昔日
中学の最後らへんから今日まで髪を切っていなかったため、横と前はともかく、後ろがとても長くなってしまった。
服の中に入ってチクチクするので、とりあえず結んで入学式に向かう。
真新しい男子用の制服を着る。
カバンもピカピカ。入れるものは特にないので、なんかちょっと空気感がするのは僕だけだろうか?
まぁいい。両親は後から来るそうだ。先に家を出る。
残念ながら桜が舞うというちょっと期待してたシーンはなかったが、花自体はそこそこ咲いてるからよしとする。まぁ所詮この木も僕のために咲いたわけではないのだけれど。
歩いていると、中学の同級生数名と鉢合わせる。
僕は友達が多いわけでも少ないわけでもなく、中学の時はいつも、特定の数名とつるんでいた。いわゆるイツメン。
で、今鉢合わせたのがそのうちの2名ほど。
僕の髪型以外は特に変わっていないため、話す内容も中学と大差ない。
そんな感じに歩いていると、いよいよ僕の新しい学び舎が見えてきた。
この私立・留石高校は、偏差値も大して高くなく、私立の割には安めな学費で、比較的入るのが楽な学校だ。
そのため、中学のイツメンは全員揃ってここに入学。
それ以外にも同じ中学の奴らや、小学校までは一緒だった奴などが入り混じる。
新入生のなかで知らない人は、全体の4割ほどだった。
この中から新しく友人でもできるのだろうか?
趣味のFPSの話がわかる奴がいたらなーなんて考えてみたり。
そんな妄想しながら、入学式は進んでいった。
新入生が各クラスに行くと、早速席の近い奴に話しかけたり、知人たちで集まって談笑したりしている。
担任がくるまであと10分程。
僕に至っては、一人で暇を持て余していた。
中学の奴ら全員他クラス。
顔見知りもいるが、別に話しかける理由もない。
うつ伏せになり、辺りを見渡す。
特に物珍しいものもなく、視線を左から右に移した時。
ふと、斜め前にいる女子を美しいと感じた。
何故だろう?赤みがかったショートヘアの女子生徒。
既に何人かの女子の輪の中心で話している。
透き通った声に、柔和な笑顔。
いや、そこら辺はどうでもいい。しかし何故だ?生まれてこのかた、ロクに他人を好きになる事もなかった僕が、今、認めたくないけど一人の女子に惚れた。
一目惚れという奴だろう。
こんなの、あいつらに言ったら絶対笑われるな。
そういうわけで、僕の初恋は誰にも打ち明けないようにした。
入学式から数日後。
不思議と彼女を好きになったのは事実だが、近くにいても、別段鼓動が速くなったり、顔が赤くなる事はなかった。
もしかしたら、恋をしたというよりも興味を持ったという方が近いのかもしれない。
あれから話し相手は数名できたが、依然として僕は基本ぼっちだ。
昼休みや登下校はあいつらと一緒にいるが、それ以外は基本ぼっち。
だから、今日も僕は暇な時、彼女を観察する。
気持ち悪いのは重々承知。
しかし、不思議と彼女に対して止めどなく興味が湧く。
数日間観察して分かったのだが、彼女の名前は××××。
明るい性格だが、今は里親の元で暮らしているという。
部活には入る気はなく、僕と同じ帰宅部を貫く気らしい。
「家で家事などをやらなければいけないので」と、初日の自己紹介で公言。
そして明るい性格×そこそこの美形により、男女共わず人気者だ。
まるで僕とは真逆の人。
だからこそ、僕は彼女に興味があるのかもしれないけど。
次の日の放課後。
帰ろうと一人で下駄箱で靴を入れ替えてると、不意に横から声をかけられた。
××××だ。
どうやら彼女も一人らしく、途中までご一緒しようとの事だった。
別に構わないと返事し、ぽちぽち話しながら帰る。
いつも通りの優しい話し方に、優しい笑顔。
確かに、こいつと話してると楽しくなってくる気分はわかる。
要はあれだ、女優とかによくある、「そこにいるだけで周りに花が咲くような人」。
暫く歩いたところで、僕たちは別れた。
手を振りながら××××は僕の帰路とは別の方向へ行く。
・・・ん?おかしいな。
××××が行った方向は、山のある方向。
そっちにあるのは住宅やアパートではなく、自然と小さな駅があるだけの山の麓だ。
おかしい。平日の放課後に女子高生があっちに行くのは変だった。
駅ならここから歩いて2分くらいのがあるし、目的がさっぱりわからない。
・・・・
気持ち悪いのは承知の上だ。
しかし、バレなければ問題はない。
僕は、彼女の後を追った。
暫く尾行すると××××は、山の麓の近くまできて、辺りを見渡すと、近くの茂みに入っていった。
何をするんだ・・?
待っていると、少し鞄が膨れた状態で戻ってきた。
茂みの奥に、何か隠していたのだろうか?
その後もついて行くと××××は、山の登山ルートとは別にある、旧登山ルートを使い、山登りを始めた。
旧登山ルートは、道中に危険が多すぎるとして、数年前に廃止され、使わないように呼び掛けられたルートだ。
今も道は残ってはいるものの、昨日の雨により地面はぬかるんでいて、とても登りにくくなっている。
・・というか、なんで彼女は普通のルートを使わない?
そもそも、なんで山登りをする?
明らかにおかしい。 僕は真相を確かめるべく、ひたすら彼女についていく。
驚いたことに、彼女はこのルートに慣れているようだった。
ぬかるんでいて多少は歩くのに苦労する部分もあったが、それでもスタスタと歩いて行く。
もうあたりはすっかり、通常のルートではまず通らない場所まできていた。
崖と木々が入り混じっている場所。
この山は何回か登ったことはあるけど、こんな場所は始めてだ。
すると、彼女は旧ルートすらもはずれ、道のない場所を歩いて行く。
木々の中に入り、深い森の中へ。
崖が多いこの山に、こんな場所があったなんて。
その後もバレないように慎重に進む。
草木の音で気づかれないよう、遠くから、慎重に。
すると、彼女はある程度深いところまで来て立ち止まった。
すると、鞄から黒いゴミ袋を取り出す。
すると出した途端、手が滑ったようだ。ゴミ袋を落とした。
そこで、ゴミ袋の縛っていた口が空いたのだろう。
袋の中に入っていたソレが、ごろごろと転がる。
それを××××は拾い上げる。
・・・・・・人の、足首から下だった。
「うわぁああああああああ!」
思わず驚いて、声を上げてしまった。
あれ何?偽物?でも、わざわざここまできたのって・・・・
彼女と目が合う。
恐らくは、穴を掘っていたのだろう。
手に持っていたソレを下に投げると、彼女はポケットから折りたたみナイフを出し、血走った目で僕に向かって走ってきた。
まずい。やばい。やばいやばいやばいやばいやばいやばい。
脳内に警告信号警告信号。
すぐさま踵を返して走る。走る。走る走る走る逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる。
追いつかれないように、いち早く。己の限界の速度で。
崖の淵の道を走る。
まだ彼女は追って来ているようだ。
どうする?
どう逃げる?
彼女の足音が心なしか、近づいている風に聞こえる。
助けて。嫌だ。死にたくない。
違う、もう死にそう。
体力の限界が近づいている。
まずい。
嫌だ。
死にたくない!
すると、突如として後ろからの足音は消えた。
実際はそれに気づくまで何歩かはしったが、すぐに気づいた。
恐る恐る振り返ると、後ろには誰もいない。
しかし、逃げて来た道に、彼女の持っていたナイフが落ちていた。
もしかして・・・・・!
下を見下ろすと、崖の下で彼女が横たわっていた。
頭から血を流している。
ぬかるんだ地面だった。滑って落ちたのだろう。
どうする?このまま逃げるか?
いや・・・駄目だ。彼女は、まだ僕に危害は与えてない。助けなきゃ。
彼女のナイフを取り、奥から回って崖の下へ行く。
××××は息は微かにしているものの、もうその顔に生気は感じ取れなかった。
彼女を抱き上げる。
何故だろう。不思議と、目から・・・涙が溢れて来た。
嫌だ。
死んでほしくない。
やっぱり僕は、この人に興味があった。
けれど、根底にあったのはやはり、恋愛感情だったのだろう。
彼女をお姫様抱っこして、立ち上がる。
腕も足も折れている風だったが、今は処置している時間はない。
それよりももっと大事な器官が、危険に晒されているかもしれないから。
止まらない涙を拭くこともせず、急いで山を降りる。
バッグは途中に投げ捨ててしまったが、この際関係ない。
走る体力はもうない。
この際関係ない。
足が動けばそれでいい。
今は走れ。
逃げるためではない。救うために走れ。
「死ぬな。死ぬなぁああああ!」
泣き叫びながら、僕は山を下って行った。
[○○○○:10%]