乱闘と回答
11話 乱闘と回答
デパートの連絡橋の手前で、俺はいつの間にかガラの悪い男達に取り囲まれていた。
男達のうち二人が、神流を取り押さえている。
「た、卓也君……」
神流が俺に呼びかける。
「そういえばこいつ、お前の彼女か?」
不良二人はニヤニヤしながら神流の方を見た。
助けを呼ぼうと思ったが、ここは連絡橋からは死角になっている。
おまけに隣はゲームセンターだから、ちょっと叫んだぐらいでは聞こえないだろう。
「お前達、どうして……」
言い切る前に、次々に蹴りが入る。
「決まってるだろ、これは遊びだ、よ! 昔事件を起こした生徒ってのは! 何しても世間は大めに見てくれるから、な!」
こいつも、こういうクチか……。
「さあ、立てよ! まだまだサンドバッグになってもらうぜ!」
俺は襟首を掴まれ、立たされてから腹を数回殴られ、更に鼻っ面にパンチを食らって倒れる。
「こ、この!」
フラフラする頭を押さえ、ジャケットの下に仕込んでいた“杖”を抜いた。
コードが一気に伸びきり、遠心力でスティックが伸びる。
俺ごときの魔術で暴漢を撃退できるかどうかは怪しい。
でも、俺の脚じゃ逃げられっこないから、これしかない。
「やっぱり構えたな、上杉卓也ぁ~!」
出し抜けに不良のリーダーが大きな声を上げた。
「ESP能力者が一般人に暴力をふるったら、警察沙汰は間違いないぜ~!」
「そうだ! 先生に言いつけてやろうかー!」
その言葉で、俺は昔のことを思い出す。
暴力に訴えた後、先生から散々罵声を浴びせられ、他の生徒は俺を白い目で見るか、嘲笑うか、悪意をもって近づいてくるかだった。
そのことを思い出した途端、手の力が抜け、“杖”を取り落とした。
「あっははは、こりゃいーや! 本当にこいつを黙らせる無敵の呪文だな、こりゃ!」
「そういえば、貴方達もネットで卓也君のことを知ったの?」
神流がそう言って不良を睨みつけると、不良のリーダーは神流の方を向く。
「ネットっつーか、こいつのこと知ってるっていうガキから貰ったんだよ、画像を。もし見かけたら、ちょっと懲らしめてやってくれってな」
不良のリーダーはスマホをブラブラさせながら言う。
懲らしめるだと? 誰だか知らないが、どこまで調子いいんだよ……。
「でも、普通に殴る蹴るじゃ、つまんねーなー」
こいつら、今度は何を企んでいる?
「こいつの目の前で、彼女をひどい目に遭わせちゃいますかー!」
まさか、こいつら!
「おい、お前ら! その女をしっかり押さえてろ! 一枚一枚脱がせてやる」
その命令に従い、不良二人は神流の腕を広げさせる。
「い、いやっ!」
神流はじたばたと暴れるが、ふりほどけそうにない。
「てめえら、神流に手を出すな!」
思わず大声を張り上げるが、ゲームセンターの喧噪にかき消される。
「いい声で泣けよ~」
不良のリーダーがそう言って、神流の胸元に手を伸ばしたとき――。
――ヒューーー。
どこからともなく、笛の音のような音が聞こえた。
それと同時に、室内にも関わらず、横殴りの突風が吹いた。
「うおおおおおっ!?」
不良グループと俺は、その突風に耐えられず、吹っ飛ばされる。
もともとしゃがんでいた俺は、転がるだけで済んだが。
「なーんてね」
その突風の中、神流がゆっくりと立ち上がり、軽く数回ステップした。
「ESPを行使したけど、それが何か?」
何が起こったか分からないといった不良グループの面々を見下ろし、神流は不敵な笑みを浮かべていた。
更に神流は、ポケットから金属製の小物を取り出した。
それは、いつだったか見たことがあるハーモニカだった。
「こんなこともできるよー」
――フーフフッフー。
神流がハーモニカを演奏すると、風がデタラメに吹き荒れる。
なんと、その風は不良グループのリーダーを持ち上げ、宙に浮かせる。
「う、うわああっ!」
不良のリーダーは宙でクルクルと回転する。
実技の授業で見た技だ。
あれは“使役術”のような単純な魔術じゃない。
風を操る魔術だ。
詳しくは分からないが、恐らくは口笛やハーモニカの音を“式
しき
”として魔術を発動させているんだ。
しかも、あれだけ複雑なコントロールができている。
神流の魔術の腕は相当なものだ。
「か、神流、その魔術……」
ハーモニカを見て気がついた。
神流は、花見のときに見た女の子だ。
「やっと思い出したみたいだね」
神流は、不良達が眼中にないかのように微笑んだ。
だが、それがまずかった。
神流の後ろで、不良の一人が拳を振り上げていた。
「神流、後ろ!」
神流が振り返る前に、不良が神流の後頭部を殴りつけた。
「きゃっ!」
「神流!」
「よくもやりやがったな。痛い目見せてやるか!」
不良はそのまま倒れた神流をふみつけようとする。
「てめえら……!」
本気で神流を殴ったヤツにキレそうになった。
だが、それ以上に神流を守らなきゃという気持ちがわき起こった。
暴力を非難されようが、どうでもいい。
今神流を守らなきゃどうする。
“杖”のコードを引っ張って、手元に戻す。
「神流!」
そして、そのままあの魔術を発動させた。
カアァァァッ!
魔術のオーラが強烈な光を発する。
「お、おい、こいつESPを使ったぞ!」
ミシッ。
まず、壁に大きなひび割れみたいな模様ができ、それが広がっていく。
そのひび割れがどんどん大きくなり、中からなにかが覗いている。
倒れていた神流も、ひび割れの方を見ている。
ひび割れの中から白い大きな手が飛び出し、デパートの壁を掴んだ。
ゆっくりと這い出すように出てきたのは、何メートルもありそうな巨大な骸骨だった。
「な、何だよこれ!?」
「ESPって怪獣も呼び出せんのかよ!?」
骸骨は、肋骨の辺りまで壁から出てきている。
その大きさから、妖怪がしゃどくろを思わせる。
全身真っ白で、表面はツルツルしている。
頭だけで1メートルぐらいありそうだ。
「おい、お前、話が違うぞ!」
「そんなこと言ったって、本当にESPを使うなんて……」
不良達は動揺している。よっぽど俺がこの魔術を使った――というより抵抗したことが信じられないんだろう。
「やっちまえ!」
カラカラカラカラカラ!
俺は不良を指差しそう言うと、がしゃどくろが骨をぶつけあうような鳴き声を発する。
「ひ、ひぃいいいいっ!」
それを合図に、不良達はリーダーを除いて一目散に逃げ出していった。
「お、おい、待てよお前ら!」
リーダーは子分達に呼びかけるが、子分達は止まらない。
「さーて、貴方だけになったけど、どうする?」
いつの間にか立ち上がっていた神流が、不良のリーダーを挑発する。
「大丈夫なのか?」
「ちょっと痛かったけどね」
そう言って神流は後頭部をさすった。
「く、くそっ! でもな、こんなところでESPを行使したってことは、暴力を奮ったのと同じだ! 警察にチクったら、お前らの人生は台無しだな! ハハハハハ!」
不良のリーダーはそんな捨て台詞を残して立ち去ろうとしたが、その前に一人の影が立ちふさがった。
長い金髪で、今は私服なのか、シャツの上にベストを着込み、ジーンズとブーツを履いたクリス先輩だ。
ハットを被っていれば西部劇のガンマンのように見えなくもないが、どこか先輩にはミスマッチな気もする。
「ク、クリス先輩!」
「君達が何をしていたのかはこれに録画していた。もし君達が、警察に彼らのことを話すつもりなら、これも見せなければならなくなる」
クリス先輩は、スマートフォンの画面を見せる。
画面には、さっきのように不良達に取り囲まれる俺と、不良二人に取り押さえられている神流が映っていた。
「ぐ……」
リーダーは痛いところを突かれたためか、狼狽する。
「どうする? 今日のことは言わないでおくか、それとも警察に行くか?」
不良のリーダーは俺と神流の方を悔しそうに睨んでいたが、やがて早足に立ち去っていった。
「お前ら、これで済むと思うなよ!」
俺は神流に両肩を支えられつつも、身勝手な相手を見つめるしかできなかった。
そんな俺にクリス先輩が言う。
「早くそれを消した方がいい。今の魔術で、流石にみんなも気がついたようだ」
よく聞くと「なんだ、なんだ?」という声がゲームセンターの方から聞こえてくる。
俺達は大慌てで、近くの階段を下りた。
俺達三人は、人が来る前にデパートを抜け出し、このESP高校前駅まで帰ってきた。
もう日は西に傾きつつあり、結構長い間デパートにいたことを実感した。
「そういえば、クリス先輩、いつからいたんです?」
「神流が寮を出たときからついて来ていたんだ。神流が言うには、卓也が雑誌を買いに出かけるつもりだと話していたらしいからね」
そういえば、いつものノリで雑誌を買いに行くと口を滑らせたような気がする。
「いざというときは助けに入ろうと思っていたけど……神流の危機に萎縮したことはよくないと思うな」
「確かにクリス先輩の仰る通りです」
男は女を守るものなのに……。
「でも、神流を助けるために魔術を使ったのはよかったよ。さっきのやりとりで分かったけど、君は他人に暴力を奮うことを恐れるはずなのに、魔術を使って、神流を守ったんだから」
確かに、そう考えると、相当以外なことだ。
俺はケンカがあったとき、先生に一方的に叱られてから、暴力にブレーキがかかるようになった。
ただ、それはあくまで『逆上して暴れたらろくな目に遭わない』と学んだというだけで、もともとのキレやすい部分は変わっていなかったが。
ともかくそんな俺が、ESPで反撃していたというのは確かだ。
「でも、あれすごかったねー。部活で見せたやつのおっきい版でしょ?」
「まあな」
あのとき描き上げた魔法陣の正体は、山田先生に分析してもらったことで分かった。
あれは、いわゆる“幻術”の一種だ。
原理としては、思い描いた形の映像を空間に投影し、自在に動かすことができるというものだ。。
部活の自己紹介では、あれを使って手の平サイズのデッサン人形にダンスさせた。
山田先生が言うには、あれは相当古い魔術で、おそらくルネサンスの時代に創られた魔術らしい。
俺も色んなESPの資料を読んできたけど、そんな魔術は見たことがない。
「その魔術についてだけど、山田先生から聞いたよ」
突然、クリス先輩が話に割って入った。
「君は、何故そんな魔術が使えるのか、疑問に思わなかったかな?」
そりゃ疑問に思ったけど、危険な魔術じゃなかったから使ったんだけどな。
「以前、山田先生から君についての報告を受けたとき、この魔術を君が知っていたこと以外にも、もう一つ気になることがあったんだ。これを見てくれ」
クリス先輩はそう言って、2枚の写真と書類を見せてくれた。
1枚は神流の写真、もう一つは男子生徒というか、俺の写真?
どちらもモノクロだが、その体を光が包んでいる。
何故か俺の方が出ている光の量が多い。
(まさかこれって……)
「この写真は“オーラ可視化”を応用した“オーラ念写写真”だ。この場合神流と比べたけど、君は他のESP能力者に比べて、より多くのオーラを持っていることが分かった。その量は、例えるならば並の魔術師10人以上の量になる」
「魔術師10人分?」
なんで俺がそんな量のオーラを?
「これは、山田先生の仮説だけど、恐らく君の前世が、魔術を使える人間だった可能性がある。前世で持っていたオーラの多さと、あれのように、昔使っていた魔術を受け継いでいるということだ」
「俺の前世が魔術師!?」
というより、あの魔法陣は前世の記憶?
さすがに話が大きすぎる。第一、俺には前世の記憶なんてないはずだ。
「でも、前世のことは覚えていないのに、魔術のことだけ思い出すなんて、そんなことがあるのでしょうか?」
「そんなケースは僕も知らないけど……君のことについては特殊なケースだから、僕達としては、しばらく君のことを見守っていくことになると思う」
そうか……。これだけ特殊なケースなら、ESP高から観察対象になってもおかしくないよな。
何か呼び出しがあった場合、素直に応じよう。
「でも、神流の魔術だって、相当レベルが高いだろ。あの風の魔術、口笛やハーモニカが秘密なんだよな」
俺はこの奇妙な話についてこれ以上考えたくなくて、神流に話題を振る。
「ピンポーン」
神流は楽しそうに答えた。
「あれはあたしが作った魔術“風笛”。簡単に言うと『あたしの周りの風をコントロールする』っていう魔術だよ」
神流の説明を要約すると、こんな感じになる。
神流の魔術は、周囲の大気をコントロールし、風を吹かせるというものだ。
神流の周りの球状の空間内の大気に、魔術を以て干渉し、風を作る。
本来、精密な流れを作るのは魔法陣などの“式”だが、神流はその“式”を口笛、または管楽器などの音楽で制御しているというのだ。
そういえば、花見のときは、帽子がクルクル宙に舞っていた。
あれが風をコントロールしていたというのであれば、納得がいく。
「これも“魔宝物”なんだよ。100年ぐらい前のハーモニカなんだって。幼稚園の頃、誕生日に買ってもらったんだ」
このハーモニカ“魔宝物”だったのか。
すると、神流の魔術をESP高の“杖”のように増幅、あるいは補正をかけるということか。
それはともかく。
「なあ、神流。やっぱり教えてほしい」
「何?」
「これまで色々あったけど、やっぱり神流とはどこかで――といっても、花見のときじゃなくて、たぶん別のところで一回会ったってことなんじゃないかって思った。でも……」
流石にここまでされて、神流と会ったことがないなんて考え続けているのも無理だ。
「どうしても思い出せない。頼む、どこで会ったのか一回教えてくれ!」
馬鹿みたいだけど、神流に直接訊くしか思い出す方法はない。
そんな俺に神流は微笑みかけ、なんてことないように答えた。
「わかった。やっぱり直接話さないとね」
神流は少し迷ったような顔をして、話を切り出した。
「あたしは小さなときから魔術が使えるようになったの。魔法少女になった気分で魔術を使って、すごく楽しかった。お父さんとお母さんからも褒めもらったよ」
俺が魔術を使えるようになったときは、母ちゃんは複雑そうだったな。
俺がESP高入学のためにサーキット手術を受けたってことは分かりきったことだったもんな。
「でも、それで浮かれてたのがいけなかったのかもね。小学校の頃から、あたしが調子に乗ってるっていうクラスメイトが増えてきたんだ。確かにあたし、魔術が使えるって調子に乗ってたかもね」
そこは、俺もESPのことばっかり話していたから目をつけられた俺に似てるな。
「それにあたし、かなりモテてたからね。それで特に女子に嫌われててさ。ひどいいじめを受けたよ。中学校のときに、トイレに連れ込まれて、ハサミで髪を……」
そう言って神流はくるりと振り返り、後ろ髪の先の方を指差した。
「……!」
俺は何も言えなかった。
髪はもともとの長さだったわけじゃなくて、誰かに切られたなんて……。
「その後も殴る蹴るが続いて……とうとう我慢ができなくなって、これで反撃したんだ」
神流はそう言って、ハーモニカを掲げた。
「それから、いじめはなくなったけど、ESPで人に怪我をさせたっていう事実が残っちゃってね、クラスのほとんどから無視されるようになったんだ」
俺の受けてきたいじめは、まだまだ生ぬるいものだった。
集団リンチだとか、いかにもな暴力とは言えなかったからだ。
「そんなとき、ESP高について知って、入学したいって思ったんだ。どうせならあたしの魔術を極めて、仕事にして、たくましく生きてやるんだ! って」
俺は神流の話に共感するところが多かった。
俺の場合、純粋なESPへの憧れもあったが、いじめもESPの世界に本格的に入っていくきっかけであったからだ。
「クラスの自己紹介のとき、あたし『将来の夢は公務員』って答えたよね?」
そうだったっけ?
そういえば、静岡出身のところから先はよく覚えていない。
というより、ほとんど他のクラスメイトの自己紹介の内容を覚えていない。
俺は昔から集中力が長続きせず、話を聞き逃すことが多かったな。
「公務員になりたいっていうか、公務員には“ESP能力者枠”っていうのがあるでしょ。そこに入れば、誰にも文句をつけられないっていうのと、進路としてはベストだなっていうのがあったんだ」
「ああ、確かにあるな……」
確かに、公務員を中心に“ESP能力者枠”というものがある。
ESP能力者の積極的な採用とESPの発展のために設けられた雇用枠だ。
「まあとにかく、ESP高の面接の日、薬を……。ああ、あたし、いじめがトラウマになっちゃって、精神安定剤を服用してたんだけどね、それをなくしちゃって、駅の近くでうずくまってたんだよね」
ん? 精神安定剤をなくして倒れた?
どっかで聞いたような……。
「そのとき『大丈夫ですか?』って声をかけてくれた人がいたの。その人もESP高の受験生だったんだって」
受験生?
「その人とあの喫茶店『猫又』に寄ってさ、一緒にランチを食べたんだよね」
まさかそれって……。
「その人は、色んな話をしてくれた。家族のこと、ペットのこと、好きな漫画のこと、去年サーキット手術を受けて魔術師になったこと……。その最中『俺は将来ESPを人の役に役立てるんだ』って言って、漫画の《ジークフリート》のセリフを話してくれたんだ。『なんでそんな力を持っているのに――』」
「『その力を、もっと人の役に立つことに使えない』」
俺は、それに被せるように続けた。
これを聞いたときの俺は恐らく顔がカチカチだっただろう。
神流は、受験のときの緑のブレザーの子だ。
そして、同時に思い出した。
家族構成を喋って、もうすぐ6年生になる雪乃のこと、茶々のこと、昔ハムスターを飼ってたこと、それから《ジークフリート》《スターズキングダム》をはじめ、好きな漫画やアニメについて話したこと。
同じESP高の受験生と話せたのが嬉しくって、ESP、魔術のこと、漫画やアニメのこと、自分のことについて色々喋ったんだ。
神流は満足したようにフフと笑った。
クリス先輩はというと、やれやれといったようにため息をついた。
「そんな卓也君を見ていて思った。『この人は本当にESPが大好きで大好きでたまらないんだ』って。すると、あたしが自分のことだけ考えてESP高を受験してたのが恥ずかしくなってね」
いや、将来のことを考えてる神流の方が立派だと思うぞ。
「そして、卓也君がすっごく格好良く見えた。好きになっちゃったんだ」
神流はこれでもかってぐらい、あっさり告白した。
俺は正直動揺していた。
まさか俺が女子に告白されるなんて思ってもみなかった。
「神流、そろそろ入学式のときの話をしてみるのはどうかな?」
クリス先輩が、横から神流に提案する。
「はい。それで、入学式になって、卓也君の机を探したんだけど、卓也君はまだ来てなくってね。机の前で待ってたら、卓也君の椅子の脚にヒビが入ってたの。座ったら危なそうだったから、上級生に頼んで、替えてもらおうと思ったんだ」
「えっ? じゃあ、椅子を持ってったのは、椅子が壊れかけてたからか」
「そういうこと。でも、相談した上級生がまずくってね。しつこくナンパしてきたんだ。椅子の話なんてほとんど聞いてないし」
上級生がナンパ?
「彼は、僕も知っている2年生の男子でね。新入生の案内を忘れてナンパしていたことについては、僕から注意しておいたよ」
クリス先輩が補足する。
「そして、そこに卓也君がやってきたというわけ」
そこまで説明を受けて、俺の対応がいかに神流を傷つけたかが分かった。
もし俺が、会いたかった人にあらぬ誤解をされたり、冷たくされたらどう思うだろう。
いじめを恐れるあまり、本来ESP高で手にしていたかもしれない人との関わりまで失いかけていたんだ。
「そんなわけで、卓也君、大好きです。付き合ってください!」
神流は両手をそろえて、ニッコリとした笑みを浮かべてそう言った。
俺はとんでもない馬鹿だ。
ESP高最初の出会いを忘れて、おまけに神流の好意にも気がつかなかった。
思い込み激しいとか鈍いとか言われたが、正にその通りだったな。
(でもな……)
俺は腕を組んで考えてみる。
確かに、神流に告白されたのは嬉しい。
でも、俺には神流のことを忘れていたという負い目がある。
そんな気分のまま付き合ってもいいのだろうか……。
いや……。
「よし分かった。俺達、付き合おう!」
俺は神流の告白を承諾した。
これでもかってぐらい、勢いよく。
「やったあ!」
俺の返事を聞いて、神流はいきなり抱きついてきた。
そして、神流の顔が近づき――。
なんと、神流とキスをしていた。
「うわっ!」
俺はビックリして神流から顔を離す。
唇には、神流の唇の柔らかな唇の感触が残っている。
「やっぱり付き合ってるんだからキスしないと」
「気が早いな」
俺はいつも通りのツッコミを返した。
だが、まだドキドキして仕方がない。
「よかったね」
クリス先輩が微笑んでそう言った。
『間もなく、2番ホームに電車が参ります。危ないですから、黄色い点字ブロックの内側までお下がりください』
そんなことをしている間に、次の電車が来た。
「そ、それじゃ二人とも、またESP高で!」
俺は真っ赤になった顔をごまかすように、慌てて電車に乗った。
入学式のときに咲いてた桜が、もうほとんど緑色になった4月後半。
今日は月曜日。デパートで神流との(彼女曰く)デートの最中に不良に絡まれてから二日経った。
「おはよー、卓也君!」
教室に入ると、先に教室に着いていた神流に挨拶された。
「おはよう」
だが、これまでのように神流を邪見に扱ったりしない。
神流は俺をいじめに来てるわけじゃないってちゃんと分かったからだ。
「まただよ、上杉!」
「毎度毎度見せつけやがって!」
いつものように周囲からヤジが飛ぶ。
勘違いするなと思っていたが、嘘が本当になってしまったな。
「じゃあ、早速……」
「なに?」
「卓也君があたしのことを思い出してくれた記念に、一緒に目指す夢の話をしよっか!」
そういえば、入学式の日に神流が『一緒に夢を目指そうって約束したのに』って言ってたけど、確かに俺は喫茶店で『入学できたら一緒に夢を目指そう』とも言っていた。
夢っていっても、俺は神流と違って、ESP能力者というか、魔術師として仕事に就くっていう風に漠然としか考えていないんだよな。
「じゃあまず、どんなことをするかだよな。やっぱり神流の公務員みたいに、どんな職に就くかとかか?」
「じゃああたしは、卓也君と一緒に魔術で大活躍!」
神流の方が漠然としてるな。
まあ、公務員になるっていう前提かもしれないが。
「それじゃあ、職以外の話にしよう。将来何をしたいか、とかどうだ?」
俺はとにかくESP能力者として成功することばっかり考えてたから、もうちょっと具体的プランを考えるチャンスかもな。
「じゃああたしは、卓也君と結婚して、子供ができて……」
周囲の敵意がまたキツくなってきた。話題を変えた方がいいな。
「じゃあ、本だ! 本を出そうぜ。ホラ、すごい人って、結構本を出してるだろ?」
「自伝とか?」
「そう! 題名は何がいいかな? 《上杉卓也の生涯》なんてどうだ?」
自分で言ってて、いまいちというか、なんというか……。
「もっとかっこいい名前にしようよ。《突撃の卓也》、《あくる卓也のESP》、《上杉卓也の鬱蒼》、……」
なんか漫画とかのタイトルもじったやつばっかりだな!
「どれもダメだろ! 訴えられる!」
「まあまあ。将来本を読んだたくさんの人がESPに憧れて、いっぱいESP高に入学してくるかもしれないよ」
将来俺がビッグになったらそういうこともあるかもしれないが……。
思い上がりも甚だしいか。
だが、将来今以上にESPへの理解が進んで、もっとメジャーになっていくかかもしれない。
そんな風になったら、きっと世の中はいい方向に進む。
漫画だって、昔は全然理解されなかったし、ひどい言われようもしてたけど、今や日本の代表的な文化の一つになっている。
そんな風に、ESPが人々に認められる未来を想像するのも、結構楽しい。
今は、将来のことを想像するのは、そんな感じでいいんじゃないだろうか。
そんな話をしていると、チャイムが鳴った。
クラスメイトは大急ぎで積に戻る。
そして、その後山田先生が教室に入ってきた。
「はーい、皆さん揃いましたか? それでは、ホームルームを始めます」
俺は、入学式のときとは違った気分で、後ろの方の席にいる神流の方を振り返る。
神流はニコニコしながら、小さく手を振っていた。
これから、ESP高で色んなことが起きるかもしれない。
楽しみなことだらけだが、決して楽しいことばっかりでもないだろう。
でも、どんなことがあっても、やっていける気がする。
根拠はないけど、それは確かだった。




