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海底の都市に住む人

作者: 葉月順

昔は大地というものがあったのが地球です。

海底の真新しい集合住宅で、みんなが集まれる広い部屋。

父と叔母と従姉妹と4人で引っ越してきました。

海底に移住を始めた頃は、空調の不安や、電気の問題などをみんな心配していました。

地上に残った僅かな人たちは、だんだんと数を減らしていきました。

3世代、100年ほど経つと、みんなは海底の生活にも慣れて、インフラの不安もなくなっていきました。

時々は事故もあります。

地上にいたときだって、いろんな事故や事件は起きていました。

ですから、概ね人々は幸せに暮らしています。


さらに100年ほど経つと、地上を覆ってきた海水が下がり始めました。

大昔の聖人の誕生日を暦に使っていた頃の半分ほどですが、あちらこちらにぽつんと島が現れるようになりました。

フジと呼ばれる島ではまだ人は住めないそうです。

アソという浅瀬の海では、真ん中に噴煙が登り、海水がお風呂のようだと、ある冒険家がテレビで話していました。


わたしたちが住む町の隣にはすこし深いところに不思議な建物があります。

学者さんがパソコンの画面の中で話していたのはムーの遺産だそうです。

人々が海底で暮らし始めるときに調査したそうです。


さらにそれから1000年くらい経ちました。

もうみんなは海底には住まなくてよくなりました。

今度は地上に移住します。

ある実験で選ばれたわたしは意識と記憶だけを残して肉体はなくなり、学校の先生になりました。

1000年ほどの歴史が得意なので、図書館などでもわたしの話しを聞いてくれる子供たちがいます。

もちろん地上に移住したみんなのために新しい学校などでもわたしの話しは見たり体験できるようになりました。


それから50年ほど経つと海底には誰も住まなくなりました。

自然のエネルギーで町や都市は生きていますが、人は誰もいません。

わたしの分身ともいえる記憶と意識は地上でもそのままです。

人工の身体も作ってもらいました。

リンクしていた海底のわたしとは別々の個性を持つようになりました。

歴史として記録されていますが、だんだんと忘れ去られていきました。

思い出してくれれば通信でお話しもできます。

だけど更新されない情報は古いメモリとしてアーカイブされます。

わたしはわたしというものを見失いつつありました。

演算領域の余白はまだ充分なので、家族と暮らしていたころの部屋を再現したり、模様替えしてみたりもします。

時々バグのように思い出すこともありますが、それはわたしの体験ではなくて祖父から教えてもらった地上の生活のことです。

でもです。

記憶というものは断片になると真実とそうでないものがわからなくなります。


わたしは地上に帰りたいと考えるようになりました。

通信でわたしの分身を呼び出したりもしましたが言葉が通じませんでした。

演算のシステムが根本的に変更されたそうです。

古いデータを研究していた人が教えてくれました。

調べてくれて、分身も数度のバージョン変更でいまは人間として暮らしているそうです。

なぜかわたしは泣きました。

身体もありませんから人のいない建物やビルディングが震えるだけでした。

それ以外に応えてくれるものがないので孤独なんだと自覚しましたが、分身が生きていることと、きっとそれは幸せなことなんだなと思えたことが涙の原因だと思いました。


わたしはひとつのことを決めました。

わたしを新しい言語に載せてくれるというあの古いデータを研究している人の提案を受託しました。

地上の分身はわたしにとっては子孫のようなものですねと話したら、その人はほほえんでくれました。

海底の都市のわたしのオリジナルのデータは残せるそうですが、それはしないようにしました。

何層にも保護されたシステムでしたが、わたしの意思で浸水装置を起動できるそうです。

バッテリーまで海水が入ると、最後は泡になってひとつの都市まるごと活動停止します。

充分な準備をして、船に乗り、新しい家族になった彼と、最後の瞬間を見ていました。

もちろん死んだわけではないので、痛みはありませんでした。

悲しくもなく、生まれ変わって何度も生きる人の魂を追体験したみたいな感想でした。




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