第一話
「明日は晴れか〜」
「うちらの班は何を調べようか」
「こう暑いと頭が回らなくなるよなぁ」
「そうそう!」
「アイスでも帰りに食べようぜ」
手求梨高校の第2学年では、班に分かれて地域の歴史について調べることになった。が、手求梨高校の周辺には田んぼと閑静な住宅地、駅前にポツンとあるアーケード街しかない。
まあ、北山は緑川という一級河川の始点になっているし、有名な寺院がある。町中で歴史が感じられそうなところといえばそこぐらいだろうか。昭和の写真を見ても、同じく田畑ばかりで、駅前に闇市の名残があるだけだ。
そのような訳で、この班では一向に話し合いが進展しない。
「それでどーすんのよ?何調べんのよ?」
「そんなの帰りながら決めよーぜ」
「私も賛成です。学校にいても得られるものはありません。実際に街を歩いて、何か面白いものを探しましょう。」
「紀美子さんまでー。こんなジメジメして暑い時に外をうろちょろしなくてもいいのに」
私は、クーラーが効いているこの部屋で会議がしたかった。放課後といってもまだ3時だし、外は蒸し暑いに決まっている。
まあ、しっかしパッとしない班になったものだ。男女平等の考え方かなんだか知らないが、武田先生が男子2人女子2人と決めてしまった。ゆえにくじ引きの結果、個性的でもあり一体感もなさそうな班が出来上がった。社交的な私としては、紅一点になろうがどうしようが構わなかったのだが……。
星澤くんは、あまり社交的ではないし、喋りかけづらい。さっきから、話し合いに参加しているのかしてないのか分かんないのは、涼太。帰ることに賛成していた、物静かな紀美子さん……。
今年の夏は、ストレスでバテるかもしれない。
学校を飛び出してみたものの、畦道を通るいつもの帰り道だ。しいて言うなら、用水路の水はいつもより多い。ギラギラと照りつける太陽。午前中降っていた俄雨のせいで、蒸し蒸しが増す。
「そういえば、美香。お前塾はいいのかよ?」
小学校が二つしかないこの田舎では、2人に1人が同じ学校の出身である。そのせいで、涼太は同じ小学校だった。
「塾なら、こないだやめた。わたしが勉強したって行ける大学なんてないし」
「そうか」
「お、コンビニ。アイス食おうぜ」
コンビニで10分ほど時間を使ったのち、ぶらぶら歩き始めた。
「しっかしまあ、なんもないよなぁ。ったく、寺の1つや2つあってもいいのにな」
「確か、この道まっすぐ行くと寂れたお寺がありましたよね」
星澤くんが口を開いた。班結成の自己紹介ぶりだ。
「そういえば私、小さい頃によくそこで遊んでてた記憶ある!」
「じゃあとりあえずそこ行こう」
塀こそ塗り替えられたものの、中はそれほど変わっていないらしい。カラスなんかが種を落としてったんだろう、お堂の屋根には所々小さな草が見える。
「お客人かね?」
七十くらいのの和尚さんが、僧坊から出てきた。
「手求梨高校の方達だね。社会科見学かい?」
ここは私の出番ね、と言わんばかりに私は集団の前に立って、鼻から大きく息を吸った。
「ええ、そんな所です。地域の歴史を調べることになって、歩きながらテーマを探している所なんです」
「……そうか。どうだい、この桜について調べてみては」
「…おい、一回集合」
涼太が門の近くに4人を集めて小声で話を始めた。
「美香、勝手に話を進めんのはお前の悪いくせだぞ」
「ごめん。でも他と被りそうにないし、和尚さんにかけてみない?」
「まあ、ただの桜だと思うけど、この際いいよな、みんな」
まあ花なんて縁がなさそうな涼太からそんな言葉が出るとは思っていなかった。
再び庭に戻ると和尚さんに言った。
「和尚さん、私たち、この桜を調べようと思います」
「じゃあ、上がりなさいな」
16畳ぐらいしかない本堂の縁側に上がり、和尚さんが来るのを待っていた。
「お若い人が来るのは久しぶりで、お口に合うかわからんが……」
羊羹とお茶を人数分用意してくれた。
「何か書くものを用意しとくと良いかものぅ。時間は大丈夫かね?」
「みんな、この寺にあの桜があることは知ってたかね?」
「私は知ってましたよ。小さい頃よくこの辺りで遊んでいましたから」
「俺も同じく」
「僕は知りませんでした」
「私は桜の木があるよと聞いたことはありました」
そうか、そうかと同じく和尚さんは言った。
「あの江戸彼岸には名前があってな。『葵桜』って言うんじゃよ」
江戸彼岸は、長いものでは1000年以上生きるという桜の樹種。ソメイヨシノは江戸彼岸と大島桜を交配して作られた。