぜその礼が無いのだ」と釁夏に詰問した。


釁夏がこれに答える。

「国祖・周公旦と魯武公は、せつより夫人を娶り

魯孝公と魯恵公は宋から娶り、魯桓公より先は皆、斉から娶りました。

このような礼ならありますが。妾を夫人にする礼はありません」


魯哀公は反対意見を聞かず、妾を夫人に立てて

公子・荊を太子にした。


魯の国人は、礼に従わない魯哀公を非難した。




   *    *    *




 うるう10月、魯哀公が越に入った。

哀公は越王・句践の太子・適郢てきえいと親しくなり

適郢は娘を魯哀公に嫁がせ、越の多くの地を魯に与えようとした。


それを知った魯の大夫・公孫有山こうそんゆうざん

使者を送り、魯の上卿・季孫肥きそんひに伝えた。


魯の政権を支配する季孫肥は、魯の公室が越の支援で復興して

自分を含む、魯の三桓氏を討伐するのではないかと恐れ

越に賄賂を贈った。


その結果、婚姻も、土地の割譲も中止された。




   *    *    *




 周の元王6年(紀元前470年)

衛出公が藉圃せきほに高台を築き、諸大夫と酒を飲んだ。


この時、大夫・褚師比ちょしひ足袋たびを脱がずに席に登った。

当時の礼では、宴に参加する者は足袋を脱ぐ決まりであった。


衛出公がこれに怒り、褚師比が謝罪して語る。

「臣は足に病があり、ただれて醜くございます。

我が君が臣の足をご覧になれば、不快になると思い

足袋を脱がずに登壇した次第です」


これを聞いた衛出公は、更に震怒する。

その場にいる諸大夫が両者を取り成したが

なおも衛出公の怒りは鎮まらない。


已む無く、褚師比は退出する事にしたが

衛出公は「わしは必ず、汝の足を斬る」と言い捨てた。


帰途、褚師比は司寇亥しこうがいと共に車に乗って

「今日は無事に済んだが、いずれ、わしは誅殺されよう」と言った。



 これより14年前、衛出公が大夫・夏戊かじゅうの邑を削って家財を奪い

その家財を寵臣の彌子瑕びしかに与えた。


彌子瑕は衛出公と酒を飲んだ折に、夏戊の娘を献上した。

衛出公はこの娘を気に入り、衛候夫人に立て

更には夫人の弟・期を司徒に任命した。


その後、衛候が夫人に飽きて寵愛が衰えると

司徒・期もまた衛出公に疎まれ、罪を得て地位を失った。



 それから7年が経ち、衛出公が亡命先の斉から帰国して、衛候に復位した頃

衛の公族大夫・子南しなん氏のゆう(領地)を奪い

司寇亥の権限を奪った事があった。


また、出公は衛の大夫・公懿子こういしに恨みがあったので

侍人(宦官)を送り込んで車を押し倒し、池に落とした事もあった。



 この頃、衛出公は工匠(職人)に休みなく働かせていた。


また、出公は芸人のこうと大夫・拳彌けんじの間に盟約を結ばせた。

これに深い意味はなく、単なる衛候の戯れに過ぎない。

貴族身分である大夫と、卑しい身分の役者が盟を結ぶ事で

拳彌をはずかしめたのである。


衛出公はその後も拳彌を傍に仕えさせた。




    *    *    *




 こうして衛出公は、衛の多くの家臣の間に恨みを募らせた。


褚師比、司寇亥、夏戊、彌子瑕、子南、公懿子、司徒期らは

衛の公宮内にいる拳彌と、工匠達の協力を得て、謀反を起こした。


拳彌が公宮に入り、喚声を挙げて衛出公を攻撃した。


大夫・鄄子士けんししが衛出公を守るため

謀叛を起こした者の討伐に向かうが、拳彌が説得する。

あなたが死ねば、我が君を守る者がいなくなる。

先君(衛荘公)は逃げ遅れたせいで戎州で殺された。

我が君は以前も斉に出奔した。あなたが従えば、どこに行っても問題ない。

今回また出奔しても、再び帰国が叶うであろう。

今は抵抗するべきではない。衆の怒りには逆らえない。

乱が終息すれば、乱を起こした者同士で離間させる事も出来よう」


衛出公は拳彌と鄄子士と共に衛を出奔した。




    *    *    *




 衛を脱出した出公は、晋の邑に向かおうとすると、拳彌が言う。

「晋君は信じるに足りず、行くべきではありません」


そこで、斉と晋の国境に近いけん邑に向かおうとしたが。

再び拳彌が反対する。「斉も晋も衛と争っています」


次は魯のれい邑に向かおうとすると、三度、拳彌が言った。

「魯は小国。頼る事は出来ません。

衛と宋の国境に近い城鉏じょうさいに行くべきです。

そこに行けば越と結べます。越君は優秀と聞いています」



 夏5月25日、衛出公の一行は城鉏に入った。


城鉏に着く前、拳彌が衛候をあざむいて告げた。

「衛の賊がいるかもしれません。臣が先に行きましょう」


しかし、拳彌は出公が運んで来た宝物を車に乗せて

そのまま衛都に還ってしまった。


これを知った衛出公は、衛都にいる祝史しゅくしに密使を送って

内応させ、衛都を襲撃しようとした。


衛都に住む国人は、衛出公の帰国を畏れる。



 公懿子は彌子瑕と相談して、祝史・揮を追放するように請うた。

しかし彌子瑕は「彼に罪はない」と言って拒否した。


公懿子は彌子瑕を説得する。「祝史は我利を求め、法を犯している。

衛候が国都に入れば真っ先に先導するだろう。

彼を南門より追放すれば国君の所に行く。

越君は諸侯の間に覇を唱えた。きっと越に師(軍)を請うであろう」


祝史・揮が朝廷から帰宅した時を狙って

公懿子は衆を送り、祝史・揮と彼の家族を衛都から逐った。


祝史・揮は衛都を出て、城外で二晩を過ごす。

城外に留まり、様子を窺い、城内に戻る機を狙った。

しかし、誰も迎えに来ず、五日後に外里がいりに入り、衛出公と合流した。


祝史・揮は衛出公に信頼され、越に向かい

越王・勾践に面会して出兵を請うた。


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