ミキ
⑦ミキ
サッコの足取りは軽く、エントランスの階段を下りて、歩道に出た。
地下鉄駅から、女が歩いて来た。女は顔を上げ、サッコと目があった。女の顔を見たサッコは、フランス語で話しかけた。
「今日は楽しい事に、出会わなかったのかい」
「ええ、残念ながら」
女から流暢なフランス語が返ってきた。
そのまま、通り過ぎるつもりだったサッコは、足を止めて振り返った。
「それでは、明日が来る前に食事でも」
日本語に戻った。
女が微笑んだ。
フランス料理店に入った。ワインを頼む。
「俺はサッコ。これは本当。あなたは?」
「じゃ、わたしはミキ。これは偽名」
「オーケー。ミキ」
「今日は良い事があったのね。あなたはステップを踏んでいたわ」
「そう、一つだけだったのが三つに増えた。幼なじみに会えて久しぶりにフランス料理を口にできる。そして、目の前に綺麗な女性がいる」
ミキが笑った。
サッコは料理が出てくると、ミキを気にせずに食べ始めた。夜はチーズを二切れしか口にしていない。
「幼なじみはどんな方」
ミキの薄い化粧は、ワインの酔いを隠そうとしなかった。
「今は故国のエリート将校。祖母さんのエスコートで日本に来た。観光でね」
サッコはミキを精一杯笑わせた。ジョークが通じるのは有り難い。それに応えて、ミキは笑い続けた。
「そろそろ、今日が終わる。どう、楽しかった」
「ええ」
「じゃ、カボチャの馬車に乗って帰るんだ」
「来週も会ってみるかい」
ミキは頷いた。
「じゃ、来週の土曜の夜」
ミキはサッコが地下鉄の駅にのまれて行くのを見ていた。