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風鈴の音は聞こえない  作者: あおい・ろく
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初夏の緑が映え疾走する爆音のなかで無限に拡がろうとする。常に抑圧する体制から脱却を試み未知へ飛び出そうとするスリルが相変わらずたまらない快感となっていた。この時間だけは予測し得ない無限の世界に浸ることができ自分の将来像に限りない放埓さを感じるのだ。

京の中心街を通り抜け岡崎から鹿ヶ谷に沿って北上し北白川の東方の奥まった狭い山道へと入って通称山越えの道を大津方面へと爆音をとどろかせて進む。これが拓馬の日常のほとんどだった。

仕事はたまにしかしない。疾走しながらこれからの生活のことを考えた。イサオの画廊を手伝うのもどうせ先が見えている。絵を観る眼もないくせにこんな商売をつづけられるわけがない。巧妙な嘘をついて売りつけているイサオのやり口は言ってみれば詐欺まがいの商法だ。メキシコの有名な画家の絵だと言って高雄のホテルへ売りつけたときも本当は半分気が引けていた。あのときもし高尚な蒐集家が相手だったら一溜まりもなかった。

 イサオの画廊を手伝う前までは外資系の会社に勤めていた。しかし自分には他にやることがあるように思え二年ほどいただけでそこを飛び出した。この無謀な行為は生来の放浪性によるものか単に忍耐力の欠如によるものかははっきりしない。ただ折角大学を卒業し確約された将来を掴みながら結局それを放棄したことだけは確かだ。いったい他にやることとは何なのか。

辞めてからというもの毎日のようにそれを追いかけているのである。実際のところ会社を辞めた理由はむしろはっきりとしている。ひとことで言えば巨大な組織に埋没する自分から抜け出したからに過ぎない。日常のすべてが会社に束縛されることが嫌であった。会社に入れば何でも会社の理念や上司の命令に従わなければならなかった。分かりきっているようで拓馬の本心は別のところで動き納得のいかない自分を甘受しそれを育てようとしていた。独立して商売を始めたいと考えていたのだ。

こうしてハーレーをぶっ飛ばしていると二年間の重圧から解放された安堵感が様々な周囲の風景に反映して小躍りしているかに見える。北白川の奥まった道、通称山越えにさしかかると辺りはいきなり雑木林に包まれ道幅も急に狭くなって上りカーブがつづく。何軒ものラブホテルが連なり古いのや煌びやかなものやらまるで時代を象徴するかのようである。自分のふかすエンジンの爆音だけがこだまし解放感は果てしなくつづく。ほかにやることがあるとしたら未知への彷徨だけなのか。具体性は何もなく自ら決行したその巨大な組織からの脱出だけが無上の喜びといえた。将来の経済的確証などないこの放浪はどこへつづくというのか。


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