やみ/1
〈ういうい〉
そう言うと、木瀬さんは出かけてしまった。
正直暇だ。日が増す毎に「もっと話していたい」という欲望が強くなる。
あ、別に好きってことじゃないから!本当に!
・・・そもそも誰が私のことを冷やかしたってゆうんだろう?自分で急に恥ずかしくなる。
一人でここまで恥ずかしくなれるのか人間は。
とりあえず気分を変えるため、ここは、とりま景色を浮かべる練習をしよう。うんそうしよう。
練習は好きだ。何もかも嫌なことを忘れ、一つのことに打ち込める。
もしかしたら・・・ここに来る前の私はガリ勉だったのだろうか。嫌だ。
まぁ今の記憶コンテニューして記憶戻ったら、絶対ガリ勉脱却するけど。
でもそれも、もしもの話。頭切り替えて練習しよう。
まずは頭の中に一色の色・・「紫」をイメージする。
ピンクに近い、上品な色の紫。
黄色とよく合う、紫。
赤と青の集合体、紫。
ブドウの色、紫。
私が好きな色・・・って
「あぁああああああああああ!?」
絶叫。
こんなところで出て来るとは。
そうだ、私の好きな色は紫だ。
なんで今までそれさえも忘れていたのだろう。
そう思える程に、鮮明に、私は自分の好きな色を思い出した。
それも、ただの紫ではなく、ピンクが混ざったような、一言では表せないような美しい紫。
そうだ・・思い出した。改めて実感。
「でもな・・・実際、好きな色が分かったところで、あまり役に立たないんだよね・・」
しかしこれでも大きな進歩だ。
少しでも記憶が戻ったところで、私は私だという実感が湧いてくる。
それはまるで、私という人間がこの世界に留まることが許されたかのように。
とにかく、何事にも例えづらい、安堵感を感じていた。
色を景色としてイメージし、瞑ってた目を開けると、そこは一面紫の空間になっていた。
数秒様子を見る。観る。
・・うん、変化なし。木瀬さんの言った通り、これならできた。
この景色のせいか、黒を自分の色で塗りつぶせた達成感からか、不思議と気分が高揚する。
「まぁとりあえず、こんな風に色を変えていこっか。しばらくはこの練習を続けよ」
始めて物を出した後のように、地道に単色の世界を上書きしていく。
紫。青。黄。緑。灰。白。茜。白。蒼。金、まぶしい。赤。茶。紅。紫。
軽く一周したが、基本的にもう簡単に色は変えられた。
思った以上に時間かかんないかも。うん。いけそう。
「よし・・次いこっか」
単色世界は完成したので、次はそこに模様を入れてみる。
まずは・・・星型。
目を瞑る。
今の私の目の前に、星が浮いているイメージ・・!
・・・目を開ける。
すると、そこには物としての星がプカプカ浮いていた。
改めて考えると、ここは距離も無限の無重力?の空間だ。
平面ではないため、当然こうなる。
「あーミスった・・失敗失敗・・・でも次はどうしよ・・・・」
こうなると、いきなり立体的な景色を作らなければならない。
さすがにそれは難しすぎる・・どうしようか?
「まぁ焦る必要はないんだし、とりあえずは木瀬さんに報告しよっか」
その後に、次の段階について話し合おう。
こういう時に、木瀬さんはとても的確にアドバイスをくれる。
話し相手になってくれただけでも有難いのに、私にアドバイスをくれたり、一緒にここから出る方法を考えてくれたり・・・本当に有難い。
脱出できたら、真っ先にお礼をしに行かねば。
たしか木瀬さんはドーナツが大好物のはずだった。
沢山買って、お礼にいこう。
確かお金はそこそこ余ってたはず・・・
そこまで考えてまた驚く。
声にならない驚きの言葉。
そう、今私は、自分の貯金の残額についてある程度思い出した。
正確な金額は覚えてないが、それでも「そこそこある」という、強烈な記憶が蘇る。
「・・・ホント、どうしちゃったんだろ、私」
今日だけで、今まで全く思い出せなかった私の記憶が、少しづつ解凍されて展開されて鮮明に映し出される。
まだまだ情報が足りないが、このペースで思い出せば、いずれは私の身の上を調べる手がかりになるんじゃないか?きっとそう。
「あ、でも調べるのは木瀬さんか・・・お願いしなきゃ、な」
でもここまで考えてふと思う。
もしも、私は今、体と魂が分離してるとしたら。
そして体は、もう消えているとしたら。
「やだ・・何考えてんだろ」
不意に不安が押し寄せる。
別の事を考えても、やはり怖い。
そう。私は記憶が蘇るのを喜ぶ反面、すべてが明らかになることに、少し怖がっている。
それ自体が幸運な事かもしれないけど・・・
そもそも、私は生きているのか?
私は、何を持って私と定義されるのか?
・・・今度こそやめよう。こんな考え。
こんなの、普通に生きていたって考えちゃいけないことだ。
「馬鹿馬鹿しい・・・私は、今ここにいるじゃない・・・」
前提となる事を呟き、完全に今の不安をシャットアウト
下からはみ出て押し寄せてくるものは足で踏んづけて。
後は今後を考えながら、木瀬さんの帰りを待つことにした。
数時間数分後。
アナウンスのように、上から。あるいは空間の全体から声がする。
木瀬さんが帰ってきたようだ。
〈あーただいま。聞こえるか?〉
「おかえりなさいませ木瀬さん。聞こえますよ!〉
いつも通りの応答をする。
しかし、木瀬さんの声色は少し焦っているってゆーかなんってゆうか・・そんな風味がした。
〈わ!すごいすごーい!本当に女の子だ〜!」
と。
いきなり、可愛い女の人・・の声がする。
もしかして、木瀬さんの彼女だろうか?すると今度は、
〈雑音とかないんだな。ハッキリ聞こえるし、楽しそうだな無線って!〉
と。
ノリのいいお兄さんのような声がした。
こっちはご友人?お友達?親友?旧友?
〈あー・・・いきなりこうなって申し訳ない〉
珍しく、木瀬さんが誤った。
「どうしたんですか?あと、そこにいる方達は・・・?」
〈僕の友人だ。ちょっと詳しく話すから、悪いが聞いてくれ〉
「なぁんだ。そういう事でしたら、皆さん大歓迎ですよ!寧ろ、話し相手が増えて嬉しいです!」
〈ほら、やっぱり私達の選択は間違ってなかったんだよウダウダ!〉
〈・・お、おう。まぁ・・・そうだな〉
宮野さんは木瀬さんの幼馴染だと言うけど、実際会話だけ聞いてると付き合っている風に見える。
お互い名前呼びだし。
そういうのってちょっと羨ましいな・・・
まぁ、これもここを出てから考えるとしよう。
それよりも、早くあのことを報告しなければ。
「あ、そうそう木瀬さん。朝、木瀬さんに言われた通りに練習したら、空間の色は案外簡単に変えれましたよ!」
〈おぉそうか。良かったな。その後に消えることはなかったか?〉
「はい、そのままでした」
〈そうか。って事は、景色も物を出した時と同様に、勝手に消えたりするわけではないのか〉
「そうみたいですね。安心しました」
〈おう〉
〈すごーい!本当に例の空間にいるんだね!〉
〈・・・今ので信じたのか?〉
〈だって本当に女の子と話してるし、この会話聞いたらもう信じるしかないよー!〉
〈・・・・詐欺とか気をつけろよ。確かに今話してはいるけど、確実に闇があるって証拠はないんだからな?〉
〈大丈夫大丈夫!これと詐欺とかは別物だし。てゆーかー・・ウダウダこそ、女の子の事疑ってるの?〉
〈別に。僕はこれが嘘だろうと本当だろうと、今まで通り話すだけだ。別に嘘でも、こっちに悪い影響が出るものでもないからな〉
〈またまたー、それは建前で、本当は女の子と話していたいだけだろ?木瀬クゥン?〉
〈言いようによってはそうなるな。けど、僕はこの「あり得ない周波数で繋がった」シュチュエーションに興味があり、話してるだけだ。別に相手が男でも構わん〉
〈・・くそっ、相変わらず何言っても綺麗に流すなお前〉
〈正直に本心を言ったまでだ〉
とは言っているものの、木瀬さんは何かと私の事を心配している。
それだけではなく、宮野さんの事だって気にかけてた。
なんだろ・・・これがツンデレというやつだろか?
と、なると実は木瀬さん、宮野さんの事・・・・
いやいやいやいや、妄想しすぎた。やめよう。
あ、そういえば。
「そういえば木瀬さん、世界の色を変える事はできたのですが、そこに模様を加えるのが難しいんです・・・。何しろ、部屋ではなくて無限の空間ですから」
〈んー・・そこは僕も少しは考えたが、やはりそうか〉
「星模様を出したかったんですけど、ただ星型のオブジェが浮かんでるだけで・・」
〈それは、物として出たのか?〉
「その通りです。次はどうすればいいのやら・・・」
〈ん・・・確かにその次のステップは難しいものがあるな。いきなり景色をフルで出すのもキツイだろうしな・・〉
やはりこれには木瀬さんも悩んでるようで。暫く沈黙が続く3分17秒。
沈黙を破ったのは女の人の声。
〈あ、じゃあさ!ハッキリじゃなくてもいいから、宇宙を思い浮かべてきれば?〉
〈いや、だからさっきも説明したように曖昧なイメージは・・・あ、まてよ・・・?〉
木瀬さんと宮野さんは何か気づいたようだ。
〈宇宙ってもともと無重力なんだから、もしかしたら曖昧なイメージでも空間自体とマッチして、反映させるんじゃないか?〉
その考えはなかった。
確かに宇宙以外でも水中等はやりやすいのかもしれない。
「分かりました・・・!確かにできそうですね。やってみます!」
〈おーうがんばれ〉
「はい!」
意識を自分の脳内に集中させ、目を瞑る。
思い浮かべるのは宇宙。無限に広がる星空は私の周りを取り囲む。
しかしその星々は決して触れる事はできず、常に遠くに、あくまで、景色として広がる。
闇の中に広がるその風景。
それをしっかりとイメージする・・・!
目を開くと、そこには未だ見たことのない光景があった。
私自身、体験したことの無い星空。
こんなにも上手くいくとは思わなかった。
星が数百数千数億個と広がる。
しかし、一つとして掴めるものはなく。
やはり、それは私のイメージした景色だった。
けど、それ故に。ここが本当の宇宙ではなく、空間であると実感できる。
要は、景色の反映に成功したのだ。
「・・・・綺麗」
〈その言葉が聞けたってことは、成功したんだな?〉
「はい!一面宇宙です!すっごい・・・感動です・・・」
〈すげぇな!宇宙なんて俺まだ行ったことないぞ!〉
〈それはそうでしょ・・・でもよかったね!おめでとう女の子!〉
「は、はい・・ありがとうございます宮野さん!これはかなり大きな進歩です!」
〈そう?よかったぁ・・!〉
〈にしても案外簡単に成功しちまうもんだな・・正直、栞がいなかったらこの発見はなかった〉
〈へっへーん。ね?ここで活動した方が良かったでしょ?〉
〈・・悔しいが、認めざるをえないな。狭間は別として〉
〈は!?なんで!?〉
〈だってお前さっきまで空気だったじゃん〉
〈なッ・・・く・・空気・・!?〉
「・・・ぷっ」
〈ホラ、笑われてんぞ。ザマぁ〉
「あ、すいません!そういう事ではなくて・・・」
〈いいんだ名もなき女の子・・・俺はそういう男なのさ〉
「は、はい・・・」
ピエロだと言う事だろうか?
狭間さんは木瀬さんにくっついて来ただけらしいけど、いつもこんな感じなのかな・・?
それにしても、この3人は仲が良い。
ただ会話を聞いているだけで微笑ましい。
・・・こんなに暖かい人達に出会えて良かった。
もしも私が木瀬さん以外の人と繋がっていた時、どうなっていただろうか?
無視されたいただらうか?
笑われていただろうか?
或は、今以上に親切にしてくれただろうか?
それは神のみぞ知る事なのだけれども。
〈ねね!確か君、記憶が少しだけ戻って来たんだよね?〉
物思いに耽けっていると、宮野さんが唐突に聞いてきた。
「あ、はい。そうです・・・本当に些細な事ですけど」
本当に些細すぎて酷いけど。
だって今のところ思い出せたのは、好きな色と自分の貯金の状況のみだ。
脱出に繋がる手がかりは今ひとつない。
〈うん。そこで提案なんだけどね・・〉
一呼吸を置いて、話を続ける宮野さん。
〈君の名前を思い出せないかなって、さ〉
名前。
確かに、それは私を知る上で重要なヒントとなる。
しかし、そう簡単に思い出せるかどうか・・・
〈名前ねぇ・・・でも、どうやって思い出すんだ?何かいい方法でもありゃいいんだけど・・〉
〈それなら、僕に考えがある。日本人の苗字を集めて、それを順番に読み上げるんだ。そうすれば、何かしらで思い出せるんじゃないか?〉
確かにそれは良い案だ。
けど、忘れてしまっている名前を呼ばれても、思い出せない気もする。
だって忘れてるのだから。
「なるほど・・でもそれって、根本的に私が完全に忘れてるので、意味がないのでは・・・?」
〈まぁ確かにそうだが、逆にこれ以外の良い方法も思いつかないのでな。とりあえず、やるだけやってみてくれないか?〉
「・・・わかりました。でも、日本人の苗字全部って、けっこう大変ですよね・・・ご苦労をおかけします」
〈いいって。それに今の時代、ネットという、無線には劣るが素晴らしい機器がある。ググればある程度は分かるだろ。・・・お前の苗字が特殊でないかぎり、な〉
〈そうだね・・・ウダウダの苗字も割と他には聞かないし、日本人って珍しいのけっこういるからね〜。まぁ運試しってことで!〉
〈おう。それじゃあ狭間、調べて読み上げろ〉
〈え!?俺!?〉
〈ただでさえ役に立たないんだから、これぐらいこなせ〉
〈・・分かった。まぁ、助け合って研究するのがこのサークルだからな。一向に構わん!〉
体育系の狭間さんはスマホでネットに繋ぎ、検索→サイトを開き、早速ア行から読み始める。
〈それじゃいくぞ。
阿井 愛 安威 安衣 会 饗 相 藍 相井 藍家 相磯 相友 愛内 相内 相浦 合浦 阿江 相江・・・〉
その後も狭間さんは読み続ける。
〈しっかし・・・まだ何も思い出せねぇか?〉
「はい・・・すみません・・・」
〈別に謝るこたぁねーよ。・・まぁ、気長にやろうぜ?〉
「はい・・」
あれから一時間ほど。
もう終盤にきてるというのに、私は一向に思い出すことが出来なかった。
ここまで読んでくださった狭間さんに申し訳ない。
なんだろ・・・・本当に私の名前、珍しかったのかな・・?
〈まぁいいさ。苗字がダメなら、次は姓名でいこう。狭間、よろしくな?〉
〈また俺かよ・・・宮野、そのカワボで読み上げてくれないか?〉
〈私がカワボだとしてもやだ!〉
〈くそ・・・あ、気にすんなよ?単に茶化してただけだからさ〉
「はい・・・」
本当に申し訳なくなってきた。
いい加減思い出せよ私の脳の味噌・・・この低脳スペックめが。容量はメガもないのだろうか。
でもまだ終わったわけではない。
最後の希望を持って、狭間さんのイケボを聞こう。
「あ、続きお願いします・・」
〈おうよ。えーっと・・ユ行の初めくらいからだな。じゃあいくぞ!〉
今度こそは思い出せるように。
しっかりと耳を傾ける。
〈ここからだから・・・
結岡 祐岡 宥下 勇家 勇我・・・〉
淡々と、はっきりと読み上げられる苗字。
〈・・・
偸伽 柚垣 遊垣 祐影・・・〉
頼む。
お願い。
思い出せ、私。
〈・・・
勇金 勇上 勇上 ・・・〉
まだだろうか、私の名前。
はやくきてくれ・・・
〈・・・
有加利 勇川・・・・〉
〈結城〉
あれ?
頭が真っ白になった。
雪が降ったのかな?
雪山?
山?
やま?山?山口県?山中さん?やま・・・しろ・・・・ゆうき・・・
あ。
そう。
しろ・・・
白しろしろしろ山雪白ししし!し!し!
『思い出しちゃ』し!市!
死!!!!
『ねぇ私・・・』
そうだそうだたったいま思い出したのです。白!
山!白!死!し!4!しけんかん!ゆうき!
『ねぇ・・・』
白い山にしたいがあった。
しろいしたい
死体。死体。したい。死見たい。
『だからさぁ・・・』
『ねぇ、思い出しちゃダメってば』
あ、あ、あ、あああ
あああああああああああああああああ
(絶叫)ああああああああ
あああああぁあ(絶叫なう)
あああああああああああああああああああ亜臆愛ああああ(絶叫中につき騒音ご了承願います)
あああぁぁ・・・・・
〈おいどうした!?おい!返事しろ!〉
〈ねぇどうしたの!?ねぇ!〉
〈おい返事しろよ!おい!おい!〉
遠くから3人のアナウンスが聞こえる。
その声を聞きながら、少しずつ視界がぼけていく。
かすむような・・・ううん、季節はいつだっけ?
ぬかるんだ地面の山で、死体が埋まってた。
[××××:40%]