7 割れてしまったもの
ミシルに手首を掴まれたまま――――。
晃は床に背をつけたミシルの体を跨ぐ格好になっていた。
「あ、あのす、すいません」
さっきまで顔を赤くしていたのが急に真っ青になり、晃は慌ててミシルから体を離そうとした。しかし叶わず、今度は目を白黒させて動転した。床に押し倒される形になってしまったミシルの髪が解けてしまい、金色の髪が床に波打っている。
「あ、いまど、どきます」
「全く、アキラは変なところで大胆だな」
掴んでいた手をようやくミシルは解放し、晃の手の甲をキュと抓った。
「いたっ」
抓まれた右手を反射的に飛びのかした。が、その反動で左手の置いてる場所が思ってもみない部分に触れていて卒倒しそうになった。なぜならふくよかなミシルの片胸を鷲掴みしていたのだ。
「うぁぁっぁ!! すいません、ごめんなさい」
必死で頭を下げ、謝りながら急いでミシルの体から自分の体を離した。
ぼ、僕はな、なんてことをしていたんだっ!? さ、最悪だ。……でも柔らかくて温かった――。いや、なにも感じてない。いまの気持ちなんてなんでもない。そ、そうだ。なんでもない。声にならない言葉を頭を振って晃は忘れようと懸命になった。
「まぁ、これこそ減るものじゃないし、別に触れていても何ら問題はないのだがね」
ゆっくりと起き上がり、服についた埃を払いながらミシルがサラリと言うので晃はどうしていいかわからない。言葉にするのもおかしくて、顔を真っ赤にさせるだけだった。
「それにしてもあれだな。ヒマリに告白されるわ、私の胸に触るわで、いい思いばかりしていてズルいな」
ズ、ズルイ? いや、なにもズルくないです。ヒマリさんの件もミシルさんの件も僕が願ったことではないのに。むしろ僕の心ははち切れんばかり、疲弊しているのですが。
うんうん、と一人頷くミシルを見やりながら晃は思った。
「ズルい、というだけでペナルティはもらえないが、アキラ、この惨状はどうしてくれる?」
晃とミシルが倒れた反対側の光景はなかなか悲惨なものだった。
カップ、ソーサー、ティーポット、お皿にクッキー全てが砕け散り、お茶が床に染みをつくっていた。
「あ……」
手で拾うにはあまりにも危険なほど破片が飛び散っており、晃は声を失った。
「掃除は私がちょちょいのちょいで済ませるから気にしないでほしい」
助け舟のような言葉に晃はホッと胸を撫で下ろし、ミシルを仰ぎ見た。しかしそのミシルの顔色が悪く、晃は声を詰まらせた。
「実は……このティーセットは王様から戴いたもので値打ちがつけられないものでな。アキラだけの責任ではなく、私も結構な罰則を受けるかもしれない」
淡々と告げているというのに、ミシルの唇は真っ青で震えている。
「か、隠すことも割った直後ならなんとかなったかもしれないが……多分間に合わない」
ぎゅっと自分の体を抱きしめるミシルに晃はただおどおどするばかりだ。なぜミシルさんが震えているのだろう。完全に僕のせいだと罵ってしまえば簡単なのに。
と、そのときミシルの部屋の扉が音もなく開いた。
次話から盛りっと文字数が増える予定であります。




