《パートナー》
実はユナに隠された秘密が………?
第3話をどうぞ!
「あぁ、それでお前アルクに惚れっ」
「なァーーーー‼︎」
どんがらがっしゃん。おじさんが何か言いかけてたみたいだけど、ユナの咆哮と皿が割れる音にかき消されて聞こえなかった。
………というか最近幼馴染のケモノ化が進んでて怖い。ただ、目の前で暴れている幼馴染の本性がコレなんだというわけじゃない。
ユナが暴れている原因は、体から溢れでた魔力のせいだ。その魔力が脳を蝕み、性格に悪影響を及ぼしているので、こんなにも凶暴化してしまう。
おじさんによると、生物の体には魔力を生成するための魔力生成器官と、生成した魔力を貯めておく魔力貯蔵器官があり、体内で生成される魔力は普通なら体から溢れる程生成されないのだとか。
体から魔力が溢れてしまう人の場合、そのほとんどが魔蔵器(魔力貯蔵器官の略)の許容量が少ない為にすぐに許容限界を超えてしまって、魔力が溢れてしまう。
ただし、極稀に魔蔵器の許容量は普通でも、桁違いの魔力を生成してしまう魔成器(魔力生成器官の略)を持つ人が現れる。そういう人は、性格が凶暴化するだけの魔蔵器が小さいタイプの人とは違って魔力が脳だけでなく全身に回り、身体能力もかなり強化されるので手がつけられないのだとか。(ちなみに俺がウスリに負けたのもウスリが生成している魔力量よりも俺が生成している魔力量が劣っていたからだとおじさんが言っていた)
「アルク!手伝え!このまま皿を割られ続ける訳にはいかない!」
………まぁ、目の前のユナがその極稀な存在なのだけれど。それでも何もしなければこういう風に暴れることもないはずなんだけどなぁ。こうなる時は大抵原因があったりする。
むしゃあああ‼︎と暴れるユナを片腕で押さえつけ、こっちを見るおじさん。……えっと、とりあえず一つの策として提案してみようか。このままだとこの酒場も今日中に閉店に追い込まれかねない。
「怒る原因を排除したらいいんじゃないの?」
「お前はユナの怒りを鎮めるためだけに死のうっていうのか⁉︎」
「え」
何気なく、本当に何気なく放った言葉だけれど。それに対するおじさんの返しが尋常じゃなく重かった。………え、何俺が原因なの?
「うなあああああ‼︎」
「マズい!アルク逃げろ!」
「うわぁっ⁉︎」
おじさんの押さえつけを強引に振り払い、立ち上がって咆哮を上げるユナ。
「俺が原因なら、どうしたらいいの?」
ユナがテーブルの方に向かったので、俺たちはカウンターに隠れる。
「例の作戦を発動する」
「作戦?」
「そうだ。お前も知っての通り、成功すれば確実にユナは大人しくなる。………成功すれば、だけどな」
「俺、部の悪い賭けなんてしたくないんだけど………」
誰だって自分の命が一番大切なはずだ。そうだよね?
そう思っておじさんを見ると、ため息をついて呆れた表情でこっちを見ていた。………何で?
疑問に思っていると、呆れた表情のままおじさんは口を開いた。
「………人間相手に喧嘩で勝ったことすらないのに降参が効かないモンスター相手に突撃した奴が何を言ってんだか」
「………う」
すっかり忘れてました。………ごめんなさい。
「大丈夫だ。お前がやった賭けよりは格段に勝率は高いからな」
それでも百パーセントじゃないんだからなぁ………。
「その作戦内容は?アレをやるにしても、俺一人でユナを抑えてっていうのは無理だからね?」
「男が女に力で負けるってのはアレだが、まぁそこは気にしないでいい。俺も手伝うからな」
なら安心………かな。さっき組み伏せた状態のユナに振りほどかれてたけど。
「ユナを抱きしめろ!そうすれば一時的にでも効果はある!」
「そんなので本当に効くの……?」
むしろ「今までの仕返しをしに来たのか」って倍返しされそうで怖いんだけど。
「今までそれで解決してきただろ。それを今は信じろ!」
今まで簡単に解決でき過ぎたからビクビクしてんだけど。
「………まぁ、やるけどさ」
だっておじさんが沈められたら今度はこっちに来るもの。骨折も治ってないのにまた怪我するのとかそんなの嫌だし。そして、ユナの居場所を確認するために、少しだけ顔を出す。
「………………………」
遠くからこちらを両目で見つめるユナの姿があった。あれこれ絶対目が合ってーーー
「ああああああああああっ!!」
見つかったぁっ⁉︎こっちに来てる!
「ちっ、仕方ねえ!俺が抑えるから早くしろよ!」
「わ、わかった!」
おじさんが飛び出てユナに向かっていく。そして、そのすぐ後に俺も飛び出る。作戦内容について全然話してなかったけど、俺の役目はわかる。ユナを撫でて落ち着かせればいいんだ。
………なんでこれだけで落ち着くのか未だに疑問だけど。実際、撫でるだけで落ち着くなら他の人でもできるんじゃないのか………って思って前に言ってみたのだけれど、「お前にしかできないこと」って言われてしまったし、「じゃあ他の奴等がユナの頭を撫でても良いのか?」って聞かれた時何だか気分が悪くなったのでもう言わなくなった。
「さぁ今だアルク!来ぉい!」
流石体力自慢のおじさんなだけあって、捕まえるのも早い。今度は組み伏せたりはせず、俺が撫でやすいように立ったまま腕を抑えている。抑えられているけど、それも時間の問題だ。おじさんの顔が赤から青へと変わってきてるし。
「………ぬおっ⁉︎早くしろ!ユナの腕力が意外と強いから長くは持たない!」
遂にユナが、さっきのような勢いに任せたものではなく、単純な腕力で拘束を解き始めた。
さっき組み伏せられてからもう腕力を上げてるのか………⁉︎
「アルク!」
「………っ!」
おじさんの一言でハッとなり、急いで駆け出す俺。
ひし、と左腕をまわして抱きつき、背中を伝って俺の胸に抱き寄せるような形で頭を必死に撫でる。もう完全におじさんの拘束は意味を成していなくて、ユナが少しでも抵抗すればこちらが吹き飛ばされるだろう。
「ふし、ふしあああ………」
撫でる度に叫び声が空気の抜けた風船のように萎んでいく。重要なのはここらからだ。
「まだだぞ、気を抜くなよ」
なでなで。なでなでなで。あれからひたすら撫で続けること10分、ようやく完全に落ち着いた。声に獰猛さがなくなり、猫なで声のようなものに変化する。とりあえず危機は去った証拠だ。あくまで“とりあえず”なのが厳しいところだけど。
「よぉし作戦成功だ!その………なんだ、すまなかったな。お前も部屋に戻って寝とけ」
ユナの拘束を緩め、ほおを掻きながら俺に謝るおじさん。何で謝ってるんだろう?
「………………?」
「………あー、いや何でもない。お前も怪我してるのに無理させて悪かったな」
「いや別にユナを助けるためなら何時でも呼んでくれていいけれど………」
「お前はどこのヒーローだよ………?」
何となく、何となくだけど今回の一連の騒動はおじさんにある気がした。まぁ終わったことだしどうでも良いけど。
そうやってどうでも良いことを考えつつ、二階の自室へ戻り、軽い夕食を食べてお風呂へ入ってから寝床についた。
★
翌朝。
「………きて、ア……」
ん………?何か、遠くから何か聞こえる?気のせいかもだから寝とこ………。
「……起きて、…ルク」
気のせいじゃない……?誰かが「起きて」って言ってる………?まぁ、どうでも
「起きなさいアルクっ!」
「うわぁっ!?」
何⁉︎いったい何なの⁉︎急にガツンって来たんだけど!一回目&二回目と差がありすぎるでしょ!その辺ぽやぽやしてたから多分だけど!
「………って、何だユナ。びっくりしたじゃんか」
昨日暴れた幼馴染が仁王立ちで俺を見下ろしていた。………ま、まさか昨日のアレじゃ暴れたりないとか?それとも俺からユナに触ったことに怒って………?
これから執行されるであろう報復に怯えていると、ユナの様子がおかしいことに気づく。俯いて顔を真っ赤に染めながら何かを話そうとしている。
「………昨日の事だけど、その。………あの、あ、あり、ありあ、あり………」
相当恥ずかしい言葉を言おうとしてるのか、普段の様子からしたらあり得ないくらい噛んでいる。………いや本当に何を言おうとしてるの?
「………………ありがとう」
………何かユナが言った。あり得ない言葉が聞こえた気がする。
「ごめんちょっともう一回」
「もう二度と言わないわよ!それより朝ごはん出来てるから早く降りてきなさい!」
そう早口で言うと、駆け足で降りて行ってしまった。………あのユナが、俺に感謝の言葉を?………そんな、今日は雪でも降るのか?
などと今日の天気を心配しながら俺も朝食のために降りていくのだった。
☆
「勇者を目指す……って⁉︎」
「うん。やっぱり勇者にはなりたいからさ」
場所は例によって営業時間を過ぎたドスピニティのカウンター。ユナがアルク言ったことに驚いたのだ。
「何で、どうしてなの!?」
何気にアルクを大切に思ってくれているユナがそんな事を認めるはずもなく、さらに声を上げた。
「あれだけ酷いケガを負っておきながら、どうしてまだ勇者になるなんて、言えるのよ……!」
理解できない。こんなにボロボロになって、所謂雑魚モンスターにすら勝てないのに何故そうまでして勇者になる事に拘るのか。仮に冒険に出たとしても、下手をしたら【ソイス地方】を出ることすらできないかもしれないのに。自分の命よりも大切なものだというのだろうか?その理由が、ユナにはわからなかった。
「えっと、……意地、かな」
「意地……?」
留めたい、無茶をして欲しくない、そばにいてほしい。言葉には出せないがそんな思いを胸に秘めるユナに、アルクは続ける。
「月並みな言い方だけどさ、ここで勇者になる事を諦めたらそれこそあいつらの言ってる事が正しいってなるじゃんか。逆にここまで弱い俺があいつらよりも凄い勇者やってるって知ったら、あいつらどんな顔するか楽しみだし」
「………でも、冒険の途中で死んだらアルクの夢はそれまでなのよ?……そうやって夢の途中で倒れるくらいならここで暮らしていた方が………!」
悲痛な顔のユナに何も言わず優しく微笑むアルク。その決意は固い様だが、《パートナー》もいない状態でこのままアルクが旅に出ると下手をすれば3日以内に死ぬ。そう、ドートンは感じ取った。
いくら志が高くても、それだけが強さの源になるのではないのだ。
(……ここはひとつ、手助けをしてやりますかね)
椅子から立ち上がり、アルクを見据える。ドートンと家族のように接してきたアルクも、その雰囲気の違いからかその表情は張り詰めていた。
「じゃあユナ、お前アルクについていけば?」
張り詰めた雰囲気の割に、さくっと言い放った。
さくっと言い放ったドートンの言葉に、ピシリと固まるユナ。
「………………え?」
アルクも同様に固まっていた。だがそれも一瞬の事で、数秒で回復したが。
「え?そ、それって私がアルクの《パートナー》になるってこと?」
「そうなる……のかな」
二人して考えていると、ドートンがユナを手招きする。側まで来たユナに、ドートンが耳打ちした。
「………ちなみに異性の《パートナー》とは結ばれる可能性は高いぞ。かく言う俺もその1人でもある」
こっそり耳打ちされた新事実。あんなに優しい、アルクとは違う別の意味でモンスターを殺せそうにない母親が勇者だったという生まれてからの15年間で初めて聞くので驚いたユナだが、今はそうじゃないと切り替える。
「でっ、でも!アルクには元々《パートナー》がいたでしょ?気になってたっていうあの子はどうなるのよ!」
「………他の奴に誘われて行ったよ」
「え……あ……ご、ごめん……」
(あ……、やっちゃった。アルク、あの子にフラれたんだ……)
顔を背けながら暗い影を帯びるアルクの表情に、罪悪感で心がズキズキ痛むものの、その中にほんの少し、あの子とアルクが結ばれなかったことに安堵している自分もいた。
通夜のような雰囲気が酒場を支配する中、アルクが口を開く。
「……それで、その、ユナは俺の《パートナー》になってくれる……のか?」
「う、うん……よろしくお願いします」
(面白いことになってきやがった。……ん?)
付き合いたてのカップルを見ているようで内心ニヤニヤが止まらないドートンだが、何かがおかしい。テレテレしているユナに対して、アルクはそうでもないのだ。
「あの……ね?アルク、《パートナー》になったからには、その……」
「うん。頼りないかもしれないけど、よろしく」
(こいつはもしかすると、異性の《パートナー》とは結ばれやすいというジンクスを知らない……?こいつの事だからありえない話じゃあないが、もしそうなら厄介なことになったな)
ここまで噛み合っているようで噛み合っていない会話も面白いが、娘のことを思うと不憫で仕方ないドートンだった。
★
「半年のところを1ヶ月で治せるんだから、やっぱりおじさんは凄いよなぁ」
腕に僅かな振動も与えないよう気を払いつつ、そう呟く。右腕は、怪我をしてから1週間経ち、既に腕を軽く振っても問題ない程に回復している。並の医者じゃできないことだろうし、そこは本当に尊敬する。
「一流の勇者の世界じゃ当たり前だ、そんくらい。回復専門の奴らだったらその場で治しちまうぞ」
感動していると、おじさんが話しかけてきた。
「何それ化け物じゃん………」
あり得ないでしょ。もしそうなら、どれだけ強力な回復魔法を持ってるんだ………?
「まぁ、何にしてもあと1ヶ月はお前達は旅に出られないからな。勿論モンスターエリアに出るのも禁止だ。わかってるな?」
「うん、わかってる」
本当、暇になった。ユナと《パートナー》を組んだものの、それだけだったし。俺の怪我が完治するまで何もできないってのは辛い。本屋に行って勇者の本でも買ってみようか。
「それならいい」
おじさんの注意というか警告は、主にというか全部俺に向けて言っている。例え怪我が完治しようと仕入れに関することは俺には何もできない。俺は皿洗いと料理作りと接客が主な担当だ。ユナの担当が仕入れ。
酒場の看板メニューであるりんごジュースを作る為のりんご採取は勿論、モンスターエリアの中にある牧場の家畜の世話までユナが幼い頃から任されてきた。今となっては「ちょっとしたお散歩」感覚でモンスターエリアへと出かけている。
「とはいえ、暇だろ。見慣れているかもしれんが、街の散歩でもしてきたらどうだ?」
「そう、だね。……じゃあ、西門の近くまで散歩してこようかな」
ついでに勇者の本も買ってこよう。
「………あ、アルク。西門の近くに行くならこれ、杏パイのお店のおばさんに渡してきて。この前のお礼だって」
そう言ってりんごがいっぱい詰まった袋を渡される。………まぁ、けが人に持たせるのもどうかと思うけど、大して重くないので問題ない。
「わかった。それじゃ、行ってくる」
「いってらっしゃーい。あ、お父さん牛乳の残り少ないから採ってきて」
手を振って店から出て行く途中、ユナがおじさんにタンクを渡すのが見えた。
「親をこき使うとは……いい度胸してるじゃねえか」
「店番してるから早く行ってきてね」
結局のところ、娘に勝てる親などいないらしい。背中越しに発せられたその言葉に、おじさんが涙を拭うのを尻目に俺はドスピニティを出た。
ユナが内面通りの肉体派だった第三話。ご指摘や感想をお待ちしております!