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あの時のあなたは別に間違っていない。

違うわね。正しいことをした。

一国の上に立つものとして、自国の民を守るために他国を見捨てるのは当たり前だ。

ましてや彼は王太子、意見を言ったところで聞き入れられるとは思えない。

あの時、我が国への支援を切っていなかったら感染は他国にも広がりパンデミックは一層拡大しただろう。

優先順位は付けないといけない。

守るものがある立場なら尚更なこと。




たかが許嫁がいる国など、見捨てて当然なのよ___



遠い日のこと。まだ5年も経っていないなんて考えられないわ。


まだ感染症の情報が城に届いた頃、私たち王族は逃げることが出来た。とはいえ、そこまで危険視していなかったのだけれど。ここがまず第一の失敗点ね。衛生面の報告義務をしっかりとシステム化しておけばよかった。

遠い街での爆発的な感染。

その一文で終わっていた報告に、恨めしく思ってしまうのも致し方ないだろう。


その領主は隠蔽しようとしたのだろう。しかし、商人のネットワークは侮れなかった。

商人の噂話のおかげで城内に情報が入ってきたのだ。


発症すると寒気、嘔吐などが起こり、高熱が出たら治療が功を奏しない限り数日で亡くなってしまう。

悪魔のような病気だと囁かれていた。

この報告がきちんと入ってきたのは最初の報告の1ヶ月後だった。


国から医療班を派遣した。

しかし状況は悪化するばかり。

まあ当たり前だろう。何も分かっていないのに派遣したところで何もできない。

逃げる事は出来た。

まだ他国からの物資は届いていたから。

それでも。


感染がいくつかの都市で起こったとき、逃げ出した貴族はいた。さすがに、感染が起こった領地の家族は無理だったけど、遠い貴族のどれだけが逃亡しただろうか。

非国民だと非難している余裕なんてなかった。事態は芳しくない。


病の情報を集める。

発症者が最初に出たのは熱帯付近だった。

その次はその都市との貿易が盛んな街。

都市間の移動を制限するお触れを出したとき、もう手遅れになっていた。


(まだ2ヶ月も経っていないのに。)


嘔吐、下痢の症状が出たとき、脱水による衰弱がみられると経過が悪くなるとわかってきた。

そのため水分補給を徹底させた。

アルコールを蒸留し、より度数の高いアルコールで消毒を徹底させる。

患者の吐瀉物や体液から感染が疑われるため、それらを素手で触ることを禁じた。




しかし、事態は悪化するばかりだ。


とうとう王都で発症者が出たのだ。

感染は一向に止まらない。穏やかなはずの城下には暗雲が立ち込めていた。


王家の書物庫で文献を探す。

過去に同じような事例はないか。

何か役に立てることがあればいい。

毎日ロクに睡眠も取れずに動き回っている父や兄たちを見て何もしない選択肢はなかった。

台に乗り、届きそうな書物に手を伸ばした。ぎりぎり届かないそれに身を乗り出しすぎたのがいけなかったのだろう。傾いた体を強かに床に打ち付けた。

元々睡眠不足だったせいで受け身も満足にとれなかった。

頭を打った瞬間何かが弾けた。


そして私は暗闇に落ちて行った。



映像が脳内を横切っていく。

私が"医師"をしている世界線。

毎日何人もの患者に執刀し、先進医療に邁進していた。

身分など関係なく、性別も関係なく、個人の能力で未来を切り開く世界。

そこに魅せられた。

ああ、この"私"ならこの国を救えるかもしれない。

いや、私は自国を救いたい。

民が健やかに暮らせる世界を私は作れるのだから!



目覚めた私は、違う世界で医師をやっていた"私"の記憶を持っていた。

多分ちょっと精神がおかしくなっていたのだろう。

普通疑うし、混乱するそれを私は受け入れた。だって好都合だと思ったの。


上がってきた詳細と地理と"記憶"を照らし合わせる。

これだけの死者が出ているのに感染者は増えていくばかり。普通に考えてこれはおかしい。病原菌は生き残るために他の生物に感染する。こうも人を喰らい尽くすほど強い病原体はパンデミックなど起こさないはず。せっかく寄生したのに殺してしまっては勿体ない。もしかして、感染経路が違うのか…?


拙い報告書からするに、やはり感染者は土着の民ではない。商業が栄えて流入した者たちが初発の感染者だった。ともすれば。


ウィルス、原虫、細菌。熱の出方、皮膚の炎症、下痢、総合的に考えて、1番マラリアに近いと思った。

ここで断定するのは危険なため、いくつか他の候補も頭には入れておく。

もしマラリアと仮定するなら蚊で媒介される。熱帯地域では蚊で媒介される病気も多いから、外れたとしても損にはならない。

猫の手も借りたい状況だから私の要望もすぐ聞き入れられた。

虫除けのハーブと蚊帳を全部の拠点に配布する。



城内に感染者が出た今私を止める者などいなかった。

だってどこにも安全な場所などないのだから。


虫除けと蚊帳は一定の効果を示していた。

若干ではあるが、感染者は横ばいになった。

それで喜んでなどいられない。


特効薬がない状況では対症療法しかない。

ああ"あの世界"ならキニーネだって、メファキンだって、リアメットだってあるのに。

一刻も争う自体で、抽出を行う余裕はない。副作用だって強すぎる。血液標本さえ作れれば診断も行える。確定診断が行えない状況で手を出すのは躊躇われた。


しかし、躊躇している時間なんてない。


抗ウイルス活性もつ生薬、気をめぐらし瘀血を促す漢方、原虫を殺し得るオイル。

西洋、東洋、代替医療と思い浮かぶものを試していく。

"キナ"は貿易で国内に流入してきたものを入念にすり潰した。


いくつか効果が認められるものが出てきて一筋の光が見えた気がした。


しかし現実とはなんて意地悪なんだろう。

その知らせは国を絶望に突き落とした。

国王と王太子が発症したのだ。その連絡が来た時、私は薬の原料を取りに出掛けていた。

特効薬が切れたために。城から1.2日は離れている場所だ。"キナ"があればしばらくはどうにかなるだろう。そうした油断を天は見逃さなかったのかもしれない。


私がなんとか城に戻った頃には2人は熱で朦朧としていた。既に出血斑が体に出ている。体が震える。足元から崩れ落ちた。こうなってしまうと致死率は95%。本人を信じるほかない。薬を煎じ、輸液を行い、どうにか摂取できそうな食料を探す。だんだんと衰弱していく彼らに身が千切れそうな思いを抱いた。そして。

2日後に父が、3日後に兄が息を引き取った。


「お前は生きてくれ。」

父と兄にかけられた言葉は重すぎた。

しかし、それが望みなら私は何をしてでも生き延びてやろうと思う。最期の望みなのだから。


私はこの時13才。国を背負うにはいささか幼過ぎた。

宰相も大臣もいなくなったなかで、国として成り立つわけもない。


1ヶ月、2ヶ月とあっという間に過ぎ、事態が大体収束し始めたのは半年を過ぎた頃だった。

王都がひと段落したらまだ猛威を振るう地区に向かった。

拠点ひとつひとつを訪ねて、状況を確認しながら治療を行う。


生き延びたものたちが寄せ集まり、集落を築いた。



そうこうしているうちに国を絶望に落として2回目の春を迎えた。


その頃には感染症は終わっていた。生き残ったのは国の1/4にも満たなかった。変わり果てた土地に住むには私たちの心は心許ない。忙しかったからこそ何も考えずに済んだが、考える余裕ができた分、麗らか日差しが恨めしかった。


見ないフリをして、感じないフリをして、やっと普通の生活が取り戻せたと思ったのに。

事件が起こるのはやはり突然だ。

ようやく、みんなに自然な笑顔が戻ってきたはずだった。


何かが燃える匂いと狼煙。


誰かが言った。城が燃えている、と。

何が起こっているか分からなかった。

誰もが呆然と城を見上げていたっけ。

衛生的な観点で燃やした方がいいのは知っていた。それでもそれを出来るほど立ち直ってなどいなかった。

我が国の象徴。あれがあるだけで、私たちの心はどこか救われていたのに。

なぜ燃えているかは考えていなかった。危機感もなかった。私たちはただただ足がすくんでいただけだった。


呆然と立ち尽くしたのはどれほどの時間だったのだろうか。もしかしたら数十分だったかもしれないし、数時間だったのかもしれない。

気が付いたら隣国の兵に囲まれていた。



正直、殺されるのかと思った。

それでも、構わないと思ってしまった。

それはおそらく私だけじゃない。


しかし、生きてくれという言葉が頭で響く。

我が国民を守れるのは私しかいない。

武器を持つ兵士たちを相手取っても震えることはなかった。

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