第三話
「母上、母上っ〜。」
葵姫の嗚咽を炎がかき消す。
「茂吉、私の心は決まりました。其方は如何であるか」
「恐れながら、姫様のお供をさせていただく所存です」
「ならぬ。ならぬ。其方は生きよ。最後のわがままを聞いておくれ。よいか、この城の下に、山から水を引くための隠し通路がある。茂吉はそこを通り山まで行け」
「幼い頃よく遊んだ桜の木があろう。願わくは、私の首をあの桜の木の下に埋めてほしい。あの木の土となって私は生きたい」
「承知……仕りました」
姫は上衣を取り払い、死装束に扮した。
懐剣をひざ前に置き、呼吸をととのえた。と同時に茂吉は刀身を露わにする。
玉の肌が露わになったかと思えば、姫はその白い腹に立てた剣を刺した。
姫が醜態を晒す前にと、茂吉は大きく振りかぶった。
茂吉が意識を取り戻すと、幼き頃より主君として、そして友として慕っていた姫の変わり果てた姿がそこにはあった。
茂吉はそばにあった平包で首をくるみ、彼女の扇子を片手に城の下へと向かった。
自分の身分がわかるものはすべて置いていき、暗い水路を上へと上り始めた。暗闇の中を16町ほど進むと、山の中に出た。
茂吉は麓に降りて桜の木の下に彼女を埋めた。その頃にはすっかり朝日が昇っていた。
茂吉は全てやり終えたら葵姫の後を追うつもりでいたのだが、どうにも何かをするという気にはなれないでいた。
ふと風が吹いて、桜の木が揺れた。
それを見て茂吉は、この桜を守ることに決めたそうだ。塀で囲って、小さな庵を建てた。
「言い伝えによれば、茂吉という人が初代の日精上人だそうじゃ」
しばし沈黙の時が流れた。
「そうじゃ、あれを見せてやろう」
和尚さんは、引き出しより箱を取り出した。七寸ばかりの桐箱である。
「これが、葵姫の扇子じゃ」
姫の扇子は六寸五分、金の煌びやかな刺繍が施してあった。
「生徒さん方、聞きたいことがあったらいつでも来なさいな」
「貴重なお話、ありがとうございました」
寺からの帰り道、4人はなんか沈んでいた。無理もない、いきなり辛い話を聞かされたのだから。
日を改め、4人は図書館に行くことにした。しかし、南川氏のことを詳しく記した資料はどこにもない。「12世紀前半、この地に南川氏が住み着く」というようなことが書かれているだけである。
その足で寺を訪れた。
「和尚さん、図書館に行っても葵姫の資料がないんですが、どうしてですか」
「それはな、この寺にあるこの古文書にしか記録が残っておらんからじゃよ」
「どうしてですか?」
「蒲郡がここを治める時にな、自分が正当な統治者であることを示すために、南川氏に関係する書簡を全て燃やしてしまったからなんじゃ」
それから私たち4人は、フリップ作りに取りかかった。
「涼太、そこのペン取って。…………って涼太いないし。涼太どこいったのよ」
「ただいまー。おやつ買ってきたぞ」
「涼太くん、ありがとうございます」
「おっ、涼太気がきくじゃん」
フリップも大方出来上がったので、発表の担当を決めることとなった。
「私、ナレーション!いいでしょ」
「美香がナレーションで決定な。じゃあ紀美子さんと星澤くんは?」
「といってもフリップ持ちぐらいしか仕事ないですよね。あと私、挨拶やります」
パチパチパチパチッ
最初の班は、北山の林業と緑川の水運について調べていた。北山の林業も担い手が減って今苦しい。
次の班は、緑川の水と稲作について調べていた。その次の班も緑川に関係していたので、やはりこんなド田舎、地域学習は難しい。
私たちの番が回ってきた。
「私たちは、『蓮弦寺の葵桜』について調べました」
聴衆は皆、期待した通りのポカンとした顔をしている。
「今からおよそ500年前、このあたりを治めていたのは南川という一族でした。しかし、蒲郡氏との相次ぐ戦いの中で、滅びてしまいます……」
私たちは5分に及ぶ発表を行った。紀美子さんが挨拶した後には、拍手の雨が降っていた。
私は今回、あることに驚いた。それは女性も「切腹」するということだ。美しい葵桜に込められた悲しい物語を忘れてはならない。
古の日本人が自分の命を投げ打って意思表示する方法として「切腹」が知られている。切腹は江戸時代に入ると、“サムライだけに認められた刑罰”となる。
意外かもしれないが、江戸時代より前は女性も切腹していた。
しかし、その事実はあまり知られていない。なぜなら、優美で端麗な“大和撫子”像と切腹が相反するものだからである。
古の女性の自殺方法として、懐剣で喉笛を突く方法が知られているが、そのようなことをしたらもがき苦しみ続けることになる。最も腹を切っただけでは死ぬことはできない。