1 大陸の〝雪かきさん〟
これは同族への既視感なんだろうか。
感じる。
この世界に自分と同じ所から来た人間がいる、ということを。
どうしてわかるのか理解できないけれど、感じる。
しかし、おかしい。
カミさんと約束した理は、この命尽きるまで〝雪かきさん〟を全うすること。それまでの間、元の世界から人を寄越さないように、と。
その理は違うたがうことがない、とこの耳と心で確かに記憶したというのに。
あの理はなにも意味していなかったというのだろうか?
でも、もし本当に同じ世界から来た人間がいるならば、なぜ私はまだ生きているのだろうか。別段心臓が痛いとか、身体がおかしいなど身体的な不具合がない。一体どういうことなのだろう。
真実を見極めなければ。
◆ ◇ ◆
私は急いでマンデルブロ大陸、ミモーサの町での雪かき作業を終わらせて、ここウルサの町へ来た。
町の長に着いたことを伝えようと出向くと、婦人が嬉しそうに言うのだ。
友人宅に『異世界』からきた人がいるのよ、と。町の長はその確認で留守なのだと。そして良かったわ、と、付け加えられた。
婦人の「良かったわ」という言葉は本心から出てきたのだろう。安堵の表情に思えたからだ。もう私の力に頼らなくとも、自分たちの大陸の雪を、いつでもどんなときでも気兼ねなく雪かきをお願いできるのだから。
そして思う。
もっと器用に力を操ることができていたら、と。そうすれば、自分たちの大陸に必要である〝雪かきさん〟を切望することはなかったのにと。
そもそもは私のエゴなのだろうか? 私がカミさんと交わした理のせいなのだろうか。私の命尽きるまでマンデルブロでの雪かきは望んではいけないということを知らしめたいのかもしれない。自分の力を過信するなと。
お前は隣の大陸の〝雪かきさん〟なのだから、もうこのへんで出しゃばるな、と忠告しているのかもしれない。全ては私の驕りが招いた結果なのかも……しれない。
本来のあるべき姿にカミさんは戻そうとしているのかもしれない――――。
それでも確かめなくては。本当に私と同じ世界から来たというのなら。そして会って言葉を交わしたい。懐かしい日本語を話したい。
不安と少しの懐かしさを抱えながら私は教えられた家の前に辿り着いた。
希望と不安を抱えながら、教えられた家の前に辿り着いた。
◆ ◇ ◆
黒い布を頭からすっぽり被った〝雪かきさん〟と呼ばれている人物はタミ爺、アミが住む家のチャイムを押した。
〝チリリンリン〟
エメエールたちが頭を突き合わせて、あーだこうだと話している最中にチャイムが鳴り、一同しん、と静まり返った。アミは居心地悪く感じながらも、玄関に駆けだした。
「はい。どちらさまでしょうか?」
ドアの覗き穴を確認したアミは息を呑んだ。そこにはここ数年、隣の大陸から呼んで来てもらっている〝雪かきさん〟がドアの外に立っていたのだ。黒い布を頭からすっぽり被り、目の部分だけ肌を覗かせている衣装。〝雪かきさん〟以外にアミは見たことも、聞いたこともなく、相手の返答を待たずに勢いよく扉を開けた。
「あ、の……」
思いがけないほど扉が全開になり、相手は驚いて一歩後ずさった。そして目の前にいる女の子の放つ輝きに目がくらんでよろけた。
「もしかしなくてもあなた、雪かきさん?」
アミは大きな目をさらに見開いて問いかけた。
「え、あ、はい」
期待に満ちた表情を浮かべるアミに〝雪かきさん〟はたじろいた。
否、と答えたい気持ちもあったが、この外見ですぐに身元がわかってしまうのですぐに肯定した。慣れたこととはいえ、すぐに肯定してしまうのもどうかと思いながら。
あまりにそれ、とわかりすぎる出で立ちが好きではないからだ。別のものになれるものなのだろうか? と率直な疑問がわき起こり、これまで幾度となく違う服を身に着けようとして試したが、身に着けたものはことごとく黒くなり、そしてこの世界についた時から着せられている黒の布で体を覆われてしまう。最初は気のせいかと思ったが、五十回以上も繰り返せばそれは気のせいでないことを悟った。遠い記憶を〝雪かきさん〟は思い出していた。
「タミ爺、エメさんっ、あ、あのさ、雪かきさんがここにいるのっ!」
アミは棒のように立っている〝雪かきさん〟の腕を掴むと中へ強引に引っ張った。
「あ、あのっ」
前につんのめりそうになりながら進むと、そこには町の年長者たちが集まっていた。アミに腕をひかれた人物に一斉に視線が集中した。
「雪かきさん、早いお着きで。あと三日くらいはかかると聞いとったんじゃが、どうしたんじゃね?」
しゃがれた声がする場所へ導くように、人がさっと分かれて道を作った。その先には紫色に染めた髭を撫で、笑みをたたえたエメエールがいる。
「ここに私と同じ世界から来た人がいると聞いて……」
「ここに寝ている子がそうじゃよ。顔でも見なさんかね?」
「……は、い」
ごくりと喉を鳴らして頷いた。
本当に同じ世界から来たのだろうか? 本当にそれが確かなら、私の存在はどうなるのだろうか。不安ばかりが募るなか〝雪かきさん〟が歩んでいくと、布団がこんもりと山になっていた。
「あ、あの……これは?」
「ようわからんのじゃ。声をかけても反応がないんじゃ。ぬしならどうして起きないかわからんかの? ぬしのときはどうだったかいの?」
「私の場合は――――」
と、口にした途端、ギュと唇を結んだ。ここで話すことが正しいかわからなかったからだ。 この世界に落とされた時から、なにをすべきで、なにをカミさんと約束したか瞬時に理解し、すぐに行動に移すことができた。ただ、こんな風にこの世界にやってきてすぐに眠れたことはなかった。眠ることより、やるべきことがあったから。なのにこの寝ているであろう人物は、やるべきことを放棄している。つまりは――、私と同じ所からやってきたわけではないのかもしれない。
一つの考えがまとまり、口を開こうとしたとき、布団がもぞもぞと動き出した。
そして勢いよく布団をはねのかして現れたのは――――。