仮面家族
「いや、私はとても幸せな男だと思っていますよ。妻は美人で優しいですし、子どもたちにも愛情をたっぷりと注いでいますしね。その子どもも二人いて、上が女の子、下が男の子なんですが、どちらも元気いっぱいで、とにかく明るくて、家の中がもう騒がしくって」
――ではストレスは感じない、と?
「そりゃあもちろん。強いて言えば仕事のストレスでしょうか。でも、それだって帰宅して妻の手料理を食べて、子どもたちの寝顔を見ればすぐに元気になりますよ!」
――それは良い傾向かもしれませんね。ですが、本当に無理はされてませんか?
「あははっ、無理なんかしていませんよ。妻も私の健康には特別気を配ってくれていますし、先日の健康診断の結果だって健康そのものでしたからね。心も体も元気いっぱい幸せいっぱいです」
――そうですか。では、休日にはお子さんたちと一緒にお出かけしたり?
「所謂家族サービスというやつですね。まあ、私の場合はむしろ子どもたちや妻に付き合うというよりも、私が子どもたちを連れ回しているという方が正しいのかもしれません。日に日に成長していく我が子の姿を眺めているだけで楽しい……違います?」
――子どもはいいものですね。では、奥さんとのご関係は?
「良好です。言うまでもないですよ。毎朝私を見送ってくれます。まあ恋人から家族になったという意味では変わりましたが、良い母親であり、良い妻でいようとしてくれていますね。ああ、もちろん私は常々『ありがとう』と伝えることを怠ってはいませんよ。妻も毎日のように『お疲れ様』と労ってくれますからね。やっぱり言葉にして伝えることは大切ですよね」
――わかりました。大変良好な家族関係を築いていらっしゃるようですね。それでは、何も悩みなんかはない、と?
「今の幸せに悩みなんかありませんよ。あっ、もう少し給料が増えてくれたらいいなあとか、早く昇進しないかなとか、そういう悩みはまた別にありますけどね。だって、妻にも子どもたちにも不幸になって欲しくないですからね」
――そうですか。ところで、睡眠時間はどうですか?
「多忙な時期は遅く帰ってきたり早く出たりして時間を取ることが難しいこともありますね。でも、平均的にきちんと睡眠時間を確保しています。それはまあ、他の方も似たようなものだと思いますよ?」
――では、だいたい何時頃にご帰宅するのが普通ですか?
「……さあ。決まって何時とは言えません。稀に深夜になることはありますが、普段は夕食の時間には帰っていますから」
――なるほど。では、奥さんのことについてお尋ねしますが、共働きですか?
「ええ。とはいえ、パートタイムですが。私の記憶が正しければ、確か午前十時から午後四時まで近所のスーパーで働いています」
――その間お子さんたちは?
「上の子は小学校で、下の子は保育園です。どちらも妻を待つことはないようにしているみたいですから、そこは一安心ですね」
――日常生活にはそこまで不安や不満はあまりない?
「ええ。まあ、些細な食い違いはありますよ。でも、その都度話し合って都合をつけていますし、特に大きな問題はない、と自負しています」
――そうですか。ところであなたの個人的なご趣味はなんでしょうか?
「趣味、ですか? ああ、どうでしょう。仕事を始める前はバイクに乗るのが好きでしたが、今は時間もあまりなくて。でも、特に何かしたいとも思いませんね」
――では、休日に子どもたちを連れてどこへ行くのでしょう?
「私はそんなにアウトドアではありませんからね。妻もそうです」
――映画やショッピング?
「そういう日もありますね」
――具体的にはどんなところへ連れて行くのでしょう?
「私は人と会ってお話するのが好きでして、色んな方の元で家族ぐるみのお付き合いをさせてもらっていますよ」
――ああ、なるほど。それは例えば職場の友人でしょうか?
「いいえ、個人的な友人です。馬が合うと言えばいいんでしょうか。考え方が異なる方は刺激にはなりますが、せっかくの休日を過ごすのですから、親しい方とお付き合いすることが多いですね」
――考え方が異なる、というと? 失礼ながら、それは普通のことだと思うのですが。
「なんと言えばいいのか、私にもちょっと形容しがたいことではありますね。あえて言えば価値観が違う、ということかもしれません。まあ、私自身程度問題だとは自覚していますし、私と全く同じ考えを持っている人がいる、とは決して思っていません。言葉の綾というやつです」
――わかりました。では改めてお聞きします。今、あなたは幸せですか?
「もちろん、幸せです」
*
――奥さん、あなたのご主人は幸せだと仰っていましたが、あなたも幸せですか?
「さあ。幸せの定義がわたしにはわかりません」
――というと?
「今の生活が世間一般で言う幸せなのだとしたら、その通りだと思います」
――個人的な幸せではない、と?
「そうは言っていません」
――話を変えましょう。ご主人に不満はありませんか?
「ない、と言えば嘘になります。ですが、特に大きな不満はありませんし、我慢しているつもりもありません」
――具体的にはどのようなことに不満を抱きますか?
「説明するのが難しいです」
――では、例えばどんなときに不満を感じますか?
「主人が『ありがとう』と言ったときです」
――なぜ、『ありがとう』と言われて不満なのでしょう?
「……わたしにもよくわかりません。ですが、そうですね。おそらく、その一言さえ言っておけばわたしが報われると彼が思っているからかもしれません」
――なるほど。では、あなたは労力に対して正当に報われていない、と?
「そこまでは言いません。わたしがそう思っているように、彼もまた同じように思うこともあるでしょうから。それでもお互いに労い合っているので良好な関係だと思っています」
――そうですか。お子さんたちについては何か不安がありますか?
「二人ともいい子ですよ。喧嘩もしませんし、元気いっぱいですが、悪さをするわけではありません。わたしが困っているとすぐに助けてくれようとする、心の優しい子たちです」
――ご主人は休日にお子さんを連れてご友人とお付き合いをされていると伺いましたが、本当ですか?
「友人、と言えば確かに友人なのかもしれません」
――というと?
「主人が友人だと思っているのですから、主人の友人なのでしょう」
――あなたも一緒に付き合うことは?
「ええ、主人は必ずわたしを同行させますので」
――それに不満はありませんか?
「不満も何も、妻の努めだと思っています」
――妻の努め、とは?
「言葉の通りです」
――それはご自身のお考えですか? それとも他の誰かから教わったものですか?
「主人の友人がそのように仰っていましたし、わたしもそう思います」
――そうですか。ところでお尋ねしますが、ご主人は毎日何時頃にお帰りに?
「基本的には夜の十時頃でしょうか」
――ご主人は夕飯頃には帰ると仰っていましたが?
「我が家では子どもたちの夕飯の時間と、わたしたち夫婦の夕飯の時間が違いますから」
――どうしてご一緒に夕飯をとらないのでしょう?
「それは……妻は主人が帰るまで待っているのが普通だと聞きましたので」
――それは誰から?
「主人の友人です」
――そうですか。では、ご主人がお帰りになる頃、お子さんたちは?
「もう眠っています。毎日九時には寝かせていますから」
――ご主人を毎朝見送っていると聞きました。
「ええ、そうです。それが妻の努めだと思いますし、そうしないと主人も少し機嫌が悪くなりますから」
――それはなぜ?
「わかりません。ですが、主人が言うには、それは幸せな家族の形ではないそうです」
――あなたはそれについてどう思いますか?
「それで主人が機嫌良く出社できるのですから、別に大したことではありません」
――あなたを怒鳴ったり暴力を振るったりすることは?
「ありません」
――本当に?
「主人は声を荒げることもしませんし、暴力はもっと考えられません」
――では、日頃から温厚な性格ですか?
「そうですね。わからないことや不満があったらその都度主人は話してくれますし、わたしの言い分も聞いてくれます。お互いに理解できていると思っています」
――例えばどんなときにご主人が不満を感じるのでしょう?
「それは、わたしが主人にとって理想の妻から外れた行為をしたとき、でしょうか」
――理想の妻、とは?
「わかりません。ですが、主人は別に多くを求めてはいません」
――堅苦しいと思ったことはありませんか?
「主人も理想の夫になろうと努力していますから」
――理想の夫、とは?
「さあ。それは主人の理想ですから」
――あなたにとっての理想の夫ではなく?
「はい」
――では、最後の質問です。あなたは今、あなた自身の価値観において幸せですか?
「……幸せ、なんだと思います。お金には困っていませんし、いい子どもにも恵まれました」
――もう一度改めてお聞きします。幸せですか?
「誰がどう見ても幸せでしょう?」




