10 一年間の約束
ズザザザザザー、と漫画の効果音でよくあるなぁっと思っていたけれど、今まさに僕はその効果音の如し、ポポリさんから下がりました。
「そんなに驚かなくてもよかろう?」
ポポリはしゅんと肩をすぼめながらもススーっと滑るように晃のもとへ移動してきた。
「こ、こっちに近づかないでくださいっ」
ぶんぶんと腕を振り回しながら半径数十センチには絶対入れない、と力を込めている。
「結構軽いことなのじゃがのぉ。色々快適じゃよ? うるさい音に悩まされず、ガヤガヤした喧噪に苛々することもなく、一人部屋でのんびりできるんじゃがのぉ」
「はい?」
あまりにもな好条件に晃は耳を疑った。
「一年間だけじゃよ? その期間を終えたらもといた世界にお主を返すんじゃよ? いいことづくめじゃないかの?」
「え、いや、あのできればいますぐ帰りたいんですが」
なんだかまたわけのわからないことに巻き込まれる前に僕は帰りたい。母が僕を心配しているあの家に。
「だめじゃ。それはぜーーったいだめじゃ。むしろ無理じゃ」
ガツンと思い切り頭を殴られた気分に晃はなった。
「な、なんで無理なんですかっ」
「忘れたのかの? お主は王様の命の欠片を割った一人じゃよ? 命のか・け・ら、じゃ」
「だからどうしたっていうんです? っていうかむしろなんですか? 人の命がこんな陶器ごときに入ってるって」
晃は集められた破片の山を指さしながら声を荒げた。
またいつものハッタリだ。僕がこの世界のことをあまり知らないのをいいことに、あることないこと言い始めるに決まっている。
「戯言ではない。本当だ」
ようやく口を開いたミシルを仰ぎ見た晃は、ハッと息をのんだ。さっきまで沈んでいた表情と同一人物とは思えないほどだったからだ。凛としてなおかつ真っ直ぐでブレない視線を晃に向けている。
「いままで理不尽な扱いを受けていたから余計に疑うかもしれないが、王様の命の欠片が入っているのは本当だ」
「いや、あの……」
色々と突っ込みたいんですが。僕の扱いが理不尽とか、なんで知ってるんですか?
「本当だからこそ罪は重い。本来なら身を粉にして働いて、朽ちるべきなのだが……」
ふっと言葉を切りミシルは自分の足元を見つめた。そしてそれ以上口を開くことはなかった。押し黙るミシルをポポリは一瞥してから先を続けた。
「王様自体の寿命もあってのぉ、事実もうそんなに長くは持たんのじゃ。寿命尽きるまでそんなにないというのに、ずーーとここで働いてくれ、とはさすがに言えんじゃろ? だからの、王様の余生に一つたむける花として添えてもらえんじゃろか?」
ん? 裏を返すとずっと働いてほしかったんだろうか? と晃は邪推した。
「それとあまりいい臣下に恵まれなかった王様の最期を、少し彩ってほしいんじゃ」
「え、いや、あのそんな大層なこと……」
「頼む」
笑ったり、チクリチクリと嫌味を言うことがあったポポリだったが、晃の目の前で初めて頭を垂れたのだ。しかも土下座という形で。
「本来、こういうことはいけないことはわかっておる。私情を挟んで罪状を改変させるのは大罪じゃ。わしもそれ相応の罰が待っておる。でも、それでも、王様のために花を添えてほしいと思っているんじゃ」
額を擦らんばかりに言う姿に晃は困った。
母さんが心配しているのに、今帰らないって……、そんなことできない。悲しませたくない。
「そこは心配することなかれ! お主に成り代わってくれる者がおるからの! とりあえずお主という姿形がいてくれたら母親も安心するじゃろ?」
「はい??」
勝手に心の中を読まれて、晃は不服そうな顔つきになったがすぐに自分の耳を再び疑った。僕に成り代わる? ど、どういうことだ? しかも誰が僕の代わりに?
「そういうわけでよろしく頼みたいんじゃ」
一瞬上げた顔を再び下げて、低く低くポポリは頼み続けた。
「そ、そんなこと言われても……」
突拍子もない展開でどうしたらいいんだろう? はい、そうですか? とは言い難い。晃は納得できない表情を浮かべた。
「色々言いたいこともあるじゃろうし、なによりもすぐに帰すことができぬ、と言われて憤りや混乱があると思うのじゃが」
よくわかってるじゃないですか、と晃はすぐに口に出しそうになった。しかし、床にごしごしと額を擦りつけるポポリの姿を見て晃は口を噤んだ。こんなに頼まれると……。ぐらりと決心が揺れてしまいそうになる。慌てて晃は視線をポポリから外した。
「……その、僕の代わりに行ってくれる人って誰ですか?」
ポポリのひれ伏した姿から逃れるように、別の話題を晃は振った。
「ん? 教えたら一年間マンデルブロ大陸に留まってくれるかの?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
どうしてそう直線的に結びたがるのだろう。全く困った人だ。晃はやれやれと肩をすくめながらため息をついた。
「なら教える義理はないのぉ」
顔を上げ、ポポリはプィっとそっぽ向いた。
「まぁ、わしは痛くも痒くないからの。ひどい重労働に身を費やすのはアキラじゃからな。せーっかくお主の刑を軽くしようと取り引きしとるのに、なんじゃい。まったくもう」
「いやいや、まったくもうはこっちです。確かに命の欠片を割ったのは申し訳ないと思いますし、王様の事情もあるかもしれませんが、僕の事情だって……」
素直に吐露するとポポリは大きくため息をついた。
「わかっておる。わかっておる。お主の気持ち、充分汲み取っておるんじゃ。わしだってお主を返してやりたい気持ちがある。でも割ってしまったことに対しての代償は払わねば無理じゃよ」
きっぱり言い放つポポリの威厳に、晃は気圧されてしまった。
「じゃ、じゃぁ言いますけど、本当に一年間働けば僕のいた世界に帰してくれますか?」
やけくそになりながら晃は尋ねた。
一番嫌な展開はここでのことが口約束になって実行されないこと。それだけは避けたいし、約束を守ってくれなかったらポポリさんのことを全く信用できなくなる。そんな思いは抱きたくない。けれども本人が信用を失くすのを望んでいたら仕方ないけれど。
「もちろんじゃ! 男に二言はないと言うじゃろ?」
いや、それを言うなら「武士に二言はない」でしょう、と晃は言いかけたが、ポポリが満足そうに眉をへの字に曲げて笑んでいるように見えることと、嬉しそうに上半身起こした体をリズミカルに揺らしているのもあり、突っ込むことはやめた。
「とにかく働けばいいんですよね?」
晃の問いかけにポポリは、うんうん、と首を勢いよく縦に振った。かくかくしていて関節がおかしくならないか、と心配になるほどだった。
「じゃ、じゃぁせっかくだから教えてください。僕の代わりは誰ですか? それと一年間なにをするんですか?」
この際まとめて聞いておこう。ダメージにも二倍になりそうだけれど、一気に知れた方がショックの回数が少ないだろうから。晃が意を決して尋ねると、
「期間限定の〝雪かきさん〟じゃ!!」
と、ポポリが親指をぐっと突きだして高らかに宣言した。
次話で最終話です。




