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3 お誘い

 ランに指摘されたことで、晃はアミやヒマリに対して変な意識を持ってしまい、気づくとアミの姿を捉え、目で追っていた――――。


 朝から夕暮れまで世話しなく働いて空を飛んでいるアミさん。

 驚いたのは、宿舎の外が雪だろうが吹雪だろうが、冷え込みがすごかろうが、僕を助けたあの日以外、休むことなく働いているということ。夜、どのくらいの時間に家へ帰っているのか、僕は知ることができないけれど、かなりギリギリまで仕事をしているようなことを耳にした。

 一日目でポポリさんに助けてもらってしまった僕とは大違いだ。自分の力でしっかり仕事をこなしている。そんな姿がとても眩しい。でも心配なことがる。仕事に一生懸命でいつか倒れてしまうんじゃないかって。あるとき思わず声をかけてそのことを聞いてみると、アミさんは笑顔を浮かべながら、「だって、手紙や荷物を心待ちにしている人の〝ありがとう〟や笑顔にいつも触れたいから、倒れてられないよ」と、返されてしまった。それがサラリと出てくるなんて、誇りとやりがいを感じていないと出てこない言葉じゃないだろうか。


 そんなアミの仕事への情熱を感じて、晃は素直に感心していた。

 自分の作業が倍になって弱音なんて吐いてられないと。そして彼女のように届く相手が見えるわけではないものの、たくさんの人たちの手紙や小包を届けたい相手にしっかり渡るよう、仕分けをしなければならないと心新たに思ったのだった。


 アミのことと、仕事への意識は高まったが、すっかりヒマリのことを晃は失念していた。うまく立ちまわるなどという考えは浮かばず、ヒマリの歯がゆさにも気づいていない。ヒマリは晃の視線の先に自分が映っていないことを既に知っていたのだ。

 


◆ ◇ ◆


 一方、宿舎での雑用は、主に掃除ばかり。

 宿舎のなかを幾つかに区切って一日ごとに掃除する場所を変える、というスタイルである。ポポリから渡される掃除道具は便利で助かっているものの、一日でこなす範囲が広くて作業を終える頃には、もう晃の体は疲労感でいっぱいになった。夕食を食べながら寝そうになるほどに。

 蓄積されていく疲労感が拭いきれず、疲れ知らずの肉体に改造してもらおうか、と晃に安易な考えがよぎったが、そこは思いとどまった。なぜならお願いした分、働いた給金からどんどん天引きされていくという不条理システムがあるから。


 そう、だからあれ以来「ポポリさん」と口に出していない。本人はそれが寂しいのか作業時に、なんで呼んでくれないのかのぉ、とぼやいているけれど。でも僕はそれをあえてスルーする。かまっていたら名前を呼ばされてしまいそうだから。呼んでしまったら最後、耳栓を手に入れるという目標からどんどん遠ざかってしまうから。いい加減、耳栓を手に入れたい。朝のあの妨害音に耐えきれなくなっているから。

 当初の予定では、一週間で百ブローをなんなく調達できる、と考えていたのに。予想外なことが起こり過ぎて困ってしまう。どうして郵便の仕分け作業、掃除の作業中に思わぬことが連続で起きてしまったんだろう。おまけにその対価として稼いだお金を搾取されてしまうなんて!!

 それに待てども待てども、自分の手元にお金……。コインや紙幣、なに一つ貰えないことも不思議でならない。

 同室のフミさんに尋ねると、鼻で笑われ教えてもらえず、朝一緒に郵便舎に向かうアミさんとヒマリさんに尋ねると二人は顔を見合わせてクスクス笑っている。

 そんなにおかしいことを聞いているんだろうか? 腑に落ちない晃は首を傾げた。


「ヒマリちゃん、アキラが困ってるよ? ちゃんと説明してあげたら?」


 最初は首を傾げるだけだった晃だったが、次第に眉間に力が入っていきギュギュと縦にいくつもの皺が寄っていくのを見てアミは晃の背中越しにそっとヒマリに囁いた。


「え……、えー。でもぉ」


 晃の腕をキュと自分の胸元に押しつけながら、説明をヒマリは渋った。


「アキラが可哀想じゃない? ここにいっぱい皴寄せちゃって。ね?」


 晃の腕を掴んでいない方の手でアミは自分の眉間を指さして言った。


「ね? って言われてもぉ……」


「ヒマリさん、知っていたら教えてほしいんですが」


 口のなかでゴニョゴニョ濁しているヒマリの目を晃がじっと見つめながらお願いすると、ぽっと頬を染めて俯いた。

 は、反則じゃない! なにこの真っ直ぐな目! ズルイ。アミさんの前だからわざと言ってるの? た、タダでなんて言わないからっ。唇を噛みしめながらヒマリは顔をあげることはしなかった。


「ヒマリさん? 具合悪い?」


 いつまでも顔をあげずに歩いているので晃は心配になり、立ち止まってヒマリの顔を下から覗き見た。

 少し傾けて自分を見つめる晃にヒマリはドキリとした。久しぶりに、まともに、至近距離で見つめられて嬉しい思いがこみ上げてきたのだ。思わぬところで晃の視線を独り占めできたことに、ヒマリは満足したのかにっこりと花が咲き誇るようにふんわりと笑んだ。


「お昼食べ終わったら、私の部屋に来てほしいの。そしたら教えてあげる」


 俯いたままそっと、晃だけに聞こえるように小さな声で伝えた。


「え?」


「来なかったら教えないから。他の人に聞いてもいいけど、またお金取られちゃうからね」


 ヒマリの笑顔に目を奪われていた晃はビクッと肩を揺らして驚いた。


「なになに? 二人でコソコソ話して。なんの話?」


 アミは二人よりも更に低く屈みこんで、晃とヒマリの顔を交互に見やりながら尋ねた。


「なんでもありませーん。ね、アキラ?」


「え、あ、はい。え?」


 な、なにがなんでもないのだろう。あとで部屋に来て、ってどういうことです? 

 晃が聞き返したくとも既にヒマリは走り出していた。ツインテールの黄色い髪を嬉しそうに跳ねさせながら。


「なぁんか怪しいけどなぁ」


「え? いや、えっとなにも……ないですから」


 見上げて晃の顔を覗くアミの大きな瞳に、心がどくんどくんと鳴るのを必死で隠しながら晃は背中を伸ばした。


「まぁ、きっとアキラのことだからそのうち態度とか表情に出ちゃうんだろうけどね」


「え?」


「まっ、いまは気づかないフリしてあげる」


 ニッと唇を横に引いてアミは笑むと、無防備な晃の腕を自分の腕と絡ませて歩き出した。

 

 こ、このシュチュエーション。すごくドキドキするんですけど。は、初めてアミさんと二人きりで、う、腕を組みながら歩けてるんですけどっ!! アミの髪から漂う優しい香りが鼻孔をくすぐり、高鳴る鼓動が少しづつ落ち着きつつあった。


 このひとときがずっと続いたらいいのに、と晃はささやかながら願いながら。

 


更新がちょっとあいてしまい申し訳ないです。

また連日更新に戻れると思いますです。

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