5 理(ことわり)
カミさんは七日でこの世界を創られた
東西南北 海の滴は世界の涙と成る
世界の涙より大陸が生まれ 三つに分かれ
人と成りしもの 生まれ出でた時より一つの力を授けられる
我ら大陸の業か 極暑と極寒 防ぐ術は持たされず
強き願いが叶う時
異世界から助け人現る
ざわめいていた音はいつの間にかしんと静まり、エメエールの声だけが部屋を包んだ。
「で?」
静まり過ぎていたにも関わらず、少年は空気を読んでいないのかそれがどうした? と言わんばかりにぽそりと声を漏らした。
「で、ってなに言ってんだ。エメさんが大切な理を話してくれたっぺし」
「理?」
「そうじゃよ。異世界からやってきた人は、大陸を助けてくれるんじゃ。お前さんは雪降る時期に来たから〝雪かきさん〟じゃな」
「は?」
なんか聞き慣れたような聞き慣れないような単語が聞こえたんだけど。少年は眉を寄せてエメエールをじっと見つめた。
「ほれほれ、たくさん寝たんじゃ。起きて仕事しなされ」
少年の疑問に答えることなく、エメエールは起きることを促した。
「は? 仕事?」
何を言いだすんだ。なんだかわけがわからない大陸のこと言われて、どんな仕事かもわかってないんだけど。困惑の表情で周りを再度見るも、ただただ目を輝かせて見つめてくる人達しかいなく、がっくりと少年は肩を落とした。
「ほれほれ起きんさい」
横にいた青い半纏を着たおばあさんが起こしてくれそうになって、少年は慌てて起きた。状況が一向にわからないけれどお年寄りの御厄介になるわけにはいけない。自分で起きなくては、と思ったのだ。少年は布団を剥いで、寝床の横に座った。
「なんじゃい、ぴんぴんしとるでねーか」
起こすのを手伝おうとしてくれたておばあさんが、ばしっと少年の背中を思い切り叩いた。お年寄りなのに、同級生にどつかれるより痛いんですが。涙目になりながら少年はおばあさんに頭を下げた。
「では、雪かきさん、どうぞ外の雪をお願いします」
「は?」
一息つく間もなく、先に行動をすることを求められた。しかし仕事内容や方法がわからず、少年は首を傾げた。
「あの、雪かきさんってなんですか?」
「魔法で雪をどかしてくれるんじゃろ?」
目をぱちくりさせて言われても困る。ちょっと可愛いおじいさんみたいじゃないか。当然のように言うエメエールに少年は戸惑った。
「まほうって?」
「そうじゃ、魔法だ。例えばこんなの」
ほれ、と言うといつの間にか手に短い棒をエメエールは持っていた。その棒を軽やかに胸元あたりでくるくる円を描くと、髭の色が白から緑に変化したのだ。
なんで緑? っていうかこれって……。あっ! 少年はニカっと笑んだ。
「お上手ですね。でも引っかかりませんよ。いまのは手品ですよね?」
再びざわつきはじめた。あれ? 得意な手品を馬鹿にしてしまったかな? 笑って許してもらおうとあれこれ考え始めると少年の耳に意外な言葉が入ってきた。
「手品ってなんじゃ?」
「異世界では魔法を手品とか言うんじゃろーか?」
みんなボケちゃってるんだろうか? 一応説明しておこうか。少年は得意げに鼻を鳴らして、
「手品は種や、しかけがあるんです」
と教えた。すると周りにいた人たちが顔を見合わせはじめた。
「種? しかけ?」
そして皆揃って肩をすくめて外国の人がよくやりそうなポーズをしだした。なんだこの奇妙な連帯感。揃っている動作を少年は不気味に思った。
「そんなん知らんけど、この魔法はカミさんから授けられた大切な力なんじゃ」
「さっきからカミさん、カミさんって奥さんか誰かですか?」
「ぶはっ、何言うんじゃ、奥さんは奥さんでカミさんはカミさんだ」
〝カ〟にアクセントを強調しているのがずっと気になっていたのだけど、カミ=奥さんではないとすると、もしかして……。ふっと頭に浮かんだ言葉を少年は尋ねていた。
「神さまのことですか?」
「?」
一斉に右に頭が傾いた。揃っている行動に少年は驚くしかなかった。おかしな連帯感と同時に、あちらこちらから言葉が飛び交いはじめた。
「なんじゃろーね、カミサマって」
「サマってなんじゃろーかね?」
「食いもんじゃなかろーか?」
いや神さまって、食べ物のわけないでしょっ。突っ込みたくなったが、緑の次はピンク色に髭を染めたエメエールが咳払いをした途端、静まり返った。
「お主が言ってることは理解できないが、我々の言うカミさんは、さっき唄ったようにこの世界を創ってくださった方、ということじゃ。これは理解できるじゃろうか?」
腕組みしながら真剣に聞いてきた。
「あ、はい。それはわかります。わかるんですが、馴染みがないというか」
「そうじゃろーね。ここはお主がいた世界とは違うのだから」
本当にそうだろうか? 異世界の話しを読むと大体中世ぽかったり、僕が住む世界とは真逆の世界だったりするのに、ここはなんというか日本そのものって感じがして仕方がない。
半纏にちゃんちゃんこ。顔立ちも全然変わりがない。色も黄色人種そのものだし。
やっぱりこれは夢なんだ。階段かなにかから落ちて頭でも打ちつけたんだ。きっとそうだ。もう一度寝よう。そうすればようやくおかしな夢から覚めて、普通に学校で授業を受けてるんだ。
「すいません」
僕はそう言い残して布団を頭まですっぽり被った。
始めは周りが騒がしかったけれど、だんだん気にならなくなった。なぜならもの凄く集中して羊を高速で数えはじめたから。羊が一匹、二匹、三匹……――――。