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8 繋がり

「いやぁぁ、やってしまったのぉミシル」


 ふぉふぉふぉっと髭を撫でながら現れたのはポポリだった。


「ポポリっ! か、勝手に私の部屋に入るなっ」


「んん? そうもいかんじゃろ? 王様から戴いたティーセットを粉々にしてしまうとは。わし、つい先刻まで王様と一緒にいてのぉ。突如王様が胸を押さえだしたからこっちがたまげてしまったぞ?」


「……」


 青白い顔色を浮かべながらミシルは再び俯いた。

 割れてしまったティーセットはそんなに大切なのだろうか? ポポリとミシルの会話から晃はなんとなく察するも〝王様から貰ったもの〟の意味を理解するのは難しかった。


「お、王様は他になにかおっしゃっていなかったか?」


 唇を震わせながらゆっくり言葉にするミシル。

 普段と様子が明らかに違く晃は心配になった。


「特にないのぉ。ただ、(われ)の大切な一部が壊れた、全くどこの誰が我の失脚を望んでおるんだ? と嘆いてはおったがのぉ」


 髭を撫でるのをやめ、指先にくるりと巻きつけながらポポリは窓の外に視線を移した。


「まぁ、故意でないとお主が直々に申し伝えれば理解していただけると思うがのぉ……。如何せん、相手が悪い。一緒に飲んでいた相手が悪い。迂闊じゃったな。ミシル、覚悟はしておくべきじゃな」


「はい」


 頭を更に下げて、ポポリに言われるがまま頷いた。


「王族やわしら高位魔法使いであるなら、なんとでもなるんじゃがなぁ」


「え……」


 ポポリは窓の先に向けていた視線をフッと晃に移し、ため息交じりで向き直った。


「まぁ、お主が〝ポポリさーん〟と呼べばミシルへの罰則も、お主が抱える罪状も軽くできるがのぉ」


「え!?」


 思わぬ提案に晃は心が揺れた。


「あ、アキラ、考えなしにポポリの名を呼ぶのはやめたほうがいい。私のことなど構わなくていい。ただ……その、アキラに降りかかる罪状はその……」


 ミシルは言いよどんだ。どこまで話していいのか、そしてどこまで話してはいけないか迷いがあったからだ。


「この際ハッキリさせておこうかの? ミシル」


 押し黙るミシルに対してポポリは饒舌になっていくようであった。


「アキラ、お主の立ち位置は、実に非常に不安定なものなのじゃよ。魔法力を持たず、この特別地区……、いや大陸にいること自体本来禁忌(タブー)なんじゃ」


 僕がここにいられること自体タブー? いてはいけない存在? じゃぁ、どうしてマンデルブロ大陸にいられるんだ? 切々と語るポポリの言葉に晃は立ってるのがやっとだった。


「まぁ、それをじゃぁのぉ、アミとここにいるミシルに頼まれてのぉ。ちょちょいと小細工をして、文字書きと文字読みができるという魔法名にして、ここにいられることにしたのじゃよ」


「は……い?」


「目くじらを立てないでほしい。アキラのその能力。いや、アキラのいた世界で普通に身についていることがこの大陸では散らばっていてな、そのなんというか便利で手放したくなったのが私の本音だ。でもアミは……」


「な、なにを言ってるんです? え?」


 どうしてミシルさんが僕のいた世界のことを知っているんだ? 普通に身についていたことが便利? なにを言い出してるんだ? 全く会話の意図が掴めず晃は混乱するばかりだった。


「特別地区に()れる人材を見つける、というのは思っているより大変なのだよ。フラクタクルやカントールから人材を見つけるのが。読み書きに性格重視、荷解き等の仕分け魔法も使える、となるとなかなかいないのだよ。まぁ、今回は人材不足で奇特な子を入れざるをえなかったんだが……。果たしてよかったかどうか……」


「跳ねっかえりも時として作業に潤滑油を与えるから良いとわしは思っとるよ、ミシル。が、そこが問題じゃなかろう」


「はい」


 本題が逸れたことをそれとなくポポリに指摘され、ミシルは肩をすぼめた。


「全く残り少ない王様の命をまったくもう、勿体ないのぅ」


 くいっとポポリは顎先を上げながら、しみじみと、そしてゆっくり言葉にした。

 いつものならすぐ反論に回りそうなミシルさんなのに、じっと耳を傾けているし、悔しそうに唇を噛んでいる? 普段の雰囲気と真逆にあるような気がする。大丈夫だろうか? 晃は急に心配になり、声をあげた。


「あ、あのっ!」


 声をかけるもポポリに発言を手で制されて話が先に進んでしまった。


「このティーセット、王様の命をちょっぴりいただいてできとるのじゃよ。他にも違う形だったりと色々あるんじゃが、臣下の証として王様の命が入ってる〝物〟を受け取っておるんじゃ。そのせいでの、割れたり壊れたりをすると、王様の命が削られていくんじゃ。そうして臣下に渡した物全部が壊れきったら、今の王様は崩御されるのじゃ」


「いえ、あのそのことではなくミシルさんの様子が……えぇ!?」


 王様の命(イコール)王様から受け取る物、という考えに晃は驚きすぎ、フッとミシルのことが抜け落ちてしまった。そして王様の命云々やミシルのことより知りたいことを優先させた。


「そのことじゃなくて、どうしてミシルさんは僕のいた世界を知った口振りなんですか?」


「あ……、いや、え? 知らないな」


 白々しいくらいミシルは口笛を吹きながらあさっての方向を見つめている。あからさまな態度に晃は眉間に力を入れた。


「それ、嘘ですよね? 知ってるっていうふうにしか受け取れませんよ?」


 ミシルの前に回り込み、晃は更に追及した。さっきまで俯いていた雰囲気など微塵もない。


「なにか隠してません? 僕に。とっても大事なことを」


 相変わらず顔を背けているミシルに、晃はぐぐっと自分の顔を近づけて迫った。


「ん――。近いっ、鼻息がかかるっ!! ムズ痒いっ! もう。わかったから、少し説明するから」


 手で晃の迫ってくる顔を防ぎつつ、観念したのかあきらめた声をミシルは出した。


「あぁぁ、もう面倒くさいっっ」


 わしゃわしゃと解けた長い髪を掻き乱した。真っ直ぐに伸びていた金色の髪があっという間に絡まって頭の周りがややてんこ盛り状態になっている。


「別に隠すわけじゃなかったんだからな。アキラを戻す方法も幾つか考えていたんだよ。幾つか考えたけれど妙案がなかった」


 ミシルは壁に背中をもたれかけながらボソリと言葉を吐いた。


「ここにある……いや、この大陸にある魔法で補えない技術は、アキラたちが住む世界から持ち帰ってきたものだ。アキラが生まれるよりずっとずっと長いときから行き来をしている」


「え……」


「でも誰もが行き来できるわけではない。ごく(わず)かな高位魔法使いであったり王家に近い人たちしかできないことだ」


「じゃ、じゃぁその反対でこの世界に来られる人も、雪かきさん以外でもあるっていうことですか?」


 もし答えがイエスだったら、僕はここでこんなに働かされなくても、惨めな思いもすることなく帰れたということなのだろうか? 晃は今までの理不尽さを思い出し、沸々と怒りが内側から湧いてきた。

  

「そう簡単ではないのじゃ。まず魔法力がアキラたちの住む世界ではなかろう?」


「あ……」


 ポポリに明らかな違いを指摘され、一気に晃の気持ちはクールダウンした。


「なんというかのぉ、持ってるパワーが違うのじゃよ。我々大陸の人間とアキラたちの世界の人間とは」


「力が違うならどうして僕の世界から人が来れるんです?」


「そこじゃよ。そこにカミさんの介入があるのじゃよ」


 ポポリはそう言いながら、散らばった破片の当たりをさっとひと撫でして一箇所に小さな山にまとめた。自分が通れるように片づけると、ポポリは前にススッと進みだした。


「この大陸に必要な人をカミさんが見つけて、使いが探してきてくれるのじゃ」


「使い?? 見つける? どうやって?」


 なにか基準でもあるのだろうか、と疑問に思い即座に尋ねると、ポポリもミシルも口を揃えて


「知らない」

「知らんのぉ」


 とこれもまた即答。

 しなしなと崩れ落ちそうになるほどあっけない答えに晃の体が震えた。


「じゃ、じゃぁ、あの、カミさんが僕のいた世界の人を選んだっていうなら、もとの世界に返す方法も知っていますよね?」


「……アキラは戻りたいのか?」


「え?」


 どくん、と心臓が跳ねるのが晃はわかった。帰りたい? そんなこと僕はここに来て思っただろうか。


「どうしても帰りたいというのなら、ん――、まぁ、う――ん……」


 ミシルは唸りながら腕を組んで口を噤んだ。それと入れ替わるようにポポリが続けた。


「なくはないのじゃよ。それにはちょっと犠牲が伴ってな。まぁそれはともかく、アキラ、お主は本当に帰りたいのかの?」


 長い眉毛に隠れている目がキラリと金色に光ったように晃は見えた。


「帰りたいか……、ですか?」


 口に出してみればなんてあっけない言葉なんだろう。でもあっけない代わりに重さを感じる。僕は自分がいたあの世界に帰りたい? 帰れる方法があるなら帰りたい? 晃は自問し出した。


「待ってる家族だっているのじゃろう?」


 優しく言うポポリの声に、晃の中でなにかがゆっくり解けていくような感覚に襲われた。ずっと閉じ込めていたなにかを。


「家族……」


 ポツリと呟くと晃の周りが白く(かすみ)がかかりはじめた。




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