チョコレート
③チョコレート
「できたら、面白いね」
柴田がサッコに、ある計画を話したのは先週の日曜日、氷雨が降っていた。
そんな日は、皆出歩かずに部屋で酒を飲んでいる。
柴田の部屋では、柴田とサッコが競馬新聞とスポーツ新聞を時折交換しながら見ていた。
フローリングで六畳ほどの部屋には、備品のベッドの他に柴田の誂えたテーブルと二脚の椅子があった。
テーブルの上にはウイスキーとグラス、どんぶりに入った氷とペットボトルの水が置かれていた。
朝、公園近くのコンビニエンスストアで新聞と氷、スーパーで昼、晩飯の食材を買ってきた。
ベッドの上にポータブルラジオが置いてある。ラジオのロッドアンテナは外されて細い電線を繋いでいた。電線は二階六部屋のベランダに這わせていた。これでエフエム、短波ともに感度は良好になった。
短波では競馬実況が流れていた。
馬券の投票は、柴田の携帯電話でする。賭け金は大きくないが、夏に入れた三万円が残高十万円を大きく超えたのは、つい最近だ。暮れの有馬記念には、賭け金を少し多めにできるだろう。
二人は午前の四レースが終わり昼の休憩に入ると、食堂に行って昼飯の支度をした。厨房は自由に使えた。
長机の並ぶ食堂では、石田が年配の二人と酒を飲んでいた。
「出掛けないのか」
石田が赤ら顔で言った。石田はウイスキー、あとの二人は一升瓶を前にしている。
石田は無類の女好きだが、大雑把で気のいい親方だった。最近は、近所の後家さんの家に出入りしている。
「柴田は飲まないのか」
「ちゃんと部屋で、やってますよ」
柴田は出来上がった生姜焼きを皿に盛って石田たちの前に置いた。柴田の包丁捌きは、賄いのおばさんより上手なのは確かである。
柴田は残りの生姜焼きを持って部屋に戻った。
「サッコ、ゲームをしてみないか」
昼飯を食いながら柴田が言った。
「面白いのかい?」
「たぶん」
「どんな?」
柴田は、街の食堂で読んだ「毒入りチョコレート事件」のあらましを話した。
「犯罪だ」
「そうなるね」
「それは、今時、成功するとは思えないな。至る所に監視カメラがあるし、捜査技術もその頃とは違う」
「そうだね」
柴田はグラスに水を入れて飲んだ。
「携帯電話はどうかな?」
「?」
「キャリア(携帯電話会社)が菓子メーカー、チョコレートは電波だ」
「殺人電波でも出すのかい?」
サッコが笑い出した。
「いや、電波を止めるんだ。電波が止まれば携帯電話は使えない。常に携帯電話を握ってる奴らにとっては、毒を盛られたようなものだ。ユーザーからはキャリアに苦情が出る。気の短い奴なら、キャリアを変えるかもしれない」
「できるのかい?」
「できると思う」
サッコは柴田が勝算のない返事はしない事を知っている。
「問題はそのあと。キャリアへの接触と金の受け渡し。これは、サッコの言う通りだ。もちろん、こちらから警察やマスコミに知らせたり、揶揄する気はない」
サッコが頷いた。
「だから、今はゲームなんだ。思考ゲーム。第一ステージで電波を止め、第二ステージは接触、第三が金の受け渡しと続いて、めでたくコンプリートだから完成したシナリオが必要だ。どのステージでも、クリアできなければゲームオーバー。リトライもしない。愉快犯のしたことで消える」
サッコは天井を顔を向け、背伸びをした。
「考えるだけなら、暇つぶしになるだろう。サッコ」
サッコは笑って頷いた。
競馬のメインレースが近づいて二人は新聞を手にした。