サッカーと弁当
7章 サッカーと弁当
今日、俺と父ちゃんは街中の百貨店までゲームを買いに来ていた(母ちゃんは家に残っていて、雪乃は友達と一緒に遊びに出かけた)。
父ちゃんはパソコンのシミュレーションゲーム『信長の戦国』を、俺はアクションゲーム『STEEL GEAR 5』を買った。
俺がゲーム選びに迷っていたせいで、すっかり日が暮れてしまっていた。
「とまあ、そんな感じでいじめられているわけだ」
日曜日、帰り道の高速道路で、俺は運転席の父ちゃんに、ESP高でのことを話していた。
ちなみに、俺は助手席に座っている。
まず、入学初日に自分の席の椅子が片付けられてしまっていたこと、そして、それを大久保神流という女子がやったということに始まり、それからの色々な大久保の行動についても話してみた。
父ちゃんは運転しながら黙って話を聞いていたが、やがて軽くため息をついた。
「鈍いな、お前……」
鈍い?
「それはそうと、ならなんでそのことを先生に報告しないんだ?」
そう聞いて、俺は中学でのことを思い出した。
休み時間、机に突っ伏していたら、横から画鋲が飛んできた。
画鋲は机の上に乗り、上を向いて止まった。
飛んで来た方を見たら、あの委員長がニヤニヤしながら通り過ぎていった。
俺はそいつの仕業だと思った。
だが、言ってもシラを切られるだけだと思って、何も言わなかった。
「言っても『いじめられている』って証拠があるわけじゃないし……」
簡潔に一言で表せばそれだ。
大久保はあいつと一緒で、周りと馴染んでいるというか、周囲を味方につけることができるタイプだ。
俺が何か言っても、大久保の魅力の前に打ち消されるだろうな。
「卓也、お前は普段から目がボーっとしている」
俺は話が長くなりそうな予感がした。
父ちゃんは説教が始まると長いんだ。
「まず目をパッチリと開いてみろ。それだけで見え方が大分変わるぞ」
――そんなことで簡単に変われたら、苦労しない。
俺は中学校時代、後天的に魔術を身につけた。
そのために、父ちゃんと母ちゃんに無理を言った。
俺自身のESPへの憧れもあったが、これからの人生、普通の高校でやっていく自信がなかったのもあった。
普通科の高校だと、俺のことを知ってる人間がたくさんいる。
そんな高校で過ごしていたら、またいじめられると思ったからだ。
つまるところ、俺は『普通の社会』から逃げたということだ。
俺が認められるかもしれない『ESPの社会』に……。
「あと、漫画じゃなくて本を読め。前にも言ったことがあるが――」
父ちゃんの説教が途中で止まった。
「どうしたんだ、父ちゃん?」
父ちゃんは助手席の向こう、道路の左側を指差した。
「あれ……何か分かるか?」
父ちゃんの指差す先には、何かの建物があった。
白っぽい色で、清潔そうな感じだ。
「この前、魔法……魔術って言うんだっけ? とにかくそういう療法と称して、何人もの女子にイタズラした男のいた宗教の建物だ。魔術ってのはインチキだったみたいだけどな」
それなら俺もニュースで見たことがある。許しがたい事件だった。
この事件はESP絡みということもあって、大々的に取り上げられていた。
俺も魔術を使えるから、俺も色々言われるかもしれないと思ってビクビクしていた。
でも、俺の心配をよそに、事件の報道は長続きしなかった。
やっぱり本物のESPじゃなかったからってことだろうか。
ESP公表後も、ESPの名を騙り、犯罪を行う人間は多い。
魔術の名を騙って悪事を働き、そのせいで魔術のイメージが悪くなる……。
しかも、そういう奴に限って偽物ってことが多い。
窓の景色から遠ざかっていく建物を見つめながら、俺はESPを名乗る詐欺師への憤りと、ESPに対する世間の目の理不尽さを感じていた。
トン! と軽快な音を立て、サッカーボールが宙を舞う。
そのサッカーボールを、ESP高のジャージを着た男子が追いかけていく。
「なんとかあの騒ぎから抜け出せたか」
ここはESP高のメイングラウンド。学校の裏手にあり、山に隣接している。
このグラウンドの東側に体育館があるが、そこからもいくつもの入り乱れる足音と、ボールが跳ねる音が聞こえる。
今日の授業はサッカーだ。パス、ドリブル、リフティングなどの基礎練習を行い、その次にチームに分かれて試合を行う。
ちなみに、ESP高の体育の授業は、複数のクラスが合同で行うらしく、今回は3組と一緒に授業を行っていた。
現在俺は、誰とも組まずうろうろしていた。
でも、つい先程一度だけ組まないかと誘われた。
あの大久保神流からだ。
「上杉君、あたしと組まない?」
「げっ!?」
いつものように大久保がそう話しかけてきたのが始まりだった。
こういうとき、大久保はやたらと俺と組みたがる。
何されるか分からないから逃げたくてしょうがないが。
「いやいや、上杉。授業のときぐらい大久保さんを独占するのをやめろ。大久保さん、そんな奴より俺と組みませんか?」
今度は知らない男子が話しかけてきた。
例によって大久保に乗せられて言いがかりをつけてきてるのか?
「ちょっとそこの男子。大久保さんは私達と組むのよ。さ、大久保さん、戻りましょう」
今度は知らない女子も来たし。
そのまま、男子と女子の間でもめごとが起きる。
神流もそれに巻き込まれているようで、その隙に逃げることにした。
こうして騒動から離れたところまで来た。
やれやれ、ようやく静かになったか。
でも困ったな。サッカーボールも持っていないし、結局誰とも組めなかった。
今はパスとドリブルの練習の時間なのに。
「ん?」
遠くの方で、サッカーボールを抱えて歩いている人影を見つけた。
遠くなのでよく分からないが、背が低く、短い髪をしている。
ひょっとして、組む相手が見つからなかった人が他にもいたのか? とか、失礼なことを考えながら人影の方に寄った。
「なあ、今、一人?」
その人影が振り返ったとき、初めて彼女が女子だと分かった。
その女子はぼんやりした表情でこちらを見ている。
「?」
その女子はゆっくりと首をかしげた。
ウェーブが入った髪は深緑がかかったようにも見え、手入れを怠っているのではなく、天然パーマに近いものだと分かった。
遠目には分からなかったが、スレンダーな体型をしている。
「うん」
天然パーマの女子は無表情にうなずく。
俺とおんなじで、緊張しているのかもしれないな。
できるだけ笑顔で話しかけてみる。
俺は表情が出にくいみたいで、今の感情がどんな風なのかよく分からないって言われたことがあるしな。
できるだけ分かりやすい表情になるようにしよう。
「俺、今誰とも組んでないんだ。もしよかったら俺と組まないか?」
女子は小さくうなずいた。OKってことかな?
「じゃあ、そのボールをこっちに蹴ってみてくれ。それが合図だ」
女子はとまどいつつも、こっちにボールを蹴ってくれた。
俺はそれを足で受け、軽くドリブルしてから返す。
「おっと」
女子のボールを受け損ね、ボールは遠くまで転がっていった。
「拾ってくる!」
俺の方に飛んできたボールだから俺が取りに行く。
女子はそれをじっと見守っていた。
「待たせて悪い。再開だ」
ボールをドリブルで押し戻してきた後、再び女子とのパスに戻る。
「ほっ!」
俺から女子に向かってボールを蹴る。
女子はボールを足の内側で止め、軽く数回転がす。
「上手い」
俺は思わず口に出していた。
まずい。気に障ったかな?
そう思ったが、女子はまたパスを繰り出した。
よかった。気にしてないみたいだ。
そんな風に何度かパスを出し合った後、練習から休憩に入った。
俺と女子は、グラウンドの隅っこの草がちょっとだけ生えたところに体育座りした。
俺はあの大久保が来てないか気になり、立って周囲を見渡してみた。
うん、いないな。
「どうしたの?」
女子は不思議そうな顔でこちらを見上げている。
「い、いや、ちょっと心配事があってな」
そう誤摩化して、また体育座りに戻った。
また話題がなくなって、お互いに沈黙する。
俺は無口な方だが、こういう雰囲気は苦手だ。
「そ、そういえば、君はどんなESPが使えるんだ?」
思い切って、この女子のESPについて訊ねてみることにした。
「幽霊が見える」
女子は簡潔にそう答えた。
なるほど、霊能力か。
「というと、2年からは霊能力コースに行くつもり?」
「そう」
ESPの中で、死者の霊が見える、あの世の霊と交信するなど、霊界と関わりのある能力を霊能力と呼ぶ。
霊能力は、ESPの中でも特に研究が進んでいない分野だ。
霊界、もしくは死後の世界のことについては、人間には分からないことが多いからな。
だが、霊能力は各国の警察、軍隊などの機関が求めるESPだ。
霊能力があるということは、死者と対話し、情報を得ることができるということだ。
例えば、殺人事件の被害者から直接話を聞くことで、従来の捜査以上に有益な情報を迅速に手に入れることができる。
『死人に口なし』という言葉はあるが、それを覆し、死者の証言を活かすことができるのだ。
「それで、あなたのESPは何?」
「お、俺か?」
そういえばこの子も話したし、俺も話さないと不公平だな。
まるでこの前の西沢みたいじゃないか。
「俺は魔術を身につけているんだ。まだまだ初心者だけどな」
ちなみに、魔術コースに進むつもりだ、と付け加えてもよかったかな。
「私は霊が見えるだけじゃなくて、お祓いもできる」
おお! 除霊もするのか。
「お祓い? というと、ESP高に入る前から?」
まあ、俺達は1年だし、まだそんなところまで教わるわけないけどな。
「うちはお寺だから」
お寺の生まれか。
「お葬式やお墓が近くにあったから、幽霊を見る機会も多かった。お父さんもお祓いができる。うちは、霊が見える家系だから」
お寺や神社に関わる人全てが霊能力を持っているというわけでもないが、この子はそうなのかもしれないな。
西沢、この女子、ESP高には生まれつきのESP能力者がいっぱいいる。
後天的な――いや、付け焼き刃の俺とは全然違う。
「ところで、妖怪はいると思う?」
突然、女子がそんなことを言い出した。
「妖怪? さ、さあ、どうだろう?」
幽霊の存在は霊能力が存在するという事実が証明してるけど、妖怪はどうなんだろうか?
「妖怪はいる。私も見たことがあるから」
霊能力者には、幽霊だけじゃなくて妖怪も見えるってことか?
っていうか、いるんだな。
「それで、どんな妖怪だった?」
「色んな妖怪がいた。たいていは怖いものじゃなくて、そこでひっそり生きているだけの大人しいもの。危険なものもいたけど、近づかなければ平気」
何気にすごいことじゃないか? そんなのに出会ったことがあるなんて。
「人間が妖怪と呼んでいるものは、霊的な存在もいるけど、全てがそうというわけでもない。中には私達と同じように肉体を持つものもいる」
そうなのか? そっちはよく分からないけどな。
「ひょっとしたら、現在私達がUMAと呼んでいるものの中には、本物の妖怪がいるかもしれない。昔の人が見たら『妖怪』と呼んで、現代人が見たら『UMA』と呼んでいるだけかも」
なるほどな。UMAというと、大昔の生き物の生き残りとか、そういう科学的なイメージがあるけど、そういうこともあるかもしれない。目から鱗だな。
「はい。それではー、集合して下さい」
先生からの号令だ。そろそろ集まらないとな。
「そろそろ行こうか。えーと……」
名前何だっけ?
「本多辰美」
「え?」
ほんだたつみ?
「私の名前、本多辰美。よろしく」
「本多さんか。俺は上杉卓也だ。よろしくな」
「うん」
そう言って俺達は一旦集合するために、グラウンドの端まで戻った。
本多辰美さんか……。哲学的な子だな。
その後、それぞれのクラスに分かれて試合を行った。
クラス内で、男子と女子に分けられた。
俺は鈍臭いから、なるべく目立たないように大人しくしていた。
ふと、女子の方を見ると、あの本多さんがいた。
うちのクラスの方には、大久保神流の姿も見えた。
何故か大久保がこっちを見ている。
俺はそれを気にしないようにして、こっちの試合に戻った。
グラウンドから校舎までの帰り道、急に俺の前にあの粉色のウェーブがかった髪が立ちふさがった。
「お、大久保!」
体育の帰りから直接ここまで来たのか、ジャージ姿のままだ。
大久保はいつもと様子が違い、入学式の昼食のときに話したときのような、いや、それ以上に不機嫌そうな顔をしていた。
「今日一緒にパス練習してた子、誰?」
いやいや、なんでそんなこと大久保に訊かれなきゃならない?
「ど、どうしたんだよ一体?」
「卓也君が浮気なんかするから」
「俺達つきあってもいねえだろ!」
相変わらずだな、大久保。
「悪いけど、次はロングホームルームだろ? 早く着替えてこないと」
「卓也君がちゃんと説明してくれるまで戻らないよ」
ああもう、面倒くさい!
昼休みになった。
「上杉君、今日も一緒にどう?」
また大久保が来た。
入学以来、昼休みになると大久保が絡んでくるのが定番になった。
「机占領するなよ。今片付いてないし」
「いいよいいよ、平気だから」
俺が平気じゃないんだよ!
机の上のノートには、ESP高指定のノートだけじゃなく、市販のノートもある。
黄色い大学ノートが日頃の魔術のトレーニングなど、俺の個人的なESPの勉強をまとめたノートだ。
あんまり他人には見られたくないものなんだが……。
大久保はいつものようにピンクの可愛らしい弁当箱を開いた。
派手ではないが、綺麗に整った手料理だ。
ちなみに俺の弁当は、母ちゃんがいつも作ってくれている。
大半は冷凍食品と昨日の夕食の残りだが、朝忙しいのに作ってくれているんだから感謝しないと。
「そういえば大久保、これ、自分で作っているのか?」
「うん。いつも朝一番にね」
自分で弁当作るなんて、ESP高じゃ結構珍しいんじゃないか?
ESP高には学食もあるし。
「はい、あーん」
大久保が自分の弁当箱から卵焼きを取り出し、俺の口元に向けている。
こういうやりとりも定番になりつつある。
周囲がこっちを見て、何か噂している。
やっぱり大久保と俺がつき合ってるって信じているのか?
しかし、これだけフカフカした卵焼きだし、美味いんじゃないかな?
ってか、マジで美味そう……。
目の前でユラユラ揺れる卵焼きに、そのまま無意識にかぶりつく。
「どう? 美味しい?」
「うん、美味しい!」
甘い味がついた卵焼きが、口の中でフワフワとほぐれる……。
って俺、何やってんだ!
思わず大久保の箸から顔を離す。
「よかった! 上杉君が美味しいって言ってくれた!」
大久保は手を合わせて笑みを浮かべた。
「そんなに美味しいなら、明日からお弁当、あたしが作ってきてあげようか?」
おいおい、勝手に話を進めるなよ。
「ダメだ。俺の弁当はこの通り、母ちゃんが作ってくれているからな」
そう言うと、大久保は泣きそうな顔になる。
俺が悪いことしてるみたいじゃねえか!
「じゃ、じゃあ、いつ上杉君にごちそうしたらいいの? いつも上杉君に食べてほしくて料理頑張ってるのに!」
そんなこと言われても、弁当を押し売りされても困る。
「それじゃあ晩ごはん作るの手伝ってあげようか? それならいいでしょ?」
「だから勝手に――あ」
そういえば、今日は母ちゃんが仕事の付き合いで遅くなるから、出前を頼んでほしいって言われてたっけ?
「ひょっとしてそういう予定があった?」
大久保は目を輝かせて身を乗り出す。
まずい。何かあるって気付かれたか。
「い、いや、違う」
「あっ、本当に何かあるんだ~」
正直ごまかしきれそうにない。
「じ、実は今日、母ちゃんが遅くなるから、出前を頼んでって言われてるんだよ」
「へぇ~」
大久保がニヤリと笑う。
俺はそれに恐怖を感じた。何をするつもりだ、大久保?
「じゃあ、今日の夕方、上杉君の家に行くね」
大久保、俺の家は知らないだろ。
「冗談も大概にしてくれよ。うちは困ってないから」
大久保に家まで来られたら、何をされるか分からない。
俺は食べかけの弁当箱をしまい、外に向かう。
「あっ、上杉君!」
「そういえば明日なんだよな、次の部活は。まだ何を披露するか思いつかないのに……」
「俺はもう“火遁”で決まりだけどな」
放課後、俺は駅で西沢と話をしていた。
帰りにたまたま一緒になったので、今度、部活の自己紹介で披露するESPの相談をしていた。
「そういえば、あの大久保さんとはその後、どうなんだ?」
「いや、だからつき合っていないって」
西沢も相変わらず誤解したままのようだ。
ちゃんと俺がやられていることを話しておいた方がよさそうだ。
「ってな状態なんだよ」
俺は簡潔に、大久保からやられたことを述べた。
「ほぉ~。随分うらやまし……手の込んだいじめじゃないか」
西沢は皮肉っぽくそう述べ、睨みつけてくる。
「何がうらやましいだ! それに、そういういじめをするタイプもいるかもしれないだろ?」
中学校のときの女子のグループも、そんなもんだった。
「でもよ、上杉。その辺は置いといて、あの大久保さんはやめておいた方がいいぜ。確かにすげー可愛いけどよ」
だから、つき合ってもいなければ、恋愛感情もないよ。
「しかしなんでだ?」
西沢は食堂の方をチラリと見た後、こう続けた。
「大久保さん、あそこの食堂で2年のフェニックス先輩と何度か会ってるらしい。ホラ、座禅のときの2年代表の金髪の……」
クリス先輩と?
「特に先輩方の間で噂になっているみたいだが、大久保はあのフェニックス先輩と、やたら仲がよさそうに見えるみたいだ。……こういう言い方は悪いが、お前は遊ばれているんだ。本当に大久保さんが苦手なら、避けた方がいい」
俺はからかわれているだけで、本命はクリス先輩ってことか……?
「何を今更。もともとからかわれていることぐらい、分かってたよ」
女子のグループといい、俺はそういう女に目をつけられやすいらしい。
「おい、本当に分かってるのか?」
「分かってるよ」
俺は苦笑を浮かべ、そう呟いた。
「間もなく、1番乗り場に、電車が参ります。危ないですから、黄色い線の内側にお下がりください」
その合図とともに、電車がやって来た。
反対側のホームの、俺が帰る方向とは逆の方向の電車だ。
「ほら、西沢はあっちだろ?」
西沢に、電車の方を指差してうながす。
上の鉄橋を登る前、西沢はこっちを振り向いた。
「本当にあの子はやめとけ! 絶対後悔するぞ!」
だから違うって。
西沢の乗った電車が行った後、俺は鞄の中の弁当を見ていた。
せっかく作ってくれたのに残したなんて、なんと言い訳しよう。
それとともに、大久保のごちそうしてくれた卵焼きの味も思い出した。
本職の料理人が作ったみたいな、かなり美味しい卵焼きだったな。
でも……それもただのからかいの一環なんだな。
「別に、もともと期待なんかしちゃいない」
しかし、そんな風に思いながらも、自分がどこかでショックを受けているのが分かった。
なんでだ? もともと分かっていたことなのに。
こっちのホームの電車が来るまで、俺は父ちゃんから借りた小説を読んでいた。
だが、俺は心の奥のモヤモヤを振り払うことはできなかった。