部活と買い食い
初のESPの実習があった日の夕方、大久保神流とクリス・フェニックスは食堂の中で話し込んでいた。
初日に卓也のことを相談して以来、神流はクリスと何度か会っている。
上杉卓也のことについて、情報交換をしているのだ。
「それで、どうだろう? あれから、卓也君は何か思い出してくれたかな?」
「いいえ。いくつか試してみましたが、思い出してくれた様子はありませんでした」
神流は、両膝の上で拳を握りしめた。
その顔は、入学式のときと同じように俯いている。
「僕も卓也君と話してみたんだ。彼に『他の学校からの受験生と話したことはないか』と訊ねたら、何か心当たりがありそうな様子だったよ」
神流はクリスの方を向く。その眼には、卓也が何か覚えているかもしれないという希望があった。
「でも、何故かそれをごまかしていたんだ。何故だろう?」
神流にはそのときのことをごまかす理由が分からなかった。
それと同時に、卓也は自分との出会いを覚えているという確信に至った。
「あっ」
神流が食堂の入り口の方を見ると、二人の上級生の女子がこちらを見ていた。
一人は霊能力コースの六角形の襟ボタン、もう一人は超能力コースの目玉模様の襟ボタンだ。
1年生の間で神流は卓也に想いを寄せているという噂が流れているが、そのはずなのに人気のクリスとも会っているという噂が流れていた。
なので、一部の女子は神流によい気持ちを抱いていなかった。
「それじゃあ、これまで通り、卓也君にヒントを出していくという方針で行こう」
神流はうなずき、席を立つ。
神流にとっては、卓也が自分のことを思い出してくれるには、まだまだ先は長い。
放課後、俺達は空き教室に集まっていた。
「敬礼!」
俺達新入生は、上級生と向き合い敬礼した。
ここは理科室。
この教室は、放課後はある部活の部室として使われている。
「ではこれより、ESP研究部を開催します」
先日、部活の紹介イベントがあり、ESP高の部活ひとつひとつの紹介を行った。
その後、俺はすぐに入部届を書き、提出した。
そして、今日ようやくこのESP研究部へ入部できた。
ESP研究部、通称ESP研は、ESP高最大手の部活だ。
そして、俺のESP高入学のきっかけのひとつだ。
中学生の頃、部活の先生にこのESP高のことを紹介された。
やがて、俺は何度かESP高について調べるようにもなった。
本気でESP高への入学を決意したのは、去年の秋の『暁祭』のときだ。
『暁祭』とは、11月に年に1度、ESP高で開催される文化祭だ。
この文化祭の特徴は、生徒のESPによるパフォーマンスが行われ、ESPによる実績を形にした作品などを展示しているということだ。
俺はそのときのESP研のパフォーマンスに感動した。
そして、母ちゃんにESP高に入学したいと頼み込んだ。
母ちゃんも父ちゃんも、もともと俺のESPに寛容だったから、すんなり受け入れてもらえた。
そして、推薦入試を受けて、なんとかESP高に入学できた。
前に部長が出て、部の紹介を行う。
「こんにちは。部長の斉木です。我がESP研究部に入部してくれてありがとうございます」
斉木部長は、髪を三つ編みにした眼鏡の女子だ。
部長が手を前に掲げると、その掌から魔力のエネルギーが溢れ出し、棒状になって部長の手に収まった。
「おお!」
新入生の側から歓声があがる。
俺も思わず見とれてしまう。
その後も副部長、会計、書記の順番に自己紹介とESPの披露を行い、最後に顧問の先生が自己紹介を始める。
「顧問の石田です。早速ですが、1年の皆さんには、次回一人ずつ自己紹介をしてもらいます」
次回? 今からじゃないのか?
「次回に、自己紹介の場でESPを披露してもらいます。なのでそれまでに披露するESPについて考えておいてください」
さっそくESPの実演の機会だ。気合いを入れていこう。
とにかく、先生と上級生の挨拶を終え、ESP研究部の活動が始まった。
1年生は、それぞれ自主的に次に披露するESPについて構想を練っている。
上級生は別の部活とか委員会とかの話をしている。
俺も詳しい事情はよく知らないが、ESP研は他の部活や学校の委員会の手伝いを積極的に行っていて、そちらに部員を派遣することも多い。
場合によっては近所の店や自治体の手伝いをすることもあるらしい。
俺も、いつか他所に派遣してもらえるのだろうか。
それにしても、自己紹介のESPはどうしよう。今覚えているESPじゃいまいちというか……。
「なあ。お前はどんなESPを使うつもりなんだ?」
突然横から話しかけられた。
声の主は、恰幅のいい男子だ。
学ランの襟にはマークは入っていないから、俺と同じ1年生だ。
角刈りみたいに見える短髪で、肌は色黒。
横に太いせいで、一昔前の漫画のガキ大将みたいな感じだ。
どんなESPを使うつもりとは、今度の自己紹介のことか。
「お、俺か? 俺の使うのは魔術だ。使役術を使おうと思ってる」
とりあえず最低限のことだけ紹介する。
「そうか」
そう言ってガキ大将風の男子は立ち去ろうとした。
「と、ところで!」
俺は男子を呼び止めた。
「お前こそ、どんなESPを使うんだ?」
俺もこいつのESPに興味があるしな。
っていうか、「ふーん」で立ち去るとは失礼な奴だ。
「俺はな、こういうことができるんだ」
そう言ってそのガキ大将は手を開いて前に出した。
「はぁぁぁぁぁ……。ふん!」
ガキ大将がかけ声を上げると、その掌に蝋燭の火のような赤い炎が燃え上がった。
確かな熱を持ったその炎は、男子の掌の上から動かず、ゆらゆらと燃え続けている。
「ぱ、パイロキネシスか……!」
その炎を見て、俺は感動のあまり見とれていた。
何せ“パイロキネシス”を直接見たのは初めてだからだ。
「そうとも言うらしいな。俺は“火遁”って呼んでるけどな」
火遁って、忍者みたいだな。
“パイロキネシス”は、発火系の超能力の総称だ。
“パイロキネシス”の原理に関しては色々あるが、主に電磁波を用いた発熱による着火がある。
能力を使用する際、能力者の脳波に強い変化が見られる他、強い静電気をその身体に帯びていることが確認されている。
“電気を帯びる”という点は帯電体質に例えられるが、“パイロキネシス”と帯電体質は原理が近いのではないかとも言われている。
当然だが、魔術による発火は、あくまで“発火型魔術”と分類され、パイロキネシスの内には入らない。
以上が、俺の知る“パイロキネシス”の知識だ。
「この辺にしとくか。結構疲れるし、タバコ吸ってるって勘違いされたくないからな」
そう言ってガキ大将風の男子は火を消した。
「パイロキネシスでタバコに火を点けるなんて聞いたことないぞ」
軽くツッコミを入れてみる。
ガキ大将はニカニカと笑っている。
最初は怖い奴かと思ったが、なんだか仲良くできそうだ。
「俺は上杉卓也。1年2組だ」
俺は簡潔に自己紹介する。
「1年4組の西沢良夫だ。よろしくな」
ガキ大将こと西沢は握手を求めてきた。
「ん? 上杉?」
手を握ろうとしたところで、西沢の手が止まる。
この流れ、ひょっとして……。
「上杉って言うとお前、あの美少女、大久保神流が惚れているっていう男か!?」
西沢に首を絞められ、いつぞやのようにガクガクとゆすられる。
またこうなるのか。
「ち、違うって。あいつが言いがかりをつけてきて……」
「あたしがどうかした?」
後ろを振り向くと、いつぞやのように大久保神流が立っていた。
「噂をすれば……」
西沢はというと、大久保を見て固まっている。
「あたしもESP研に入部したんだよ。上杉君、『ESP高に受かったら絶対ESP研に入る』って言ってたから」
だからそんなこと話した覚えないぞ!
っていうか、大久保もESP研か?
「そこまでして嫌がらせするのが楽しいか!」
思わず叫んでしまう。
「違うよ。卓也君と一緒の部活がいいってだけ」
嘘をつけ。部活でも色々仕掛けてくるつもりだろ。
「あたしは自己紹介でとっておきのやつをやろうと思ってるんだけど、何だと思う?」
何が言いたいんだ、一体。
にしても、大久保のとっておきって、何だろうな。
ひょっとして、授業で見せたあの手裏剣の回転か?
「と、とりあえず上杉、俺はお邪魔そうだからこれで」
西沢は勝手にそそくさと立ち去っていく。
「ちょ、ちょっと!」
西沢に置いていかれ、俺は部活の解散時間まで大久保につきまとわれることになった。
部活もなんとか終わり、帰りの道につく。
辺りはすっかり暗くなっていた。ESP研をはじめ、部活帰りの生徒が大勢下校していた。
にしても、どうして大久保はしつこく絡んでくるんだ?
俺に嫌がらせをするためだけに部活も同じにするなんて、やり過ぎじゃないか?
中学の頃の奴らも、ほとんどは俺への嫌がらせはあくまで“暇つぶし”としてやっていた節があって、必要以上に労力を費やすことはしなかった。
一部はかなりしつこく粘着してきたが、大勢は積極的に絡んできたわけじゃなかった。
ここまでしなきゃいけないほど、大久保に恨まれるようなことでもしたって言うのか?
パリッ、パリッ……。
あれ? なんだ、この音?
中庭の方から聞こえてくる。
まさか、幽霊がいるのか?
俺は霊感は持っていないと思っていたんだけどな。
俺は恐る恐る中庭の裏へと向かう。
怖いのに何故と言われるかもしれないが、気になって仕方がない。
「ん?」
よく見ると、壁によりかかるように、誰かが立っていた。
シルエットは真っ暗だが、スカートを履いている風で、髪も長いようだった。
「ぎゃっ!」
思わず悲鳴をあげてしまう。
「えっ! だ、誰?」
影が声をあげた。
よく見ると、影は袋のようなものを持っている。
「ありゃ? うちの制服?」
よく見ると、影はESP高の制服を着た女子だった。
長い黒髪と黒いブレザーを着ていて、照明も暗かったから、真っ黒な影に見えたみたいだ。
その女子は結構美人だ。
整った顔立ちで、目は少しつり上がっている。
長い姫カットの黒髪は、よく手入れされている。
ただ、スナック菓子の袋を持って、パリパリお菓子を食っているせいで、その美貌が台無しだ。
「み、見られた!?」
その女子は、こちらに気付き、かなり驚いている様子だった。
見たところ、部活帰りってわけでもなさそうだ。
別に、ESP高では昼休みや帰りなら飲食は(酒でもない限り)OKのはずだ。
だから、そんなに驚かなくてもいいのに。
「あ、あのー。君、誰?」
襟ボタンがないから、俺と同じ1年生だと思い、タメ口で話しかけてみる。
女子はポカンとしていたが、すぐ気を取り直した様子で睨みつけてくる。
「……そんなことどうでもいいでしょうが」
ガラが悪い。かなり苦手なタイプみたいだ。
ん? そういえばこの女子、どっかで見たような……。
確か、座禅のとき……。
姫カット……。
「ひょ、ひょっとして1年代表の酒井さん?」
その言葉に、姫カットの女子は思いっきり驚いていた。
やっぱりそうみたいだ。
1年生と2年生の交流の座禅のとき、1年代表で前に出ていた酒井えみりさんだ。
「な、なんであの酒井さんが、こんなところでスナック食ってるわけ?」
あの清楚な酒井さんが、仏頂面でスナックを食っているところは、本気で別人に見えたぞ。
二面性っていうのか、こういうの?
「仕方がないでしょ。燃費が悪いんだから」
燃費が悪い?
「とにかく、今日見たことは誰にも言わないで。もし言ったら……」
バチッ、バン!
酒井さんが指をこちらに向けると同時に、その指先から目に見える電流が飛んで、俺の頬をかすめた。
「こうよ」
俺はさっき電流がかすめた頬を撫でながらうなずく。
「って、酒井さん、帯電体質か!」
ちょっと怖かったけど、西沢のパイロキネシスに続いて帯電体質にも出会えてかなり嬉しかったりする。
帯電体質とは、その身体に電気を帯びている体質を持つ人、またはその超能力のことだ。
この力は、コントロールできる人とできない人がいるようで、多くの人は自分の電気への対策を強いられるようだ。
電気を帯びているため、磁力をも帯びていることもあり、金属がくっついて離れないこともある。
「そ、そうよ。何か文句ある?」
さっきよりいっそうこちらを警戒している。
「いや、文句ってわけじゃ……。むしろ、見せてもらえて嬉しいっていうか……」
「は?」
酒井さんは面食らった様子で口をあんぐり開けている。
心なしか、目がキラキラと輝いているようだった。
「とにかく、よそでは言わないこと。さもないと……」
「わ、分かった、言わない!」
今度こそ当てられそうな気がして、俺は思わずうなずく。
話が終わり、酒井さんは立ち去っていく。
俺もそろそろ帰らないとな。
大久保のこととか、酒井さんのこともあって、かなり遅くなった。
かなり腹が減ったな。早く帰って晩ごはん食べよう。