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「ユナ」

ボロボロにされながらも少年は勇者を目指す!

第2話です、どうぞ!

毎年春になると、勇者となれる十五歳に達した勇者志望の少年少女達がドスピニティに集まり、この酒場の店主から餞別として剣や防具、あるいは弓などを貰い、士気を高めて始まりの丘から冒険を始める。

勇者は職として認知されているが、十五歳以上の人間が自称するだけで簡単になれてしまう。

よって勇者達に援助する場合は勇者との取引か完全な善意からくるもののみになってしまうが、店主であるドートンは自分が昔有名な勇者だったこともあってか、引退してからはこうして旅立つ勇者達の支援をしていた。





時は遡り、一日前。新米勇者達が旅立ち、昼過ぎのこの時間はアルクを除いては昼間から飲みに来ている老人や遅めの昼食を食べる子供や老人などしかいない。治療を終えたアルクは吊っている右腕を見て、悔し涙を流した。


(なんで、俺だけ……!)


世界の人々にとって、勇者という職業は男女共に憧れの職業だ。

「かっこいい」「高収入だから」「異性にモテるから」など様々な理由で若者は勇者を目指す。

もちろん魔法を使った職業である治療師や占い師、祈祷師など他の職種を選ぶ者もいるが、中でも勇者志望のその数の多さは群を抜いていた。

そして、勇者は基本的に二人一組で動き、その二人は通称パートナーと呼ばれる。別にそういう決まりがあるわけではないが、そうなったのは風習というか慣習というか、有名な勇者の名が挙げられる時は決まって二人組なのが起源にもなっていたりする。

単独で行動する勇者もたくさん居るが、特に一人が良いというわけでもないアルクは、ユナではない、別の幼馴染の女の子と《パートナー》になった。

そして、始まりの丘から冒険を始めようとしたのだが、そこでいきなり大き過ぎる問題が起きたのだ。


『くっ!?……何で俺だけ倒せないんだよっ!』


「自分一人でも倒せる」と言って、《パートナー》になっていた女の子が不安気に見ている中、子供ですら余裕で倒せると言われるモンスターに、全く歯が立たなかったのだ。斬りつければ簡単に避けられ、殴ってみれば殴った衝撃の痛みでうずくまり、蹴ってみても腕と同じでうずくまる。そんなある意味奇跡とも呼べる最弱の勇者を、周りは最初は心配してくれたが、やがて他の勇者達の視線や言葉は侮蔑や嘲笑といったものに変わった。


『あっれー?おかしいなぁ、アルク君はウスリ程度の雑魚に何を手間取っているのかなぁ?』


毛並みは白く、額にある突起物が特徴的で、とにかく数の多い始まりの丘に生息している、オオカミが変異して生まれたモンスター、ウスリ。それがアルクが歯も立たない相手の名前だった。


『あっ!もしかして、俺らを楽しませるためのショーとか?だったらお前センスありすぎだよ!』


『なんでも「 」ちゃんに一人で倒せるってかっこよく挑んだらしいわよ?』


『結果このザマって!いやぁ、ねーわ』


『「 」ちゃんもこんなのと離れて正解だったわね』


他の勇者達の嘲笑の声や侮蔑の眼差しがアルクに突き刺さり、惨めな思いで心が押しつぶされていく中、ついには《パートナー》だった女の子も、(元々そんなガッチリと決まっていたわけでもないからなのだが)他の男達に勧誘されたのか居なくなっていた。

それは自分を遠ざけているようにも感じてしまい、心に負の感情が溢れる。

周りの勇者達は楽しそうにおしゃべりをしながらゴミ掃除をするかの様にウスリを屠り、素材を集めていくのが見えた。

そして、アルクがウスリにやっと引っ掻き傷を作った頃には、周りの勇者達の討伐数は2ケタを軽く超えていた。

アルクがウスリに全力で斬りつけてもかすり傷程のダメージしか与えられずに、逆にウスリにボコボコにされる。

資材は充分に集まったのか、それともアルクを嘲りにきたのか。アルクと一匹のウスリの周囲に、勇者達が集まってきていた。

『………くっ!』

勇者達は見ているだけで助けてくれず、ケタケタと笑いながら見ている。そもそもそんな奴らの手助けなど借りたくもないが、このままではいずれ負けてしまう。そんなアルクが一種の見世物と化している中、何を思ったのか1人の勇者がアルクに近寄り、アルクが間合いを取って地面に着地した瞬間、剣を奪った。

『あっ!?な、何すんだ!』

殴るのも通じず、蹴っても意味がない。唯一の有効的な攻撃手段である剣を奪われたアルクには、ウスリに対抗できる手段はなくなってしまった。ウスリは依然としてアルクに狙いを定めていて、援護を望めないアルクにとってかなり危険な状況になっているにも関わらず、剣を奪った勇者は続ける。

『俺らよりも数百倍弱いアルクは、俺らよりも数百倍努力しないといけないだろ?だ~か~ら、これも特訓だよ特訓。素手でそのウスリを倒せる様になってみ?そしたら返してやるよ』

この男は、アルクがウスリに殴りかかるところを見ている。そして、アルクの拳はウスリには通用していない事を知った上で、言っているのだ。

『ふざけんなっ!返せよ!』

勇者のあんまりな言い分に激昂し、取り返そうと掴みかかった瞬間、隙を突かれアルクは右腕をウスリに噛みつかれた。

バキュボキュッ!

普通ならば噛みつかれてもちょっと痛いな程度で済むのだが、アルクはその程度では済まず、骨を砕かれてしまう。

『うおあああああああああああああああああああああああああ!?』

グシャグシャに折れ曲がり、血が噴き出し、骨が見える。そんなアルクを見て周りの勇者達はあろう事かーーー

『っぷ!うはははっ!』

『ほ、本当に弱い……!いひひひっ!』

ーーー指で指して、笑い始めたのだ。

血がポタポタと地面に吸い込まれていく。右腕の出血は酷く、それ以外にも細かい傷から出血しているのですぐにでも止血と輸血が必要な状況だ。ーーーだというのに。

『わ、私ですら噛まれても大丈夫なのに……くくっ!』

ある勇者は自分の体験談と今のアルクを比べて笑いを堪えきれずに吹き出し、

『ほら、俺今噛まれてるぜ?でも全然痛くなーい!』

また別の勇者はわざとウスリに噛まれて見せびらかしていたりと、他の勇者達によるアルクへの嫌がらせや妨害行為は、次第にエスカレートしていった。

『アルク!お前は大人しく家に帰って農家になった方がお似合いだって!』

『えー?無理なんじゃないの?』

『そんな事ないだろ、農家だぜ?アルクでも大丈夫なんじゃね?』

一瞬でも自分を気遣う言葉かと思えば、

『あの子の農場に行く途中に、恐ろしく強いモンスターがいるから、アルク君は農場にすら辿り着けないから無理だよ!』

そこから嘲笑する材料として扱われる。

『それってプティックの事か?それなら余裕で勝てるんじゃ……あっ、ごめんな!お前に酷い事言っちまった!はははっ!』

『……………ッッッ!!』

プティックとは人間にとっては害も無く、ただ空気中に漂う魔力が結集しただけのモンスターで、子供が玩具として扱うことの多いモンスターにすら勝てないと言われた。

それは、自称すれば誰でも勇者になれる、勇者になる為に必要な資格など一切ない時代で「お前は勇者になる資格すらない」とも言われてるようにもとれた。

とうとう耐え切れずに街へ向かって逃げ出すアルク。その瞳には大量の涙と、惨めな思いをするここから逃げ出したいという思いが含まれていた。

『あっ!逃げた!』

『やめてやれ、弱い奴が逃げる事は罪じゃない』

『お前の一言の方がひでえよ!ははは!』

とうとう鎧も壊された。ウスリ程度の一撃ならばビクともしない筈だが、それは一撃だけであればのこと。度重なって攻撃を受け続けたアルクの鎧はボロボロになっていて、飛びかかったウスリの引っ掻く攻撃でバラバラと崩れ落ちた。

ウスリが飛びかかってきたせいで転びそうになるも、なんとか堪えて走り続けるアルク。

ウスリもアルクが弱いとわかったのか、追いかける。それを見てさらに笑う勇者達。

そうやって街に向けて逃げている中、りんご林の前で力尽き、酒場で売るリンゴジュースを作る為にリンゴを採りに来ていた、酒場の看板娘であるユナがアルクを発見し、助けてもらったのだった。





そして一日経った今、その事についてその酒場で一組の親子が言い争っている。親子って言ってもおじさんとユナだけど。

「お父さんが“お前なら出来る”って剣を渡したからじゃない!アルクの弱さを知らないわけじゃないのに!」

「俺はアルクがやれると信じていたからこそ渡したんだ!………まぁ、結果はこんな感じで終わっちまったが……」

「そんな無責任なお父さんのせいでアルクは右腕を怪我したのよ!治ったら使えるようになるからまだしも、もしこれで腕が使えない、何てことになったらお父さんどうするつもりだったのよ!」

営業時間も過ぎ、片付けも終わったカウンターで俺が怪我をした原因をめぐって口論している。………なんか、俺が自分で決めて、しかも怪我をしたのは俺なのに、そのことで他の人が苦しんでるのってよくわからないな………。

「確かに勇者になることを勧めたのは俺だ。だがな、最後に勇者になる事を決めたのはアルクだ。1週間前には今日の事を伝えていたし、アルクはじっくり考えて答えを出した。そこに俺達が入る余地は一切無い。そしてユナ、一つ大事な事を教えてやろう。男が決めた事を女は」

目を瞑って腕を組み、諭すように話し始めたおじさん。

「いつの時代の話をしてんのよ!」

「ふがほっ!?」

話を聞く気は無いのか、持っていたトレーをおじさんの顔に叩きつけるユナ。そういえばユナって長い話は絶対に眠くなるタイプだったよなぁ………。

それにしても、仲が良いと評判の二人にしては珍しい大ゲンカをしていた。俺がおじさんとユナが喧嘩しているのを見るのは三度目だ。今回はその中でも特に怒っているように見えた………んだけど、何があったんだ………?

「ま、待てユナ。俺の話を………」

さっきは大人二人を抱えて外に出るくらいの豪胆さを感じたおじさんだけど、今のユナの前では見る影もない。

「ふーっ!ふしゃーっ!」

一方のユナは、いつも眠たそうにしている垂れ目が目一杯見開かれてるのだから、彼女を知る人間がその場にいたら驚いているだろう。

ていうか俺も結構驚いている。なにせユナが生きている内にその目が半分より開かれているのを見たのは、俺がユナに初めて会った十年前から今までで、たった三度だったからだ。

俺は昔から喧嘩に弱くて、家事や炊事が出来ても喧嘩だけは一向に強くならなかった。

トラブル体質を持つユナがよく他の奴らの喧嘩の原因になったり巻き込まれたりするので、ユナを助けるために喧嘩を数多く売ったり売られたりしてきたものの、いつだって俺がボコボコにされて負けていた。

『返してよっ!』

七、八歳の当時から男子に人気のあったユナは同い年の女子達に嫌われやすく、よくいじめにあっていたのでそれを助けたりした。でも、それが他の男子達にとって面白く無かったようで、人通りのない裏道に呼び出されては口論になり、喧嘩をして………の繰り返しだった。

そのせいで、同い年の友達が俺にはユナと、昨日の朝(一時的にだけど)《パートナー》となったあの子しかいなかった。

………まぁ、あの子はもう俺の事は気にかけてすらないだろうけど。

俺自身も調子に乗っていたと感じるくらい、意気揚々と冒険に出かけた途端に二度と立ち直れないくらいのトラウマを負ったけど、それでも自分のことを大切に思ってくれる人がいる。

そう考えると、他の奴等に遅れている焦りや雑魚モンスターすら倒せないことに対する無力感などの負の感情は薄くなっていった。

それに、これ以上自分の所為で二人が喧嘩するところなど見たくない。(……というか見てたらおじさんが死ぬ)若干の罪悪感をおじさんに感じながら、二人の喧嘩の仲裁に入っていく。

「ユナ、落ち着けって。確かに勇者になるのを勧めてくれたのはおじさんだけど、決めたのは俺だ。だから、おじさんを責めるなよ」

「アルクも悪いっ!」

「えぇ……?俺も悪いのか」

「当たり前じゃない!アンタは昔からーーー」

下手に首を突っ込んだ結果、ユナの怒りの矛先が俺に向けられてしまった。

………ただ、ユナは俺の事を大切に思ってくれているから、だからこんなにも怒ってしまう。

どうしてそう確信しているかというと、信頼できる家族だからーーーなのもあるけれど、毎晩ベッドに引きずり込まれて寝る時、その日ユナが悲しむ事があると微妙に俺を抱きしめる力が弱くなる。それが判断するポイント。

『ある……くぅ………』

例えるなら、いつもは腕力全開ですぐに意識が持っていかれるのに対し、悲しんでいると意識を失うギリギリのラインで長い時間苦しめられ、意識を落とす。

………結局そのときのユナが俺を抱きしめる力が弱いか強いかと、意識を失うまでの時間が長いか短いかの違いでしかないけど。

俺にだって人の表情によってその人が今どんな気持ちなのかがわかるし、顔に出さなくても纏っている雰囲気でなんとなくわかってしまう。それが十年も家族同然に過ごしてきた相手なら尚更だ。

………わかる、んだけど。ユナはそれを相手に行動でも示すからさらにわかりやすいのだ。それを受ける身としてはたまったものじゃないけど。

そのアプローチが昨日あった。それと、その前の日の夜、つまりは一昨日の夜に一緒に寝る時もあった。

昨日の夜のはわかるけど、一昨日の夜はなんでやられたんだろう?………いや、アレをさらにもう一度くらいたくはないので追求するのはやめよう。ただでさえ今夜も確定しているんだし。

考えるのをやめて、ユナが話している内容に意識を戻す。

「ーーーだからっ、アンタは自分の弱さについてちゃんと考えるべきなのよ!わかった!?」

どうやら終わったようだ。こうなれば伝家の宝刀「アヤマリタオス」を使うしかない。

「えっと、その………すいませんでした」

「なんで頭を撫でながら言うのよっ!」

だってこうすると夜に意識がなくなるまでの時間が大幅に短縮されるからーーーとは死んでも言わない。言ったら最期、朝起きれなくなるからだ。

………あ、俺の過ごす一日一日が死の危険と隣り合わせだということに今気づいた。





幼い頃、ユナがドートンの忠告を聞かず1人で探検に出かけ、化け物に襲われてしまった時の事。

絶対に勝てないとわかっているはずなのに、アルクは助けに来てくれた。

ユナを守るために無謀にも立ち向かうのではなく、ユナと一緒に泣きながら逃げ帰る。

そんな世の中の理想の王子様とはかけ離れた存在であったが、間違いなくユナにとってはアルクこそが王子様だった。

そしてアルクは逃げる時、どんな状況であろうとユナの手を離すことはなかった。

倒すのではなくただ逃げ帰る、そんなアルクを人によっては不快に思うかもしれないが、ユナは最高にカッコいいと思っていた。

ただ、そのことをアルクは覚えていない。それと似たようなことが起こり過ぎていたからだ。

「ユナって律儀だな」……その程度にしか考えていない。

全ての元凶である、アルクの喧嘩の弱さだが、見るものが見れば「異常だ」と口を揃えて言うだろう。

幼い頃から道場に通っていたのに、鍛えても鍛えても少しも太刀筋は良くならず、一緒に通っていた“あの子”とユナは師範に一太刀浴びせるほど着実に強くなっているのに対し、簡単な足運びですらも未だに習得できていない。そんなアルクの様子を、まるで何かの呪いにかかってるんじゃないのかと思う者までいたが。





「あぁ、それでお前アルクに惚れたのか」

おじさんが放ったその言葉は、俺に届くことはなかった。


メインヒロインユナについて語りました。眠たげな彼女ですが、文面だけでは伝わりにくいですね

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