噂とデート
10話 噂とデート
「――ですからどうか、今週の記事に関しての訂正を――」
西の空が夕暮れに染まる頃、ESP高の生徒会室で、一人の女子生徒が電話を手に話していた。
その女子生徒は、腰までの茶色がかった髪をポニーテールにし、姿勢よくパイプ椅子に腰掛けていた。
窓からの逆光に照らされた表情には、鋭い瞳が浮かんでいる。
「それでは、失礼致します」
女子生徒は通話を切り、ため息をついた。
そんな時、生徒会室のドアがノックされた。
「会長」
「どうぞ、入りなさい」
会長と呼ばれた女子生徒は、声の主の姿を確かめ、室内に通す。
入ってきたのは、長い金髪をなびかせ、ESP高の男子制服を着込んだ白人、クリス・フェニックスだった。
「そっちはどうでしたか?」
会長は首を横に振り、顔を上げた。
「申し訳程度の対応しか期待できませんわ。まったく、マスコミというものは……」
そう言って会長と呼ばれた女子生徒は、机の上に置かれていた資料を手に取る。
「クリス、例の生徒からの事情聴取はどうなりまして?」
「はい。彼――上杉卓也君から事情を聞いたところ、生徒同士のケンカがあったことは事実であることと、彼はその一件でESPを行使していないことがわかりました。事件当時、彼はESP能力者ではなかったことが証拠です」
「当時、ESP能力者ではなかった、といいますと?」
「彼は去年、サーキット手術で魔術師になった、後天的魔術師です」
クリスは、今日の昼休みに卓也から聞いたことについて、必要なことのみを伝える。
「なるほど。それは証拠として力強いですわね」
会長は、机の上で腕を組んだ。
「中学校へは一度私からも問い合わせていますが、彼がサーキット手術を受けた病院と、手術の日時についても確認してみますわ」
「よろしくお願いします」
クリスは、まっすぐ会長の目を見て敬礼した。
「そういえばクリス、あなた、一部の生徒の間で、1年生の女子生徒と交際しているという噂がありますが……」
クリスは生徒会長の質問に困ったような顔をする。
これが大久保神流のことを指していることがわかったが、神流のプライバシーを勝手に話すわけにはいかないからだ。
今、神流から恋愛相談を受けたと話したのは、事実上卓也だけだ。
それも、卓也に神流の気持ちに気付いてほしかったからだが、生憎まだ卓也はその気持ちに気付いていない。
「安心なさい。大方、また恋愛相談にのっていた、というところでしょう? あなたとは長い付き合いですから」
クリスは神流のことについて問いつめられなかったことに安堵する。
「はい。しかし、その生徒の相談内容に関してはお話しできませんが」
生徒会長は軽く頭を抱え、窓の外を見た。
夕日はもう山の向こうに沈もうとしている。
「それから、もしや例の生徒――1年のかみすぎたくや君に説明するとき、例のページを見せたりしませんでしたわよね?」
クリスはスマートフォンを取り出した。
「すみません。状況を分かってもらうためには必要だと判断したんですが……」
「そうではありませんわ。仕事用の方を見られていないかと言っているのです」
クリスは生徒会長の言いたいことを察した。
「いいえ。もう一つのモデルは、見せていません」
そう言って、クリスは卓也に見せたものとは違う方のスマホを出した。
このスマートフォンは、一見普通のものと大差ないが、一般市場に出回るような通常のモデルではない。
戦場で使用されることを想定し、強い衝撃にも耐え、風雨や砂塵にさらされた後でも難なく動く。
そのアプリケーションも、日常生活とは無縁のものが多数納められている。
こんなモデルをクリスが持っていることには理由があった。
「クリス、あなたは自分がどれだけ目立っているかに無頓着すぎます。あなたは間違いなくESP高の生徒ですが、それと同時にアメリカからの“お客様”でもあります。くれぐれもボロを出さないよう、お気をつけて」
「もちろんです」
クリスは、今更ながら迂闊だったことに気付き、強く頷いた。
土曜日、空は晴れていて、ぽかぽか陽気が射し込んでいる。
今日、俺は漫画を買いに外出した。
行く先は、都会の方へ行く途中にあるデパートだ。
地元の大手デパートの本屋にも行ってみたが、目当ての漫画がなかった。
あんな噂が立っているから外出は控えろとクリス先輩にもいわれたが、ネットの記事を見る限り、俺の実名と顔までは出ていないから大丈夫だろう。
ただ、万が一のことを考えて、ジャケットの下には“杖”を忍ばせている。
ホルスターを右肩からたすきがけにして、左脇腹に“杖”を帯びている状態だ。
この駅はいつも通学路で使っているので、休みの日に来るのは久しぶりだ。
今日は休日だから、いつもの通学時とは違って、駅のホームは空いている。
休みの日にこの駅を利用したのは、建国記念日にあった受験の面接以来か。
他に相違点があるとすれば――。
「なんでこいつがいるんだ」
ベンチに腰掛けた俺の前に、後ろに手を組んで立っている大久保神流を見て呟いた。
この駅に入ったところで、この神流が待ち伏せしていたのだ。
こいつ一人のせいで、せっかくの外出日和が台無しだ。
「何ボーッとしてるの? せっかくのデートなんだし楽しまなきゃ」
「何がデートだ」
神流がくるりと振り向いた。ミニスカートがふわりと浮かび上がる。
神流も私服姿だ。上はよく分からないが英語のプリントが入ったTシャツの上に、黒を基調とした胸までの長袖ジャケットを着ている。
下はピンクと黒のチェック模様で、白いフリルのついたミニスカートだ。その腰には白いポーチが提げられている。
むき出しの脚はいつものニーソックスと黒いブーツに包まれ、制服のときと同様に神流の美脚を引き立てている。
その右太腿には、この前実習で見たようなベルトも“杖”もない。
っとと、見とれてる場合じゃなかったな。こいつをなんとかしないと。
「神流、言っとくけど俺は本屋に寄るだけで、遊びに行くわけじゃないんだ」
「わかってる。あたしも本屋に行くつもりなんだ」
嘘つけ。人の動向を先読みして待ち伏せしていたんだろ。
『間もなく、2番乗り場に電車が参ります。危険ですから、ホームの黄色い線の内側でお待ちください』
電車が到着し、俺達は真ん中辺りの車両に乗った。
だが、ESP高校前に到着するときに問題が発生した。
「ねえ、卓也君、お腹空かない?」
突然、神流が提案した。
「そうだな。デパートに着いたらフードコートに行くつもりだ」
だが、神流は軽く横に首を振った。
「あそこにいいお店あるでしょ?」
神流は次の駅、日本ESP 高校前を指差した。
「駅の近くにね、『猫又』っていう名前の喫茶店があるんだ」
喫茶『猫又』は俺も知っている。俺も一回行ったからな。
駅から少し歩いたところにある小さな喫茶店だ。向かいには花見のときにも行った陸上自衛隊の補給所がある
――って、これからあそこに寄るのか?
「でも神流、ここで降りたら切符代がもったいなくないか?」
「いいよ、お金ぐらい」
最初からここで降りるつもりだったのか。
冗談じゃない! せっかく向こうの駅までの切符を買ったのに、その分の代金が無駄になる。
『間もなく、日本ESP高校前、日本ESP高校前』
「ほら、早く降りよう!」
神流は俺の手を引っ張り、電車を降りようとする。
「お、おい、引っ張るな、神流!」
神流は問答無用とばかりに俺をズルズルと引っ張っていき、俺は電車から引きずり下ろされてしまった。
そんなやりとりをしている間に、電車は出発してしまった。
ああ、とっとと本だけ買って帰りたい……。
結局、俺は喫茶店『猫又』に入ることにした。
『猫又』に入るとき、向かいの陸上自衛隊の補給所が見えた。
この駐屯地は年に一度、花見のために開放される。4月頃になると、この塀の上の桜がとてもきれいだ。
今はその桜も、ほとんど散ってしまっているけれど。
その桜の木の向こうに見えるレンガ造りの監視塔は、この駐屯地の歩みを記した歴史資料館としての役割もある。
こうして見ると、毎年花見に来ていた駐屯地が、こんなにESP高と近かったんだということに気付く。
そういえば、今年の花見じゃESPを使ったな。
帽子が飛んで行くのを止めたぐらいに、誰かが音楽を演奏しだして――。
(あの女の子、どんな顔だったっけ?)
一瞬見えただけだったためか、あまりよく思い出せない。
アンティークな家具や小物、そして絵画で飾られた店内は、落ち着いた感じで、且つ優雅だ。
店の中で、この喫茶店で飼っている柴犬が歩き回っていた。
茶々は柴犬とは必ずケンカになるけれど、柴も茶々とはまた違った可愛さがあるんだよな。
とにかく、俺達はテーブルに向かい合わせに座った。
「どうしたの? ドアの方ばっかり見て」
神流の声で、一気に現実に引き戻された。
神流はこの店の看板メニューらしい日替わりランチメニューを食べている。
俺の方はエビピラフセットを注文した。ピラフのエビの風味が最高だ。
「ドアなんかよりあたしの方を見てよ~」
ドアじゃなくて自衛隊の駐屯地を見てたんだよ!
神流は両肘をつき、挑発的な目でこちらを見ている。
その目つきは、普段の可愛さを前面に押し出した神流とは別な色っぽさがあった。
でも騙されねえぞ!
この喫茶店に入るのは、ESP高入試の初日、面接の日以来だ。
あの日は確か、ホットケーキセット(紅茶付き)を注文したんだっけ。
そういえば、俺と同様にESP高の受験生と一緒に店に入ったんだった。
同じESP高校への進学希望者ということで話が弾んで、途中、この喫茶店に寄ったのだ。
あの深緑のブレザーの子は、ケーキ(コーヒー付き)を注文していたのを覚えている。
あの子、今頃どうしてるかな……。
「それにしても、ここの桜もずいぶん散っちゃったね」
ん?
「ホラ、お花見のときは満開だったのに、さみしいよね」
神流も来たことあるのか?
「っていうか、神流ってこっちに住んでたことがあるのか? ここの花見を知ってるなんて」
「今年だよ。あたし、ESP高入学のちょっと前にこっちに来てたから」
ということは、入学に合わせてこっちに住みはじめたってことか。
いや、でもそれじゃ、花見の時期に合わないよな。
花見は入学式前だったし。
「神流って、静岡出身らしいけど、いつ頃からこっちに住みはじめたんだ?」
「4月に入ってからだよ。寮は研修の後になれば入れるから。遠くから来た人に対する措置だって」
そうだったのか?
寮には結局入らなかったから、その辺は全然調べてなかったな。
「ESP高の受験のとき、同じ受験生の人と一緒に入ってね。それで、その人が『あっちの自衛隊の基地、毎年お花見が開かれるんだ』って話してたんだ。だから、今年寄ってみたんだよ」
その同席したESP高の受験生が地元出身だったんだな。
「で、綺麗だっただろ?」
「それはもう! でも、戦車とか飾ってあったのは雰囲気ぶち壊しだよね。せっかくの花見が台無しだよ」
自衛隊だから戦車ぐらいあってもいいだろ。
あの駐屯地には、あれの他にも色々な自衛隊の兵器が展示されている。
兵器といっても、旧式の戦車や装甲車、自走砲、榴弾砲、ヘリコプターなどだ。
戦車は61式、ヘリコプターはUH-1って名前のはずだ。
「そういえば卓也君、さっきからあたしのことを“大久保”じゃなくて“神流”って呼んでるよね」
あ、あれ? そうだっけ?
気付かないうちに切り替わっていたかな。
「やっと名前で呼んでくれたね」
神流は嬉しそうに微笑んだ。
って、カードコレクター桜花にそんなセリフあったぞ!
ちなみに『カードコレクター桜花』とは、俺が小学生の頃に放送していた魔法少女もののアニメだ。
当時幼稚園児だった雪乃の思い出の作品で、ピアノの発表会でも『桜花』の主題歌を演奏した。
そんなことを思い出しつつも、俺は微笑む神流にドキッとしていた。
食事も食べ終わり、俺達は勘定を払って店を出た。
間違って神流の分も払ってしまったことに気付いたのは少し後のことだ。
もう一度切符を買い直してから、2駅先に向かった。
この駅の周辺は、3つのデパートが競い合うように建っている。
俺も家族と一緒に、よくこの3つのデパートに立ち寄る。
まず俺達は、一番新しいデパートに立ち寄った。
時計は午後1時を指していた。
「デートコースには最適だね」
「だからデートじゃないっつーの」
このまま本屋に行きたいところだが、神流をなんとか振り切らなきゃいけない。
あんなの買ってるところを神流に見られたら、間違いなく拡散される。『件
くだん
の暴力生徒はこんなものを読んでいる』とかってな。
そうならないためにも、神流はなんとしても振り切らなきゃいけない。
「なあ、神流」
「なに?」
「本屋の前に他の買い物しないか?」
俺は3つあるデパートの一つを指差した。
「うん」
神流は割と簡単に話に乗ってくれた。
俺達はデパートの中に入る。
神流が服のコーナーを見たいと言っているので、そっちに向かうことにした。
「まず、これに、これ……」
神流は慎重にひとつひとつ服を見比べている。
女の買い物は長いとか言うが、この慎重さとファッションセンスは女性の長所だろう。
「ねえ、これどう?」
神流はピンク色のワンピースを見せてきた。
身体にぴったりと密着させている。見立てているつもりだろうか。
俺は思わずこれを着ている神流の姿を想像した。
この服で駅のときみたいにくるりと振り返って、髪とスカートがもっと勢いよく、大胆になびく……。
――おっと、いけないいけない。
俺は首を横に振って妄想をかき消した。
「似合わない?」
神流はさみしそうな顔をする。
まずい、さっきの質問の答えと受け取られたか?
「ち、違う! すっごい可愛い!」
ってそういう問題じゃないだろ、俺って奴は!
神流は先程のさみしそうな顔が一気に笑顔に変わる。
「じゃ、早速試着してくるねー」
神流は駆け足で試着室の方へ向かう。
俺は慌てて神流を追いかけた。
「のぞかないでね~」
「馬鹿を言え。そんなことするか」
神流は俺をからかいながらパタンと試着室のドアを閉めた。
にしても……。
ここは婦人服のコーナーのど真ん中。男の俺がいると目立つ。
できれば早く出てきてくれよ。
「ん?」
ふと足下に目をやると、神流の靴の隣に、神流のジャケットの袖がはみ出ているのに気付いた。
(不用心だな。財布とかすられたらどうするんだ?)
俺はこっそりジャケットを試着室の中へ押し返した。
「卓也君、今服を取ろうとした? 『これを着るまで返してあげません』とか?」
試着室の中から神流のからかう声が聞こえる。
「違うって! 服がはみ出てたから!」
「そんなに焦らないでよ。もう出るから」
試着室のドアが開き、神流が出てきた。
「じゃーん! どう?」
神流のワンピースは、スカートの丈は短いし、露出がかなり多い。
肩のあたりが少しふくらみ、肘の辺りまでの袖口はひらひらと広がっている。
胸元は高級なドレスのように大きく開き、胸の下辺りからふわりとスカートが広がっている。
開いた胸からのぞく神流の胸に、思わず目が釘付けになった。
制服を着てるときも、神流の胸は大きい方だと思っていたが。
「その顔、やっぱり似合ってるってことだよね?」
そう言いながら神流は胸に両腕を回し胸を強調する。
やっぱりってなんだ。
「じゃあ、これ買って。お願い」
「俺に頼むな!」
「え~。彼女にプレゼントしてくれないの~?」
何が彼女だ!
結局、あの後神流はもとの服に着替え直した。
俺はというと、神流がさっき買ったワンピースを納めた袋を持っている。
「なんで俺が持ってるんだ」
俺達は、別のデパートのゲームセンターのコーナーに入った。
ここには小さい頃からよく立ち寄る。
お気に入りは、戦闘機が出てくるシューティングゲームだった。
それにしても、周りの音がうるさい。
成り行きで入ったけど、あまり長く居たくはないな。
もともと、本屋に寄るつもりだったわけだし。
「ねえ、あれ欲しい!」
神流が楽しそうに指差したのは、UFOキャッチャーの中の景品だ。
真ん丸の目と大きな嘴を持った、シュールな顔のフクロウのぬいぐるみだ。
「なんでそこで俺に頼む?」
そう訊ねたところで、このフクロウのぬいぐるみが何なのかに気付いた。
これは、漫画のマスコットキャラクターの一人『ホー助』だ。
「あれ?」
更に、あっちのぬいぐるみは主人公の『飛高義之』、こっちはヒロインの探偵『羽沢莉乃』そして、『怪盗ジークフリート』。
よく見ると、他のぬいぐるみも全部のキャラクターだ。
「なんで? なんでジークフリートばっかり?」
そこでやっと、UFOキャッチャーに《ジークフリート》のポスターが貼られていることに気付いた。
(何かジークフリートのイベントとかあったっけ?)
そういえば近頃、ニヨニヨ動画で昔のジークフリートのアニメや外国語版との比較がアップロードされていて話題になってたな。
《ジークフリート》は、俺が小さい頃に放送していたアニメだ。
英雄ジークフリートを先祖に持つ怪盗が、魔法の込められた宝物(“魔宝物”みたいだな)で悪事を働く人間に、盗みで制裁を加えていくという漫画だ。
ジークフリートを追う探偵で、義之の幼なじみでもある莉乃との恋愛も見所だ。
ひょっとして、俺が《ジークフリート》のファンだって知ってて試してるのか?
でも、あれは俺がまだ小さい頃の作品だし、さすがに俺が観てたって知っている人もほとんど……。
神流の方を見ると、毎度おなじみ上目遣いでこちらを見ている。
「だめ?」
「わ、分かった。取るって」
茶々もこうやって見つめてくるが、こういう目には弱いんだ。
しぶしぶ百円玉を入れ、クレーンを動かす。
慎重にクレーンを横に動かしていき、ホー助に合わせる。
次に、クレーンを縦に動かす。奥行きが測りにくいから難しい。
「そこだ!」
ここだと思った位置でクレーンを止めると、クレーンが下がっていく。
ちゃんとホー助を掴んでくれるか?
そうクレーンに期待したが、爪は空しくホー助の頭をかすめていった。
「やっぱり駄目か」
「そう言わずにもう一回、ね?」
神流がまた上目遣いでこちらを見つめてくる。
「わかった、わかった」
俺も正直言うとジークフリートぬいぐるみが欲しいし。
もう一回クレーンを動かし、ホー助の上に持っていく。
「今度こそ……」
次は慎重にクレーンを止める。
クレーンの爪がホー助を掴む。
一瞬クレーンの動きが止まる。
今度こそ、ホー助が持ち上がった。
そのままゆっくりとクレーンはホー助を掴んだまま戻ってくる。
そうして、見事ホー助が出口に入った。
「うそだろ、俺が……」
神流に乗せられてやってみたが、まさか本当に成功するなんて思ってもみなかった。
もちろん、俺も神流もESPは使っていない。
「やった!」
そんな俺の腕に、神流が腕をからめてきた。
その拍子に、神流の胸が俺の左腕に当たる。
「お、おい、何してんだ!」
Tシャツ越しに、神流の柔らかい胸の感触が伝わる。
さっきのクレーンのことがすぐに頭から離れた。
「ほら、それよりホー助!」
俺は神流の手を振りほどき、さっきのホー助を手渡した。
「ありがとー、卓也君!」
神流はすごく嬉しそうにホー助を手に取った。
それを見て、俺は思わずときめいていた。
(いやいや、騙されるな、俺)
こんなことを考えるのも、もう何度目だ?
こいつは入学式の前から俺に目をつけていたんだ。
誰かが俺のことを吹き込んだのかもしれない。
『上杉卓也っていうESPの話ばっかしてるキモい男』の話を聞いたら、いじめてやろうかとも思うかもしれない。
「なあ、そろそろ本屋に行こうと思うんだけど、ついて来るか?」
――あれ?
神流を振り切ろうと思っていたのに、何故か俺はそんなことを訊ねていた。
「うん、行こう!」
神流は素直にうなずく。
まずい、失敗したな。上手く誤摩化して、こっそり本屋に行こうと思っていたのに。
そんな風に自分の発言を後悔しつつ、俺は神流と一緒に本屋へと向かう。
俺達は騒がしいゲームセンターを出て、デパートの本館へと向かう。
ゲームセンターはデパートの別館の方にあり、本屋は本館の方にある。
「そういえば、何の本を買うつもりなの?」
神流は楽しそうにそんなことを訊いてくる。
ここまで来たら、もう神流を振り切るのは諦めよう。
やっぱり、どうやって買ったものを誤摩化すかを考えるべきか。
そういえば、ネット上の噂って、あの後どうなったんだろう?
あの記事、どっちかっていうと、雑誌の記事の引用っぽかったよな。
となると、もうどこかの雑誌に掲載されているってことかな。
クリス先輩は、学校の方で俺のサーキット手術の日時を問い合わせてくれるとは言っていたけれど、あの記事に対して抗議してくれるっていうことだろうか?
俺はそんなことを考えながら、デパート間に二つある連絡橋のうちの一つへと向かう。
2階のゲームセンターなら、こっちの方が近い。
「ねえ、卓也君、そっちじゃなくて、下に降りようよ」
神流が下に降りると言っている。
「何言ってんだ? こっちの方が近いんだよ」
神流は地元じゃないし、このデパートのことを知らないか。
「おい、あいつ、ひょっとして――」
「え? どうかしたんですか?」
「ホラ、これ――」
まあ、今はあの本を買うことだけ考えるか。
よく考えれば、どんな趣味をしてるか見られたぐらいなら、そんなにひどい目に遭うわけじゃないし……。
ドカッ
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
いきなり誰かに襟首をつかまれたかと思うと、視界がぐるりと真上を向いた。
そして、その勢いのまま、俺は床に叩き付けられていた。
「ってぇ……。一体、何が……?」
体を起こすと、俺は見慣れない男数人に囲まれていた。
どの男も、いかにも不良といった風なガラの悪い装いだ。
「卓也君! 助けて!」
後ろを振り向くと、神流が男二人に腕を掴まれて取り押さえられていた。
それに対し、俺は無性に怒りが湧いてくるのが分かった。
「こ、こいつら……」
だが、俺が立ち上がる前に、前後左右から次々に蹴りを入れられる。
「がはっ! ごっ!」
その痛みに耐えられず、また俺は床に倒れ込んだ。
「お、お前ら、なんで……」
やがて、前方の不良グループが道を開けるように半分ずつに分かれ、そこから一際凶悪な面構えの男が前に出た。
「お前だろ? ESP高の悪ガキっていうのはよ」
その男はそう言って、スマホの画面を俺に突きつけた。
画面には、中学の制服を着た俺の写真が映っていた。




