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旅立てなかった『勇者』

強化フラグも立たない、ただ主人公が1番弱い冒険ものを書こうと思い、始めました。拙い文章ですが、よろしくお願いします

【ソイス地方】

穏やかな気候で知られるこの地方は、そこに生息するモンスター達の弱さと、倒したモンスター達から得ることのできる《マテリアル》がそのモンスターの弱さにしてはかなり高値で取引されることから、『勇者』と呼ばれる者達が冒険へ旅立つ予行練習として足掛かりにする事でも知られている。

『勇者』とは、この世界に住む人間なら誰もが知っている職業だ。基本的には自営業扱いで、少年少女達は15の歳を迎えれば誰でも自由に名乗ることができる。

その【ソイス地方】の中でもモンスターが格段に弱く、それなのにソイス地方の他の土地とあまり変わらない値段の《マテリアル》がモンスターから入手できる始まりの丘と呼ばれている場所があった。(正式名称は【シムブロル】なのだが、世界で最初の勇者がそこから旅立ったという伝説があるせいで、始まりの丘で浸透してしまった)







そんなある日の【シムブロル】。

この日は快晴で、まさに旅立ち日和。実際に、数分前には20人の勇者達が己の未来に夢を馳せ、この丘からそれぞれ出発していった。

そんなポカポカとした陽気の中、勇者達が旅立った方向とは真逆の街の方へ向かって、1人の少年が全身から血を流し、モンスターから逃げていた。

「くそっ!くそが!どうしてこんなに勝てないんだよぉぉぉぉぉっ!!」

少年を追いかけているのは1匹のモンスターのみで、他には見当たらない。勇者志望の少年は武器も持たずにーーいや途中で奪われたか壊れたかーー装備していた防具も所々の破片からやっとわかる程度で、鎧としての機能は既に無い。

「ぐっ、ああああっ!」

特に傷がひどいのは右腕で、辛うじて五本の指が確認できるものの、血に濡れたボロ雑巾と言った方が腕と言うよりもわかりやすい状態にあった。

【シムブロル】に出現するモンスターの弱さは【ソイス地方】以外の場所でも知られているほど有名で、子供でも苦戦はしないと言われている。

つまりは誰もこんな所で苦戦なんかしないのだが、その少年は子供でも楽に倒せるモンスターにボロボロにされて、必死に逃げているのだった。







~始まりの街グレイウス

酒場ドスピニティ ~


「………くそっ!」

悔しさで声を上げる。俺の目から出た涙が目の前にあるコップの中に落ちて、波紋を生んだ。そして叫んだ影響か、包帯で隠されている傷がズキズキと痛む。俺は今年の春で15才を迎え、朝この酒場で集まっていたヤツらと一緒に晴れて勇者となり、冒険に旅立つ筈だった。けれど実際は、俺はこうして最初の試練とも言えない試練に敗れ、無様に逃げ帰ってきてしまっている。旅立ちの時に武器や防具までくれたこの酒場の店主のおじさんは、それを咎めるどころか心配してこうして治療までしてくれた。

………………今は、治療してくれたことに対する感謝の気持ち以前に、装備を台無しにしてしまったこと、期待を裏切ってしまったことによって、恩人であるおじさんへの罪悪感で押し潰されてしまいそうだった。

「うっ………くっ………!」

「おい、大丈夫か?」

うめき声を上げるしかない俺に、となりのカウンターに腰掛けていたこの酒場の常連が声をかけてきた。

「………まぁ、アレは仕方のないことだった。誰もがそう思うぞ。だからそんなに気に病むなよ」

常連は昨日俺が診療所も兼ねているこの酒場に運び込まれた時にもここで飲んでいたらしく、ある程度の事情は知っている。

常連は俺を気遣ってくれたんだろうけど、その声にすぐに答えられるほど軽い気持ちでもなかった。

「………えっと、その………」

常連から目をそらすように辺りを見回す。周りはとなりの常連以外は既にこちらを向いておらず、それぞれが頼んだ料理を食べ、仲間と談笑している。

「……ごめん。俺も迷惑かけて」

俺を気にして話しかけてくれたのはこの人だけ。だから、今はそんな気分じゃなくても何かしら応えなくちゃ、と思った結果謝る事しかできなかった。

「気にすんなって!ただなぁ、過去の辛いことを引きずるよりも、これから広がる明るい未来に胸を膨らませたほうがいい。それだけは覚えとけよ?」

……この人だけじゃなく、この街の人達は基本的に優しい。流石に、駄目なことは駄目というけれど、駄目なことをしたからすぐ怒る、という事はしない。その方が怒る方も怒られる方も嫌な思いをしなくて済むから、ということらしいけど。

「……うん、ありがとう」

そう言って、無理やりにでも笑顔を作る。多分酷い苦笑いみたいにしかなっていないだろうけど、常連は微笑んで「よしよし」と言ってくれた。

「お前さんも泣くより笑う方が良い顔になるんだから、ずっとそうしてろい。な、アルク」

そう言って俺の名前を呼び、俺よりもずっといい笑顔を見せる常連。

俺は所謂孤児だ。両親とは会った事もないし、消息も不明らしいけど、代わりにこの酒場の店主であるおじさんが俺を引き取って育ててくれた。けれど、おじさんだけじゃなくてこの街のみんなに俺は育てられてきたんだ………と思う。そうじゃなければ、俺は今の俺に成長してたかっただろう。もし街の人達に会っていなければ、他人の言うことを信用できず、誰とも関わりを持とうとしなかっただろうし。

いい雰囲気で会話が終わろうとしていた時、常連が爆弾を投げ込んだ。

「じゃねーと、ユナのヤツにどやされるからな」

「………気をつける」

ユナ。その名前が出た瞬間、背中を寒いものが駆け上がった気がした。ガタガタ、と震えだす俺の体。

「………大丈夫か?今度は体調が悪そうだぞ。まさか傷が原因で熱でもでたか?」

「それはないよ、熱もない………ていうか、絶対わかってるだろ!」

「まぁな。あっはっは。オニユナの話は怖いか?」

「当たり前だろ………!」

常連は【シムブロル】特産の夏りんごを使ったりんご酒を手に豪快に笑う。

「体調が悪くなったら言えよ?その傷なら、できることは少ないだろうしな」

そう言われて、俺も自分の体を見回す。右腕はギプスで指の先まで完全に固定され、動かすことはできない。

足や切り裂かれた腹部はわかるけど、何故か傷を負っていなかった筈の頭や腰まで包帯を巻かれ、まるで全身にやけどを負ったかのようになってしまっている。………あぁ、これのせいでさっきからやたら哀れんだ視線を向けられてるのか。

「大丈夫だよ。これ、腕と足とお腹以外は無傷だし」

「なら何で頭と反対の腕も……あぁ、ユナか」

アイツはこの酒場で働いている事もあって、常連にも知られている。………もちろんその性格も。だから、俺はこうして恐怖を感じているんだ。

「んじゃ、ケガの部分とユナに気をつけてな~」

そう言って常連は会計を済ませるために席を立っていった。

その一分くらい後。

「アルクーーー!!」

その声に、俺は震え上がった。

会計場所から突然聞こえてくる俺の名前。これは「アルクさん、○番室へどうぞ~」みたいな呼び出しなどではなく、俺を狩るための叫び声だ。これからお前を狩るぞ、いいな、逃げるなよという意味も含まれている。

だから俺は逃げなければならないのだけれど、足が竦んでさらに怪我をしているのでそれどころではない。

「アルク。常連さんから聞いたんだけど、随分と素敵なお話をなさっていたようねぇ?」

その声に思わず振り返ると目の前には鬼型モンスターと見紛うほど恐ろしい表情を浮かべた少女がいた。彼女の名前はユナ・ロドニディ。いつも眠そうな目をしている黒髪ロングの少女だ。………って、いつの間にか常連とは反対側にいた客も遠くの席に移動してるし、付近には誰もいない。みんなが俺を見捨てて逃げたのだ。………優しいけど、こういう所は二人きりにしてくれなくても良いんじゃないかと思う。って早く弁明しないと!

「ひょ、ひょんなことはないにょ!常連とはごく普通の世間話をしていただけだから!」

「そう?その常連さんから、アルクが私の名前を出した途端真っ青になって震え上がったって聞いてるけど?」

笑顔で首をかしげるユナ。目も笑っていて見た目だけなら恐怖心なんて抱かないんだろうけど、滲み出るオーラというか魔力が禍々しく見える。こういうのが恐ろしくて震え上がったんだと思います。口には出さないけど。

「ない……です。大丈夫……です」

たどたどしい言葉しか出ない。それだけユナが恐ろしくてたまらないんだ!

「何が大丈夫なの?それと、私のこと“オニユナ”って言ってたらしいじゃん?それはどういうこと?」

その答えにユナはさらに深い笑みを浮かべ、ずずいっと顔を寄せてくる。眠たげな目も相まってすごく可愛い筈なのに恐怖しか感じないのは何故だろうか。

「オニユナって言ってたのは常連……だから、俺は何も言ってない!」

俺の無罪を主張する。だってホントに言ってたのは常連なんだ。俺が責められる理由はない。

「アンタが悪くないならそうやって怯える必要はないじゃない。何で怯えてるの?」

それはユナが怖いからだよ!何で口に言えたらーーー

「ユナが怖いから!………あ」

言っちゃった。さらに怒らせたか………?

そう思って顔色を伺うけど、相変わらず怖い笑みを浮かべるだけで、何も言ってこない。

「………………」

「………………」

しばしの間、無言で睨み合う。だけどそれも数秒の事で、すぐにユナが客に呼ばれて行った。あと睨み合うと言ったけど、ユナは笑顔で俺を見ていて、俺はそのユナの笑顔に萎縮しているだけだった。







「で、怪我とか痛くない?蒸れるようだったら包帯を取り替えようか?」

………注文を終えて、またここにユナが来た。どうやら怒りは収まったようで、その笑顔からは恐怖を感じることはなくなった。が、代わりに怖いくらいに世話を焼いてくれるようになった。怖いです。

「大丈夫だって。それくらい自分でできるから。それとこの頭の包帯とってもいい?腰もだけど、明らかに必要ないよね?」

「あぁそれね。もう良いわよ、練習も充分できたし」

なんか聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。

「れ、練習?」

「そ。練習。頭とか腰とかの巻き方は最近やってないから鈍ってないか心配で練習したのよ」

「れ、練習って………。俺の身体で練習とかするなよ」

人の体を何だと思っているのかこの幼馴染は。

「ちゃんと治療はしてあげたんだから文句は受け付けないから。それに、アンタ私がいなかったら死んでたでしょ」

「うっ………」

「むしろ感謝されてもいいくらいなんだけど?」

………そう、俺は結局自力で町にたどり着くことはできなかった。何とかモンスターから逃げ切ることはできたものの、出血も酷かったので比較的街に近くにあるりんごの木の群生地の中で力尽きてしまった。そこをたまたま通りかかったユナがいなかったら死んでいたかもしれない。

「「死んでいたかもしれない」じゃない。間違いなく死んでた」

「………はい」

心の中を読まれた上にそれを全否定……。でもまぁ、実際その通りなのだから何も言える立場じゃない。

「…………?何よ」

「いや、何でもない」

せめてもの仕返しとしてじとーっとユナを見続けるも、無意味だと感じ、本人にも気づかれたのでやめた。

「………はぁ」

ユナはまた注文が入ったのでここにはいない。一人な訳なのだが、隣にも人は座って注文した料理を食べている。さっきの常連が座っていた場所には新たに入ってきた客が座っていた。

それからは注文がつづけて入ったらしく、せかせかと忙しそうに料理を運んだりしている。それを見て、俺も頼んだりんごジュースを飲む。弱めの炭酸を含んだりんごの果汁が喉を通り過ぎ、心地よい爽快感が体を巡る……気がする。俺はこのりんごジュースは大好きで、昔からよく飲んでいる。このりんごも採る季節によって味や特質が変わり、春はあっさりした味とみずみずしい実が特徴で、ジュースにすればごくごくと何杯でも飲める。

夏はりんご自体の味は薄くなるのでそれ単体で食べる事は少ないものの、風味が強くなるので、常連が飲んでいた酒や料理の香り付けとして入れられることが多い。

秋は気温が低くなる為、木の実が蜜を蓄え始めて味が甘くなる。実も柔らかくなるので、ジャムなどを作るのに向いている。

冬は【シムブロル】に雪が積もり気温もかなり下がるので、木の実が限界まで蜜を蓄え、絞ればとろりとした水あめのような果汁が溢れる。それ単体でも蜂蜜より遥かに甘い。俺が今飲んでいるのは、冬に収穫されたりんごの果汁を微炭酸水で割ったものだ。

『ーーー!』

『ーーー!』

少し大人ぶってゆっくり味わっていると(なんとなくそうしたい気分だった)、店の奥から突然喧騒が聞こえてきた。

「なんだ………?」

気になったので、そちらの方に顔を向けてみる。すると、さっきよりも大きな声が聞こえた。

『テメェがウチの商売相手を横取りしたんだろうが!』

『お主こそ儂が先に取引しておった相手を横取りしたんじゃろうが!』

どうやら客同士が揉めているらしい。遠目にだけど、服装から見るに街の外からやってきた商人同士が喧嘩しているようだ。

止めなきゃいけないかな……?と思っていたところで、ユナが厨房に走っていくのを見つけた。あ、もう直ぐ終わるかな。

ユナが厨房に入ってから数秒後、のそりとウェーブがかかった金髪にカチューシャをつけた、身長が二メートルはありそうな巨漢が出てくる。

「おうアルク。馬鹿共は何処だ?」

巨漢が俺に気づき、俺の頭をわしわし、と怪我に響かない程度に撫でる。

「アレだよ、ほら」

「ん、了解だ………」

目標を視認すると俺をもうひと撫でしてから向かっていった。

さっきの常連みたいに、この街の人達は基本優しい。だから目に見える喧嘩なんてしないし、特にこの酒場では絶対にしているところを見たことがない。何故ならーーー

『もう我慢ならねぇ!俺の商売相手から手を引かないってんなら『俺がその喧嘩を買ってやろう』……うぎゃあああああ!?』

『な、なんじゃおぬうぐっ!?』

『………テメェらちょっと表に出ろ』

この酒場で喧嘩なんてしようものなら、あの店主のおじさんが喧嘩をしている奴らをまとめてボコボコにするからだ。

「………ったく。この店で揉め事禁止って書いてあるだろうが」

パンパン、と手を払いながらおじさんが帰ってくる。

「………お疲れ様」

「おう」

そう言って俺に笑顔を向けてくるのは、この酒場の店主で、俺はおじさんと呼んでいるドートン・ロドニディ。この人は俺の育て主であり、ユナの実父でもあって、昔からこの人には頭が上がらない。

「んじゃ、そろそろ戻るわ」

片付けを終えたおじさんがそう言うと同時に、ユナが厨房から料理を持って出てくる。ユナと入れ替えでおじさんが厨房に入っていった。黒髪の娘に金髪の父親。見た目からも親子になんて見えはしないが、ユナは黒髪なのに対して父親のおじさんが金髪なのはユナの母親が黒髪だったから、らしい。ユナも母親には会ったことがないらしく、おじさん曰く「遠くの地で冒険に勤しんでいる」とか。

「はーい!今いきまーす!」

ユナの元気な声が聞こえる。そんな事を考えているほんの少しの間に、店は再びいつもの忙しさを取り戻していた。


修正などを重ねながら投稿していきますので恐らく更新は遅くなるかと思いますが、途中で投げ出したりするつもりはないです。

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