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前科と披露

9話 前科と披露


 肌寒い1月のある日のこと。

 俺はESP高まで推薦入試の願書を貰いに行った。

 そして、難なく願書を貰った帰り、それは起きた。


 俺は、駅のホームで願書を抱えて、鞄を背負っていた。

 この日は、中学の帰りに直接ESP高まで行った。


 こちらのホームに、電車がやって来た。

 俺がホームの端でそれを覗き込んでいると――。


ドンッ


 突然、後ろから誰かに押された。


 俺は電車が近づく線路の方に傾き――。




ピピピピピ


 アラームの音で目が覚めた。

 カーテンの隙間からはもう明るい日差しが差し込んでいる。

「もう朝か」

 嫌な夢で目が覚めたな。




 あの後、俺は寸でのところで踏みとどまった。

 近くには、よくからかってくるクラスメイトがいたから、そいつだと思った。


 だが、振り返ると、知らない奴がいた。


「お前、今俺のこと線路に落とそうとしただろ! 俺が端っこに立っていたときに、後ろから押しただろ!」

 その男は、俺が困惑して何も言えない間に、そう叫び出した。

「そ、それは今お前が――」

「あぁ!? やんのか? おっ? お前今俺のこと線路に落とそうとしただろ! 俺が端っこに立っていたときに、後ろから押しだろ! あぁ!? やんのか? おっ?」

 男は、同じような言葉を傷がついたCDのように繰り返した。

 周囲の注目も集まり、何事かとこちらを見ている。

 しかし、電車が発進しそうになったので、すぐに乗り込んだ。

 どうやら、電車の車掌には俺が落ちかけたのは見えていなかったらしい。

 俺が電車を止めたことで、賠償金を請求されなかったのは救いだったかもしれない。




 だが、よく考えたら、俺はあのとき死にかけたんだ。

 あのまま落ちていたら、俺は電車に牽かれていただろう。


 あの男が何故こんなことをしたのかは分からない。

 だが俺は、もともとの性格から周囲に目をつけられていて、話をしたことがない奴からも絡まれることが多かった。

 今回も、そういう一人なのだろう。


 何より、相手はいつものいじめのような“遊び半分”って感じだった。

 突き落とされかけ、更にそれをなすりつけられた。

 それすらも、遊びだったのだ。


 ESP高には神流(かんな)がいたが、普通科の高校は(たぶん)不良も多いだろうし、中学と同じ顔ぶれが入学しているはずだ。

 そうなれば、俺は今よりひどいいじめを受けていたことだろう。


 ともかく俺はさっさと制服に着替え、リビングに下りた。




「おはよう」

「おはよう、お兄ちゃん」

 最初に母ちゃんと挨拶した。

 雪乃も起きていたらしく、眠そうな目でテレビを観ている。

「おはよう、雪乃(ゆきの)

「うるさい」

 相変わらず寝起き悪いな。


 丁度スーツに着替えた父ちゃんが玄関を出るところで、茶々と母ちゃんが見送りに出ていた。

 茶々は、家族が出かけるときはいつも名残惜しそうに見送ってくれる。

「いってらっしゃい」

 父ちゃんはフッと笑って手を振った。


 俺はお膳の上に出ていた菓子パンを出して開けた。

 うちの朝食は、父ちゃんが和食嫌いなので、いつもコンビニやスーパーで買ってきた菓子パンだ。


「どうぞ、お兄ちゃん」

 母ちゃんが紅茶を持ってきてくれた。いつものインスタントティーだ。

「ありがとう」


 気がつくと、横まで茶々(ちゃちゃ)が来ていてパンを貰いに来ていた。

 朝ごはんはちゃんと貰ってるのに、食べ足りないらしい。

 茶々にパンの端っこをあげるが、すぐに食べ終わってまた貰いに来る。

「ほら茶々」

 茶々にパンの袋をあげると、中に鼻を突っ込んでペロペロとなめはじめた。

 これ以上あげたらまた太るもんな。


「それでお兄ちゃん、あの大久保

おおくぼ

さんって人、どうなったの?」

 一番訊かれたくないことを訊かれた。

 朝っぱらから神流のことを思い出したくないからじゃない。

 昨日、神流が家にやって来て、カレーを作っていったからだ。


「雪乃から聞いたけど、あのカレー、大久保さんが作ってくれたのよね?」

 雪乃からもう聞いていたのか。だが、説明する手間が省けてよかったのかもしれない。

「ごめん! 出前の代金は返すから……」

「それはいいけど、何もなかった?」


 そういえば、あの歩、特に神流は何もしてこなかった。

 だが、昨日はそうじゃなかっただけで、これから色々仕掛けてくるかもしれない。

 昨日は特に何も盗まれた様子はなかったが、ひょっとしたら何か見つけて、そこから更に仕掛けてくる、なんてことも……。


「何もなかったというか……。神流が突然押し掛けて来たことで色々大変だったな」

 母ちゃんは苦笑いを浮かべた。

 こんな顔されるのは、俺が間抜けな答え方をしたときだ。


 ESP高を受けたいか問われたときに、母ちゃんの質問に額面通りに答えていたときも、こんな顔をされた。

 だが、今回は何が悪かったんだろうか?

「やっぱりその大久保さん、お兄ちゃんをいじめようって思ってるわけじゃないんじゃないの?」

 母ちゃんもそう言うのか。

「前にも言ったけど、お兄ちゃん、思い込み強いじゃない? もしいじめるつもりなら、晩ごはんを作ってくれたりはしないわよ」


――やっぱり、母ちゃんも取り合ってくれないのか。

 中学のときも、俺のやられていることに対して、周囲の反応は大きくなかった。

 俺がキレて、初めて気がついてもらえたってこともあった。


 雪乃の方を見ると、もうさっきまでの眠たそうな様子ではなく、黙々とパンを食べていた。

 これは、俺がイラついて周囲に当たっていたときの様子だ。

 茶々は、俺の様子に気付いていないのか、パンの袋を噛んで遊んでいる。

 また怖がらせなくてよかった。


 俺はこれまでのことを振り返っていた。

 入学してすぐ、何故か話したこともないはずの神流に目をつけられた。

 何がいけなかったんだろうか。

 研修のときも、一度も話したことはないはずだ。


 いや、俺、かなりウザいみたいだし、どっかで嫌われていてもおかしくないかもな。

 それに、楠木(くすのき)の……。

(なあ、その独り言どうにかならないか? すっげえ気になるぞ)

 俺が嫌われたのには、おかしな癖にもあったんだってことに、やっと気がついた。


 とりあえず、今はどうすれば大久保に上手く対処できるか考えないとな。

「いってきます」

 俺は色々考えながらも、鞄をかついでESP高へ向かった。




 ESP高に入ると、俺は教室に入り、自分の席に鞄を下ろした。

「おはよー、卓也(たくや)君!」

 また神流が来た。

「何しに来たんだよ」

「卓也君の席で自主勉強しようかなって思って」

 勝手に人の机で勉強するな!

 そうツッコミを入れる間もなく、神流は机の上に教科書を広げる。

「1889年、大日本帝国憲法発布……」

 一年生のうちは日本史は習わないだろ。

 しかも、後半に教わる明治時代だし。


 そういえば、ESP高の面接は建国記念日だったよな。

 建国記念日は、明治時代に大日本帝国憲法が発布された日で、今も国民の休日だ。

 休日に面接というのは、先生達は大変かもしれないが、かなりありがたかった。

 俺みたいな声は小さい(よく言われる)、しかも人見知りがよく面接で落ちなかったものだ。


 帰りに、あの他の学校の受験生の女子が具合悪そうにしてたんだよな。

 名前を教えてくれたような気がするが、全く思い出せない。

 あの子、ESP高に受かったのかな?


「そ、そうだ! 昨日はカレーありがとうな」

 今思い出し、神流に一応お礼を言う。

 あんな美味いカレーを作ってもらったのも事実だしな。

「うん! また作ってあげるね」

 神流はまた嬉しそうに微笑んだ。

 でもまた来んでもいい!

「カレーを作ってもらっただと!?」

「またか、上杉の野郎!」

 何やらからかってるんだか、毎度おなじみ周囲が反応してる。

 だから違うってのに。


 そういえば、あの魔法陣を先生に見せないとな。

「すまん。ちょっと先生に用事があるから職員室に行ってくる」

「え?」

 神流から逃げたかったのもあるが、本気でさっきまで忘れていた。




 俺は職員室に行き、ドアをノックした。

「失礼します」

 山田《やまだ》先生を呼ぶと、数分経ってから職員室に通された。

「どうしたんですか、上杉(かみすぎ)君? こんな朝早くに」

 俺はポケットから魔法陣を描いた紙を取り出した。


「実は、この魔法陣なんですが……。先生は解読できますか?」

 先生は魔法陣を手に取って、しっかりと吟味する。

 先生の顔が驚いたようになり、だんだん硬直していくのが分かる。

 この魔法陣、そんなにヤバいものなのか?


「上杉君、この魔法陣、一体どこで見たのですか?」

 なんだか本当にヤバいことになりそうだが、正直に話した方がよさそうだ。

「ええと、それが……」


 先生は魔法陣と俺を交互に見て、しばらく考え込んでいたが、そんなときにチャイムが鳴った。

「とにかく、この魔法陣は、僕が預かっておきます。また時間を見つけて解読しますので、結果が出たらお知らせします。そのときまで待っていてください」

「はい、お手数おかけします」

「では、また教室で」

 本当に、先生にはご迷惑をおかけすることになった。

 とにかく、俺は教室に戻ることにした。




 昼休み、たまにはと食堂に寄ってみることにした。

 前から一度食堂には入ってみたかった。

 本当は学食のメニューも注文したいけど、母ちゃんの弁当があるからな。


 食堂は広く、白いライトで照らされている。

 壁がガラス張りの室内は開放的だ。

 調理場からは、色々な昼食の匂いが漂ってきた。

 俺は適当に長テーブルの席に座った。


「なあ、調子乗ってると思わねえ?」

「何が?」

「あいつ」


 声のした方をチラリと見てみると、何人かで話しているグループがこっちを指差して何か喋っている。

「ああ、確かに調子乗ってるもんな」

「おまけに、あの……」


 神流につきまとわれるようになってから、色々目をつけられているな。

 ともかく、そちらを気にしないようにし、残りの弁当を食べる。




「ねえ、卓也君!」


 顔を上げると、きれいな長い金髪と紺色の学ランが目に映った。

 こんな長い金髪の男子は、ESP高には一人しかいない。

「クリス先輩!」

 この前会ったときとは違い、先輩は何か深刻そうな表情だ。


 俺は一瞬、神流とクリス先輩の噂を思い出した。

 この人は、神流の今までの行動を知っているのだろうか?


「話があるんだ。ちょっと来てくれないかな?」

 今から? まだ弁当が残っているんだけどな。

「あの、ここでは駄目でしょうか?」

「ごめん、人には聞かれたくないんだ!」

「あっ、ちょっと!」

 俺はクリス先輩に引っ張られ、中庭に出た。




 俺達は中庭にある一本の木の下まで来た。

 この中庭はESP高の駐車場の隣に広がっており。この木はESP高校舎のコの字状の隙間に埋め込まれたように生えている。

 俺とクリス先輩は、その広場のベンチに腰掛けた。

「一体どうしたんです? 何かあったんですか?」

 先輩は訊ねづらそうに目を逸らした後、話を切り出した。

「君は、この記事に書かれている出来事に心当たりはないかな?」

 そう言ってクリス先輩は、ポケットにしまっていたスマートフォンを出した。

「ん?」

 その表示されているホームページのタイトルに目を通し、俺は息を飲んだ。




【悲報】ESP高の生徒が事件を起こしてたってよ


ESP高校生徒が暴力事件を起こしていたことが判明www


1.以下、管理人に代わって名無しがお送りします 20XX/4//XX 22:00


衝撃!ESP能力者の高校生の前科!


 日本ESP高等学校といえば、ESPに関心がある方ならその話を聞いたことがあるかもしれない。

 日本で初めての『ESP科』の高校で、16年前のESP公表から間もない10年前に、普通科からESP科に変わった高校だ。

 そのESP高の生徒が、昔、暴力事件を起こしたことがあるというのだ。

「あいつホント凶暴だった。注意しただけで殺されるかと思った」

 日本ESP高等学校のある生徒についてそう語ったのは、彼の元クラスメイトだ。

 ○○市H中学出身の元クラスメイトの話によると、その生徒は中学生の頃、問題児として校内で知られており、一度暴力事件も起こしているということだ。

 彼によると、自分の椅子を蹴飛ばしたので、直すよう注意したところ、殴りかかってきたという。

 おまけに、近くにいた女子数名を八つ当たりで追いかけ回し、暴力をふるったらしい。

 ESP能力者による犯罪は、今年に入ってからも――




 もうそこから先は頭に入ってこなかった。

 あのときのトラウマ、そしてそこから連続して様々なトラウマが引き出され、それが頭の中でグルグルと渦を巻いていた。


「卓也君、卓也君!」

 そう叫びながら俺を揺さぶるクリス先輩の声で我に還った。

 揺さぶられている感触が遅れて伝わってきた。

「はっ」

「大丈夫かい?」

「は、はい」


 クリス先輩は心底俺を心配してくれているようだった。


「我が校の生徒会で、この記事のことが議題に上がったんだ。そして、この記事に載っている生徒とは君のことじゃないかという意見が上がったんだ」

 そうか。俺はH中の卒業生だもんな。

「正直に答えてほしい。この記事に載っているH中学校卒業生とは、君だろうか?」


 クリス先輩は、俺の瞳をまっすぐに見つめた。

 どこまでもまっすぐな強い瞳だ。この人に嘘はつけない。

「……はい」

「……そうか」

 先輩は俯く。

「それから、もしよかったら、そのときのことを詳しく教えてくれないかな?」

 そのときのことを?

「なんでですか?」

「これは、個人的に僕が知りたいだけなんだ。卓也君とは一度話したことがあるけど、君は何の理由もなく暴力をふるうようには見えない。何か理由があったんじゃないかって」


――違う。俺は、自覚がなかっただけで問題児だったんだ。

 そう言い聞かせようとする自分とは裏腹に、俺の中で押さえ込んでいた気持ちが溢れ出した。

「……お話しします。この事件があったときのことを」

 俺は人より口下手だ。気をつけて話さないといけない。




「……俺は、中学校に入学する前ぐらいに、ESPに憧れるようになりました。それからというもの、ESPに関する本、映像、色んな資料を読みふけりました……。当時の俺は、ESPオタクでした」


 昔からよく科学の図鑑とか、乗り物の図鑑を読み耽っていた。その興味がESPに偏りはじめたのは、この頃だった。


「ESPオタク、か……」

 クリス先輩の方を見る。先輩は、そのたとえに一瞬眉をひそめる。


「でも、空気を読まずに人前でベラベラとESPのことを話していたのがまずかったんでしょうね……。1年生の時点でもともとの性格も相まって、いじめっ子に目をつけられました……。小学校の頃にも何度かあったんだけど……」


 昔からそうだった。自分が話せば話す程周囲が不愉快になる。ものを訊ねては叱られる。

 そういう経験が、今も大きく響いている。


「そんな中、もう一人……いや、もう一グループいやがらせを行ってくる奴らがいたんです。こっちは6年生の頃に知り合った女子で……グループの中でも得に……仮にAとしましょうか。小学校のとき同じクラスだったことがあるんですが、何故だか周囲から『お前Aのこと好きなんだろ?』ってからかわれてたんです。でも中学校の秋に入ってから、他の女子を含めて4人で休み時間中追いかけ回すようになったんです。移動教室のときなんて、逃げ場がなくて……」


「……うん」


 クリス先輩の声で気がついた。どうやらしばらくフリーズしていたらしい。


「……そして、あの事件が起きました。12月のある日のこと、いつも通り追いかけ回されていたときのことです。四人が教室の机や椅子でバリケードを作って取り囲まれまして。そのとき突然……仮にDとしましょう。そいつが『おいお前、今俺の机蹴っただろ!』って因縁を付けはじめました。何度も『違う。俺じゃなくてこいつらが』って言おうとしても、ひたすら『直せ』って連呼しました。あいつ、因縁つけられれば何でもありだったんでしょうね」


「因縁をつけられれば何でもあり、というと、彼とは仲が悪かったの?」


「……奴とは、小学5年生のときに知り合ったんです。よく家にも遊びに来てくれました。でもDは、借りたゲームをいつまで経っても返そうとしなかったんです。何度訊いても、その場しのぎの嘘をつき続けて……。結局、Dの家まで押し入って無理矢理返してもらったんですが……それで逆恨みされたんでしょうね。中学で再会して以来、奴は嫌がらせをするようになりました」


「ひどいね」

 クリス先輩はそう言った。

 以外だった。他人からそんな感想を貰ったのは初めてだ。


「とにかく、それでとうとうキレて……思いっきり暴れました。腕っ節じゃ明らかに敵わない相手なのに……でも、まともに物事を判断できる状態じゃなかった。でも、あいつの顔を殴ってひるんだ拍子に……その怒りが女子の方に向いて……追いかけ回したんです。本気でブン殴るつもりでした。それで、後ろ姿を見間違えて、全く関係ない女子を殴ったんです。もし冷静だったらその子じゃないって分かったはずなのに……周りが見えてなかったんです」


「それで、その子はどうしたの?」

 俺は、そのときの言葉で、興奮状態で謝りもしなかったことを思い出した。

「知り合いだったんですが……その事件以来疎遠になりました」

 俺が嫌われた原因は、他人のせいじゃない。俺自身の蒔いた種だった。


「その後、すぐ担任の先生が来まして、事情を聞かれました。Dはすぐ『上杉が殴った』と主張して、俺の反論は『どんな理由があっても暴力だけは許されないんだ!』って。自分でも重罪を犯したことがやっと自覚できて、一気に沈み込みました」


 つい言い忘れてしまったが、その後、俺とDは最寄りの病院で検査してもらい、お互いたんこぶができていたことが分かった。


「その後、放課後に俺とD、四人の女子を呼んで反省会といいますか……教室で指導と検証を行ったんです。そこで『上杉が机を蹴って、それを注意したら殴りかかってきた』という方向で話がまとまったんです。多数決で、俺の反論は無視されました」


 多数決か、俺が手を出したからか、俺の言い分は通らなかった。


「そして、先生は俺の机を蹴っ飛ばして、『こんなことされりゃ誰だって怒るだろ!』って、『俺のやったことを再現』してみせました。さらに、殺人鬼と同じって言われて……」


 クリス先輩に肩を揺さぶられた。またフリーズしていたようだ。


「その後、特にそのときのメンバーが増長しまして……。それ以降もいやがらせを続けてきました。しかも、あんまり話したことのない奴まで仕掛けてくるようになって……」


 その場では罪悪感に苛まれていたけれど、後々にこのときの不公平さへの不満を抱くようになった。

 その後も、嫌がらせの果てにキレる度、先生に呼び出され、過剰な言葉を浴びせられていた。


 3年生になってから、ESP高を薦められ、進学を決めた。

 心残りがあるとすれば、仲のいい友達とも疎遠になることと、私立高校であるESP高の高い学費だ。

 だが、それなら将来、父ちゃんと母ちゃんに恩を返そう。

 そんな気持ちで、ESP高に入学した。




「……そんなことがあったんだね」

 クリス先輩は俺を非難するでもなく、真剣に話を聞いていた。


「それで、君はこの一件で、他の生徒に対して魔術を行使しなかっただろうか?」


 人に向けて魔術を行使?


「い、いいえ、魔術は使ってません! 俺はサーキット手術を、中学3年生の頃、やっと受けたんですから!」

 俺は思わず声を荒げた。

 ここまで来てそんな誤解はされたくない。


「えっ? すると君は、後天的(こうてんてき)魔術師(まじゅつし)……!」


 現在ESPの中で最もメジャーな魔術は、超能力や霊能力と違い、生まれつきの資質をほとんど問わない。

 だが、魔術を使用するには、肉体に“サーキット”という霊的な器官を持つ必要がある。


 “サーキット”とは、簡単に言えば魔力の通り道だ。

 人間の体内にある魔力を巡らせ、体の外へと出すことで、魔術を行使できる。

 例えば、インドの『チャクラ』にもそのような概念がある。

 だが、これを身につけるには、ある程度の生まれつきの素質と、魔力制御や精神集中に関する修行が必要だ。

 今年最初に行った座禅も、それに向いている鍛錬方法の一つだ。


 そうでない者は、魔術師の手により、人工的にサーキットを体内に開通させることもある。

 当然、身体への負担、高い費用など、様々な苦労を伴うが。

 “後天的魔術師”は、その手術を受けて魔術師になった者の総称だ。


「そうか。これは重要な証拠になるぞ……!」

 クリス先輩はグッと胸の前で握りこぶしを作った。

「どういうことですか?」

「どうやら世間は、君がこの事件でESPを使って人を傷つけたのだと誤解しているらしい。どうしてもそれだけは解かなくちゃいけなかったんだ。現在、ESP能力者に対する風当たりは強いからね」


 しばらくESPが当たり前にあるここにいたから薄れていた。

 ESPは、元々あったオカルト的なイメージもあり、世間からは良いイメージを持たれていない。

 俺も、ただのESPマニアだった頃、場をわきまえずクラスメイトの前でESPの話題を夢中で披露したのがまずかったのかもしれない。


 また、ESP能力者による犯罪も顕著だ。

 強力なESPを用いた犯罪による被害は、通常の犯罪よりも大きい。

 そのため、それらの犯罪者やテロリストには、警察官、自衛隊に所属するESP能力者が対処することもある。

 ESP能力者による犯罪は、ESP能力者の手で止めなければ示しがつかないというのも、理由のひとつだ。


「まず、その事件について、僕から見解を述べさせてもらう。あくまでも、個人的な見解として、聞いてほしい」


 クリス先輩は、真剣な表情で話しはじめた。


「その事件で卓也君がしたこと、つまり暴力行為だけど、そのことに対して弁護したいことがある」


 弁護したいこと?


「それは、君がD君と4人の女子に暴力を振るったこと。君は日常的に散々いじめを受けてきた。そして、挙句には罪をなすりつけられた。それは、反撃して当たり前のことだ。そうした人を、僕は一人知っている」


 そんなことを言ってくれたのは、クリス先輩が初めてだ。


「でも、君には“真の罪”がある」


 真の罪?


「それは、無関係な女子にも暴力を振るったことだ。故意、過失を問わずね」


 そうだ。本来気付くはずのことに気がつけず、無関係なあいつを殴った。


「それは、もし君が謝罪していないならば、いずれ謝罪しなければならないことだ」

「はい。その通りです……」

 あのときは、俺もパニックになっていて有耶無耶になっていた。

 ちゃんと謝りに行かないといけない。


「とにかく、僕は君が手術を受けたという病院に、手術の日時について問い合わせてみる。それから、H中学校に、君がESP高へ進路希望を出した時期、他にもESPに関する様々なことについて問い合わせてみることにするよ。担任の先生にも相談することになると思う」


「……ありがとうございます」

 本気で感謝の念でいっぱいだった。




 そうだ。一度神流のことも相談してみよう。

「あの、クリス先輩」

「どうしたの?」

「うちのクラスに、大久保神流っていう女子がいるんですけど……」


 それを聞いて、クリス先輩はハッとしたような顔をした。

「お知り合いですか?」

「ま、まあね。それで、彼女がどうかしたの?」

 俺は、これまで神流に受けたいやがらせについて説明した。

 まず、入学したときに、俺の席の椅子が勝手に片付けられたこと、その後の神流の意味不明な行動の数々、そして俺は神流に心当たりはないということだ。


 それを聞いたクリス先輩は、ため息をついた。

「ヒントを出すって言っただけなのに……」

 ヒント?

「僕から言えることはあまりないけれど、そのことについて言わせてもらえば、彼女には決して悪意はない、としか言えない」


 おいおい、クリス先輩まで神流の肩を持つのか?

 いや、それよりももう一つ訊かなきゃいけないことがあったんだ。


「それから、あまり訊ねづらいことなのですが……どうやらクリス先輩は、神流と交際しているという噂があったのです。それは、本当でしょうか?」

 クリス先輩は、眉をひそめた。

「どうやらそんな噂が立っているようだけど、それは間違いだ。僕はただ、彼女から恋愛相談を受けていただけだよ」

 恋愛相談? 先輩じゃなかったら誰だ?


「その辺りは、彼女の方からいずれ明かしてくれるだろう。そのときまで、ゆっくり待っていてほしい」

 そのときまでって……。

「それじゃあ、また」

 そう言ってクリス先輩は立ち去っていった。

 しばらくボーッとしていたが、とりあえず教室に戻ろう。




「上杉君」

 そうして教室に戻る途中、山田先生に声をかけられた。

「先生、どうしたんですか?」

 ひょっとして、魔法陣のことで、何か分かったのかな?

「今朝の魔法陣のことだけど、あれがどんな魔術なのか分かったんです」

 やっぱり。

「それで、どんな魔術だったんですか?」

「それは……」


 俺は先生から魔術の詳細を聞き、心底驚いた。

「えっ! そういう魔術だったんですか?」

 その由来はともかく、恐らく今の自分でも使える魔術だ。


 そして、同時に疑問が出てきた。

 どうして俺は、そんな魔術を知っているんだ?

 一体どこで、あの魔法陣を見た?


「ありがとうございました」

 とにかく俺は先生にお礼を言い、先に教室に戻った。




 そして、放課後。

 今日はESP研の活動日。

 そして、前回言われた通り、1年生がそれぞれのESPを披露する日だ。


「1年4組、西沢(にしざわ)良夫(よしお)です。特技は……」

 西沢がパイロキネシスによる炎を披露する。

 おお、と教室中から歓声が上がる。


 次はあの神流のようだ。

「1年2組、大久保(おおくぼ)神流(かんな)です」

 神流は紙風船を取り出すと、それを宙に浮かべた。

 そして、ハーモニカを取り出し、それを吹く。


 すると、紙風船は落ちることなく、その場に浮かび続ける。

 また歓声が上がる。


 こんな光景、どっかで見たような……。

 おっと、次は俺の番か。


「1年2組、上杉(かみすぎ)卓也(たくや)です。得意なESPは魔術です」

 色々迷ったが、俺はあの魔法陣の魔術を使うことにした。

 危険な魔術じゃない。大丈夫だ。




 このESPを使ったとたん、周りから歓声が上がる。

 まだ使いこなせていない魔術だが、これから極めていくつもりだ。


「ESPを極めていこうとする気持ちは、誰にも負けません!」




 こうして無事、ESP研での自己紹介は成功した。


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