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風鈴の音は聞こえない  作者: あおい・ろく
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イサオは美大を中退してから暫く南米を放浪しそのあと絵を掻き集めて商売を始めた。ほとんどが無名の画家の作品で前衛的な色合いが濃くよく分からない抽象画が多かった。もともと抽象画にはわけの分からないものが多いのだがイサオはそれを好んでいた。イサオの仕事を手伝うようになって主に個展等の企画や交渉はイサオがやり拓馬は売れた商品の配達や外回りでの注文とりが仕事になっていた。イサオは常々自分はいずれまた海外へ飛び出し別の商売をするネタを探すのだと言っていたが相変わらず正体不明な行動が多かった。新しい商売の財源は常にこの画廊での売り上げをあてにしているため最近では一向に儲からない原因を手を変え品を変えて分析し始めていた。しかし前衛的な抽象画ではもともと儲かる気配はまったくなかった。

 梅雨入り間近な頃、拓馬はいつものように配達を終えたあとハーレーを狭い路地の隙間に入れ「まちきん」の看板のかかったビルのなかへ入って行った。

「高雄の岩屋と鷹ヶ峰の国安はんとこ届けてきたで」

「ごくろうはん」

 十二坪足らずの空間にコルトレーンのテナーの音色が静かに流れている。訪れる客もなく画廊に陳列された絵画はただ静寂な空気に包まれて飾られているのみである。イサオはソファにもたれて眼を閉じていた。何かを瞑想しているふうにみえた。

「今夜久しぶりに行くぞ」

 イサオは会うなりいきなり声をかけた。

「どこ?」

「KEYさ」

懐かしさがこみあげてきたが拓馬は返事をせず黙ったまましばらく画廊に展示されている数点の前衛作家の絵の陳列を眺めた。

「相変わらずやな」

「うむ、まあな」

 瞑想したままのイサオがつぶやく。

「KEY」の店よりさらに狭めたような画廊は閑散としてここ数日間二人の嘆息だけが充満しているように見える。眠っているような絵画は流れるジャズのリズムに合わせて時々怪しげな威光を放つが依然として蒙昧な世界に浸り悠然と掲げられている。

「分からんなあ、こういう種類の絵って」

 拓馬は作品を批評した。

「叫びだよ」

 眼を閉じたままのイサオのつぶやきが洩れる。奇怪な画商はこうして何日も同じ意味のようなことを言うのである。

 彼の素性には実際謎めいたところがあった。「KEY」で出会った最初のときはバルテュスの描法を神秘的に語り、そうかと思えばロックバンドでドラムを叩き経歴を聞けば美大を中退して海外を放浪したらしい。しかし帰国してからは何をしていたのかは語らなかった。ただはっきりしているのはこの画廊で儲けた金で次に新しい事業を始めるらしいという気配だけは読み取れていた。

一年前偶然に街のなかで再会して、どうしているという話になり失業中だったのでそれなら仕事を手伝えということになった。毎日ハーレーを乗りまわすだけのフーテンのような暮らしだったのでここでのバイトは一時しのぎとして良かったかもしれない。しかし手伝っているうちに果たしてイサオには画商としての才能があるのか疑問に思うことが多かった。当初イサオが集めていたものは国内、海外を問わず夭折画家のものが多くその作品は世間にあまり広く知られていないものばかりだった。無名の作家の絵画ばかりを蒐集して果たして商売になるとは到底思えなかったが美大で油絵を専攻しているだけのことはありその筋の人脈を通じて注文は結構あった。その点では彼の着眼点は非凡ではないことを知ったが移り気が早く最近では急に前衛派の抽象画に興味を持ち蒐集をし始めていたのである。

蒐集された作品はイサオが価格を決め拓馬が販売した。無名作家の作品のころはホテルやスナックに飾る女性画が多くほとんどはスペイン画家の作品らしかった。販売といってもすべてはイサオが仕切っていたので拓馬は言われたとおり顧客のところへそれを運べばよかった。イサオは作品についてほとんど何も説明をしなかった。イサオの選ぶ絵画には観賞する価値のある作品だと信じていたのでその作品に関しての知識などいらないと思っていた。ただ指定されたホテルやレストランや居酒屋や旅館等へそれを運べばいいのであった。いわば単なる運送屋であった。いつか嵐山の御忍び旅館の主人が作者の名前を語りだし色々と根掘り葉堀り聞いてくるので往生したことがあったがイサオにそのことを告げるとそんなときは適当に答えればええんやと言って笑っていた。


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