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カレーと魔法陣

8章 カレーと魔法陣


 ESP高から帰ってきてから茶々(ちゃちゃ)の散歩に行った後、俺は居間で寝転がっていた。

 雪乃(ゆきの)は自分の部屋でゲームをしていた。

 今日は母ちゃんが仕事の用事で出かけているので、俺と雪乃で出前を頼む予定だ。母ちゃんも代金を置いていってくれている。


 本当なら、宿題もあるしESPの鍛錬もしたいのだが、やる気が起きない。

 帰りにあんな話を聞いてしまったからだ。


 西沢(にしざわ)は「大久保(おおくぼ)神流(かんな)はクリス先輩と付き合っている」と言っていた。

 先輩達が神流とクリス先輩が話しているところを見たらしい。

 どうせこんなことだろうとは思っていたが、まさかあのクリス先輩の名前が出てくるとは。

 クリス先輩はこのことを知っているんだろうか?

 まさか、あの人もグルなんてことは……。




――ピンポーン。


「ワン! ワンワンワンワン」

 インターホンが鳴ると同時に、いつも通り茶々がものすごい勢いで吠える。

 茶々は家に来たお客様には、例え近所の人だろうが家庭訪問に来た先生だろうがとにかく吠える。

「茶々、だめ。はーい、今出ます!」

 俺は玄関に出ようとする茶々を居間に押し返してからそちらに向かう。


「ぎゃああああああああ~!」


 だが俺はドアを開けた瞬間、子供の頃に観ていたアニメ“怪盗ジークフリート”で、悪党がジークフリートに宝を盗まれたときのような悲鳴を上げた。

「何なんだよ、お兄。茶々もうるさ……!」

 これを聞いてやって来たキャミソール姿の雪乃は、階段の真ん中で硬直していた。


 なぜなら、玄関にあの大久保神流がいたからだ。


「こんばんは、卓也(たくや)君!」


 神流は制服姿のままだ。両手を後ろに回し、少し前屈みの姿勢で上目遣いに俺を見ている。


「お兄、何この女! つーかお兄が女連れてきたのが一番以外なんですけど!? 唯さんに言いつけんぞ!」

「ワワワワーーーゥ!!」

「…………」

 雪乃はいつの間に引っ張り出してきたのか、俺の部屋にある電動ガンのM4(中学のときに買った)を持ってきている。

 居間では茶々が先程よりも凄い勢いで吠えている。

 神流はそれを無視して何か喋っている。

 もう何がなんだかわからん!


 俺は階段の上にいる雪乃に駆け寄り、そっと耳打ちした。

「こいつが大久保神流だよ。ホラ、話したっけ? あの入学式のときの……」

「ああ、こいつが……」

 一瞬、雪乃が大久保の方を睨んだような気がした。

「ワン、ワンワン!」

 リビングでは相変わらず茶々が吠えている。

「聞いてた通りだね、茶々ちゃん」

 神流がリビングの方を向いて喋っている。


「ちょっと待ってろ、追い返してくるから」

 話を終え、俺は玄関に戻った。

「なんでお前がうちまで来てるんだ」

「卓也君に晩ごはん作ってあげようと思って。今日お母さん出かけてるんでしょ?」

 あの話、冗談とかじゃなかったのか。

 ってか、呼び方が『上杉(かみすぎ)君』から『卓也君』になってるぞ。

 何こんなのに話してんだよ、と言いたげな目で雪乃がこちらを見ている。

 しゃーないだろ、こっちも追い返すのに必死だったんだから。


「つーか、晩ごはん作ってあげようと思って、じゃない! 夕食なら間に合ってる!」

「ダメだよ。今日の晩ごはん、あたしが作るのは今日のお昼から決まってたんだから」

 何が決まってただ、冗談じゃない!


 気がつくと神流は靴を脱いで玄関まで上がってきていた。

「雪乃ちゃんだよね? 大久保神流です。よろしくねー」

 神流はニコニコと雪乃に向けて手を振る。

「よ……よろしくお願いします」

 雪乃はペースを乱され、ぎこちなくおじぎをする。

「つーか私のことも話したの、お兄?」

「い、いや? 喋ってないはず……」


 そういえば神流の奴には、うちの家族構成を喋ったことは一度もないはずだ。

 今日も、母ちゃんが出かけるから夕食の用意をするぐらいのことしか喋ってない。

 なのになんで、雪乃のことも知ってるんだ?

 そういえば、茶々のことも知ってる風だったし……。


「それじゃ、上がらせてもらいまーす」

 神流が通り過ぎたとき、紙袋を持っていることに気付いた。

 大きな紙袋と、小さな紙袋の二つだ。


「その紙袋は何?」

 神流は紙袋に入っているカレールーを取り出した。

「人参、じゃがいも、玉ねぎ、牛肉、ごはん、カレールー。見ての通りカレーの材料だよ」

 なんとも用意がいい。


「そして、もう一つは……」

 そう言って神流が袋から取り出したのは、ピンク色のエプロンだった。

「じゃーん! どう? 可愛いでしょ」

 神流は胸の前で服を見立てるようにエプロンをかざす。

 エプロンの色は薄いピンクで、桃色というより桜色といった感じだ。各所にフリルがついている。

 正直、かなり可愛い。


「じゃ、さっそく作ってくるねー」

 そう言って神流はエプロンを結んだ。黒い制服の上に桜色のエプロンがコントラストを生み出す。

「台所はあっちだね、うん」

 仕様なのか、神流のミニスカートほどしかないエプロンの裾がヒラヒラと揺れる。


「なに見とれてんの、お兄」

 雪乃に軽く小突かれた。


「ワン! ワンワンワン!」

 背中の毛が逆立った茶々が神流の方に駆け寄って吠える。

 茶々は人を噛まないが、吠えまくるからな。

「茶々ちゃんだよね、よろしく」

「ほら、茶々、通してやりな!」

 俺は茶々をお茶の間まで押し返す。


「で、お兄。あいつにこのまま晩ごはん作らせるつもり? お母さんには何て説明すんの?」

 今度は雪乃が耳打ちする。

 確かにあいつは『かちかち山』のウサギとかみたいなやり方しそうだし、下剤盛るとか、そういうこともやられかねないな。

 こっちはタヌキと違って、そこまでされるほどの落ち度はないはずだが。

 それじゃあ……。


「とりあえずあいつを手伝うついでに見張ってくれ。あいつが怪しいことをしないように」

「いやいや、それはおかしいでしょ! なんであんなのの監視しなきゃいけないの!」


 雪乃なら料理もできるし、自然に見張りにつけるからだ。


「雪乃ちゃん、よかったら一緒に晩ごはん作らない?」

 都合のいいことに大久保が雪乃を誘う。

「なっ? 頼むよ、マジで」

「……めんどくさ」

 そう言って雪乃も台所に向かった。


 俺は台所に行った神流に向かって吠えている茶々をゲージまで押していった。

 戸を閉めて鍵をかけるが、まだ吠えている。

 茶々には悪いけど、夕食ができるまで待っててもらおう。


 台所からトントンと軽快な包丁の音が聞こえてきた。

「……ちょっと観察させてもらうか」

 俺はこっそりと台所の方へ向かった。


 大久保は手慣れた様子で人参を切っていく。

 雪乃はその隣、シンクの前でジャガイモの皮むきをしていた。

「大久保さん、ジャガイモ全部剥き終わりました」

「ありがと。それじゃ、次は玉ねぎお願いね」

「はい」

 雪乃も料理は上手だが、大久保の手つきも非常に手慣れた感じだ。

 特に怪しいことはしてないな、うん。

「ねえ、大久保さん」

「神流でいいよ~」

「それじゃあ、神流さん……」


 雪乃がキャベツをまな板の上に乗せ、大久保が野菜を鍋に放り込んだところでリビングに戻ることにした。


「結局、お兄なんかの何がいいんです? 顔も凡、しかも運動不足だし」

「男は顔じゃないよ」

「顔じゃなかったら何なんですか?」

「心だよ~」


 なんとも白々しい神流の声が聞こえてくる。

 俺に惚れた云々って話自体が嘘だろうが。

 知ってるぞ、クリス先輩と話してたって噂を。


 でも俺だけ何もしないってのもな……。

 いや、茶々の散歩に行ったからそれでいいか。


「心って……。お兄はあなたが思っているようなジェントルマンじゃないですよ。暗いしエロいし」

「いやいや、卓也君は優しくて熱血だよ」


 雪乃、さっきからひどい言いようだな……。




 何気なくテレビを点けると、夕方のニュースをやっていた。

「そういえば6時から“スターズキングダム”だな」

 “スターズキングダム”とは、俺が小学生の頃から存在するカードゲームの名前で、そのテレビアニメのことだ。

 一番有名な日本のカードゲームは漫画発の“闘技王(とうぎおう)”だが、このカードゲームは日本で二番目と言ってもいい。


 今のうちにチャンネル替えとくか……。

 いや、まてよ。

 神流がいるから、不用意にアニメなんか観てたら「上杉卓也はこんなものを観ている」って拡散されかねない。

 その手のからかい、中学のときにもあったなぁ……。

 ここはかけない方が吉か。

 結局、俺はそのままニュースを観続けることにした。


『次のニュースです。○日に連続通り魔事件の容疑者として補導された少年について……』

 どうやら、この前の通り魔事件の犯人はESP能力者だったらしい。

 少年犯罪に加え、ESP能力者……。

 また俺達の肩身が狭くなるな。

『まあESP能力者の多くは、社会適応能力に難のある人間も多いわけで、今後こういう事件も……』


ピッ。


『うひょー! お前すげーなー! ワクワクしてきたぜ!』

『フッ。余裕ぶっていられるのも今のうちさ』


 いきなりチャンネルが切り替わり、アニメが映った。

 これはさっき観ようと思っていた“スターズキングダム”だ。


「やっぱりやってたね、“スターズキングダム”」

 気がつくと、大久保がテレビのリモコンを持っていた。

 ってか、カレー作りはどうしたんだ?

「ワン! ワン! ワン!」

 気がついたら茶々もまた吠えている。


「い、今大久保がチャンネル替えたのか?」

「そうだよ。あたしもこれ好きだし」

 え? それじゃあ俺の心配は取り越し苦労ってことか?

 いや、そう言って俺を油断させようとしているんじゃあ……。


「ちょっと神流さん、まだカレーが途中なんですけど?」

 雪乃も台所から戻ってきた。

 やっぱりほったらかして来たのか。

「後は煮込むだけだから。雪乃ちゃん、お願い」

 神流は雪乃に手を合わせた。

「勝手にカレー作り始めておいて、ほったらかさないで下さいよ!」

「今は卓也君とスターズキングダムを観るって用事ができたから」

 雪乃は頭を抱えてため息をつき、文句を言いながら台所に戻っていった。


「ESP高で最初に仲良くなった人がこれのカード持っててさ、自慢してきたんだよ、非売品カードとか言って。それでアニメも観始めたんだ。カードは持ってないし、ルールも全然分かんないけどね」


 どこにでもそういうの自慢する奴はいるもんだな。

 っていうかそれって、あのとき椅子を持っていった先輩か?

 いや、それとも研修のときに同室になったメンバーのことか?

 女子で『スターズキングダム』のプレイヤーってのも珍しいな。


『行け、スターウィザード!』

『返り討ちにしてやれ! ユニヴァースドラゴン!』


 カードゲームをプレイしている二人のうち、活発な少年が主人公の星二(せいじ)、クールな少年がライバルの千鳥(ちどり)だ。

 互いの間には、星二の側に派手な服を着た魔法使いと、千鳥の側に巨大なドラゴンがいる。

 アニメではユニットカード(俗に言うモンスターカード)のキャラクターが出現するが、(当然)現実でもカードからユニットが出現するということはない。

 本当にカードからあんなのが出てきたら怖いぞ。


「星二君って、本当にスターズキングダムが好きなんだね」

 そうだ。だからどんなピンチに陥っても、それすら楽しみに変えてしまう。

「まるであたし達のESPだね」

 星二はカードゲームの専門学校に通っている。

 カードゲームものらしい、ツッコミどころ満載のストーリーだが。

 そういう意味では、ESP高に似ていなくもないか。

 この場合、ESP高って意味か? それとも、俺達の“夢”ってことか?

 そういえば神流「一緒に夢を目指そうって約束したのに」って言ってたけど――。


「神流さん、そろそろカレーが煮えてきたんですけど、盛りつけぐらい手伝ってくれませんか?」

 そんな会話をしていると、雪乃が台所から戻ってきた。

 そうか。あの後雪乃にカレーを任せっきりだったな。

「うん、私も戻るね」

 そう言って神流は台所に戻っていった。




 それからしばらくして、夕食の支度ができた。

「「「いただきまーす」」」

 今、お膳には、3つのカレー皿と3つのサラダ、真ん中にフルーツの乗った大皿、俺と雪乃の席にスプーンと箸、神流の席にはスプーンとフォークが並んでいる。

 食器の用意だけは俺から協力させてもらった。

 俺だけ何もしてないってのもダメだからな。


 ちなみに、雪乃のカレーはチーズが溶かしてある。

 雪乃は辛いものが苦手で、寿司も必ずわさび抜きにする。

 神流が持ってきたカレールーは中辛だけだったからな。


 サラダはうちの冷蔵庫のものを使って作ったらしい。

 レタスの上に、トウモロコシとトマト、輪切りのキュウリを盛りつけている。

 一番上にはササミと輪切りのゆで卵が乗っている。

 マヨネーズとドレッシングが色々並べられているが、俺はイタリアンドレッシングにしよう。


 フルーツも、うちの冷蔵庫の中のものらしい。

 切られたリンゴに、輪切りのオレンジ、そして大きなブドウが房ごと皿の上に乗っている。


「ん、うまい!」

 カレーを一口頬張った瞬間、カレールーと調和した具の味わいが口の中に広がった。

 昼の卵焼きもだが、神流の料理の腕は相当なものだ。


「お兄の言う通り、本当に美味しい……。神流さんって、普段から料理をしてるんですか?」

 雪乃だって、たまにお菓子とか、晩ごはんも作ってくれるじゃねえか。

 ってか、今日のカレーも半分は雪乃が作っただろ。

「昔から料理とか大好きだから。高校入学でこっちに来てからはほとんど自炊だよ」

 ということは、神流は今は寮暮らしってことか?


「クゥ~ン……」

 ゲージの中の茶々が鳴きはじめた。

 檻の隙間に鼻を押し付けて、もの欲しそうにこっちを見ている。


「茶々ちゃん吠えなくなったし、出してあげたら?」

 そういえば茶々も神流に慣れてきたみたいだな。

「それもそうだな。でもあんまり食べ物あげるなよ」

「出さないでください! っていうかお兄も了解すんな!」

 もう茶々は晩ごはん食べ終わってるからな。


 茶々をゲージから出すと、さっきの可哀想な犬の鳴き声はどこへやら、こっちに食べ物を貰いに来た。

 ジーっと見つめたりするのが、茶々のおねだりのしかただ。

「ほら、茶々、こっち」

 俺はサラダの上に乗っていたササミで茶々を誘う。

 茶々はパクッとササミを一口で食べた。

 食べ終わると、またこっちをジーっと見つめはじめる。


「茶々ちゃん、本当に食いしん坊なんだね。あたしもあげていい?」

 そう言って神流も自分のゆで卵をつまんで茶々にあげはじめた。

「よくあげるわね、お兄もお父さんも。茶々、魔性の女だもんねー」

 そうだよな。茶々がかわいいから仕方がない。

 茶々は神流からゆで卵を受け取って食べる。

「今日卵焼きを食べてた卓也君みたいだね」

 た、確かにそうだな……。

 それを聞いて、雪乃が変なものを見る目で俺を見る。

「お兄が茶々になった……」

 いやいや、確かに茶々っぽかったかもしれないけど。


 アニメ『スターズキングダム』が終わり、今度は別のアニメが始まった。

 ハムスターの国の物語を描く人気アニメ『てくてくハムの介』だ。

 俺もこの作品にちなんで、うちのハムスターにハムの介って名前をつけたんだ。

「あっ、『ハムの介』だ。可愛いよね」

 神流も知ってるのか。まあ、女子に人気だもんな。


「そういえば、卓也君も昔、ハムスターを飼ってたんだよね」

 だから、なんでそんなことまで知ってるんだ?

「お兄、絶対どっかで神流さんに話してるでしょ、家のこと!」

「だから話してないって!」

 ハムスターを飼ってたのは小学校低学年から中学校の初めぐらいだから、今それを知ってる人は少ないはずだ。


 さすがにハムスターのことはどこで聞いたんだ?

 いや、中学校なら小学校の頃からの知り合いも結構いるし……。


 まあ、あんまり深く考えても仕方ないか。




 全部食べ終わって、しばらく一服した後、俺と雪乃は玄関で神流を見送ることにした。

「ワン! ワン! ワンワンワン!」

 神流が荷物をまとめて立ち上がった辺りから茶々が吠えはじめたから、またゲージに入ってもらった。

「神流さん、今日はありがとうございました」

「雪乃ちゃんもね」

 雪乃はすっかり神流と仲良くなっているようだ。


「また明日、学校でね、卓也君」

 ああ、そうだ。明日もまたこいつがしつこく絡んでくるんだと思うとゲンナリした。


 神流はこちらに手を振りながら、ESP高の方へと帰っていった。




 神流の姿が見えなくなったぐらいで、雪乃の感想を聞いてみる。

「な? 神流の奴、訳分かんないだろ?」

 雪乃に同意を求めてみるが、雪乃は前を向いて黙ったままだ。

 俺にはその様子が日曜日の父ちゃんのようにも見えた。


「訳分かんないなんてありえないでしょうが。あの人、本気よ」

 雪乃まで何言い出すんだ。

 大体、神流は本当はクリス先輩目当てだぞ、って言いたかったが、ますます虚しくなりそうだったのでやめておいた。

「ま、お兄があんな美人に好かれてるってのが一番以外だけどね」

 そりゃごもっともで。

 つーか俺は遊ばれてるだけだぞ。

「ところでお兄」

 雪乃がこっちを向く。

「何やら他所様にうちの事情しゃべりまくりみたいだけど、どこで、どこまで話したのか教えてくんない?」

 また長くなりそうだ。




「ふぅ。疲れた」

 これまでの疲れがどっと押し寄せ、俺は部屋の布団に寝転がった。

 あの後、雪乃に神流は一体誰なのか、どこまで個人情報やら何やらを話したのかとしつこく問いつめられ、プロレス技を3回ぐらい食らった。

 雪乃の奴、手加減ぐらいしてくれよ。


 神流の奴、大騒ぎを持ってきやがって。

 でも、あいつのカレー、美味かったな。




「さて、あの術式の勉強の続きをするか」


 魔術は大きく“アナログ魔術”と“デジタル魔術”の2種類に分けられる。

 “アナログ魔術”とは、魔法陣などを使用する、古くから存在する魔術。

 “デジタル魔術”は、それらの理論を現代風に解釈し、正確な計算に基づいて術を使用する、いわば現代の魔術だ。


 例えるなら、“アナログ魔術”が鉛筆で字を書く、そろばんで計算する、筆で絵を描く、などの人間の手による方法だとすれば、“デジタル魔術”はパソコンにテキストを打ち込む、電卓で計算する、ペイントツールで絵を描くなど、ハイテクな方法だといえる。


 この“アナログ魔術”と“デジタル魔術”の境界は思ったより曖昧で、数学的理論を用いているかそうでないかで線引きする場合と、ソ連の研究理論とその技術を流用した魔術から、ESP公開以降に作られた魔術を“デジタル魔術”と定義する場合もある。


 俺は漠然と魔術を目指してきたが、どちらを目指すのかはまだ分からない。

 だが、両方を勉強していく中で、俺に向いている分野を探すつもりだ。


「よし、始めるぞ」


 今日は神流が押し掛けてきたおかげで疲れた。魔術の実習はやめて、勉強だけにしよう。

 そして、その後は宿題だ。

 俺は机に本とノートを広げた。

 昨日はこの本をどこまで読んだっけ。確か近代の魔術のところだったかな。

 そういえば、明日はESP研で自己紹介とESPの披露を行う日だ。

 やっぱり、一番いいのは使役術か……。




 そんなことを考えながら本を読んでいると、頭の中にひとつの図柄が浮かんだ。

 くすんだ色の雑な紙の上、インクで描かれた精密な魔法陣。

 その綿密な魔法陣の隅から隅まで鮮明に思い出せる。


 気がついたら、俺はそれをスケッチブックに書き写していた。

 細部まできっちり再現するつもりで、丁寧に。


 それから30分ぐらい立った頃、スケッチブックにはその魔法陣が書き写されていた。


「この魔法陣、一体なんなんだ?」

 よく見てみようとスケッチブックを手に取ろうとし、すぐにその手を引っ込めた。

 この魔術を思いつきで書き写したが、この魔術が何なのかは分からない。

 もし危険な魔術だったら、それを間違って発動させた場合の被害は甚大だ。


 でも、誰に相談しよう。

 やはり山田(やまだ)先生か。

 それとも、他の先生か……。


 俺はスケッチブックを閉じ、その日のESPの勉強は中止することにした。

 大丈夫だ。ESP高校はESPの専門なんだから。

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