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柴田とサッコ  作者: 名雲屋良内
13/27

侵入


⑬侵入


 盆休みは、田舎に帰る者もいる。宿舎は、静かだった。

 会社からは盆前に金が出た。ちなみに正月にも餅代と称して出る。高々、数万円だが有り難いこと、この上なかった。

 二人は、部屋でシミュレーションをしてみる。危険な点は特にない。

 盆休みに入って二日目、二人が夕飯と風呂を済ませて、秩父に向かったのは夜八時過ぎだった。

 車は会社のワゴン車だ。使った後に、ガソリンを入れておけばいいだけだ。

 二人は特に緊張しなかった。工事に行くようなものだった。

 蒸し暑い夜だった。月は山陰から中天を淡く照らしていた。

 ワゴン車は、国道百四十号から、山に入る細道に曲がった。未舗装の道は滑りやすく、所々に涌き水が水路を作っていた。

 サッコはギアを四輪駆動に切り換えた。

 青緑色の二つの光が見えた。

「狸だ」

 助手席で柴田が言った。

 じっと、こちらを見ていた狸は、車が近づくのを待っていたように道を横切った。

 サッコは慎重に運転する。

 雑木林が途切れると、そこに車を入れた。砂利を踏んだ音がした。

 ヘッドライトを消すと真っ暗闇になった。

 目を天空に向けると、高さ四十メートルの鉄塔の黒い輪郭が見えた。

 地上には、二坪程の小屋が建っている。エアコンの作動音が重く響いていた。設備を囲うフェンスには蔦が絡まっていた。

 ルームライトを点け、柴田は後ろの座席から背嚢を引っ張り出し、安全帯とパイプレンチ、小さめのレンチを確認する。

 二人はヘルメットを被り、ヘルメットに装着したライトを点けた。革手袋をはめ、ルームライトを消すと外に出た。

 柴田は背嚢を、サッコは脚立を手にした。サッコがフェンス脇に脚立を立てる。先に柴田が上り、サッコから背嚢を受け取るとフェンスの中に放った。

 それから、フェンス上に張られた三条のばら線を慎重に跨ぎ中に飛び下りた。中は砂利が敷かれていた。続いてサッコが上がり、脚立を中に移した。

 柴田は鉄塔の下に行くと、背嚢から安全帯を取り出して腰に巻き、レンチを差し込む。

 横に光を散らさぬようにヘルメットのライトを消して鉄塔に据えられたラダーを上った。

 五メートルほど上ると水平に渡されている鋼材に立ち、ラダーと並ぶケーブルラックに移った。ラックを跨ぎ、安全帯で体を保持して体重をかける。

 ラックには十数本の給電線が敷設されていた。下からサッコが焦点を絞ったライトで照らした。

 柴田はレンチで、給電線を固定しているボルトを外した。これで給電線はバラける。

 それから、パイプレンチを手にすると、給電線を挟み柄をそのまま下に押し下げた。中空の給電線は難無く潰れた。

 これで監視部署には、故障が表示されたはずだ。柴田は残りの給電線も次々と同様にし、元のように、給電線を固定した。

 下からでは、密に並ぶ給電線が潰れていても、すぐには分からない。

「止まったかな?」

 サッコは鉄塔から下りてきた柴田に言った。

 二人の携帯電話は宿舎に置いたままだった。GPSの使用により、位置の精度が良くなっていた。今の時間に基地局にいた事が、なにかの拍子に発覚するかも知れない。今日は腕時計をしていた。

 自信を持って柴田は頷いた。

 経路に落とし物がないのを確認して、車に乗り込んだ。時間にして、二十分とかからなかった。

 車は、静かに動き出した。

 その日、キャリアの基地局監視部署で当直だった五十嵐は、秩父にある基地局に故障を示す表示を確認した。

 時刻は二二○八だった。

 表示は電波の異常を示した。重大な故障と分類される。五十嵐は基地局に据えられた三台の無線機を遠隔操作でリセットしてみたが復旧しない。

 アンテナは三方向に向けられて、複数の周波数帯を使用している。

(落雷?)

 それでも、電源が正常で全ての系統がダウンするのは考えられなかった。

 五十嵐はデスクに行き、インターネットから「雷予報」を見た。

 群馬県に雷雲の発生が認められたが、秩父には時間を遡っても、発生、通過はなかった。

 もう一人の当直を呼び相談した。

 契約している保全会社に現地に行って貰う。結果、給電線かアンテナの不具合を想定した。

 深夜に鉄塔に上るわけにもいかず調査は翌朝に持ち越した。

 キャリアは移動無線局を持ち込んでいた。無線機と伸縮する支持柱にアンテナを車載している。

 夏休み真っ盛りで近辺の道路は交通量は多いから、移動無線局で、一時的にエリアを確保した。それでも、エリア、容量ともに小さくなるのは避けられない。

 不具合個所の特定に手間取ったが、給電線の変形を確認すると、その手配をする。最低限となる一つの周波数帯を三方向のアンテナにつなぐためには、六十メートル程の給電線が三本必要になる。

 メーカーに依頼しても、今日届くわけはない。まして会社、工場共に夏休みだった。

 キャリアの担当者は、基地局を施工している会社から手持ちを借用した。

 給電線が届いたのは、午後三時だった。とにかく三本がつながれて仮の復旧を終えた時は、午後六時を過ぎていた。これでは移動無線局のアンテナを高くしたに過ぎなかった。

 翌日は、更にかき集めた給電線で残りをつなぎ直した。

 これは、柴田の想定通りと言えた。

 さて、不具合の原因は、どう処理されたのか。結論から言えば、これも柴田の思惑通りとなったのだ。

 明らかに人為的なものと言えたのだが、現場からの報告に上層部は、表沙汰にしないことを指示した。原因は、「落雷による」と日誌に記載された。


 柴田とサッコは食堂のテレビで、ニュースに気を配った。

 二人は気晴らしに、都心に出掛けてみる。電車は空いていた。乗客は皆、スマートフォンを弄っていた。

 柴田は車窓から外を見ている方が良かった。普段、携帯電話は持ち歩かない。競馬投票のために持ったようなものだ。

 気にいった町並みがあれば駅を降りて歩いた。

 その夜は、太鼓の音に誘われて、サッコ、金澤と盆踊りに行った。

 三人は小高い神社の境内で、暗闇に浮かぶ太鼓の櫓、浴衣姿で踊る年配女性たちの輪に加わった。


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